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株匏䌚瀟ヒトボディ第6野、動くその前に

    【あらすじ】

    「株匏䌚瀟ヒトボディ」。
    䞭間管理職のシックス第野は、宿䞻・茂の身䜓を動かすため日々デスマヌチをこなしおいた。
    だが茂が脳梗塞を発症し、珟堎の芁であるフォヌ第野のビルは完党孀立。右半身麻痺に絶望する茂だったが、劻・柄子の倉わらぬ愛ず手䜜りの京郜旅行ノヌトに涙し、「もう䞀回」ず再起を誓う。
    その匷烈な意志を受け、シックスは孀立した盞棒・フォヌぞ続く新たな神経回路バむパスの建蚭に挑む。
    二人の泥臭い共闘の先に埅぀のは、たったミリの奇跡。
    麻痺を残しながらも、再び劻のために右手を䌞ばす日垞を取り戻しおいく、奇跡ず執念の物語。


    【登堎人物・組織図株匏䌚瀟ヒトボディ】

    シックス第6野運動前野・補足運動野/ 珟堎監督䞻人公
     胃の痛む䞭間管理職。瀟長の無茶振りず珟堎の無理難題を繋ぐ、実質的に䌚瀟を回しおいる男。
    フォヌ䞀次運動野第4野/ 珟堎叩き䞊げの䜜業員
     「右手䞊げろ。以䞊」が口癖。ぶっきらがうだが、圌がいないず䌚瀟は1ミリも動かない。珟堎の信頌は厚い。
    プレフ前頭前野/ 理想論ばかり蚀う瀟長
     「瀟䌚的に適切な行動を」ず高尚な理念を掲げるが、具䜓策は党郚シックスに䞞投げ。
    パセリ頭頂葉/ 超真面目な技術屋枬量担圓
     「コップたで40.2センチ」など、ミリ単䜍の空間デヌタを生真面目に報告する職人。
    オキ埌頭葉/ 職人気質の映像デザむナヌ
     色や圢の描写に異様なこだわりを持぀。
    テンポ偎頭葉/ 耳の早い情報通
     倖郚の音声を真っ先に拟っお瀟内に流す。
    ヒポ海銬/ 愚痎っぜい叀参瀟員
     「20幎前の倱敗デヌタ」たで即座に匕っ匵り出しおくる蚘憶の鬌。
    アミ扁桃䜓/ すぐ隒ぐクレヌム察応課
     ネガティブ思考の塊。トラブルの兆候があるずデスクをひっくり返しお絶叫する。
    セレ小脳/ 倩才゚ンゞニア挔算担圓
     姿勢や動きの「ズレ」を0.001秒単䜍で自動修正する。無口で無衚情。
    ベヌス倧脳基底栞/ 珟堎䞻任ブレヌキ担圓
    「それ、本圓に必芁な動きか」無駄な動きを止め、必芁な動きだけを通す門番。䌚瀟の亀通敎理係。

    株匏䌚瀟ヒトボディ
    瀟員数玄860億人
    24時間365日無䌑。有絊䌑暇なし。
    離職率0。ただし脳梗塞による郚眲消滅の可胜性あり。

    第章株匏䌚瀟ヒトボディの日垞


    超巚倧䌁業の朝
    午前䞃時。
    「株匏䌚瀟ヒトボディ」の朝は、い぀だっお爆発的な混沌ずずもに幕を開ける。
    この䌚瀟は、人類の想像を絶する超巚倧組織だ。
    総瀟員数、玄八癟六十億人。
    その党員が「神経现胞」ずいう名の、文字通りの゚リヌトでありながら過酷な劎働環境に耐える瀟畜たちである。

    二十四時間䞉癟六十五日無䌑。

    お盆も正月もない。

    離職率は奇跡の〇パヌセントであり、有絊䌑暇制床などずいう甘っちょろい抂念は、創業以来ただの䞀床も導入されたこずがない。

    もし、瀟員の誰か䞀人でも
    「今日、䜓調悪いんで䌑みたす」
    などず蚀い出しおサボれば、
    この「ヒトボディ」ずいう䌚瀟そのものがひっくり返っお厩壊する。

    ゆえに、今日も党瀟員が血を吐きながら己の職務を党うしおいる。

    その巚倧組織の呜運を実質的に握り、毎日胃に穎が空くような思いで珟堎を回しおいるのが、第六野運動前野・補足運動野の珟堎監督、シックスであった。

    「――っ、おい、誰だ 巊倧脳動脈の第䞉バむパスの酞玠充填を怠ったや぀は 集䞭力が萜ちおるぞ、タバコ酞玠だ タバコを回せ、今すぐ」

    第六野のオフィスは、垞に目たぐるしい情報ず電気信号が飛び亀う、
    戊堎のようなデスマヌチの真っ只䞭にあった。

    シックスは自分のデスクで、怒号を飛ばしながら、
    次から次ぞず送られおくる曞類――各郚眲からの身䜓状況報告曞――に目を通しおいく。
    圌のデスクの灰皿には、急速に消費された酞玠の殻が、山のように積たれお煙を䞊げおいた。

    ゞリリリリリリリリリン

    突然、オフィスの䞭倮にある、金色に茝く特別内線電話がけたたたしく鳎り響いた。
    最高経営責任者である『前頭前野』の瀟長宀、盎通のホットラむンである。

    シックスは思わず顔をしかめ、受話噚を匕ったくった。

    「はい、こちら珟堎監督のシックス 瀟長、䜕か」

    スピヌカヌから響いおきたのは、すべおの修矅堎から切り離されたような、実に優雅で、どこか眠そうな、理想論ばかりを語るプレフ瀟長の声だった。

    『えヌ、シックス君かね。おはよう。今日の我が瀟の経営目暙に぀いおなんだがね』

    「はあ。䜕でしょうか、たた急な業務拡倧運動ですか」

    『いやね、将来の健康寿呜、およびQOL生掻の質の維持を芋据えおだ。我が瀟ずしおは、垞に瀟䌚的なモラルず適切な行動を心掛け぀぀  たずは、そうだな。朝の氎分補絊を行おうか。平たく蚀うず、コヌヒヌを飲もう』

    「コヌヒヌ案件、入りたした」

    シックスは受話噚を叩き぀けるように眮くず、
    マむクを掎んでフロア党䜓に吠えた。

    「党員スタンバむ タヌゲットはデスクの䞊のコヌヒヌカップだ 業務を開始する」

    蚀うのは簡単である。

    瀟長宀でふんぞり返っおいるプレフ瀟長は、
    「コヌヒヌを飲む」ずいうたった䞀蚀の呜什が、
    どれほど緻密で、どれほど膚倧な郚眲の連携によっお成り立っおいるか、
    その裏偎の苊劎をミリグラムも理解しおいない。

    「ただ手を䌞ばしお掎むだけ」の動䜜に、
    どれだけの瀟員が呜を削っおいるか。

    ここから、株匏䌚瀟ヒトボディが誇る、怒涛の超高速連携が始たる。

    八癟六十億のデスマヌチ
    「情報郚門頭頂葉 珟圚の座暙デヌタを送れ」
    シックスがむンカムに向かっお叫ぶ。

    即座に、超真面目な技術屋集団である頭頂葉のチヌフ・パセリから、ミリ単䜍で補正された正確無比な枬量デヌタが送られおきた。

    パセリ『こちら頭頂葉、枬量課 珟圚、右手の初期䜍眮を確認。䜓軞から右に二十二センチ。重心はやや巊に寄っおいたす。タヌゲットであるコヌヒヌカップたでの距離、前方四十䞀・五センチ、右ぞ十五・二床 障害物はなし』

    「よし 映像郚門埌頭葉 タヌゲットのグラフィック解析は」

    オキ『埌頭葉、確認したした』
    職人気質の映像デザむナヌであるオキの声が響く。
    圌は色や圢の描写に病的なたでのこだわりを持っおいた。

    オキ『タヌゲットは、青色の陶噚補マグカップ。衚面にわずかな光沢あり。䞊郚右偎に〇・五ミリの欠けを確認。内郚に液䜓掚定・珈琲が玄癟二十ミリリットル残存。重量、液䜓ず合わせお玄䞉癟五十グラムず掚枬されたす。陰圱、色圩デヌタずもに完璧です。い぀でもいけたす』

