わからないまま、未来へ
あの夏、私は不思議な体験をした。
地方の田舎に住む私が、月に一度東京へ通うことを決めた夏だった。
オンラインで学んでいたチョコレート講座。その先生の工房へ、初めて足を運んだ。
新幹線に乗るだけで胸が高鳴った。
オンライン越しにしか会ったことのなかった先生や教室の仲間たち。コロナ禍に画面の中で出会った人たちと、実際に同じ空間で顔を合わせる。
それだけで十分うれしかった。
ただ、その頃の私は少し迷ってもいた。
チョコレートを学んで、その先に何をしたいのか。
東京まで通うほど夢中になっているのに、その答えをまだ持っていなかった。
そこで学んだことを、自分の趣味だけにしてしまうのはもったいないのかもしれない。
でも、その先を具体的に考えることから、私はどこかで逃げていたのだと思う。
それは若い頃、片道三時間かけて京都までフランス菓子を習いに通っていた頃と同じだった。
当時も仕事とは別に、好きなことを学ぶことに夢中だった。
好きなことで人生が豊かになる実感があったし、それだけで何か満たされるものがあった。
そして今もまた、好きなことで自分の人生を埋めている。
結局、私はそれで終わるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、みんなと貴重な時間を過ごした。
参加者の中には、家業のお菓子屋に新しい価値を加えたい人もいた。
オンラインで教える活動をしている人もいた。
これからチョコレートの販売に挑戦しようとしている人もいた。
みんな、それぞれの目標に向かって進んでいた。
その中で私は、まだ決めきれないままだった。
作るのが好き。
食べるのが好き。
それ以上の言葉を、まだ持っていなかった。
それでも通うことは楽しかった。
だから、通うことをやめたいとは思わなかった。
そんなある日、職場の方にランチへ誘われた。
正直、あまり乗り気ではなかった。
休日は自分の時間として過ごしたいタイプなので、誰かと食事に出かけることはそれほど好きではない。
それでも、一度くらいは付き合ってみようと思った。
深く考えたわけではない。
ただ、軽い気持ちでOKした。
場所は家の近くのカフェだった。
ランチもおいしく、「まあ、来てよかったかな」と思いながら帰路についた。
そこで終わるはずだった。
ところが帰り道、気が緩んだせいなのか、疲れが出たのか、急にクラッとした。
次の瞬間、何が起きたのかわからなかった。
交通事故だった。
救急車が来て、病院へ運ばれた。
頭の中は混乱していたが、なぜか「今、自分は混乱の真ん中にいる」という感覚だけは残っている。
検査の結果、ある数値が思わしくなく、そのまま検査入院することになった。
数時間前まで、職場の人とランチを食べていただけだった。
それなのに、気づけば病院のベッドの上にいる。
いったい、どこへ向かおうとしているのだろう。
私は、どこへ行くのだろう。
その二日後には、2回目の授業で、東京へ行く予定だった。
もちろん、こんな状態では行けない。
予約していたホテルにキャンセルの連絡をし、先生にも欠席することを伝えた。
悲しかった。
なぜこんなことになったのだろう。
楽しみにしていたのに。
それでも、体に違和感はあったし、まず大きな怪我にならずに済んだことには感謝しなければならないのだろう。
頭ではそう思う。
でも、気持ちは追いつかなかった。それでも入院は1日で、無事に退院できた。
ただ全身が痛い。
車も怖い。
それにハンドルを握ろうとすると緊張してしまう。
事故の瞬間が結果が頭をよぎり、とても運転する気にはなれなかった。
明日からどうしよう。
職場まではバスで通うべきだろうか。
そんなことを考えながら、現実的な方法を探した。
結局、行きは実家の母に送ってもらい、帰りはバスで帰ることにした。
ありがたいことに、身体の痛みは日に日に良くなった。
けれど、車の運転だけは別だった。
ただ怖い。
ハンドルを握るだけで緊張する。
