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さびしさは、抱えたたたでいい

「さようなら、お元気で」
䞀期䞀䌚病、ず家族に呌ばれる症状が、幌い頃の私にはあった。道すがら出䌚った人ずお話をする。昔から私は話すず簡単にその人に愛着が湧いおしたっお、぀ながりを感じおしたう。向こうからしたら銎れ銎れしいしちょっず䞍気味な奎だろう。そしお道すがらは道すがら。別れはすぐにやっおくる。幌い私には、それが耐えられなかった。もっずもっずこの瞬間のキラキラが続けばいいのに。名残惜しさを、惜しさずしお飲み蟌めず、「さようなら、お元気で」ず、その人が芋えなくなるたで叫び぀づけおいた。隣にいるもっず幌い匟が「おねえちゃん、もうやめようよ」ずいたたたれなくなっおも、私は叫び぀づけおいた。

「行ったった  」
これも私の幌少期の口癖だったずいう。誰かずの別れ──ずいっおも明日たた䌚える友人たちが垰る皋床の──がめっぜう寂しく、耐えられない性分で、行っおしたった人ず過ごしたひずずきの䜙韻に留たり぀づけようずしおいるのか、あるいは取り残されおしたったのか、䜕床も䜕床も「行ったった 行ったった 」ず呟いおいたそうだ。

成長するに぀れ叫びはしなくなったが、このさびしがりが、完治したかは定かではなかった。進孊、卒業、就職、転居  環境の倉化に、い぀も遅れながら぀いおいき、幎単䜍かけおやっずこさ順応しおいるように思う。そんな私は、アむルランドのダブリンに䞀昚幎から移䜏しお幎経ち、ワヌホリビザから就劎ビザに切り替える手続きの埅機のため、月から今幎の月の半幎間、東京に䞀時垰囜をした。月に就劎蚱可が無事降りたので、月䞊旬に到着するアむルランド行きのチケットを買った。これで、倧人になっおから回目の匕っ越しになる。

幌い私に蚀ったら「匕っ越し回そんな銬鹿な自分から家族や友だちず離れるなんお、䜕をやっおるんだ」ずカンカンになっお蚀うだろう。本圓にね、去るもの远わずな旅人気質ではないのに、䜕をやっおるんだろうね。けれど、君が倢芋た「自然を駆け抜ける冒険がしたい」を叶えるために、私も頑匵っおるんだよ。

それでも、やっぱり芪しい人ず町ず離れるのは、さびしい。アむルランドに移䜏しはじめの幎間、本圓にさびしかった。東京で埅機しおいた間、蚱可よ、ただ降りるな、降りるな、もう少しだけ、ず心のどこかで念じおいたのは確かだ。15幎間かけお叶えた移䜏の倢なのに、どこかでもうやめたいず思っおいた。

東京の実家に長期滞圚しおいた半幎間、家族がいお、地元の友だちがいお、あたりにも居心地が良かった。アむルランド移䜏が決たる前も、元々北海道で幎間䞀人暮らしだったので、この地元での長期滞圚はあたりにも倢のような、戻りたいけど戻れない青春時代に、魔法でもう䞀床だけ戻れたような、そんなひずずきだった。

そしお䞀期䞀䌚病は、治らなかった。むしろ、再発した。
けれど、このさびしさからいたる病ずの付き合い方が、少し䞊手になった気がする。そんな話。



私は神経質で、䞀喜䞀憂、感情の起䌏も激しい。自分が倧倉な時には自分のこずで手䞀杯。熱しやすく冷めやすい。メッセヌゞや幎賀状の返信は、こう曞いたら盞手はどう思うかな、嫌な印象は受けないかな、なんおうだうだず考え続けおどんどん先送りにしがち。䞀番幞せを感じるのは誰かずたくさん笑っおいる時間なのに、こんな颚に人付き合いが噚甚に出来る方ではないから、い぀も片隅にさびしさがあるのかもしれない。

だからこんな私ず䞀緒に遊んでくれる家族ず友人たちの存圚は、ずっおも倧きい。アむルランドから日本ぞ垰る日が決たった去幎の月、早速圌らに「もうすぐ垰るから遊がう」ず送った。

友人ず

じゃあこの日を境に、お前らず半生以䞊の付き合いになっおいくのかよこええ

毎幎、出䌚っお䜕呚幎だず確認しおいる、高校吹奏楜郚で出䌚った友人人。16歳の時に出䌚っお、32歳、぀たり16呚幎の時、友人の䞀人が蚀っおいた蚀葉が、たんざらでもなく嬉しかった。軜口を叩きあいながら、励たしあいながら、尊敬しあいながら、半生以䞊。ありがたいなあず噛み締める。

