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転生監査機関《RAC》CASE.011

    ぜんにむ

    「゚リオット・レむンフェル」


     蟺境の朝は静かだった。

     王郜のように、人の声ず銬車の音が幟重にも折り重なっお空気を濁らせるこずもない。草原を枡る颚はひやりず柄み、倜露を含んだ土の匂いが肺の奥たで沁み蟌んでくる。東の空は薄い橙に染たり、名も知らぬ鳥たちが森の端で囀っおいた。
     そんな枅廉な朝の只䞭に、䞀人の少幎が腕を組み、堂々たる構えで立っおいる。

     现身の身䜓に、癖のない黒髪。蒌い瞳は垞に穏やかで、䞭性的な顔立ちはどこか䜜り物めいお敎っおいた。
     さらに、ただ十䞃ずいう若さにもかかわらず、その立ち姿には劙な萜ち着きがある。
     もっずも、それは成熟した粟神ゆえではない。ただ単に己の圚り方を絶察ず信じお疑わぬがゆえの、揺らぎのなさに過ぎなかった。

     
     圌の名は、『゚リオット・レむンフェル』。
     霢十䞃にしお宮廷魔導の最前線ぞ食い蟌み、“氎垝”の異名たで䞎えられた若き超新星である。

    「おはようございたす」

     畑に出おいた村人たちぞ、゚リオットは柔らかな埮笑を向ける。
     返っおきたのは、ぎこちない䌚釈ず愛想笑い。だが圌は、それを遠慮深さゆえの反応だず解釈した。
     蟺境の民は皆、慎たしく、恩矩に厚い。王郜の者たちのように露骚な称賛や歓声を䞊げないだけなのだ、ず。

     事実、圌らは忙しかった。

     昚日、䟝頌で゚リオットが村倖れの氎脈を調べ、灌挑甚の流れをほんの少し“最適化”した結果、北偎䞀垯の也いた畑にたで枅い氎が行き枡るようになった。぀いでに土壌組成も再配分したため、痩せおいた土地は䞀倜にしお別物ず化し、村人たちは総出で苗の怍え替えに远われおいる。

     無論、それは良い倉化のはずだった。
     秋の収穫は増えるだろうし、冬越えの可胜性も栌段に䞊がる。倚少慌ただしくなったずころで、長い目で芋れば感謝されこそすれ、恚たれる筋合いなどない。
     きっず喜ぶ暇すらないほど、新たな土壌の開拓に邁進しおいるだけなのだ。
     自分はほんの少し氎脈に觊れただけ。そうした些现な善意から、このように村人の暮らしに新たな芜が芜吹いたず思えば、気分も悪くなかった。

    「今日も快調快調。さお、そろそろ皆のずころぞ――」
    「゚リオット様  あ、あの  」

     村長の劻が、おずおずず近づいおくる。
     この䞉か月で、圌女の顔色は芋違えるほど良くなっおいた。慢性的な咳も止たり、関節の痛みも軜枛され、目の䞋に刻たれおいた深い隈も消えおいる。゚リオットの“最適化”が正しく機胜しおいる蚌巊だった。

    「どうかしたしたか」
    「南の斜面の畑にたで氎が回りすぎおしたっお  その、石垣が  」
    「分かりたした。埌で芋に行きたすね」
    「は、はい  ありがずうございたす  」

     女は䜕かを蚀い淀んだが、結局は深く頭を䞋げるだけで去っおいった。
     
     遠慮深い。
     困り事があるなら、もっず早く頌っおくれればいいのに、ず゚リオットは内心で小さく肩を竊める。
     圌はこの村に来おから、自分にできるこずは䜕でもやっおきた。井戞の浄化、病人の治療、厩れかけた橋の補匷、害獣陀けの結界、暖炉の燃焌効率の改良、芋匵り台の耐久補匷。
     そのすべおは圓然、善意からくる行為だ。今も、これたでも、ひたすらに善意で人助けをしおきた぀もりだ。

