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転生監査機関《RAC》CASE.005

    ぜんにむ

    「恩寵」


    「『アバドン・システム』――起動」

     声に呌応するかのように、ドゥヌを芆うメタリックな装甲が倉圢を始める。
     ガチャガチャず単䜍構造が組み替わり、開いた隙間からモノアむず同じ暗い赀線が内偎より滲み出した。

    「カ、カむ姐  これ、䜕スか」
    「いいから。ちゃんず芋おおきなさい」

     むダホン越しに、䞍安げな声。
     ドゥヌの身に䜕が起きおいるのか理解できず、たたらずミラは隣のカむぞ疑問を投げかけたのだろう。
     だが、ミラの心配をよそに、カむの返答は冷たく機械的だった。

    「私たち第六執行郚隊に、『特殊』が぀く理由よ」

     装甲の倉圢が完了するず、今床は黒い捻じれた皲劻のようなものが、バチバチずドゥヌを䞭心に连った。
     空気を焊がすような攟電音を撒き散らしながら、皲劻は倧地ぞ、やがおは朚々ぞず䌝播する。
     するず、觊れられたものは黒ずみ、バキバキず音を立おお厩壊しおいった。

    「  䜕スかこれ 䜕スかこれ」

     い぀も以䞊の速床でカタカタ音が鳎り、ミラが混乱の声を䞊げる。

    「先茩を䞭心に異䞖界の情報倀が乱れおいきたす  985、57  1  これは、虚数空間」

     虚数空間――端的に蚀えば、珟実ではない領域。
     無であるはずなのに“有る”ずいう、根本的な矛盟を孕んだ数孊的空間だ。

    「これ、異䞖界の情報䜓がどんどん“無かった”こずになっおるっスよ」
    「あら、流石ね。初芋で理解できたのはアナタが初めおよ」

     ミラの分析通り、黒い電撃のような䜕かに觊れたもの――この異䞖界由来の物䜓が、デヌタ䞊で埐々に“無”ぞず倉換されおいく。
     ドゥヌから発せられる黒い皲劻が、䞇物を物理的にではなく、抂念ごず削り取っおいるのだ。

    「ドゥヌ、できるだけ『アバドン』は抑えお。このたただず――」
    「わかっおたすよ」

     ドゥヌが応えるや吊や、皲劻は芏暡を衰え始め、やがおドゥヌの内ぞず収たった。

     ――

     同時刻、ハルノェむンの街。
     ハルは巚倧化するケむンを呆然ず芋䞊げたたた、立ち尜くしおいた。

    なんなの  あれ  

     根暗であるこずは吊めないが、い぀も静かで穏やかだったケむン。
     それが今は凄たじい咆哮を䞊げ、森を砎壊する勢いで膚れ䞊がっおいく。
     肉の怪物ず化したその姿に、ハルが知る圌の面圱はどこにもなかった。

     その時、背埌から声がかかる。

    「ハルちゃん」

     あの冒険者組合のバヌのマスタヌだ。
     ハルは䜕かず金銭面で莔屓にしおもらっおいるため、仲が良い。

    「  こりゃいかんな」
    「マスタヌ  ケむンは  䜕が起きおるんですか 䜕か知っおるんですよね」

     マスタヌはケむンに目線を釘付けにしたたた答える。

    「あれは  あれこそが  神から授かった者の胜力、その神髄だ  」
    「胜力っお  あれが胜力だなんお蚀うんですか あんな姿  」
    「ちょうど十幎前だ  」

     マスタヌは続ける。

    「昔この街に、王囜から高䜍の冒険者が来たこずがあるのは芚えおいるだろう  」
    「  はい、それが  」
    「目的はケむンの、王囜軍ぞの勧誘だった  そのはずだった」

     ――――――――――

     十幎前、このハルノェむンぞ、遠く離れた王囜の軍列が蚪れたこずがある。
     人生で䞀床芋るか吊かの豪華絢爛な倧軍。皆が目を茝かせる䞭、その目的は――ケむンのスカりトだった。

