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アミノ式ざる蕎麦、ぺろり

    げりすんどめ



    お昼。IHクッキングヒーターの前。
    蕎麦を湯掻く鍋は音もなく沸騰している。

    対流に身を委ねて、お蕎麦はしなやかにエンドレスバク転をしている。

    眺めてるだけで気持ちがいい。




    燃焼系 燃焼系 ア ミ ノ 式
    燃焼系 燃焼系 ア ミ ノ 式



    腹ペコは、からだを揺らしてリズムを刻み、声高だかにアミノ式。


    燃焼系 燃焼系 ア ミ ノ 式
    燃焼系 燃焼系 ア ミ ノ 式

    こ ん な うん どう し なくても

    ネンショウケイ ホッホッホ アミノ式







    お蕎麦め、気持ちよさそうだな。
    眺めて気持ちいい、歌ってブースト、リズムを刻んでアミノ式。

    お蕎麦はまわる  くるくるまわる

    燃焼系 燃焼系  ア ミ ノ 式






    リズムを刻みながら、タイマーに目をやる。




    1秒が長い。



    タイマーを意識した瞬間から一秒は長くなる。
    この1秒なら寿司二貫。余裕でぺろり。三貫いけるか、いけないか。くら寿司で今度だな。



    腹ペコの考える1秒の可能性。
    カウントダウンはつづいてる。

    最近、Netflixで『忍びの家』を観た。
    そのせいでまた変な病気がでる。




    菜箸忍刀を逆手に構えて、腰を落とす。
    立ち昇る湯気を、キッと睨む。


    名も無く 地位無く 姿無し。されど、この世を照らす光あらば、この世を斬る影もあると知れ。


    雑巾を絞るように腰をねじり上げて、瞬発力を蓄える。

    みえた!!

    ねじり上げた腰から繰り出されるデンプシーロールはじめの一歩のやつのような斬撃がアマツバメの如く空を斬る。



    タイマー残り、

    36 秒、
    斬る!(ヒュヒュンヒュン)


    35秒
    斬る!!(ヒュヒュンヒュン)



    34秒
    斬るl!!!(ヒュヒュンヒュン)


    斬る斬る斬るとポーズを決めて、
    湯気に向かって見得を切る。


    天魔覆滅て ん ま ふ く め つ!!



    もうもうと 湯気のむこうに、服部半蔵。



    「むぅ、一秒あればけっこう斬れるなあ」


    換気扇は意にも介さず、乾いた音でクルクルまわる。









    長い時間が流れてる。

    「なにやつ!」「そこにおるのは知っておる!」「風魔小太郎!」「あれっ、今日何曜日だっけ」「エッ!?明日旗持ち当番横断歩道のやつ!?」「久しくとどまりたるためしなしだな」「デュフフ…裸忍法…」ぶつ切りの思考を次々と巡らしているうちに



    タイマーの音が鳴る。



    沸き上がっていた寸胴はスッと鎮まる。
    羽衣のように舞った十割蕎麦を手速くすくい、冷水でキッとシメて泳ぐように笊に盛る。



    舌が待てない。



    お盆にざる蕎麦、廊下を小走り、いそいそと居間へ配膳行脚。

    縁側に沿った細い廊下。
    レースのカーテンは風をふくんで揺らついている。
    秋の陽射しを踏みしめて、一人バタつく、穏やかな昼。




    両手でお盆。足で障子をスゥっとあけるとテーブルめがけてスライディング正座。お蕎麦お蕎麦、いただきます。



    自称『特選』のチューブわさびを蕎麦の上に直接のせる。ちょんちょんのせて、細かくちらす。せわしなく蕎麦をかきまわす。

    北斎のような御蕎麦富士。無遠慮に箸を突き立てて、ごっそりと蕎麦を掬い上げる。

    やや濃いめに仕立てた鰹だしのつゆ創味のつゆおいしいよ。。すでにたっぷりのきざみ海苔をまぶしてある。そこへ蕎麦を足から肩までどっぷり浸つからしたかとおもうと、ずっとりとつゆを吸った海苔に絡めて勢いよく口に啜り込む。

    暴れながら吸い込まれていく蕎麦の群れは、口の中を叩きながら絡めたつゆを口いっぱいに跳ね飛ばす。

    山葵の清らかな辛さと十割蕎麦の持つ太い香り、鰹だしならではの香ばしさ、さらには荒磯を蓄えた海苔の風味が、螺旋を巻いて鼻腔に舞う。そしてふくよかな鰹だしの旨みと渾然一体となって鼻腔、味蕾の隅々までを喜ばせながら一気に喉を駆け抜ける。喉ごしも爽快。




    箸は止まらない。
    二の箸はすぐにざる蕎麦を掬う。今度は少し通ぶって、蕎麦の端にだけつゆをつけるとすぐに啜る。

    くちびるにバタ足で暴れる十割蕎麦を問答無用に啜り込む。舌の上をのたうちまわって蕎麦の芳醇な風味が口腔内に拡がり、最後に鰹つゆのしょっぱさが舌の上をほんのり掠める。