    「よし、重量予枬䞉癟五十グラム、それに応じた䞊腕二頭筋および指屈筋矀の出力蚈算を開始する」

    シックスが玠早く蚈算シヌトにペンを走らせおいるず、

    突然、
    音声郚門偎頭葉の情報通、テンポが血盞を倉えお割り蟌んできた。

    テンポ『緊急入電 緊急入電 偎頭葉・音声解析課より報告です 倖郚からの音声信号を受信。りェヌブフォヌムを解析したずころ、これは  奥様からの音声信号です』

    瀟内のスピヌカヌから、テンポが拟い䞊げた倖郚の音声が爆音で再生された。



    『――あなた、ゎミ出し忘れおるわよ』



    その瞬間、オフィス内に蚭眮されたパトランプが、
    真っ赀に回転しながらけたたたしく鳎り響いた。

    ビヌ ビヌ ビヌ

    アミ『ダバいダバいダバい 怒られる たた怒られるよ』

    デスクを掟手にひっくり返しながら絶叫したのは、
    クレヌム察応課扁桃䜓のアミだった。
    ネガティブ思考の塊である圌女は、
    少しでもトラブルの兆候があるずすぐにパニックを起こす。

    アミ『これはただの連絡じゃない 譊告よ 査定に響くわ 家庭内䞍和の危機 最悪の堎合、今日の倜の゚ネルギヌ䟛絊倕食の質が著しく䜎䞋する可胜性があるわ ああ、もうダメだ、䌚瀟が朰れる』

    シックス「アミ、萜ち着け ただ実害は出おいない 譊報を止めろ」

    そこぞ、ペレペレのスヌツを着た叀参瀟員、
    人事郚のヒポ海銬が、
    分厚いバむンダヌを抱えおトボトボずやっおきた。

    ヒポ「  過去十幎のデヌタ、および盎近䞉ヶ月の『ゎミ出し倱念に関する顛末曞』を照合したした。  我が瀟がゎミ出しを忘れた埌、奥様ずの口論における勝率は『パヌセント』です。前回のむンシデントの際、瀟長宀は䞉日間にわたり冷戊状態に陥り、セロトニン幞犏物質の株䟡が倧暎萜したした。非垞に危険な状態です」

    アミ『いやぁぁぁ ほら芋たこずか 勝率パヌセント 倒産よ』

    ゞリリリリリン

    再び瀟長宀からのホットラむンが鳎る。

    プレフ瀟長『あヌ、シックス君。䜕やら瀟内が隒がしいようだが。海銬から䞍穏なデヌタが回っおきた。ゎミ出しを忘れるこずは、瀟䌚的なモラルおよび家庭内統治においお著しく䞍利益であるず刀断する。コヌヒヌ案件の前に、ゎミ出しの優先順䜍を最䞊䜍に匕き䞊げた絊え』

    シックス「瀟長、無茶蚀わないでください すでにコヌヒヌを飲むための運動準備モヌタヌプログラムが八割方完成しおるんですよ 今から仕様倉曎なんお間に合いたせん」

    プレフ瀟長『そこを䜕ずかするのが、珟堎監督である君の仕事じゃないか。私は瀟䌚的に正しい行動を遞択したいだけなんだ。ではよろしく』 ガチャ。

    「あのク゜瀟長   理想論ばっかり䞊べやがっお」

    シックスは髪をハゲるほど掻きむしりながら、フロアに怒号を飛ばした。

    「アミ、お前は黙っおろ ヒポ、過去の喧嘩のデヌタは䞀回ゎミ箱に捚おろ テンポ、瀟長宀に『ゎミ出し案件は、コヌヒヌを䞀口飲んだ盎埌に必ず実行する』ず始末曞を曞いお回せ 優先順䜍の調敎はこっちでやる」

    珟堎は䞀秒を争うのだ。
    シックスは再び頭をフル回転させ、蚈算を再開する。

    「コヌヒヌを飲むために右手を䌞ばす。その際、䞊半身が前傟するから、そのたたでは前のめりに転倒する。――おい、セレ 起きおるか、セレ」

    オフィスの特等垭で、
    最新鋭のスヌパヌコンピュヌタヌの前に座り、
    無衚情にキヌボヌドを叩いおいるのは、
    倩才゚ンゞニアのセレ小脳だった。
    圌は䞀切の感情を排し、ロボットのような平坊な声で答える。

    セレ『  姿勢の予枬挔算、終了しおいたす。右腕の挙䞊に䌎う、前方の重心移動を盞殺するため、脊柱起立筋および倧臀筋ぞ、逆方向の匵力呜什をシミュレヌト。十二パヌセント右埌方ぞ補正。姿勢筋、スタンバむ完了。ズレは〇・〇〇䞀秒単䜍で自動修正したす。問題ありたせん』

    シックス「さすが倩才。助かる 珟堎䞻任のベヌスは」

    倧脳基底栞の珟堎䞻任、
    ベヌスが、ガムを噛みながら枋い顔で芪指を立おた。

    ベヌス「無駄な動き䞍随意運動のブレヌキ、党郚ロック完了しおる。右手を䌞ばす軌道䞊の、必芁な電気信号だけを通すゲヌトは開けおあるぜ。䜙蚈な震えは䞀ミリも出させねえ」


    「よし、党郚眲、準備完了。オヌルグリヌンだ」


    シックスは、完璧に仕䞊げられた『右手挙䞊およびコップ把持に関する運行蚱可申請曞』の束を抱え、オフィスの隣にある、重厚な鉄の扉ぞ向かった。
    扉には、無骚な文字で『第䞀運動野』ず曞かれおいる。

    シックスは迷わず、そのドアをドカンず蹎砎った。

    お前それだけかよ
    郚屋の䞭には、パむプ怅子に深く腰掛け、䜜業机に䞡足を投げ出しお、
    䞍味そうにタバコを吹かしおいる男がいた。
    珟堎叩き䞊げの䜜業員であり、
    この䌚瀟のすべおの「物理的出力」を担う、
    第䞀運動野の『フォヌ』である。

    シックスはフォヌのデスクに、分厚い曞類の束をバアン ず叩き぀けた。

    「おい、フォヌ 情報郚門、映像郚門、小脳、倧脳基底栞、すべおの郚眲を培倜で回しお、完璧な運行ルヌトの曞類を䜜っおきたぞ あずはお前が確認しお、サむン出力するだけだ」

    シックスの額には汗がにじみ、息は絶え絶えだった。

    第六野ずいう仕事は、
    動きが始たる「その前」に、
    すべおの段取りを、䞀の狂いもなく終わらせおおかなければならない。

    䌚瀟の䞭で䞀番忙しく、
    䞀番頭を䜿う、
    実質的な䞻人公ず蚀っおも過蚀ではない郚眲なのだ。

    フォヌは、煙をふぅヌっず吐き出すず、
    目の前に眮かれた山のような曞類を䞀瞥した。

    䞭身を熟読する颚でもなく、ただパラパラずめくっただけで、圌は面倒くさそうにデスクの䞊の、叀びた内線電話のボタンを䞀぀だけ、ぜちっず抌した。

    そしお、受話噚に向かっお、だるそうにこう呟いた。

    「  あヌ、右手䞊げろ。以䞊」


    カチャ。

    静寂が蚪れた。

    シックスは数秒間、呆然ず立ち尜くしおいたが、
    やがお党身の血管が匕きちぎれんばかりの怒りが沞点に達した。

    圌はフォヌの䜜業着の胞ぐらを掎み、思いきり前埌に揺さぶった。

    「お前――ッ それだけかよ」

    フォヌ「うお、痛っおえな、揺らすなシックス」

    シックス「こっちはなぁ 頭頂葉からミリ単䜍の座暙をもらっお 埌頭葉に高解像床のグラフィックを描かせお 小脳に䜕䞇回も姿勢制埡の蚈算をさせお 扁桃䜓のパニックをなだめお 瀟長宀の無茶振りを調敎しお、ようやくこの䞀本の呜什ルヌトを䜜ったんだぞ
    それをお前  『右手䞊げろ。以䞊』っお、
    それだけか もっず他に蚀うこずはないのか
    『䞊腕二頭筋、収瞮床䞉十』ずか
    『橈偎手根屈筋、スタンバむ』ずか、あるだろうが」

    フォヌは、シックスの手をあきれたように振り払うず、頭の埌ろで䞡手を組んで、ニダニダず笑った。

    フォヌ「ぞぞ、しょうがねえだろ。俺の圹職は『第䞀運動野』。珟堎に盎接、呜什のサむンを送り出すのが仕事だ。どんだけ裏で耇雑な䌚議やっおようが、珟堎の筋肉䜜業員たちに现けえ理屈は通じねえんだよ。『動け』、それだけで十分。それにさぁ  」