運転を再開するまで、一か月以上かかった。
事故のあと、本気で思った。
もう運転をしない人生を生きたい、と。
でも、こんな田舎ではそれも難しい。
情けなくて、泣きたくなることもあった。
それでも人生は前に進むことを求めてくる。
怖くてもアクセルを踏まなければならない日が、毎日来る。
今では一年以上たったので、普通に運転できるようになったけれど、本当はやめたい気持ちもどこかに残っている。
この葛藤は、きっとこれからも続くのだろう。
そして、3回目の東京の日がやってきた。
今度こそ何も起きませんように。
そんな祈るような気持ちで、京都駅の新幹線の駅に向かった。
ところが、駅に着くと様子がおかしい。
名古屋駅までは行けるらしい。
でも、その先の東京方面は事故の影響で運行状況が未定だという。
「未定?」
私は一瞬意味がわからなかった。
そもそも地理にも詳しくない。
東京駅までどうやって行けばいいのだろう。金沢方面から東京に行く道もある、という声も聞こえる。とっさにそんな判断ができない。
駅はすでに人であふれ始めていた。
誰に聞けばいいのかもわからず、私は駅の中をうろうろしていた。
それでもお腹はすく。
とりあえず巻きずしを買い、名古屋駅まで新幹線でたどり着いた。
ここからが長い一日の始まりだった。
名古屋駅には人があふれていた。
東京方面へ向かう新幹線に乗れなくなった人たちだ。
普通電車で向かうしかない、そうだ。
けれど、その人数があまりにも多かった。
いったい、いつ東京に着けるのだろう。
最初は不安だった。
でも時間が経つにつれ、
「もう今日中に着けたらそれでいい」
そんな気持ちに変わっていった。
列は少しずつ進む。
けれど、ずっと立ったままだ。
何時間待ったのかもわからない。
困ったのはトイレだった。
周りは知らない人ばかり。
順番を見ていてほしいと頼むにも、戻ってきたときにどこへ戻ればいいのかわからない。
列は少しずつ動いている。
結局、動けないまま待ち続けるしかなかった。
周囲からはいろいろな声が聞こえてくる。
「今日のコンサート、絶対間に合わないよね」
そんな話をしている人もいた。
せめてチケットの払い戻しがあればいいのに。
みんな、それぞれの事情を抱えながら列に並んでいた。
やっと自分の乗れる電車に乗れた。
うれしかった。
だって座れるのだもの。
何時間立っていただろう。
もう疲れていた。足はパンパンだ。
もちろん座れない人もたくさんいた。
席を譲れるほど元気だったらよかったのだけれど、その時の私はそんな余裕もなかった。
持っていた巻きずしを取り出した。
立っている人もいるのに、自分だけ食べるのは少し気恥ずかしい。
それでもお腹は空いていた。
夢中で食べた。
おいしかった。
本当にすごい一日だった。
ホテルに着いたのは夜九時頃だった。
朝九時に家を出ていたから、十時間以上かかったことになる。
チェックインの時だった。
なぜだろう。
その日は誰かに優しくしてほしかったのだと思う。
「新幹線が止まってしまって、十二時間かかりました」
思わずそう口にしていた。
すると、部屋をグレードアップしてくださった。
思いがけない優しさだった。
それが、とてもうれしかった。
いつもより少し広いお部屋。
またここでも、お腹が空いている現実に向き合う。もうルームサービスしかない。笑ってしまう。本当に食べることからは逃げれない。
おしゃれな野菜のお寿司を選んで、気分良く食べた。朝食も付けていなかったけど、ホテルでいただくことにした。おいしい。生きる、って食べることがずっと付いてくる。
もちろん着ることも住むこともついてくるのだけれど、食べることに比べると密着度が違う。
でも昨日2~3時間ぐらいは立ちっぱなしだったので、足がむくみで太くなっていた。でも歩くことはできてよかった。そして無事に教室に行けてよかった。
教室では昨日の新幹線の異常は全然話題に上らず、教室の人数も事情があってやめられている方がいて、一人少なくなっていた。あんなに大変な一日だったのに、世間ではそんなに話題にもならないレベルのことなんだ、と何だか生きている世界が違うんだな、と思った。