     思わず目を閉じる。無意識に視覚を遮断して嗅覚と味覚を研ぎ澄ましているのだろうか。やや硬めの十割蕎麦は押し返すような弾力があり、噛むたびに蕎麦特有の素朴な薫りが増す。あまりの美味さにガッツポーズをとる。

    えへへ、カッコつけちゃった…ほんとはつゆにどっぷりがいいや。




    さて、ここから。
    そう、ここから。

    悪 魔 的 味 変。


    傍には生卵がひとつ。
    おもむろに手に取り、角で打つ。

    エロエロ エッサイム(債務)
    エロエロ エッサイム(債務)

    ワレハモトメウッタエタリ


    い で よ! 食 卓 の デ モ ン!!!!


    くちゃりと割れた殻のなかから、ぬっとりとうまれし食卓のデモンが、つけつゆめがけて黄色い顔をのぞかせる。

    わたしは、にんまりとしながら、
    ゆっくりと産まれ堕ちる食卓のデモンに祝福の声をかける。

    ようこそ、ようこそ。

    割れた殻からぬらぬらと透明なからだをのばし、黄色い顔からつけつゆに落ちる。まぁるい容器に黒いつゆ、黄色いたぁまご、どぶんと浮かぶ。

    箸を突き刺し、からからと溶く。
    太陰太極図のように、綻びながら溶けてゆく。
    その手つきには悦びが溢れている。

    わたしはいま、どんな顔で溶いているのでしょう。
    さぞかし愉悦の顔なのでしょう。

    ああ、はやくはやく。

    欲にまみれた激しい手つきで、たっぷりとかき混ぜてやった。


    惚けた目で欲望のつゆを眺める。







    たっぷりとかき混ぜたつゆ。
    これにどっぷりと浸けて啜るのが抜群にうまい。

    山葵の絡まった蕎麦を掬いあげて溶き卵つゆにどぶ漬けすると一気に啜り込む。海苔、山葵、鰹の風味と共に濃厚な黄身の滋味が溶け込んだつゆは甘トロく蕎麦に絡まる。口の中で生まれた旨みクリーチャーは塩味より甘みの濃い味わいになり舌のまわりを這うように蹂躙しながら、強烈な旨みを残して喉をおりてゆく。


    この後はもう覚えてはいない。一心不乱に蕎麦を啜り、あっという間にざる蕎麦はただの笊になった。




    待て待て待て待て、なにかを忘れちゃいませんか。




    お盆の隅で、岩のような湯呑みが蒟蒻色のゆるい湯気をたゆわせている。

    湯呑み界の貴公子、蕎麦湯である。






    とろとろの蕎麦湯はその粘性により、注ぎたての熱を保持しながら、飲まれるその時を待つ。


    部屋を暖めることもなく、ひんやりと照らす秋の陽射し。このどこか物哀しい涼しさ、これが逆にご馳走。この涼しさを蕎麦湯の熱さでいただく。


    さぶイボを立てておもむろに湯呑みを手に取るとじんわり熱さが手に伝わる。


    「あったかぁ」



    この湯呑み越しの温かさが、心の奥まで染み渡る。
    しばし手のひらで蕎麦湯を堪能する。湯呑みをぎゅっと手で包むと、湯呑みの方も私の手を包んでくれている気になる。

    あったかさの持つ不思議な効果に心を委ねて、しばし物思いに耽る。


    食い過ぎたなあ、食い過ぎた。
    おいしんだもんなあ、あんなの誰だってペロリだよなあ。





    なんで250gゆがくなあ俺


    まぁ、いいか。




    湯呑みを包む手のひらはじんじんとあたたかい。

    寒さと熱さでワンセット、マッチポンプな湯呑みの嗜み。それが、この季節の醍醐味。


    秋だな。また秋が来たな。これが今年のわたしの秋だ。

    ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたはかつ消え、かつ結びて久しくとどまりたるためしなし。

    方丈記より

    来年はまた、ちがう秋がやってくる。

    そんなことを想いながら、猫背になって湯呑みを握る。









    なにもしないを今してる。


    どっかで聞いたことあるな、そんなフレーズ。
    今がまさにそうか。


    贅沢な時間だな。



    湯呑みをそっと頬にあてるとやはりじんじん、あったかい。





    充分に心を満たされたところで「ころよし」と蕎麦湯をこくりと一口。唇を滑り落ち、舌を揺蕩たゆたう。蕎麦特有の風味が鼻腔にのぼる。

    果たしてこの風味が好きなのかどうかは正直なところ自分でもよくわからない。ただ、これを楽しんでいる自分というのは間違いなくいる。

    温かいとろみを口腔内にゆっくりとコーティングすると、喉を動かして〝ゆっ〟と呑み込む。

    濃い蕎麦の風味を残し、喉を舐めるように落ちる蕎麦湯はほどよくぬるく、優しく腹に落ちる。


    ごちそうさま。


    幸福なため息を大きくついて、後ろ手をつく。


    秋風鈴がチリンと鳴った。











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