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デザインに国境はあるか。限界デザイナーがカナダで見つけた、働くこと、生きること、AIのこと。【1】

    【1】30代グラフィックデザイナーが会社を辞めて、海外で働いたり無職になったりする話


    会社を辞めた日の朝、
    いつもより2時間遅く起きた。
    特別なことは何もしてない。ただ、目覚ましを止めてからもう一度布団に入った。それだけ。でもその布団の中の瞬間が、10年ぶりくらいに「自分のもの」だった気がして、ちょっとふわふわした。

    10年間、社畜デザイナーをやっていた。

    朝は7時50分に家を出て、夜更けに帰る。今日こそ18時に上がるぞ、と思った日でも、気づいたら家に着くのは夜の22時だった。そういう日々が続くと、「このままでいいのか」とか、そういう問いすら立てられなくなる。目の前のことを消化するのに一生懸命で、休日はクタクタで寝ていて、気づいたら30代になっていた。

    悲劇でもなんでもなく、ただ、時間の感覚がなかった。
    季節が来て、季節が去って、また締め切りが来る。それだけ。
    それでも、デザインが好きだったからずっとその生活をしていた。

    辞めようと決めたのは、ある休日の昼。

    私は布団で寝ていた。
    夫は横で、黙って洗濯物を畳んでいた。
    「カナダに行きたい。」

    自分でも少し驚いた。考えてから言ったわけじゃない。なんなら半分寝ていた。でも口から出てきた。

    夫は洗濯物を畳む手を止めなかった。少し間があって、「いいんじゃない」と言った。それだけだった。それだけで、なんとなく決まった。

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    上司に辞めることを伝えたのは、それから1年後だった。
    青天の霹靂だったらしい。上司は少しだけ狼狽えていた。
    そりゃそうだ。やっと育て上げた中堅デザイナーが、リーダーになっていくちょうどその頃である。まあまあな仕事を抱えていたし、私なりに一生懸命やっていた。
    辞めるとは、微塵も思っていなかったようだった。

    でもその上司は、仕事もできて人もできた、いわゆるSSR上司だった。
    「カナダに行きます」と言ったら、「そうか」と言ってくれた。それだけだった。説得もなく、引き止めもなく、ただ「そうか、もう決めてるなら仕方ないね。頑張って。」だった。

    ありがたかった。と同時に、少しだけ拍子抜けした。もう少し惜しんでくれてもよかった。人間とは勝手なものである。

    引き継ぎを終えて、最終出社日に会社を出た。終電ではなく、18時に。私がいなくなっても、会社はふつうに回った。当たり前のことだけど、それを実感するのに、辞めてみるまで10年かかった。

    カナダ、イギリス、アメリカ。 気づいたら3カ国にいた。

    こうしてなんとなく、脱サラ海外生活が始まった。
    ワーキングホリデーの期限などとうにすぎた35歳の春である。

    お金がなくて毎日オーブン野菜だけ食べてたり、AI大好きマネージャーに困らされたり、働けなくなったり、文化がちがいすぎて毎日「へえ」と思ったり、いろいろあった。

    この話は、デザイナーを始めた頃から、頭の片隅でずっと気になっていた「デザインに国境はあるのか」という問いを、私なりに探してみた記録である。

    海外デザイナー日記【2】に続く


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    30代、社畜デザイナーを辞めて、気づいたらカナダ・イギリス・アメリカにいた人。デザイナーだったり、無職だったり、義実家に転がり込んだりしながら気づいたことを書いています。たまに日本酒。

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