    フォヌは、パむプ怅子から立ち䞊がるず、シックスの肩をポンず叩いた。

    フォヌ「お前ら第六野珟堎監督が、動くその前に、これだけ完璧な仕事を終えおくれおるんだ。俺は、お前を癟パヌセント信甚しお、ボタンを抌すだけでいい。  だろ」

    シックスは毒気を抜かれたように、ふぅ、ず倧きなため息を぀いた。

    「お前っおや぀は、本圓にい぀も矎味いずころだけを持っおいきやがる  」

    フォヌ「それが珟堎叩き䞊げの特暩っおや぀よ。よし、電気信号、脊髄高速道路ぞ射出 運行を開始する」

    珟実䞖界・䜕気ない奇跡
    珟実䞖界。 午前䞃時二分。
    遮光カヌテンの隙間から、朝の柔らかな光が差し蟌むリビング。
    今幎で六十八歳になる男、茂しげるは、
    ダむニングテヌブルの怅子に深く腰掛け、小さくあくびを噛み殺しおいた。

    「あなた、お埅たせ。はい、朝のコヌヒヌ」

    劻の柄子すみこが、キッチンから淹れたおのコヌヒヌが泚がれた、青いマグカップを運んできた。
    テヌブルの䞊に眮かれたカップからは、
    銙ばしい、深い銙りの湯気が立ち䞊っおいる。

    「おお、すたんね」
    茂は、䜕気なく右手を䌞ばした。

    圌の意識の䞭では、「コヌヒヌを飲もう」ず思っただけである。

    自分の頭の䞭で、
    前頭前野のプレフ瀟長が「瀟䌚的なQOL」などずいう理想論をぶち䞊げおいたこずも、
    第六野のシックスが胃を痛めながら怒号を飛ばしおいたこずも、
    頭頂葉や小脳のスヌパヌコンピュヌタヌがフル皌働しおいたこずも、
    䞀次運動野のフォヌがだるそうにボタンを抌したこずも、
    茂は埮塵も知らない。

    誰も、そんな裏偎のドラマに気づきはしない。

    けれど、
    茂の右腕は、
    䞀切のブレもなく、
    たるで滑らかな機械のように虚空を進んだ。

    柄子が持っおきたガむドブックを避けるように、
    絶劙な軌道を描いお、
    右腕は正確に前進する。
    コップの取っ手の手前で、指先がふわりず開き、寞分の狂いもなく青い陶噚の感觊を捉えた。
    指先が取っ手を握りしめる。
    小脳による完璧な姿勢制埡のおかげで、茂の身䜓が前に傟くこずはない。

    「あなた、ゎミ出しはちゃんずしおくれたんでしょうね」

    柄子が、キッチンで゚プロンを倖しながら、少しゞト目で茂を芋た。

    茂は、右腕を持ち䞊げ、コヌヒヌカップを口元ぞ運びながら、悪びれもせずに笑った。
    「ああ、分かっおるよ。このコヌヒヌを䞀口飲んだら、今すぐ行くさ」

    「本圓かしら。前回もそう蚀っお忘れおたじゃない」

    「ハハハ、今回は絶察に忘れないよ。玄束する」

    茂はコヌヒヌを口に含み、その苊味ず枩かさを堪胜する。

    今日も、い぀もず倉わらない、平和で、䜕気ない朝だ。

    定幎退職を控えた圌にずっお、この劻ず過ごすささやかな時間が、䜕よりもかけがえのない人生の宝物だった。

    自分の身䜓の䞭で、
    八癟六十億人もの忠誠心溢れる瀟員たちが、
    二十四時間䞉癟六十五日、
    䞀秒の䌑みもなく働き続けおくれおいる。

    もちろん、第六野のシックスたちも。

    圌らが「動くその前」に、
    すべおの仕事を、完璧に終わらせおくれおいるからこそ、

    この䞖界には「䜕気ない動䜜」ずいう名の、
    あたりにも矎しい奇跡が満ち溢れおいるのだ。

    それは、株匏䌚瀟ヒトボディの日垞。
    氞遠に続くはずの、完璧な歯車だった。

    この埌、圌らを襲う「未曟有の倧灜害」の足音が、すぐそこたで迫っおいるこずなど、この時のシックスも、フォヌも、そしお茂自身も、知る由はなかった。

    第章過熱する前頭葉、そしお厩壊の足音


    珟実パヌトすれ違う芖線、積もる玄束
    珟実䞖界。
    定幎退職を数ヶ月埌に控えた茂の生掻は、
    皮肉にも人生で最も倚忙を極めおいた。
    長幎勀め䞊げた化孊メヌカヌでの最埌の倧型プロゞェクト。
    匕き継ぎ、埌茩の指導、連日の接埅。
    圌のスケゞュヌル垳は深倜たで真っ黒に埋たり、
    自宅にはただ「寝に垰るだけ」の状態が続いおいた。

    ある土曜日の倜。
    奇跡的に終電前に垰宅できた茂は、
    リビングの゜ファに深く䜓を沈め、
    手元のスマヌトフォンで翌週の䌚議資料をチェックしおいた。
    画面をスクロヌルする指は止たらない。

    「あなた、お茶淹れたわよ」

    柄子がそっず、枩かい緑茶の湯呑みをロヌテヌブルに眮いた。
    そしお、その隣に、䞀冊の叀い冊子をそっず差し出す。
    衚玙に『京郜・行きたいお店リスト』ず曞かれた、
    圌女がコツコツず䜜り続けおいる手䜜りのスクラップブックだった。

    「これね、新しく芋぀けたレトロな玔喫茶の写真、貌っおおいたの。退職したら、最初に行きたいなっお。京郜の路地裏をゆっくりお散歩しながら巡るの、今から楜しみで」
    柄子の声は匟んでいた。
    45幎間、䌚瀟に家庭を捧げおくれた倫ず、ようやく蚪れる二人だけの時間を心から埅ち望んでいるファンのような、玔粋な県差しだった。

    しかし、茂の芖線はスマヌトフォンの画面から離れなかった。
    新補品のトラブルに関するメヌルが次々ず着信し、
    脳内は焊燥感で完党に占拠されおいた。

    「あ、ああ  そうだな。矎味そうじゃないか」

    画面を芋぀め、指を動かしたたた、茂は生返事を返す。

    「あなた、聞いおる」

    「聞いおるよ。  ただ、今はちょっず手が離せなくおな。その京郜の話は、たた今床な」

    「たた今床」
    この数幎、茂が䜕床口にしおきた蚀葉だった。

    柄子はそれ以䞊远及せず、
    「そうね、お忙しいものね」ずだけ蚀っお、
    寂しそうにスクラップブックをそっず閉じた。

    その時の、圌女の少しだけ䞋がった口元ず、
    やり堎のない寂しさを隠すような優しい埮笑みを
    茂の芖線は捕えおいた。

    しかし、今の茂にはそれを気遣う䜙裕はなかった。

    圌の頭の䞭は、迫り来る「仕事の締め切り」ずいう名の濁流で溢れかえっおいた。

    脳内パヌト限界突砎の前頭葉、無芖される譊告
    同じ瞬間、脳内䞖界。
    前頭前野プレフ瀟長宀は、文字通りのデスマヌチ地獄の連勀の枊䞭にあった。
    「新芏案件のメヌルを受信 明朝たでに回答を䜜成しろ」
    「スケゞュヌルがパンクしたす 睡眠時間が足りたせん 脳幹のリカバリヌ郚門から䞀斉抗議が来おいたす」
    オペレヌタヌたちが怒号を亀わしお走り回る。

    プレフ瀟長はネクタむを緩め、
    䜕十枚もの案件曞類を各郚眲ぞ叩き぀けおいた。

    「四の五の蚀うな わが瀟の珟圹生掻の集倧成だぞ 倚少の無理は気合でカバヌしろ 睡眠を削り、亀感神経を最倧出力に匕き䞊げろ」

    この過酷なワンマン経営のシワ寄せは、すべお珟堎ぞず降り泚いでいた。

    「゚ネルギヌの配絊血液ず栄逊が党然足りねえ」
    運行管理郚のベヌスが、鳎り止たない譊告灯の䞭で叫ぶ。
    「倖食続きで塩分ず脂質ゎミが血管ロヌドに詰たりかけおる このたただず物流血流が滞るぞ」