     だがい぀からか、自分の第二の人生の歯車が狂う音を、゚リオットは確かに認識しおいた。

     远攟から、䞉か月が経過する。

     王立宮廷魔導孊園を去ったあの日のこずを、゚リオットはあたり思い返したくない。
     校長であり育おの父――いや、幎霢的には祖父ず蚀った方が近いかもしれない――倧賢者は最埌たで厳しい顔を厩さなかったし、勇者候補隊の面々もたた、圌ぞ向ける芖線の枩床を倱っおいた。誰も圌の説明に耳を貞さず、ただ「君はもう少し䞖界の垞識を知るべきだ」ずだけ告げた。

     ゚リオットには、その蚀葉の意味が今もよく分からない。
     䞖界の垞識ずはいったい䜕のこずだろうか。そもそも䜕故自分は远攟なんぞされたのだろうか。
     自分はただ、より効率的で、より損耗の少ない方法を垞に提瀺しおきただけ。い぀いかなる時も最適解を出し続ける。その結果が垞識の範疇にあろうがなかろうが、最適解は最適解であるはずなのに。

     だが、この蟺境に来おからは違った。
     少なくずも圌はそう信じおいる。
     ここには圌を必芁ずする者たちがいる。助けを求める者がいお、解決すべき問題があり、それに察しお自分の力が最適に䜜甚する。
     ここには、自分の存圚意矩が確かにある。

     だから、自分のしおいるこずは間違っおいない。

    「゚リオット様ッ」

     芋匵り台の方角から、甲高い声が飛んだ。
     振り返るず、村の門番圹を務めおいる若い男が、息を切らしながら駆けおくる。顔は青ざめ、焊燥ず恐怖があからさたに滲んでいた。

    「た、倧倉です   たた、砊の方たちが  」

     ゚リオットは静かに頷いた。
     いずれ来るだろうず思っおいたので、驚きはない。

     おそらく“圌”だろう。

     蟺境守備隊の隊長――ガレスは、露骚に圌を嫌っおいるのだ。
     いや、嫌う理由は理解できる。理解できるのだが、それでも理屈ずしおはおかしいのでは、ず゚リオットは思っおいる。
     飢えるはずだった村が最い、壊れかけた蚭備が修埩され、冬を越せる芋蟌みが立ち、魔物被害が枛った。蟺境の防衛効率ずいう意味でも、自分の介入は明らかに有益だったはずだ。
     それなのにガレスずきたら、これらを「職分の䟵害」ずしお敵芖しおいる。瞄匵り意識だろうか。あるいは、自分の圹目を奪われお面目が朰れたから焌きもちを焌いおいるのかもしれない――そんなこずを、゚リオットはがんやり考えおいた。

     助かる人間が増えるなら、それでいいではないか。
     圌には、その䞀点しか芋えおいなかった。

     広堎ぞ着くず、そこには予想通り、鉄鎧を纏った守備隊の兵たちが敎列しおいた。
     䞭倮に立぀のは、赀茶の髭を蓄えた倧柄な男――ガレスその人である。日焌けした顔には深い皺が刻たれ、慢性的な寝䞍足ず苛立ちが色濃く滲んでいた。゚リオットを芋るなり、その眉間の皺はさらに深たる。

    「来たか、疫病神」
    「おはようございたす、ガレスさん」
    「貎様ず挚拶を亀わす仲になった芚えはない」

     今日はすこぶる機嫌が悪いらしい。
     その声音には、隠そうずもしない嫌悪があった。
     しかし゚リオットは怯たない。盞手が感情的であればあるほど、自分だけでも冷静でいるべきだず圌は考えおいる。

    「本日をもっお、貎様の村ぞの介入を犁ずる」
     
    「  え」
    「井戞も、畑も、結界も、灯火も、すべおだ。蚱可なき技術提䟛はこの地域の“埋”を乱す。加えお、貎様のばら撒いた蚳の分からん魔導具が近隣ぞ流れ、盞堎が壊れ始めおいる。責任を取れ」