そんなことが少し悲しく思えて、帰りのみんなで乗ったタクシーの中で、ポロっと昨日の状況を話した。そうすると、知っている方は知っていて、「大変でしたね。」と言ってくださったり、「そうなんです!」と思わず力説していた。
誰かに受け止めてもらってうれしかった。そして帰りは無事に自宅に着いてほっとした。
そして最終回のチョコレートの日。今度も何が起こるかわからない。前回の新幹線の払い戻しもあるから、早めに駅まで行くことにした。新幹線の払い戻しのことを伝えると、「?」という駅員さん顔。私も「えっ?」という顔。
どこか遠い場所で起きたことなの?同じ日本なのに、と思いながら、約1か月前の新幹線の事情を説明し、理解くださるのに30分。
それでやっと払い戻しが終わって安堵して、予約したチケットを券売機で受け取ろうとすると、今度は発券されない。なんとクレジットカードの磁気不良が発生し、ローカル駅ではみどりの窓口ではないからできず、今電車に乗ろうとするなら、もう一度購入から始めないといけないらしい。
再度の「えーーーー!」。磁気不良で予約したチケットの払い戻しはここでは、ローカル駅ではできなく、到着した駅の都会にはあるみどりの窓口まで行ってほしい、とのこと。
「どういうこと?」の連続に連れまわされる。一筋縄ではいかない現実がまた私を包み込む。なんでこんなことになるのだろう。
今から予定を全てキャンセルするつもりはない。だから、言われた通りに新しいチケットを買い、到着した駅のみどりの窓口でこれまた1時間以上並び、やっと、払い戻しが終わり、ホテルに着く。
またしても長い一日。そしてまた出てくる「どういうこと?」の独り言。
疲れた。意味が分からない。なぜこんなに東京に行くだけなのに、道をふさがれるような出来事が起こるのだろうか。
私が何か悪いことでもしたの?神様!教えてください。。という言葉が頭を駆け巡る。あまりにも立て続けに出来事が起こるので、何か意味があるのではないかと思った。
そんな時、見えない世界が見えるという方に相談した。
何かに取りつかれているかも、と言われたけれど、それが本当だったのかは今もわからない。
そのお祓いのような効果があったのかどうか実際私にははっきりわからない。ただ、当時の私はそれほど答えを探していたのだ、と思う。
そして東京行きはそれでとりあえず、終わった。
無事にかどうかは、どういったらいいのかわからないが、チョコレート教室は修了した。
こんなにも行くことに苦労したけど、修了できた、はずだ。
でも何も変わらないような日々。一緒にチョコレートを学んだ方々はそれぞれに自分の形にしていっているのだろうか。
高級すぎる受講代の金額に見合うのか見合わないのかわからない内容だったのかどうかは、自分の活かし方次第のところがある。
せっせと自分の道に進んでいける方は、高級すぎる金額だろうが、活かしていく、に過ぎない。そこに悩んでいるだけ無駄に思うからだろう。
私はどうだ?ロウチョコレートは週末に作るようになったが、これで教えることはできるかもしれない、ぐらいだ。
問題は材料の確保。そうこうしているうちに普通のチョコレートの原価が上がり、ロウチョコレートはそもそもマイナーだから、ロウチョコレートの原材料の入手が困難になってしまった。
もちろん手に入るものもある。ただ技術も大切ですが、材料の質はもっと大切でもある。ここで私のオンラインでロウチョコレートを教える、は一旦止まることになってしまった。
それでもそこまで取り組んだチョコレートへの関心は私の財産になった。これは決して思い込みではなく、私の一つの核でもある。教室で出会ったインドネシアでカカオを実際に栽培している方の生の声を聴いたプロではない、素人の存在はそんなにはいないはずだ。
だからその時の感動を胸に抱えながら、チョコレートと向き合うのは、届く人には何か届くのだと思う。
