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「え、俺なんか買ったっけ?」──クレカ請求額が"知らない自分"を連れてくる夜

カートに入れた記憶はある。でも"買った記憶"がない

月末、スマホに届くクレジットカードの利用明細。

あの通知を開く瞬間の心臓のバクバク、伝わるだろうか。

「……え、7万?」

いや待ってくれ。俺、先月そんなに何か買ったか?

明細を一行ずつ見ていく。
Amazonが3件、楽天が2件、メルカリが1件。

あー……。あったわ。たしかにあった。

深夜2時、子どもたちが寝静まったあとの、あの時間。「自分へのご褒美」とか言いながらポチッとやったやつだ。

買った瞬間は覚えてる。でもそれが「合計いくらになるか」は、まったく考えてなかった。

これがADHDの衝動買いのリアルだ。一つひとつは「まぁこれくらい」って思える金額なのに、それが束になって請求書という現実になって戻ってくる。


「なんで俺、学ばないんだろう」って自分を殴りたくなる

正直に言う。

これ、初めてじゃない。何回目かもわからない。

妻に明細を見せるときの、あの気まずさ。「また?」って言われるときの、胃がキュッとなる感覚。

怒られるのが怖いんじゃない。「また同じことを繰り返した自分」に絶望する、あの感覚が一番キツい。

「学習能力ないのかな」「俺って何やってもダメなんかな」って、脳内でもう一人の自分がボコボコに殴ってくる。

わかってるんだ。カードを財布から抜けばいいとか、アプリ消せばいいとか、そんな「対策」は100個くらい知ってる。

でもあの瞬間──仕事でボロボロになって、パワハラで心がすり減って、子どもの寝顔を見ながら「今日も俺、なんとか生きたな」って思った深夜の、あの数分間。

「ポチる」以外に自分を癒す方法が、見つからなかったんだよ。


気づいただけで、もう一歩進んでる

だから今日、こうやって文章にしている。

明細を見て目を背けなかった。ちゃんと金額を直視した。妻にも「ごめん、また衝動買いしてた」って言えた。

それだけ?って思うかもしれない。

でも俺は知ってる。以前の自分は、明細すら開けなかった。リボ払いに逃げて、見ないふりして、もっと傷口を広げてた。

「やらかした」って気づけたこと。それを誰かに正直に言えたこと。それだけで、昨日の自分よりほんの少し前に進んでる。

解決策なんて、まだ見つかってない。来月もまたやるかもしれない。

でも、今日この請求書を開いた自分を、俺は否定しない。

同じように画面の前でため息をついてるあなたも、どうかそれだけは覚えていてほしい。

「やらかす自分」に気づけるのは、ちゃんと生きてる証拠だから。


※本記事や提供する鑑定は、医療行為や心理療法に代わるものではありません。心療内科等に通院中の方は、どうか主治医の先生の指示を優先してくださいね。明日からの日常が少しホッとするような、心に寄り添う「お守り」としてお楽しみいただければ幸いです🌿

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