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『名前が書けるうちに。』#023 あとがき

    最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

    この物語は、

    「誰かの命を見送る物語」ではなく、

    「命の"選び方"を見つめる物語」

    でした。

    私はこの物語で、

    延命拒否を肯定も否定もしていません。

    ただ、

    老いが"生かされるだけの時間"になってはいけない。

    里子という一人の女性を通して、

    そのことを考え続けました。

    自分で選ぶということは、

    残される人を苦しめることでもあります。

    でも、その苦しみの先には、

    きっと愛があります。

    人生の終わりに、

    自由と愛の"帳尻合わせ"をする。

    そんな生き方もあるのではないかと、

    私は思っています。


    延命拒否を選んだ人も、

    延命のための治療を望んだ人も、

    その瞬間まで、

    自分の人生を生きた人たちです。

    いまの日本は、

    かつてない長寿社会を迎えています。

    けれど、

    「長生きが必ずしも幸せではない」

    そう考える里子のような高齢者も、

    確かに存在します。

    魂が置き去りになってしまうほどの医療の中で、

    人は"生かされること"に慣れすぎてしまったのかもしれません。

    私はこの作品で、

    死を語りたかったのではありません。

    "どう生き切るか"

    を描きたかったのです。

    それは、

    今を生きる私たち一人ひとりへの問いでもあります。


    いつしか、

    "自分ではない自分"が立っている。

    そんな日が訪れるかもしれません。

    命の灯が尽きるより先に、

    自分を失う。

    それが、

    延命という名の"もう一つの死"だった。

    どちらが正しいのか、

    誰にもわかりません。

    ただ、

    どちらも"生きた証"なのだと思います。

    そして、

    それは誰もが、

    いつか向き合う問いなのだと思います。


    五人のうち、

    自分の意思で幕を下ろしたのは里子でした。

    それは、

    消失ではなく、

    完成でした。

    サインをした人も、

    しなかった人も、

    やがて"自分という形"から離れる日を迎えるかもしれません。

    だからこそ、

    「自分で名前が書けるうちに、サインしておくのよ。」

    この一節は、

    延命拒否の是非を語る言葉ではありません。

    "自分が自分でいられるうちに、人生を自分で仕上げておく。"

    そのための、

    里子からの小さなメッセージなのだと思います。


    最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。

    #創作大賞2026 #エンタメ原作部門


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