     ゚リオットは䞀瞬だけ黙り蟌んだ。
     そしお、心底䞍思議そうに銖を傟げる。

    「でも、皆が助かっおいるなら良いのでは」
    「良くないからわざわざこうしお来たのだ」
     
    「どうしおです」

     みんな幞せならそれでいいではないか。なぜこうも憀慚しおいるのか、゚リオットには心の底から理解できない。
     問いに問いを重ねた結果、ガレスの顔からみるみる血の気が匕き、その代わりに怒気が充満しおいく。埌ろに控える兵士たちも同様だった。歯を食いしばり、剣の柄ぞ手をかけおいる。

    「薪䞀欠片で䜕日も燃える炉だず 䞀晩で根づく畑だず 玙札䞀枚で魔物を匟く結界だず そんなものが広たれば、近隣の村の職人も蟲家も商人も食えなくなる 䞖の䞭には順序っおものがあるんだ、順序が」

     ガレスの蚀い分。
     それは、村の東に聳え立぀山、その向こう偎に䜍眮する村々ずの均衡の瓊解である。

     これたでは、それぞれの村に特産品ず蚀えるものがあった。䟋えばこの村なら、畑で採れる新鮮な野菜。山から流れる枅らかな湧氎がこの村の畑に局所的に巡るこずで、他の村では決しお埗られないほどの鮮床を誇る野菜が採れたのだ。
     ずころが゚リオットが氎脈を“最適化”したこずで、その湧氎が向こうの村の畑にたで流れおしたったらしい。
     よっおこの村は、“他では採れない新鮮な野菜”ずいう唯䞀のアドバンテヌゞを倱い、村の収入が激枛した。だが同時に、゚リオットが際限なく提䟛した魔導具のおかげで畑の効率は倧きく向䞊したずいうのも事実。ただ、これは“優れた䜜業道具の䜜成”ずいう匷みを持っおいた北東郚の職人村にずっおは倧打撃も甚だしいのだが。

     これはガレスだけではない。村の共通認識だった。
     ゚リオットが奜意でやったこずなのは重々承知しおいる。だが芁するに、“䜙蚈なこずをしおくれたな”ずいう話である。ガレスは皆が蚀いにくいこずを、代衚しお蚀葉にしおいるに過ぎないのだ。

    「お前のしたこずは、ここら䞀垯の文化も歎史も吊定するようなものだ」
    「でもそれっお非効率ですよね」

     䜕の悪意もなく、゚リオットは蚀った。
     目をぱちくりさせながら、ガレスを䞊目遣いでじっず芋぀める。

     その瞬間、広堎の空気が完党に凍り぀いた。

    「  なん、だず」
    「皆が苊劎しなくお枈む方法があるのに、今たで通り䞍䟿なたたでいろず蚀うんでしょう それは、ちょっずおかしいのでは」

     ゚リオットにずっお、それは至極圓然の結論だった。
     苊しい工皋、長い時間、無駄な消耗、旧匏の仕組み。改善できるなら、即刻するべきだ。
     少なくずも、圌がこれたで歩んできた孊園ずいう環境では、それは称賛されるべき発想だった。問題は、圌が“改善の䜙地”しか芋おおらず、その先に厩れる生掻や職胜や共同䜓の均衡を想像できないこずにあったのだが。それは圌の知るずころではない。

    「  やはり貎様は危険だ」

     ガレスは䜎く告げる。

    「この堎で身柄を拘束する。抵抗するなら、実力をもっお排陀する」

     兵士たちが䞀斉に剣を抜く。
     背埌では村人たちが身を寄せ合い、怯えたように息を呑んでいた。

     これは困った、ず゚リオットは思う。

     ここで戊えば怪我人が出る。
     それは本意ではない。
     圌は争いたくないし、誰かを傷぀けたいわけでもない。ただ少しだけ、皆が楜に生きられる圢ぞ矯正したいだけなのだ。

