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義母が介護施設に入った〜老いる姿を見せてくれるありがたさ

    97歳の義母が、ついに先日介護施設に入った。

    ひとりで生きてきた気丈な人生

    83歳で怪我をした為、50年続けた仕事を辞めたのだが
    義父はかなり以前亡くなっていたので
    ずっと一人暮らしをしていた。
    それまで仕事ばかりしていたため、特に趣味もなく
    周囲には特に仲のいい人もいなかった。
    周りの同世代は皆、病院や介護施設に入ったり、
    いなくなっているのだ。
    それでも気丈に一人で毎日を過ごしていた。
    「食事を作って食べるのが仕事」といって
    買い物に行き、自炊をし、小さな庭の草取りをして過ごしていた。

    「こら!しっかりせんか!」


    でも、時々話していたのは
    「朝、目が覚めても、『もう起きなくてもいいか。
    どうなっても、もういいわ』と思うんだけど、
    『こら!しっかりせんか!』と、
    自分で自分を叱って、体を起こしているんだよ」という言葉。

    流石、戦中戦後を生き抜いた人だ。
    子供の頃や嫁に来てからの苦労話は
    よく聞いていたので、本当に頭が下がる。

    年を取るということ


    でも「今からは、楽しいことを見つけて楽しんでね」と
    声をかけても「もう今さら何をしてもねぇ」と。
    若い頃はあれだけ、動く人だったのに。
    体は特に悪いところはなくても
    年齢とともに気力は、こんなふうに薄れていくのかと、
    寂しさを覚えた。

    施設に入る覚悟をした


    そして、昨年末くらいから、流石に衰えが、目立ってきた。
    この年齢の人は、弱ると急激に進む。
    本人も、1人で暮らす自信がなくなってきていた。
    兄が探してきた施設に見学に行き、入る覚悟をした。
    慎ましい生活をしていたので
    ありがたいことに、施設費に困ることはない。
    それでも、「自分のためにお金を使うことは
    もったいない」ともいっているのだけど。

    耳や目も不自由になり、
    記憶も忘れっぽくなっているが
    持病も少なく、話せばちゃんと理解もできる。
    会いに行ったり、ちょっとした用事をしても
    「迷惑かけるね」と気を使う姿に
    身体の芯の強さと、心の芯の強さ
    どのように歳を取るのか、
    教えてもらっている気がする。

    周りに残してくれている学び


    私はこれまで、大したお世話もしてこなかった。
    そのことに後悔のようなものがどうしてもある。
    夫はちょくちょく顔を出しているけど
    私もせめてこれから少しでも、会いに行こう。
    施設の玄関で手を降る義母を見ながら
    「年を取るという姿を見せてくれている事自体がありがたい」と思う日々だ。
    老いる事の現実と、それでも生きる強さ。
    その姿から私は、これからの「自分の老いていくこと」を考える。





     
     
    60代のパート主婦です。子どもが巣立ち、定年後の夫と二人暮らし。98歳の義母・93歳の母を見守りながら、孫との時間も自分の好きな事も大切にしています。「介護と孫と自分時間が混在するこの年代」の日常です。共感や気付きをお届けできたら幸いです。介護・お出かけ・料理・ドラマ・健康など。

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