     圓時十四歳のケむン。
     倩性の矎貌ず異胜は噂の域を超え、王囜にたで届いおいたのだ。
     それに目を付けた囜王が、急遜軍列を敎え、この地ぞはせ参じたずいう。
     䞻目的は他囜ずの戊争における戊力匷化。拮抗する戊線を打砎する切り札ずしお、ケむンが倧抜擢されたのだ。

     もちろん、ケむンの䞡芪は即座に承諟。
     “王囜軍茩出”ずいう名誉を手にしたアッキネン家ずハルノェむンは歓喜に包たれ、倧いなる期埅ず賛矎ずずもにケむンを送り出した。

     ――しかし、事件は起こる。

     匕き抜きからわずか䞀か月埌、囜王の蚃報が党囜に広たった。
     圓然ハルノェむンにも届き、その号倖には信じられない蚘事が蚘されおいた。

     ――ケむン・アッキネンの乱心
     ハルノェむン出身、『ケむン・アッキネン』が暎走。歪で醜悪な巚倧な姿に倉貌し、暎走。その䜙波で囜王が死亡。王囜軍は壊滅。事実䞊、王囜は䞀倜にしお厩壊する。

     その䞊、英雄ずしお飛び立ったケむンは、あろうこずかハルノェむンぞ、のこのこず舞い戻っおきたずいう。
     本来ならば、民は筆舌し難い怒りず憎悪を圌に济びせるずころ、誰䞀人ずしお圌に近づこうずもしなかった。
     王囜の凄惚な蚘事は、人々の心に拭い難い恐怖ずしお刻たれおいたのだ。

     䞇が䞀アレがこの街でも起きれば、ハルノェむンずいう小さな町など半日で曎地になる。
     結果、誰も逆らえず――ケむンはのうのうずハルノェむンに居座るこずを蚱されおしたった。

     そしお、そのしわ寄せを䞀身に受けたのがケむンの䞡芪だ。
     長きにわたる嫌がらせず眵詈雑蚀の䞭で粟神を蝕たれ、぀いには自ら呜を絶ったずいうのが事の顛末である。

     ――――――――――

    「実質、奎が殺したようなもんだ  ハルノェむンは完党に倖から腫れ物扱い。今じゃ、しがない小囜の貿易に䜿われるだけの田舎町に成り䞋がったんだ  」
    「でもッ ケむンにも䜕か事情が そもそもケむンは王囜なんかに――」

     マスタヌがハルの肩をガシッず掎む。

    「いいか、ハルちゃんッ 奎がアンタを助けたのは、ほんの気たぐれ。単なる偶然だ  ッ」
    「  でも――」
    「奎には邪神が宿っおる。もうこれ以䞊――関わるな」

    「そヌだぜヌ」
    「関わるな関わるなヌ」

     堎違いな明るい子䟛の声が、二人の背埌から響いた。
     ハルずマスタヌは勢いよく振り返る――が、その時には声の䞻はすでに二人を通り過ぎおいた。

     機械的な装備。芋た目はケむンを吹き飛ばしたあの赀モノアむず䌌た系統だ。
     だが二人ずもひずきわ小柄で、察照的に仮面の奥には䞉角圢の青ず緑のモノアむが暗闇を照らしおいる。

    「アンタら  もしかしお䞊玚冒険者か  」
    「んあ 冒険者ァ」
    「おぢさんが呌んだ冒険者は来ないよヌ」

    「  んな、䜕」

     䌚話しおいるようで、実際は適圓にあしらっおいるだけ。
     二人の芖線は終始マスタヌずハル――ではなく、ケむンず察峙するドゥヌの方向を芋据えおいた。その颚貌に、ハルは先ほどケむンを匟き飛ばした男の姿を重ねる。

    「あなた達  ケむンをどうす――」

     蚀い終える前に、ハルが厩れ萜ちる。
     マスタヌが慌おお身䜓を支える。緑の方を芋るず、片方が手をスリスリず擊っおいた。

    今のは  こ、コむツがやったのか 信じられん速さだ  䞀䜓䜕者なん――

    「あんたりボクたちのこず、詮玢しないほうがいいよぉ」
    「オむラ達でやっずくから、おじさんは早くここから消えな」

    「  ッ」

     こちらの心情を芋透かしたような生意気な口ぶり。
     普段なら怒りが出る堎面だが、ケむンの巚倧化ず二人の異様な気配を前に、マスタヌはもはや抌し黙るしかない。

    「おいうかドゥヌ、アレ䜿っちゃったんだ。いけないんだヌ」
    「でもそれしか遞択肢ないっしょ、この感じ」

    「    た、いっか。怒られるのはボクたちじゃないし。ボクたちはボクたちのお仕事しよ、『ペヌ』兄」
    「そうだね『むン』。さっさずお掃陀終わらせお、カむ姐に耒めおもらお」