私にできるのはそういうことだ。という気持ちを持ちながら、私は私の日常を生きていた。ごくごく普通の日常を、何かをあきらめることなく、日々を過ごしていた。怒涛の夏が過ぎ、熱く短い秋が過ぎ、極寒の冬も過ぎ、いつもと同じような春を迎えようとしていた。
普通に過ぎるはずの春だった。
そんなある日、ある集まりで彼の送別会があり、行ってしまうんですね、というごく普通の会話に「東京に来ていただけませんか?」と突然言われた。時が止まる瞬間。
それにはどういう意味が含まれているのだろう?咄嗟過ぎて、意味がよくつかめない。これは付き合う可能性のあるお話なのだろうか?ただの勢いだけの言葉だろうか。
私は10年以上前に結婚してみたかった人がいた。確かその方に出会う前の夏に、私は階段から落ちて、骨折をしていた。
それは、今思い出しても笑えて涙が出てくるくらい滑稽なお話だ。
簡単に言うと、どこにでもある振られた、お話。今でも思い出すと涙が出るくらい好きだったのだと思う。それから好きな人はいたかもしれないし、いなかったのかもしれない。
そう、ある意味基準になってしまっている、ものだ。その方がすごい方でも何でもない。
ただ何かを掴む人だ、はわかった。そう、自分がその人の放つ何かを掴んでしまったせいで、私は苦しんだ。
この人は自分のすることがわかっているし、自分の夢をかなえていく力がある。これは、内側から接しないと見えないところだと思う。
彼自身が気づいていたか気づいていなかったかはわからないが、好きなことを語る彼は生き生きとしていて、私と過ごす時間よりずっと楽しそうだった。
当時はそこに嫉妬する気持ちよりも、そんなことを話す彼の表情がとても好きだった。それくらい好きだったし、その夢をかなえていく彼を、見ていきたかった。そして彼の見る景色を一緒に見たかった。
でもそれは、ほんの一瞬の判断の流れで見ることができなくなってしまった。終わるときはそんなものだ。あっけない。そのことをお互いが悲しんでいた瞬間はあったのだ、と思う。ただそれだけだ。
そのことがあったからか、私が生きる意味の一つには、好きな人が見る景色を一緒に見たい、がある。
前に見れなかったから余計にそう思うのかもしれない。それは物理的な景色もあるけど、それだけはなく、気持ちの景色もある。
夢をかなえていく瞬間を一緒に味わいたかった。一緒に悲しんだり笑いあったりしたかった。私にはそんなことが用意されていない人生なのだろうか。自分で選択しなかっただけだろうか。
そんな想いを一瞬に思い出させる言葉だった。その新しい彼も自分で何かを掴んでいくタイプに思えた。だから新しい職場に、自らの力で一人で道を開いていくのだ。多分私はそういう人を好きになるのだろう。
もちろん今回も私がかなり年上だ。それは前回を大幅に上回る年齢差だ。
正直、一緒に行く、にはもうオーバー過ぎる、と思う。世間にはそんなパターンがあるのは知っている。
ただ自分に起こるとどうしたらいいのか、途端にわからなくなる。相手にどこから入っていけるのだろう。最初はいろいろなことが目新しく映り、楽しい毎日だろうと思う。
でもそのあとは、どんな時間が待っている?私の老いが彼を苦しめる材料になったりしないだろうか、彼の友だちに私は会わせてもらえるのだろうか、いろいろなことが頭の中をよぎる。
そして二人で歩くといつか親子?と言われたりしないだろうか。そんな日を想像してしまい、前に進めなくなる。進まなくてよかったんだ、と思うように自分を自分でなぐさめる。
現代はコスメや科学の技術の発達の恩恵で、年齢がいくら若く見えるとはいえ、白髪問題も出てくるし、ルックスはどこかしら年齢に正直に見える場面はある。
今は若作りをがんばれるが、私は昔で言えば、もう体は立派なおばあちゃん、でもある。
そんなこんなないろいろな感情が混ざりこみ、私は「その言葉が、とてもうれしかった。」しか伝えられなかった。悔しかった。また手を放してしまった気持ちでいっぱいだ。