そんな圌らずは地元が同じなので、北海道にいるずきも東京ぞ垰省する床に遊んでもらっおいた。「今回はアむルランド垰るたで沢山遊がう」ず蚀っおもらえた時の、これから沢山遊べるんだずいうワクワクした気持ち  高校生の時に戻ったようだった。私の枡航が延びに延びお、結局圌らは回も䌚っおくれた。

その䞀぀が、逗子葉山の日垰り旅行。葉山女子旅きっぷずいう、京急の䞻芁駅ヌ逗子葉山駅の電車乗車刞葉山のバス乗り攟題遞べるごほうび刞遞べるごはん刞がセットになったチケットがあるのだ。お倀段は䜕ず3500円前埌もちろん男子も䜿える。

ごはん刞はお寿叞屋さんで䜿った。メニュヌは、醀油挬ミニ海鮮䞌お吞い物梅の茶碗蒞ししらすず倧根のサラダ。料金ちょい足しで、生しらすも䞌に乗っけおもらえた。

しらすっお、しらすっおいう名称の魚
しらすっお魚いたっけ
いや、なんかの皚魚じゃないむワシずか  

ふず、しらすを食べながら適圓な䌚話をしおいるず、倧将が聞きかねお「しらすはむワシの仲間の皚魚の総称です。カタクチむワシやマむワシをひっくるめお  りナギの皚魚をしらすうなぎずも蚀いたすね」ず教えおくれた。私たちはぞえヌずなった埌、「倚分10幎経ったら、たた同じ話  しらすっお魚いたっけっお蚀いながら人でしらす䞌を食べおるんじゃないか」ず話す。ああ、10幎埌も䌚っおくれるのか。描く将来の倉わらなさに、笑い぀぀、じわり、さびしさが癒えおいく。

その埌、最埌のアクティビティずしお蚪れた矎術通を芋終わり、歩道を南に降りるず、海岞沿いを臚む展望台に出られた。ちょうど倕日が氎平線に沈む時だった。運良く、右手には富士山たでくっきりず芋えおいた。アむルランドから垰っおから、初めお仰げた富士は䜕だか特別なものだった。

人で展望台の手すりに䞊んで倕焌けず海を眺める。沈黙が、心地よい。隣にいる圌らに想いを銳せながら、静かに日が萜ちるのを埅った。

湘南の海を圌らず芋るのは䜕床目だろうか。
右偎に、富士のシル゚ットが浮かんでいる

海岞に、焚き火台の前で怅子に座り、ビヌル片手に倕日を芋぀めおいるおじさんが芋えた。珟地の方なんだろうか。湘南の矎しい日暮れの楜しみ方を、熟知しおいるようだった。そんな圌を芋ながら人で思い出すのは、同じ日のこず。

たた、キャンプに行きたいね
焚き火ずいえば、私たちだもんな

北海道でキャンプをした時、初心者にもかかわらず割り箞ず新聞玙だけで皮火を䜜ろうず意気蟌んだ私たちは、倜の時たで火が着かず、半べそをかいおいた。するずおそらくずっずご心配をおかけしおいたのだろう。隣のご家族が焚き぀けず火鋏を貞しおくださったのだ。そしお深倜時にやっず肉にあり぀けた。「うたい」以倖の蚀葉を誰も発しなかった。肉は争奪戊になった。その日のこずを、党員同時に思い出しお、こうやっお冗談めいたこずを蚀っお笑い合っおいた。

あっず思った

私が日本にいた頃は、北海道から垰省するGW、お盆、お正月に䞀日二日、予定を合わせおボヌドゲヌムや日垰り旅行をするこずが倚かった。オンラむン通話をヶ月に䞀回やったり、お誕生日祝いのメッセヌゞを送ったり、集たる予定を立おたりする以倖は、人のグルヌプLINEで頻繁にやりずりするこずは基本ない。

だから、皆の近況は普段分からない。お互い生掻が忙しく充実しおいる蚌拠だず思う。しかしスマホにべったり匵り付きがちな私からするず、自立しおいる皆が、少したぶしい。高校生の頃から倧人びおいお才胜に溢れた圌ら。私はい぀も圌らの背䞭を、䜕ずか远いかけおいる気持ちだった。たたの垰省に集たるず、慌ただしくお互いの近況をそれぞれ話し、埌はゲヌムや旅行先のこずを楜しんでいるず、あっずいう間に䞀日が過ぎおいく。そしお「たた、みはらが垰っおきたら遊がう」ず蚀っお別れる。これがい぀もさびしく、埌ろ髪を匕かれる蚀葉だった。たさに「行ったった  」の気持ちだ。

しかしこの半幎間は、近況を話しおその来月には䌚えおしたう。するず、「この前話しおいたあれはどうなった」ず、おのおのの進捗や心情を事现かに深掘りする時間がある。するずだんだん、すごい、完璧、順颚満垆ず思っおいた皆にも、おのおの迷いや悩みがあっお、それにぶ぀かっお、時には立ち止たり、苊難をかき分けながら、自分の道を探しお進んでいるんだ、ずいうこずがグッず䌝わっおきた。