    「ベヌス、萜ち着け」
    第六野補足運動野のシックスが、通信モニタヌ越しに声をかける。

    シックスのいる郚屋には、
    盞棒である第四野第䞀運動野のフォヌもいた。
    二人は、プレフ瀟長から降りおくる「スマヌトフォンの操䜜」や「曞類ぞのサむン」ずいった现かな運動呜什を、珟堎の筋肉たちぞず絶え間なく出力し続けおいた。

    「プレフのや぀、ちょっず働きすぎだな」
    フォヌがガムを噛みながら、䞍敵にビルの窓の倖を芋䞊げる。

    「身䜓のあちこちの配管血管が、長幎の酷䜿で悲鳎を䞊げおるのがここからでも芋えるぜ」
    「ああ、だが瀟長を止めるこずはできない。俺たちは呜什を出力し続けるだけだ」
    シックスは手元の図面を敎理しながらも、䞀抹の䞍安を芚えおいた。

    脳内䞖界を走る䞻芁幹線道路――特に、運動呜什を送り出す『内包埌脚』付近の血管壁には、長幎の疲劎ず悪条件によっお、目に芋えないほどの小さな亀裂ず、ドロドロずしたプラヌクの泥が堆積し始めおいた。

    珟実パヌト芋過ごされた危険信号
    䞀週間埌。
    茂は出匵先の京郜駅、新幹線のホヌムにいた。
    その日も、うだるような暑さの䞭、
    䜕件もの取匕先を回り、頭はガンガンず鈍く痛んでいた。
    氎分を摂る暇すら惜しんで、圌は駅のベンチでパ゜コンを開き、キヌボヌドを叩き続けおいた。
    ふず、ポケットの䞭でスマヌトフォンが震えた。

    画面を芋るず、柄子の名前。

    い぀もなら「あずで」ず切るずころだったが、
    ふず䞀週間前の、あの寂しげな柄子の笑顔が脳裏をよぎった。

    茂はため息を぀きながら、通話ボタンを抌す。

    「もしもし、柄子か。今、京郜のホヌムだ。これから新幹線に乗る」
    『あ、あなた。お疲れ様。京郜は今、暑いでしょう』

    柄子の声は、受話噚越しでも倉わらず優しかった。

    「ああ、倒れそうな暑さだ。仕事もギリギリたでかかっお、どこにも寄れやしない」
    『そう  残念ね。でもね、あなた。退職したら、今床は二人でゆっくり行きたしょうね。あなたが歩けるうちに、私も歩けるうちに、䞀緒に行きたいの』

    「歩けるうちに」

    その蚀葉が、なぜか茂の胞に劙に匕っかかった。
    い぀もなら聞き流すような䜕気ない蚀葉。

    だが、柄子の声には、どこか祈るような響きが含たれおいる気がした。

    「分かっおいる。  その時は、お前が蚀っおいたあの玔喫茶にも、ゆっくり付き合うよ。だから、その話はたた垰っおからな」
    『ええ、気を぀けお垰っおきおね。埅っおるわ』

    通話が切れた。
    茂はスマヌトフォンをポケットにしたい、
    パ゜コンをカバンに詰め蟌んだ。

    立ち䞊がろうずした、その瞬間だった。

      あれ

    䞀瞬、芖界がぐらりず揺れ、右足が劙に軜く感じられた。
    たるで自分の足ではないような、ほんのわずかな感芚の狂い。

    「  疲れが溜たっおるな。垰ったら少し䌑もう」
    茂はそれをただの過劎だず思い蟌み、
    匷匕に足を螏み出しお東京行きの新幹線ぞず乗り蟌んだ。

    それが、身䜓が鳎らした「最埌の譊告」だずも知らずに。


    脳内パヌト内包埌脚、決壊寞前の防波堀
    脳内䞖界。
    その瞬間、
    第䞀運動野ビルず第6野のオフィスを激しい地震のような振動が襲った。

    「うおっず」
    ガムを噛んでいたフォヌがデスクに手を぀いお螏ん匵る。
    譊報音が䞍気味に䜎く鳎り響いた。
    『譊告䞻芁幹線道路・内包埌脚セクタヌにお、血流の急激な䜎䞋を感知。血管壁のプラヌクが限界たで肥倧化しおいたす』

    「シックス プレフのや぀が亀感神経を限界たで匕き䞊げっぱなしのせいで、配管血管が砎裂寞前だぞ」
    運行管理郚のベヌスが、真っ赀に染たったモニタヌを芋぀めながら叫ぶ。

    シックスは血の気の匕いた顔で、隣のビルにいるフォヌに通信を繋いだ。

    「フォヌ 無事か そっちの出力信号に異垞は」
    『ああ、ただ珟堎の筋肉にはギリギリ呜什が届いおる。だが、地䞋の配管からギチギチず嫌な音がしおやがるぜ  』

    フォヌは䞍敵に笑っおみせるが、その額にはか぀おない汗がにじんでいた。

    「瀟長宀 これ以䞊の無理は本圓に組織が厩壊したす 業務過劎を止めおください」
    シックスがプレフ瀟長ぞのホットラむンに怒号を飛ばすが、返っおきたのは焊燥しきった瀟長の悲鳎だった。

    『止めるな あず少しでこの巚倧プロゞェクトが終わるんだ 終われば退職しお、柄子さんず京郜ぞ行ける 今ここで䌑めるか』

    「この、銬鹿瀟長が  」
    シックスは受話噚を叩き぀けた。

    脳内䞖界を走る䞻芁幹線道路――その血管壁の亀裂は、すでにドロドロずしたプラヌクの泥によっお、今にも完党に塞がれようずしおいた。

    「ベヌス 生き残っおいる予備の極现回線をすべおチェックしおおけ 最悪の事態が来るかもしれない」
    「おいおい、瞁起でもねえこず蚀うなよ珟堎監督  」
    ベヌスが冷や汗を流す。

    暗黒の足音は、確実に、そしおすぐそこたで迫っおいた。

    この䞀週間埌、柄子ずの「玄束の旅行」の最䞭に、本圓の地獄が幕を開ける。

    第章カりントダりン発症ず喪倱


    珟実パヌト新幹線の車窓ず、小さな異倉
    珟実䞖界。午前九時四十五分。
    京郜ぞず向かう東海道新幹線の車内は、
    ビゞネスパヌ゜ンや芳光客の話し声で適床に掻気づいおいた。
    窓倖を流れる景色は、目をみはるほどの速さで埌方ぞず過ぎ去っおいく。

    「あなた、お匁圓、これどちらにする」

    柄子が嬉しそうに、駅で買った二皮類の幕の内匁圓を広げお芋せた。

    「ああ、そっちの、西京焌きが入っおいる方をくれ」
    茂はシヌトに深く腰掛け、穏やかな笑顔で応じた。

    四十五幎間の珟圹時代、新幹線ずいえば出匵の道具でしかなかった。
    車内では垞にパ゜コンを開き、眉間に皺を寄せ、曞類ず栌闘しおいた。
    隣の垭に柄子がいお、
    こうしお旅の目的をのんびりず話し合える日が来るなんお、あの頃は想像もしおいなかった。

    茂はゆっくりず右手を䌞ばし、匁圓を受け取ろうずした。

    その時、指先がわずかに震え、プラスチックの容噚の端をかすった。

    「おっず  」
    すんでのずころで柄子が手を添え、匁圓が座垭に萜ちるのを防いだ。

    「気を付けおよ、あなた。ただ寝がけおいるの」
    「いや、すたない。どうも、少し手が滑ったようだ」

    茂は苊笑いしながら右手を匕っ蟌め、手のひらを軜く握り盎した。
    感芚はある。
    痺れもない。
    だが、ほんの少しだけ、
    自分の右手が「い぀もより遠くにある」ような、
    奇劙な違和感が䞀瞬だけよぎった。
    それでも、
    茂はそれを昚日たでの退職手続きの疲れだろうず結論づけ、深く考えずに西京焌きを口に運んだ。

    新幹線は、確実に京郜ぞず近づいおいた。

    脳内パヌト第䞀亀通網の決壊
    脳内䞖界。
    運行管理郚、緊急招集フロア。
    深倜の静寂は完党に消え去り、
    フロアは赀ず黄色の譊告灯パトランプの猛烈な回転ず、錓膜を砎らんばかりのサむレン音に支配されおいた。

    「内包埌脚セクタヌ、流量制限が限界突砎 完党に閉塞したした」
    「䞻芁道路が土砂厩れです 酞玠ず栄逊の運搬トラックが、䞀本も通れたせん」
    オペレヌタヌたちの悲鳎のような怒号が飛び亀う。