    「  そうですか」

     ゚リオットは穏やかに蚀った。

    「わかりたした」

     䞀歩だけ、前に出る。

    「では、あの山が邪魔だずいうこずですね」
    「――は」

     その瞬間には、もう術匏は構築されおいた。

     圌が“氎垝”の名を冠する理由。
     それは、圌が生たれお初めお極めた魔法が“氎魔法”だったからに過ぎない。
     人が生涯かけお探求する魔法を、圌はたった数日で䞀分野䞞ごず習埗しおしたう。それが圌の意図しないこずだずしおも、䜓が勝手にその魔法を扱うための構造ぞ最適化されるのだ。

     故に゚リオットにずっお、魔法ずは“構築するもの”ですらない。
     ゲヌムのように手を翳せば魔法が攟たれる。遞択肢は無限、魔力も無際限に溢れ出す。そう圌の身䜓は最適化された。
     構築するこずすら非効率ず断じた圌の身䜓は、ただひたすらに、その堎の最適解をオヌトで導き出す。

    「お、おい。䜕をする気――」
    「氎砲アクアバヌスト」

     手を山に向けお翳し、詠唱もなく、゚リオットはその魔法の名を口ずさんだ。
     その瞬間、巚倧な魔法陣が幟重にも圌の掌前に出珟し、瞬時に氎の倧塊を圢成する。その巚倧な氎匟は、たるで倧砲のように音もなく射出され、遥か向こうに聳え立぀山を――

     ――䞞ごず吹き飛ばした。

     ガレスを筆頭に、村人党員がぜかんずした顔をした。
     䞀䜓䜕が起きたのか。事態の把握よりも先に、山圊のような蜟音ず衝撃波が遅れお村ぞ届く。

    「き、貎様  」

     氎蒞気が晎れ始めた頃、かろうじおこの䞍可解な珟象を理解できたガレスが、震えた声で手にしおいた剣をぜろりず萜ずす。

    「これで村は䞀぀になりたした もう均衡ずか気にする必芁はありたせんよ」

     高らかに宣蚀する゚リオット。
     振り返るずガレスの目に倧粒の涙が浮かんでいる。
     それが感嘆や喜びによるものではないこずは、誰の目にも明らかだった。゚リオット以倖には。

    「あれ」

     射出された倧出力の氎が、その速床ず激突による摩擊で膚倧な氎蒞気を発生させる。
     それが完党に晎れた頃、゚リオットも埐々に事態を把握し始めた。

     䜕も残っおいない。
     目的の山は圓然のごずく、その先の倧地ごず抉れ跡圢もなく消し飛んでいる。それは良い――村人にずっおは害でしかない――のだが、問題はその向こうだった。

     隣村の姿さえも、消えおいたのだ。

    「そんな  」「なんおこずを  」
    「う、うそでしょ  」
    「あ、ああ  」

     村人の口々から挏れる絶望の声。
     そしお終いには厩れ萜ちたガレスの鎧の音で、゚リオットはようやく事態を理解し始める。

     
    「あれ、僕たたなんかやっちゃった感じですか」

     ゚リオット・レむンフェル――通称“氎垝”。
     神がかりのような魔法習埗速床に、仏のような優しき心を兌ね備えた完党無欠の若き勇者候補生。

     その正䜓は、新しき䞖界の垞識を知るこずが叶わなかった転生者。
     善意で厄灜を振り撒き、奜意で人々の尊厳を砎壊する。たさしく無自芚の――“最恐の疫病神”である。

     
     
     
    ぜんにむです。  東北倧孊倧孊院医孊系研究科に圚籍し、医孊研究に取り組む傍ら執筆。 珟圚「転生監査機関RAC」を連茉䞭です。 カクペム kakuyomu.jp/users/PONYM 小説家になろう https://mypage.syosetu.com/3071966/

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