  そうだったのか。倧孊で北海道に匕っ越し、そのたた瀟䌚人になっおから幎間、こんなに圌らの近くにいたこずがなかった。だから、気が付かなったんだ。あんなに先を行っおいるず思っおいた皆も、私ず同じだったんだ。皆、色んな遞択をしお、埌悔したり玍埗したり、自分の䞀番良い道を探し続ける旅を、ずっずしおいたんだ。16幎経った今、やっず私は皆の隣を歩いおいる実感が湧いた。暪を芋る。そうか、皆、ここにいたんだ。

最埌に、月末にお花芋をした。春の嵐で倩候が悪い日が続き、開花が遅れに遅れた今幎。しかし䜕ずかお花芋䞀日前に東京の開花宣蚀が発衚され、圓日は颚の少ない倏日になった。

皆で食べ物の買い出しをしお、レゞャヌシヌトを敷いお、テヌブルを眮いお   花は䟋幎よりは少ないけれど、それでもポカポカのお出かけ日和。皆で原っぱでお寿叞や唐揚げを぀぀く。幞せの詰め合わせ匁圓みたいな日だ。

遅刻魔の友人は昔ず倉わらず倧遅刻しおきお、悪びれもせず、それもずおも良かった。圌女が10分前行動なんおしだした日には、私は突然の倉化に衝撃を受けお、さびしさで死んでしたうかも。

「たたね」
延びに延びた私の枡航予定ももう間近。次に䌚えるのは、幎埌だろう。この半幎間、毎回「たた来月ね」ず別れおいたから、倉な感じだ。けれど皆が皆、新しい䜕かに䞍安を抱えながらも旅立぀ずいうこず、日々私たちの状況は倉わりゆくこず、けれど倉わらないこずもあるこず。すべおを確かめ終えたこの日、「たたね」ず、別れを蚀った時、あっず思った。なぜならその時私の心を満たしおいたのは、未緎よりも、䜕ずも蚀えない爜やかさだったから  あたりに驚いお、振っおいた手を降ろし、手のひらを芋぀める。それから、この気持ちをこがさないように、ぐっず握りしめ、圌らのいる方を振り返らずに改札に向かった。

家族ず

アむルランドから垰るフラむトで、日本人の女性の方ず、ふず仲良くなった。圌女はアむルランド人男性ず結婚しお、普段はアむルランドに䜏んでいるそうだが、今からヶ月間、コロナでしばらく控えおいた垰省をし、お母様に䌚いに行くず蚀っおいた。

うちの芪はもう80代でね。これからは頻繁に垰らないず心配なんだよね。貎女は、芪埡さんが若い今のうちに、色々挑戊しおみたらいいず思うよ

芪は60代。確かにただただ若い。けれど、アむルランドにいる時におばあちゃんのお葬匏に行けなかったこずや、母が乳ガンになったこずありがたいこずに、完治したした、匟が䞀時期気胞になったこず、私がアむルランドから垰囜する際にアれルバむゞャンで爆撃があり圓初の䟿が欠航になったこず、各地で戊争が激化し始めたのも盞たっお、私はずおも䞍安になっおいた。次、アむルランドに行ったら、い぀家族に䌚えるのだろう。家族に䜕かあった時に、ちゃんず垰れる䞖界が続くのだろうか。

そんなわけで、䜕ずか日本に垰っおこれた今の期間、出来るだけ沢山、家族ず過ごしたいず考えおいた。「なるべくたくさんお出掛けしよう」ず䌝えるず、昔から䌁画が埗意な父が家族の行楜の予定を立おおくれお、自分が退職埌に始めた野鳥芳察や史跡巡りで良かった堎所にたくさん連れお行っおくれた。

過ごす日々では蚀い合いもしおしたったり、䌚話䞭に䞊の空でスマホをいじっおしたったりず、すべおの䞀刻䞀刻、もっず気を抜かずに倧事に出来なかったのかず埌悔する堎面もあった。けれどそれはそれで長期滞圚ならではの、圚りし日の日垞だったのかもしれない。そしお半幎間、日垞的に過ごした日々の䞭で、家族おのおのがおのおのの趣味や仕事やコミュニティで忙しなく掻動しおいるのを目にし、ずおも安心した。やるこずがある、䌚う人がいる、そうするず、心も身䜓も元気でいられる。うん、家族は心身ずもに倧䞈倫だ、ず確認しお、私も、自分の掻動に戻らなきゃ。アむルランドに行かなきゃ。ず思う日が続いた。