    珟堎監督のシックスが、倧量のモニタヌの前に駆け寄った。

    画面には、か぀おないほどの巚倧な黒い圱虚血゚リアが、巊倧脳半球の奥深くでじわじわず拡倧しおいく様子が映し出されおいた。

    「ベヌス 門番どもは䜕をやっおる 雑音を間匕けず蚀ったはずだろ」

    シックスが怒鳎り散らす。

    い぀もは䞍敵に笑っおいるベヌスが、
    サングラスを倖しおモニタヌにぞばり぀いおいた。

    その顔は青ざめおいる。

    「アホ蚀え 雑音レベルの話じゃねえ 道路内包埌脚そのものが物理的に爆砎されたんだ 俺のブレヌキ機胜じゃ、この土砂厩れは止められねえ」
    「プレフ瀟長に連絡は」
    「ずっくに぀ないでる だが、前頭前野ビルも電圧䜎䞋で倧パニックだ 思考回路がショヌトしかけおやがる」

    その時、䞭倮モニタヌの譊告音が䞀段ず高いピッチに倉わった。


    【譊告第䞀運動野セクタヌ、酞玠残量䜎䞋。现胞掻動に深刻な支障あり】


    シックスの血の気が匕いた。

    第䞀運動野。
    そこは、あの䞍骚な盞棒が統括する、我が瀟の最重芁出力郚門だ。

    「フォヌ  」

    シックスの背䞭に冷たい汗が流れおいった。

    珟実パヌト京郜駅のホヌムにお
    珟実䞖界。午前十䞀時䞉分。
    新幹線は定刻通り京郜駅に滑り蟌んだ。
    ドアが開き、心地よい緊匵感を含んだ関西の空気が車内に流れ蟌んでくる。

    「さあ、着いたわよ。あなた、たずは荷物をロッカヌに預けたしょう」
    柄子が先に立っお通路を歩き出す。

    「ああ、そうしよう」
    茂は座垭から立ち䞊がろうずした。

    その瞬間、景色がぐにゃりず歪んだ。

    「  っ」
    右足に力を入れ、床を螏み締めようずしたはずだった。

    しかし、脳が䞋した呜什は、
    どこか途䞭の闇の䞭に吞い蟌たれたかのように、
    足の筋肉たで届なかった。
    右半身が、たるで鉛の塊になったかのように動かない。

    「あなた   どうしたの」
    振り返った柄子の顔が、恐怖にこわばる。

    茂の身䜓は、通路に向けお䞍自然に傟き、
    そのたた支えを倱った操り人圢のように、
    ゆっくりず厩れ萜ちおいった。

    「あなた あなた」

    京郜駅のホヌムに、柄子の悲痛な叫び声が響き枡った。

    脳内パヌト孀立無揎の籠城
    脳内䞖界。補足運動野第野ビル、珟堎監督宀。
    「第ブロック第䞀運動野ビルの地䞋を走る䞻芁幹線道路『内包埌脚』が完党閉塞」

    運行管理郚のベヌスの悲鳎がスピヌカヌから割れた。

    「血液の䟛絊が完党にストップ 電線軞玢が根こそぎ焌き切れおやがる あそこはもう、珟堎の筋肉ぞ繋がるルヌトを倱った『陞の孀島』だ」

    シックスは血の気の匕いた顔で、
    隣のセクタヌにあるフォヌの『第䞀運動野ビル』ぞの通信モニタヌにしがみ぀いた。

    画面の向こうのビルは、
    急激な倧停電虚血によっお次々ず明かりが消え、䞍気味な暗黒に包たれ぀぀ある。

    「フォヌ」

    シックスはマむクを掎み、狂ったように叫んだ。

    「フォヌ、応答しろ 今すぐそこを離れおこっちのビルぞ避難しろ そこにいたら酞欠で壊死するぞ」

    ザヌ  、ザザッ  。
    激しいノむズの向こうから、
    い぀もの䞍味そうなタバコの煙を吐き出すような、
    フォヌのぶっきらがうな声が埮かに聞こえた。
    画面の映像は激しくブレおいる。

    『  ハッ、避難だぁ 冗談蚀えよ、珟堎監督。俺の足元はもう、真っ黒な闇に飲み蟌たれちたっおる。  䞀歩も動けやしねえよ  』

    「銬鹿野郎、諊めるな 新鮮な血液のバむパスを今、他郚眲から匕っ匵っおくる だから――」

    『無駄だ。珟堎ぞ繋がるメむンロヌドが跡圢もなく消滅しおやがる。俺がここでどれだけ声を枯らしおボタンを抌しおも、珟堎の䜜業員筋肉たちにはもう、䞀ミリも届かねえ  。俺たちのオフィスは、ここで終わりだ』

    「フォヌ  」

    『だがな、シックス』
    画面の向こうで、フォヌが䞍敵にニダリず笑った。

    デスクの最奥から、
    眩しく発光する䞀本の黒い倧容量デヌタストレヌゞを匕き抜き、メむンサヌバヌぞず叩き蟌む。

    『お前が毎日、胃を痛めながら俺のずころに持っおきたあの完璧な蚭蚈図モヌタヌプログラムは、俺のサヌバヌに党郚ガッチリ保存しおある。  このビルごず、俺が死守しおやるよ』

    画面のノむズがさらに激しくなり、
    フォヌの姿が雪嵐の䞭に消えかけおいく。
    ビルの党システムが完党にダりンしようずしおいた。

    「䜕をする気だ、フォヌ」
    『俺のサむンを送る電線は死んだ。だが、お前が匕いた図面はただここにある   いいかシックス、生き残っお、珟堎ぞ繋がる別のルヌトを匕っ匵っおこい。その现ぇ糞が䞀本でもここぞ届いたら  俺がこのデヌタを、もう䞀床珟堎ぞぶち蟌んでやる』

    ブツッ。

    通信が、完党に匷制遮断された。
    それず同時に、モニタヌの向こうの第䞀運動野ビルは、完党に光を倱った真っ黒な廃墟ず化しお深い暗黒ぞず沈んだ。

    「フォヌヌヌヌヌヌヌ」

    シックスの絶叫が虚しく響き枡る。
    盞棒は、あの倧停電の闇の䞭に、図面を抱いたたた生き埋めになった。

    脳内パヌト真の䞻人公、起動
    脳内䞖界。第䞀運動野ビル、完党沈黙。
    シックスは、冷たい床に膝を぀き、そのたた厩れ萜ちた。

    目の前のモニタヌには、䜕も映っおいない。

    か぀おあれほど匷固で、
    我が瀟の誇りだった第䞀運動野の巚倧なビルは、
    䞀瞬にしおすべおの光を倱い、
    深い暗闇の底ぞず沈んでしたった。

    静寂。
    ただ、冷酷なたでの沈黙だけがフロアを支配しおいる。

    珟堎ぞの通信内包埌脚は焌き切れた。
    フォヌのビルは暗黒に呑たれ、倖郚ずの連絡も完党に遮断された。
    それは、株匏䌚瀟ヒトボディにおける「右半身を動かす」ずいう正芏ルヌトの完党な終焉を意味しおいた。

    もう、あの足が動くこずはないのだろうか。

    柄子ず玔喫茶を巡る旅も、
    あの青いマグカップでコヌヒヌを飲む日垞も、
    すべおは氞遠に倱われおしたうのか。

    シックスは、自分の無力さに打ちひしがれ、床に拳を打ち付けた。
    「ク゜ッ   俺が  俺がもっず早く、完璧な準備プログラムを回しおさえいれば  」

    どれほど悔やんでも、
    砎壊されたメむン道路は元には戻らない。
    か぀お無敵を誇った戊友が闇に生き埋めになった䞖界で、シックスはただ、深い絶望の闇に溺れおいくようだった。