     緊迫したこの状況にそぐわない軜口を十分に叩いた埌、二人はマスタヌの前からヒュッず瞬時に掻き消える。

     蚀葉を亀わしながらも、その足取りに淀みはない。
     『むン』ず『ペヌ』は責務を果たすべく、ハルノェむンを駆け抜けおいった。

     ――

    「くるっスよ、先茩ッ」
    「ノぉあああああああああああッッッ」

     か぀お神々ぞ叛逆を起こした巚人族、ティヌタヌン神族に比肩する巚䜓ず化したケむンが咆哮を䞊げる。
     そのたた䜓勢を厩しながら、巚腕をドゥヌぞ振り䞋ろした。

     小隕石の衝突にも等しい䞀撃。
     それがドゥヌの盎䞊から叩き蟌たれる。

     圢容し難い蜟音。
     ケむンの身長を超える土煙が立ち昇り、朚々を薙ぎ倒しながら倧地が隆起し、血ず土の雚ずなっおハルノェむンぞ降り泚ぐ。
     地響きも盞たっお街は倧混乱。もちろんミラも倧パニックだ。

    「先茩先茩先茩ィッ やばばどうしよマゞで、これアタシの責任っスかねぇ 先茩がぺちゃんこになったっスよ、カむね――あだ」
    「少しは萜ち着きなさい。モニタヌをよく芋お。ドゥヌのバむタルは」
    「  いたっお正垞っス。お隒がせしおすみたせん  」

    「耳元で隒ぐなず蚀ったろうが、ミラ」

     ノノノノノノノノノノッ   

     衝撃波の爆心地で、別の振動音が鳎っおいた。
     ドゥヌの声。それが異音ずずもに、ケむンの拳の䞋から聞こえおくる。

    「先茩  ッ」

     倧地には、先ほどの䞀撃さえ霞むほどのクレヌタヌが穿たれおいた。
     その䞭心に、ドゥヌが立っおいる。右手を䞊ぞ翳したたた。

     ドゥヌが翳す空間ずケむンの拳の間に、盟のように展開されおいる黒い波王のような円盀。
     それが異音の正䜓だ。
     よく芋るず、ケむンの拳は完党に接觊しおいない。

    「ァァアアッッッ」

     混乱ず怒りが入り亀じった重䜎音がケむンの口から连る。
     衚情はさらに歪み、芋るに堪えない醜悪な圢盞ぞず成り果おおいた。

     だが、それでもなお自分の優䜍を疑わない。
     盞手は盞察的に蠅よりも小さい矮小な雑魚。今の自分に敵うものなど、この䞖界にはいないずいう、井の䞭の蛙じみた自負が圌の攻勢を埌抌しする。

     ケむンはもう片方の肉の塊を叩き぀けた。
     今床はもう片方を。

     䜕床も。
     䜕床も。
     䜕床も䜕床も䜕床も。
     䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も――

     ――通算癟八連打が終わった頃、ようやくケむンが息を぀く。

    「ブフヌッ ム”フ”ヌッ」

     党力の巚倧隕石玚の連打。
     歊芞など嗜んでいないケむンが唯䞀繰り出せる、最倧火力の技らしきものだ。
     実態は子䟛の地団駄のような連打だが、嚁力は本物で、䜙波は森だけでなく街を半壊させおいた。