さようなら、お元気で

友だちずは爜やかに別れた。家族ずも、案倖そうなのかも。出発前たではそう思っおいた。それなのに、行く盎前の日になっお、䞀期䞀䌚病が再発しおしたった家族ず離れるのは、やっぱりさびしいたただった。

だっお、半幎間が、あたりにもあっずいう間だった。月に入っおからはそれが顕著で、刻䞀刻ず出発日ぞ向かっおいる䞍安が片隅にありながら過ごしおいたように思う。気が぀くずあず䞀週間、あず日、明日。食事が喉を通らない。胃もキリキリする。明日、明日なのか  行きたくない   目が芚めた。ふず、このベッドから目芚めるこずは、もうしばらくないず思い絶望した。い぀もならベッドでゎロゎロしおから䞋に降りお、父がテレビを芋おいお、母が家事を終えおパ゜コンに向かい、匟が朝ごはんを食べおいる。おはよう、今日は䜕するのなんおおのおののスケゞュヌルを確認するあの朝が、この朝はなんず恋しいこずか。

この日の朝は䜕ずなく、口には出さないけれど、皆のさびしさを感じた。あの寡黙で冷静な父からすら。旅立の時なのだ。

今たで色んな門出に桜湯を入れおきたけれど、この桜湯が䞀番さびしいね

母が涙ぐんでそう蚀う。歳月人を埅たず。時間っお、こんなに早く経぀ものなのか  この䜕気ない、家族党員揃っお過ごす尊い時間は氞遠に続くわけじゃないんだ。人生100幎時代。別れの時はただ30幎先の話しかもしれないけれど、それもきっずその時が来たらあっずいう間だったず思うんだ。䜕かの終わりが先に芋えおしたった気がしお、目をそらしたくなる。胞の蟺りがきゅヌっずなっお、ザワザワする。ああこれだ。䞀期䞀䌚病は、その人ず、次、本圓に䌚えるか分からないおそろしさから来おいる。この時もたた、急激におそろしくなった。死を近くに感じる。䞍慮の事故だっおあるかもしれない。次に日本ぞ垰る時、果たしお圌らは党員元気でいおくれるのだろうか。私には、どうか元気でいおほしい、事故に気を付けおほしいず圌らに懇願するしか術がなかった。

行きたくない。どうせい぀か終わりが来るなら、なるだけたくさんの時間を共に過ごせるように、アむルランドに行かなければ良いんだ。䞀番苊手な「さようなら」を蚀わなくおいい堎所に、ずっずいられるなら、それが䞀番幞せなんじゃないだろうか。そう思った。だのに䜕でアむルランドに行くこずになっおいるんだ、䜕であの時そう決めたんだ、私の倧銬鹿野郎

行っおきなさい。嫌になったら、い぀でも垰っおおいで。行ったら行ったで埅っおおくれる人がいるでしょう。きっずたた4人で䌚えるよ

ぐずる私を芋お母が蚀う。本圓に元気でいおね、玄束だよ健康蚺断受けおね、早寝早起きしお、事故には気を付けお  ず私は蚀う。母は分かったよ、倧䞈倫。ず優しく蚀っおくれた。私はいい幎こいお、い぀たで経っおも別れに耐えられない。どうしたらいい。ずっずずっずみんなに生きおいおほしい。そんなのは叶わない。どうしようもない。

でも母の蚀う通りだった。日本に留たっおもアむルランドに行っおも、どっちにしたっお埌悔するこずはあるだろう。いずれ来る別れに怯えるのはどっちも同じだ。ならたずは、みんなが元気な内にしか出来ないこずをやろう。アむルランドに行こう。行っお、思い切り冒険しよう。冒険に疲れたら、い぀でも家族のずころぞ垰ろう。これは私の行きお垰りし物語なんだ。

気持ちが少し持ち盎っおきた。着いたらゎヌルりェむに䜏む友人が、調査垰りに空枯たで車で迎えに来おくれる。同僚達は、みんなで行く春の遠足を、私が戻るたで埅っおくれおいる。月には初めおアむルランドでお呌ばれした結婚匏に行く予定だ。アむルランドで誰も私を知る人がいなかった幎半前から、少しず぀物語が進んでいるのを実感した。

行かなくちゃ。

私は私の道を歩んで行かなくちゃ。亀わるこずはあるけれど、それぞれ自分の足でしか歩めない人生がある。ここは倉わらず私の故郷だ。たた䌚える。きっず私が特別なんじゃない。皆こうやっお、さびしさを抱えながら、それでも前ぞ進んでいるんだ。

さびしくなったら、立ち止たっお思い出そう。頑匵っおいる皆のこず。そしおたた歩きだそう。そうしおたた䌚える日たでに、私は私の人生を生きお、同じように道を進む家族や友人に、胞を匵っおいられるようになりたい。

だから今は、さようなら。たた䌚いたしょう。
それたでどうか、お元気で。

いいなず思ったら応揎しよう

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