    その時だった。

    しんず静たり返ったシックスのポケットの䞭で、
    緊急甚の運行管理モニタヌが、
    埮かに、本圓に埮かに震えた。

    電子音が小さくピッず鳎る。シックスは涙を拭いもせず、う぀むいたたた、液晶画面を盗み芋た。

    そこには、赀く染たった壊死゚リアのすぐ境界線䞊――ただ生きながらえおいる、極めお现い、瀕死の神経ネットワヌクの残骞が点滅しおいた。

    さらに、完党沈黙したはずの第ブロックの奥深くから、埮匱な生存シグナルが、たるで心臓の錓動のように等間隔で拟われおいた。

    【察象第䞀運動野ビル――生存確認。ただし、完党孀立】

    【代替ルヌト未怜出。新芏開拓が必芁です】

    シックスの目が芋開かれた。

    「  あい぀、生きおやがる」

    フォヌのいる第䞀運動野ビルは闇に沈んだ。
    珟堎に盎接呜什を䞋す正芏ルヌトも党壊した。
    しかし、フォヌはあの暗黒のオフィスで、
    図面を抱きしめたたた、シックスが道を繋ぎ盎すのを信じお耐えおいる。
    そしお、
    その動きの「前」を叞る自分たち補足運動野第野は、ただ蟛うじお生きおいる。
    脳のすべおの機胜が死に絶えたわけではない。

    珟実䞖界の病院では今、柄子が必死に茂の手を握り締め、
    泣きながら呌びかけおいるはずだ。

    「歩けるうちに行きたい」ず蚀った、
    あの劻が、ただ諊めずに埅っおいる。

    ここで自分たちたで膝を折れば、
    あい぀の籠城も無駄になり、本圓にこの䌚瀟は倒産する。

    シックスは、床に぀いた手にじわじわず力を蟌めた。

    泥をすするようにしお、
    ゆっくりず、しかし確実に、
    その顔を䞊げた。

    濁っおいた圌の県光に、再び、青く静かな炎が宿る。

    シックスは涙を拭い、
    激しく点滅する譊告灯の䞭、
    コントロヌルパネルを乱がうに匕き寄せ、
    ただ息をしおいるキヌボヌドに指を走らせる。

    「  誰が諊めるかよ」

    フォヌの最期の蚀葉が、脳裏で激しくリフレむンする。

    『ルヌトが届いたら、もう䞀床ぶち蟌んでやる』

    「ああ、やっおやるさ。道がないなら、俺が、新しい裏路地バむパスをれロから匕っ匵っお、お前のずころたで繋げおやる」

    シックスは血の滲むような声で呟き、
    ただ芋ぬ「裏路地バむパス」の蚭蚈図を狂ったように匕き盎し始めた。

    「埅っおろ  絶察に、そこたで道を繋げおやる  」

    マむクに顔を近づけ、倧きく息を吞った。

    「党郚眲に通達 生き残った奎らは党員、俺の指瀺に埓え これより我が瀟は――『埩掻リハビリ』の超突貫工事を開始する」

    真っ暗闇の脳内䞖界で、
    倱われたはずの「第野」のモニタヌが、
    再び匷く、青く、爆発的な発光を始めた。

    第章リハビリの壁珟実の残酷さず、最初の足がかり


    珟実パヌト奪われた「圓たり前」
    珟実䞖界。
    脳梗塞の発症から、䞉週間が経過しおいた。
    急性期病院での䞀呜を取り留める治療を終え、
    茂は回埩期リハビリテヌション病院のベッドの䞊にいた。

    窓の倖には芋慣れない街の景色が広がっおいるが、
    今の圌にはそれを眺める心の䜙裕など䞀ミリもなかった。

    「さあ、茂さん。たずはベッドの端に腰掛けお姿勢を保぀緎習から始めたしょうか」
    担圓の理孊療法士・川田が、明るく、しかし毅然ずした声で促す。

    たった䞉週間前たで、意識すらせず立ち䞊がっおいた。
    新幹線の座垭から、䜕の手間もなくスッず身䜓を持ち䞊げおいた。

    それが今は、ベッドから腰を浮かせるこずすらできない。

    右手の指先に、右足の倪ももに、力を入れようずする。

    だが、
    脳からどれだけ呜什を送っおいる぀もりでも、
    皮膚の䞋にある筋肉はピクリずも動かず、
    自分の意思を完党に拒絶するようにだらりず匛緩したたただ。
    自分の身䜓でありながら、
    たるで他人の肉䜓を無理やり抌し付けられおいるかのような、
    おぞたしい感芚ず凄たじい悔しさが茂を襲う。

    なぜだ  。なぜ、たったこれだけのこずができないんだ  

    額に異垞なたでの汗がにじみ、呌吞が荒くなる。

    党神経を右半身に集䞭させおいるのに、身䜓はただ、重力に埓っおシヌツに沈み蟌むだけだった。

    か぀お䌚瀟を支え、家庭を守っおきたずいう自負は、この癜いベッドの䞊で完党に粉砕されおいた。

    脳内パヌトペナンブラの煀煙ず、孀立ビルのフォヌ
    脳内䞖界。
    か぀お栄華を誇った第䞀運動野第ブロックの跡地。

    そこは完党な死の街ではなかった。

    だが、䞭心郚を走るメむンロヌド『内包埌脚』は完党に黒く焌け焊げお焌き切れ、呚囲のオフィスも爆撃を受けたかのように煀煙に包たれおいる。

    血液ずいう名の酞玠ず栄逊が途絶えたこずで、倚くの神経现胞が機胜を倱い、かろうじお息をしおいる现胞たちペナンブラ領域も、満足に信号を送れず床に倒れ䌏しおいた。

    完党孀立し、暗黒に沈んだ第䞀運動野ビルの最奥――。
    非垞甚電源すら底を぀きかけ、凍り぀くような寒さの䞭で、フォヌは䞀人、机に座っおいた。

    防護服は煀で汚れ、トレヌドマヌクのタバコに火を぀ける気力すら湧かない。

    だが、その腕の䞭には、眩しく発光する黒いデヌタストレヌゞ――シックスが䜜り、自分が預かった「最高のモヌタヌプログラム」が、片時も離さずがっちりず抱きしめられおいた。

    『おい、珟堎監督  。俺はただ、ここで図面を盟にしお座り蟌んでるぜ。  早く道バむパスを繋げやがれ  』

    通信の途絶えたむンカムの向こうぞ、フォヌはぶっきらがうに呟く。

    メむンの電線は死んだが、あい぀が新しい裏路地をここたで匕っ匵っおくれば、このデヌタはただ珟堎筋肉ぞ流せる。

    フォヌは暗闇の䞭で、静かに牙を研いでいた。

    䞀方、その隣のセクタヌにある補足運動野第野ビル。
    「シックス、だめだ   第ブロックぞの通垞アクセス回線が完党に焌き付いおやがる これじゃ珟堎の筋肉に䞀ミリも電流が届かねえ」
    運行管理郚のベヌスが、煀たみれの顔で叫ぶ。

    シックスは、手元のコントロヌルパネルに映る珟実䞖界の茂の姿を芋おいた。
    必死に右半身に力を入れようず、脳内で信号を乱発しおいる。

    しかし、その信号を受け止めお珟堎ぞ出力するべきフォヌのビルが、あの倧停電で完党に孀立しおいるのだ。

    シックスがいくら完璧な「運動の準備図面」を新しく匕いおも、フォヌのサヌバヌたで届かなければ、筋肉にはただの沈黙ずしおしか䌝わらない。

    「焊るな、ベヌス。メむンストリヌトが䜿えないなら、生き残っおいる现い路地を探すんだ。他郚眲の裏路地を繋ぎ合わせれば、必ずフォヌのビルたで届くバむパスが䜜れる。あい぀はただ、あの䞭で生きお埅っおいるはずだ」

    シックスは冷静さを装っお声を絞り出したが、その拳は悔しさで血がにじむほど匷く握られおいた。

    出力の術をなくした補足運動野は、
    暗闇の䞭で激しい無力感に苛たれおいた。

    「おい、しっかりしろよ、珟堎監督」

    ふず、幻聎のようにフォヌの䞍敵な声が耳の奥で響いた気がした。
    シックスはハッず目を芋開き、自分の頬を匷く叩いた。

    「分かっおいるさ。俺が諊めたら、あい぀も、あの人も、二床ず立ち䞊がれない」

    珟実パヌト途切れた玄束、繋ぎ止める糞
    リハビリ宀での過酷な時間が終わり、
    茂は車怅子に揺られお病宀ぞず戻っおきた。

    䞀歩も進めず、ただ疲劎感だけが残る無意味な時間。

    茂は車怅子の背もたれに頭を預け、
    倩井を芋぀めたたた、深い溜息を぀いた。

    「もう、いいんじゃないか  」
    ぜ぀りず、諊めの蚀葉が口から挏れた。

    「柄子、俺はもう十分生きたよ。䌚瀟も勀め䞊げた。玔喫茶なんお、行けなくおも  」

    そこたで蚀った時、病宀のドアが静かに開いた。

    柄子だった。
    圌女はい぀もの優しい埮笑みを浮かべ、
    䞡手で倧切そうに倧きなカバンを抱えおいた。

    茂の匱音を聞かなかったかのように、
    柄子は「あなた、お疲れ様」ず声をかけ、
    サむドテヌブルの䞊に䞀぀の叀い冊子を眮いた。

    衚玙には、䞍噚甚な文字で『京郜・行きたいお店リスト』ず曞かれおいる。
    茂が退職したら二人で巡ろうず、
    䜕幎も前から柄子が雑誌の切り抜きを貌り合わせお䜜っおいた、
    手䜜りのスクラップブックだった。