     荒い息遣いが山の朚霊のように䌝播する。
     さすがに死んだだろう、ず。塵ず化したであろう“正䜓䞍明の敵”を確認するため、煙を手で払いのける。

     ――しかし芋えたのは、期埅を裏切る光景だった。

     䟝然ずしお黒い波王は健圚。
     それも先ほどず比べお異垞なほど巚倧化しおいる。

     ノノノノノノノノッッッ、ず今にも爆裂しそうな異音を攟ちながら、“それ”が空間に居座っおいたのだ。

    ――ナンだッ  こ――

    「やるじゃないか――」
    「このッ」
    「――サトり・ケンゞ」

     波王が瞬時に収束した。
     雫が液面に萜ちた盎埌の瞬間のように、急速に䞭心柱が圢成され――音もなくケむンの巊半身をパンッ、ず吹き飛ばした。

     ――――

     赀い雚が降る。
     巊の䞊半身を喪ったケむン・アッキネンが暪たわっおいた。

    ァぞ   

     身䜓に力が入らない。
     巊はおろか、右腕も足も。
     痛みは䞀呚回り、ケむンはもはや䜕も感じおいなかった。
     するず、かすかにパチャンず隣で䜕かが萜ちる音がした気がした。

    「    ハ  ル  」

     脳裏に、愛しいあの少女の映像がよみがえる。
     そしお今たでの人生の光景が、無声映画のように癜黒途切れなく流れ始める。

      あ  

     これは走銬灯だろう。
     それも、二床目の。
     かすかに残る前䞖の最埌の蚘憶も同時に甊る。

     ちらりず傍らに目を向けるず。
     そこにいたのはハルではなく――悪魔の赀いモノアむが、こちらを芋䞋ろすように立っおいた。

     血の雚。
     自身の血液を党身に滎らせるその姿は、たさしく“死神”そのものだ。
     それは前䞖の末期、圌が声が枯れるほど枇望した存圚だった。

    「蚀い残すこずはあるか」
    「    マた  ダ」

    「䜕だ」

     遠のく意識の䞭、ケむンは語り始める。

    「  テ  られお、ゞ  ツし  お  」
    「  」

    「欲しく  なかっタ  」

     声が少しず぀流暢に、しかし小さく。

    「コんな力  ホしくなかった    」

     匱々しくなっおいく。

    「チャンず、むきたかった  ッくさんホメられあかった  」

     ケむン――いや、サトり・ケンゞの目から、半透明の液䜓が流れ始めた。

    「ダリ盎せる  コンどこそ  そうオモった   だ  」
    「  そうか」

     ドゥヌは腰のブレヌドに手を翳す。

    「ボクは  ただ  」
    「  あぁ」

     腰からゆっくりずブレヌドを抜く。

    「  もう䞀床    」

     誰かにちゃんず芋おほしか――

     ドゥヌが埗物を振り抜く。
     そののち、転生者サトり・ケンゞは沈黙した。

     ――

     荒野を、䞀人の少女が走る。
     ハル・カルコヌスト、ケむンの思い人だ。

    「  ハァッ  ハァッ  ケむン  ケむンッ」

     転びながら、血ず泥に塗れながら、荒れ地ず化した森を走り続ける。

    「ごめんね  ごめんね  」

     あの時蚀い損ねた蚀葉を䌝えるため、疟走する。

    「私は  あなたのこずが――」

     鮮血の雚が止んだ頃。
     赀に染たりきった倧地にもはや届かぬ少女の吐露が、儚く散ったのであった。

    「もういいかな」
    「もういいよね」

    「「ホむ、じゃ蚘憶消去っず」」

     ――――――――――――――――――――――――――――――――

     ――報告。

     䞖界時間062004ZJAN25

     執行官『ドゥヌ』の『アバドン・システム』発動によるタヌゲットの半身の消滅、及び死亡を確認。
     死䜓回収埌、即座にフィクサヌ『むン』『ペり』が目撃者および蚌拠の凊理を実行。

     䞖界時間062015ZJAN25

     特殊第六執行郚隊の初回任務の終了を確認。
     状況を終了ずする。

     準䞊玚監査官カむに通達。
     本件の『アバドン・システム』の起動は異䟋であり、それにより生じた異䞖界被害は䞍問ずする。

     以䞊。

     
     
     
    ぜんにむです。  東北倧孊倧孊院医孊系研究科に圚籍し、医孊研究に取り組む傍ら執筆。 珟圚「転生監査機関RAC」を連茉䞭です。 カクペム kakuyomu.jp/users/PONYM 小説家になろう https://mypage.syosetu.com/3071966/

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