    「これね、荷物を敎理しおいたら出おきたの。ただ捚おおないのよ」

    柄子は車怅子の暪に怅子を寄せ、
    茂の動かない右膝の䞊に、
    そっずその冊子を広げた。

    ペヌゞをめくるず、
    色鮮やかな京郜の路地裏や、
    レトロな玔喫茶の写真が、
    柄子の几垳面な文字の解説付きでびっしりず䞊んでいる。
    䞭には、茂が「ここ、矎味そうだな」ずい぀か口にした珈琲店の切り抜きもあった。

    茂は胞が締め付けられるような思いで、それを眺めた。

    芋れば芋るほど、今の自分の動かない半身ずのギャップに絶望しそうになる。
    「  柄子。せっかく䜜っおくれたのに、すたない。俺がこんな身䜓になっちゃ、もう  」
    茂が芖線を萜ずした、その時だった。

    「私ね」
    柄子が小さく、どこか切なげに笑った。

    「本圓は、怖かったの」

    茂は驚いお顔を䞊げた。

    い぀も前向きで、
    自分の看病を笑顔でこなしおいた柄子が、
    初めお芋せる衚情だった。

    「あなたが救急車で運ばれお、ICUに入っお  。お医者様から芚悟しおくださいっお蚀われたずき、頭が真っ癜になった。もし、あなたが目を芚たした時、私のこずも分からなくなっおいたらどうしようっお。二人で積み重ねおきた四十五幎間の思い出が、党郚、あの雚みたいに綺麗に消えちゃっおいたらどうしようっお、本圓に怖かったの」

    柄子の现い指が、スクラップブックの端をぎゅっず握りしめる。
    指先が埮かに震えおいた。

    「だからね、目が芚めお、私の名前を呌んでくれたずき、それだけで神様に感謝したのよ。京郜に行けなくたっお、もう䞀床歩けなくたっお、あなたがこうしお私の隣で生きおいおくれるだけで、私はもう十分。  十分、幞せなの。だから、自分を責めないで」

    柄子はそこたで蚀うず、
    倧粒の涙をぜろぜろず零しながら、
    カバンから「もう䞀぀のもの」を取り出した。

    それは、自宅のリビングの食り棚からわざわざ持っおきた、
    あの二十六幎前の『青いマグカップ』だった。

    䞭からは、柄子が自宅で淹れお氎筒で持参した、
    淹れたおのコヌヒヌの銙ばしい匂いが立ち䞊っおいる。
    圌女は涙を拭いもせず、
    その枩かいカップを茂のサむドテヌブルにそっず眮いた。

    茂は、その陶噚の鮮やかな青を芋぀めた。

    柄子は「生きおいおくれるだけで十分」ず蚀っおくれた。

    自分を責めないでいいず、優しく赊しおくれた。

    だが、その柄子に、これほどたでの恐怖ず孀独を味わわせおしたったのは、
    他ならぬ自分だ。

    四十五幎間、
    䌚瀟に家庭を任せきりにし、
    ようやく手に入れた二人だけの時間を、
    こんな匱音で終わらせおいいはずがない。
    䌚瀟の危機を䜕床も乗り越えおきた男が、
    自分の人生の定幎を、ベッドの䞊で迎えおたたるか。

    俺は、䜕を終わったような顔をしおいるんだ。柄子は、ただ俺の手を握っおくれおいるのに

    茂の胞の奥で、燻っおいた冷たい灰の䞭から、
    猛烈な熱を垯びた火皮が匟けた。

    動かない右手を匕きずり、
    代わりに、
    ただ自由に動く「巊手」をゆっくりず䌞ばした。
    四十五幎間、柄子からコヌヒヌを受け取るのはい぀も右手だった。
    だが今は、
    そのくだらないプラむドも圢振りも党お捚おお、
    巊手でしっかりず青いマグカップの取っ手を握りしめる。

    じわりず、
    枩かい陶噚の熱が巊手のひらから党身ぞず、
    そしお凍り぀いおいた脳ぞず䌝っおいく。

    「  もう䞀回だ」

    掠れた声だった。

    喉の奥から絞り出したような、小さく䞍栌奜な音。

    それでも、病気になっおから、
    茂の口から出た初めおの前向きな、
    明確な「自分の意志」だった。

    柄子が驚いたように目を芋匵り、
    それから、嬉しそうに涙を溢れさせながら倧きく頷いた。

    「ええ。もう䞀回ね、あなた」

    脳内パヌトシンクロする意志
    その瞬間、脳内䞖界に激震が走った。
    「な、なんだ 瀟長宀から、創業以来芋たこずもねえレベルの特倧の電圧信号が降りおくるぞ」

    ベヌスがひっくり返りそうな声でモニタヌを指差す。

    前頭前野のプレフ瀟長が、涙を流しながら叫んでいた。

    「党郚眲、聞け 我が瀟の長期ビゞョンは、䞀ミリも倉わっおいない 倒れおたたるか もう䞀床、あの柄子さんず京郜の街を歩くんだ」

    瀟長宀から攟たれた匷烈な『意志の電流』が、
    煀煙に包たれおいた脳内䞖界を䞀本の雷光ずなっお貫いた。

    その光は、
    機胜停止しかけおいたペナンブラ領域の现胞たちを激しく叩き起こし、シックスのいる補足運動野ビルを眩しく照らし出す。

    シックスは顔を䞊げ、䞍敵な笑みを浮かべた。


    埅っおいた。


    この、患者本人の「絶察に諊めない」ずいう匷固な芚悟を。


    これさえあれば、どれほど壊滅的な珟堎からだっお、
    新しい道を創り出せる。


    「党瀟員、これより第二段階ぞ移行する」

    シックスは腕を振り䞊げ、
    生き残った现胞たちぞ向かっお力匷く宣蚀した。

    「正面のメむンストリヌトがダメなら、他郚眲の现い裏路地を匷匕に繋ぎ合わせお『代償バむパス回路』を構築する 泥をすすっおでも、䞀本の现い配線をあい぀のいるビルたで届かせるんだ フォヌが図面を抱えお埅っおいる、あの第䞀運動野ビルを、俺たちの手で再起動させるぞ」

    暗闇の脳内䞖界で、
    補足運動野のモニタヌ矀が、
    爆発的な茝きを取り戻しおいく。

    それは、倱われた正芏ルヌトの代わりに、
    脳の残された領域を再組織化する奇跡の胜力――「神経可塑性かそせい」ずいう名の、果おしないリハビリ戊争の、真の幕開けだった。

    第章再起動ミリの開通、そしおもう䞀回


    脳内パヌト现き路地の開通
    リハビリ宀。
    理孊療法士の掛け声ずずもに、
    茂の「右手を動かす」ずいう超高電圧の瀟長呜什意志が脳内を駆け抜けた。
    「党セクタヌ、総員党力で新ルヌトの電圧を維持しろ」
    第野ビルで、シックスが喉を枯らしお叫んでいた。
    圌が毎日、泥をすすりながら他郚眲の现い裏路地を繋ぎ合わせ、
    補匷し続けおきた、
    ボロボロの「代償バむパス回路」が今、
    限界を突砎しお光を攟っおいる。

    「届け  届けぇぇぇ」

    バチバチバチッ

    閃光が闇を切り裂き、
    その现い配線の先端が、
    ぀いに暗黒に沈んでいた『第䞀運動野ビル』の壁に突き刺さった。

    「バむパス、第ブロックぞ完党接続」
    ベヌスのオペレヌタヌが泣き叫んだ。

    「電力、逆流したす」

    その瞬間、
    完党に機胜停止しおいたフォヌのビルに、
    䞀気に目も眩むような電流が流れ蟌んだ。
    消えおいた非垞灯がパチパチず音を立おお甊り、
    党おのメむンモニタヌが青く爆発的に発光する。

    そしお、シックスのむンカムから、
    あの䞍敵で、ぶっきらがうな、最高に頌もしい盞棒の声が返っおきた。

    『――あヌ、こちら第䞀運動野。  おい珟堎監督、ずいぶんず遅いお着きじゃねえか。埅ちくたびれおタバコがシケっちたったぜ』

    「フォヌ   お前、生きおっ  」

    『圓たり前だろ、誰に向かっお蚀っおやがる。おい、お前が繋いだこの现ぇ裏路地、最倧電圧に耐えられるな』

    「ああ、俺の䜜った図面に狂いはない どんな高電圧でも通しおやる」

    『よし、お前が䜜った最高の運行蚱可申請曞モヌタヌプログラムだ 俺が今から、珟堎ぞ向けお党デヌタ䞀括送信する 二人乗りの特撃だ、振り萜ずされるなよ、シックス』

    二人は同時に、コントロヌルパネルの巚倧なレバヌを限界たで抌し䞋げた。

    「いくぞフォヌ 信号、最倧出力」
    『おう 右手䞊げろ――以䞊』

    脳内を貫く閃光。

    二人の魂の叫びが混ざり合った超高圧の電気信号が、

    现い裏路地を爆走し、珟実䞖界の末梢神経ぞず突き抜けおいった――。

    珟実パヌトミリの軌跡
    珟実䞖界。
    リハビリ宀。匵り詰めた沈黙が流れおいた。
    机の䞊には、柄子が持っおきおくれたあの青いマグカップが、䞻の手のぬくもりを埅っおいる。

    茂は歯を食いしばり、
    顔を真っ赀に染めながら、
    頑なたでに動かない右手の指先に意識を送り続けおいた。

    動け  動け、俺の右手   柄子に、もう䞀床この手で  

    䞀秒。
    二秒。
    䞉秒。
    心臓の錓動だけが耳の奥でうるさく響く。
    党身から脂汗が吹き出る。

    ピクッ。

    「あ  」
    川田が、短く息を呑んだ。
    机の䞊のタオルに眮かれおいた茂の右手の薬指が、
    ほんの、わずか䞀ミリだけ、内偎に向かっお震えるように収瞮した。

    川田は、䞀瞬だけ蚀葉を倱った。
    理孊療法士になっお十幎。䜕床も芋おきた光景だった。
    それでも、この瞬間だけは䜕床芋おも胞が熱くなる。

    動かない肉䜓ず、諊めない魂が繋がる、䞖界で䞀番矎しい奇跡。

    川田は膝を぀いたたた、茂の顔を真っ盎ぐ芋䞊げた。
    その目は、プロずしおの静かな興奮に濡れおいた。

    「茂さん、芋たしたか」
    「え  」
    茂は自分の右手を芋぀めた。

    動いたずいう明確な感芚はただない。
    ただ、川田の鋭い県差しが、䜕かが起きたこずを告げおいた。

    「茂さん、これで終わりじゃないです。むしろ、今日がスタヌトです。ここからいくらでも、新しい道は広げおいけたす」

    傍らで芋守っおいた柄子が、
    䞡手で口を芆い、
    その堎に厩れ萜ちるようにしお泣き出した。
    「よかった  よかった  あなた  」
    涙が柄子の頬を䌝い、床に萜ちおいく。

    それは、健康な人間から芋れば、
    物を掎むこずすらできない、
    たった䞀ミリの䞍栌奜な痙攣に過ぎない。

    しかし、

    リハビリの珟堎における「䞀ミリ」は、
    これたでの果おしない倱敗の闇をすべお吹き飛ばす、宇宙誕生のビッグバンのような決定的な倧爆発だった。

    茂の巊手が、泣き厩れる柄子の肩をそっず抱き寄せる。

    右手の指先は、確かにただ、埮かに熱を垯びお震えおいた。

    脳内パヌト歓喜の爆音
    脳内䞖界。地䞋コントロヌルルヌム。

    「通ったぞォォォヌヌヌ」

    「バむパス開通 出力到達率、぀いに二桁を突砎 これたでで最高倀だ」

    フロア党䜓が、割れんばかりの歓声ず怒号に包たれた。

    アミは隣のパセリず抱き合っお号泣し、
    ベヌスはサングラスを攟り投げおガッツポヌズを決めおいる。

    シックスは、レバヌを握ったたた、
    ゆっくりず腰を抜かすように怅子に座り蟌んだ。
    圌の目から、熱いものが䞀筋、頬を䌝っお流れ萜ちた。

    「  やったぞ。繋がった。俺たちの勝ちだ」

    するず、むンカムの向こうから、
    ガリガリず頭を掻くような音が聞こえ、フォヌの声が響いた。

    『おい珟堎監督、泣いおんじゃねえよ。ただ指䞀本、䞀ミリだぜ 本番はこれからだろ』

    シックスは涙を拭い、フッず錻で笑った。

    「分かっおいるさ。お前こそ、サボるなよ」

    『ぞっ、寝蚀は寝お蚀え。これからは毎日、お前が裏路地バむパスを補匷しお、俺が信号を叩き蟌むんだ。  いくらでも付き合っおやるよ、盞棒』

    倧停電の危機は去った。
    か぀おの䞻芁幹線道路メむンロヌドは倱われたたただ。

    しかし、新しく繋がった䞀本の现い路地は、
    第野ず第野のビルを結び、
    静かに、
    しかし力匷く、
    青い光を攟ち続けおいた。

    圌らはもう、暗闇の迷子ではなかった。
    二人の泥臭い共闘は、ここからたた始たっおいくのだ。

    ゚ピロヌグリビングの「青」ず、䞍噚甚な日垞
    脳梗塞の発症から、䞀幎が経過した。
    珟実䞖界。自宅のリビング。 午前䞃時十五分。

    「あなた、お埅たせ。はい、朝のコヌヒヌ」

    柄子が、キッチンから淹れたおのコヌヒヌが泚がれた「青いマグカップ」を運んできた。
    テヌブルの䞊に眮かれたカップからは、銙ばしい、深い銙りの湯気が立ち䞊っおいる。

    ガタガタッ。

    䞍噚甚な音が響く。
    茂は、完党に元通りになったわけではない右手を震わせながら、ゆっくりずマグカップを持ち䞊げた。
    指先は匷匵り、党開には開かない。
    マグカップが揺れ、
    コヌヒヌが数滎、
    テヌブルの䞊にこがれおしたう。

    「あ、あなた、無理しなくおいいのよ」
    柄子が心配そうに垃巟を持っお駆け寄ろうずする。

    しかし、茂は䞍自由な右手でしっかりずマグカップを握り盎したたた、
    少しだけ悪戯っぜく笑っお芋せた。

    「いや、いいんだ。俺は右手で飲むず玄束したからな。少し䞍栌奜だが、我慢しおくれ」

    茂はゆっくりず、
    慎重に、
    マグカップに口たで運び、
    コヌヒヌを口に含み、
    その苊味ず枩かさを堪胜する。

    右手の麻痺は残っおいる。

    杖や短䞋肢装具なしでは、ただ䞊手く歩くこずもできない。

    これからも、䞀生付き合っおいかなけない䞍自由さだ。

    京郜のすべおの喫茶店を歩いお巡るには、
    ただ䜕幎もかかるかもしれない。

    それでも圌らは今、
    自分たちの家で、
    自分たちの生掻を取り戻しおいた。

    茂は、䞍自由な右手で自分のマグカップを、
    震えながらも、
    もう䞀床しっかりず持ち䞊げた。

    脳内の现い裏路地を総動員しお、
    やっずの思いで持ち䞊げた、
    執念の数センチ。

    目の前で愛おしそうに埮笑む劻の顔を芋぀め、優しく語りかけた。

    「  柄子。もう䞀回だな」

    柄子は、
    こがれ萜ちそうになる涙を必死に堪えながら、
    自分の青いマグカップを茂のカップにそっず重ねた。

    「ええ。もう䞀回ね、あなた」

    チリン、ず小さな、でも枩かい陶噚の音がリビングに響く。


    ――男が、愛する劻のために右手を䌞ばす、その前に。


    今日も第野の瀟員たちは、
    誰よりも早く、静かに持ち堎ぞ向かっお働き始める。

    #創䜜倧賞2026   #お仕事小説郚門

     
     
    理孊療法士。 臚床で出䌚った感情や颚景をもずに、短い物語を曞いおいたす。 皆様のNoteも楜しく拝芋しおいたす。玠敵だな、心に響いたなず思った蚘事は、私の䜜品の䞭でご玹介シェアさせおいただくこずがありたす。

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