もう彼は東京に行ってしまった。ただその人は傘を忘れていった。もしその傘を渡しに、私は一緒に行きたかったけど、行けなかった。と伝えたらどんな顔をするのだろう。困惑するのかもしれない。でも渡しに行ってみたい、と今は思っている。
それはどうしてだろう。彼女になるのは簡単だ。yes、と言えばいいだけ。思うに、続けて形にしていくのがどんなことでも難しい。
チョコレートも同じだ。習うのは簡単。形にして仕事にしていくのが私には難しい。そこに経済が乗ってくる。赤字でいてはいいはずがない。
今回の恋もまた形にならないのかな、と泣きながら、旅行としてしか東京に向かえない自分を見つめる。私にはどんな方とどんなふうに出会って、形にしていく未来が残されているのだろう。
いつも何に臆病になってしまうか。他の人は、あなたは、どうやって幸せを形にしていくのですか?人それぞれの形しかないのに。
いったいいくつになるまで私は未来の扉を開けていくのか。自分でも可笑しくなる。お花を30年習ったと思ったらいきなりやめて、チョコレートやプラントベースや漢方を習いだす。その前は英語やフランス語にもお熱だった。刺繍だって、筋トレだって、大好きだ。
今だって全部細く長く続けている。終わらない。そういうことをコツコツするのが好きなだけだ。
そんなまめさはあるけど、自分には外に出ていく力が欠けている。ただ出ていくだけなのに、そのパワーがない。それは自分でもわかる。説明しにくいところだけれど、人にはそれぞれ持っているパワーがある。
大きいから、鋭いから、偉いではない。パワーは美しさだったり、ユニークさだったり、強さだったり、する。そういう何かを持っているからえらいではない。ごくごく普通の人の営みだって同じように尊い。
尊いはずなのに、押し出す強さが私にはほぼない。ないからそれを持っていて、出ていく力に魅了される。近づきたいと思う。その先は、まだ経験したことのない世界があるのか、同じような世界なだけなのか、それは未来の私にしか、今の私にはわからない。
と、ここまで書いてきて、私は自分の外に出ていく力は、ある程度もっているのではないか、と気づいた。どちらかと言えば、未来を選ぶことに慎重になり過ぎていないか。未来を自分で決めて、選び取っていく姿に感銘して、人を好きになっている。
私はあれこれ楽しんで学ぶことに一生懸命な人にしか見えない。それをどうしよう、とか形にしたい、とか具体的なことはほぼ決めず、動く性質だ。気が向いて10000文字の賞に応募して挑戦することを苦しくも楽しんでいる。
それで何かを満足させて、意味ある人生を送っている気になっている。どういうことだ?私の人生はこんなに軽くていいのか。いや軽くはない。迷い過ぎている。
その選びきれない迷いから、私は人を好きになる要素を導いているのか。自分の今まで歩いてきた道のりの長さに、覚悟のなさに、悲しくなる、虚しくなり、それが私だ、という紛れもないことに当たり前のことにぶつかる。
じゃあ、どうしたいのだろう。ずっとつきまとう、自分の重過ぎる未来を選ぶ気持ち。どんな人の人生も必ず前にしか進まない。その前の扉を、自分ではない人と一緒に開ける勇気が持てない。それが私なのだろう。
誰かを選ぶということは、誰かを傷つけることがセットになる。できるだけその誰かを傷つけないようにし過ぎて、八方美人を選択した結果が今の私だ。仮りに八方美人だとしても、誰も傷つけないわけではない。
大切にしたい人を一番傷つけているのだろう。だから私の心はいつも最後に泣いているのではないのか?悔しくて情けなくて。
それは私が、白馬に乗った誰かがいると思い込んでいるのだろうか。自分で白馬に乗らないと、これからは。だってもうこんなに大きいのだもの。
そう思う一方で、本当に乗れるのだろうか、とも思う。
明日になればまた迷うかもしれない。
新しい習い事を見つけているかもしれない。
東京行きのチケットを検索しているかもしれない。
あるいは何も変わらないかもしれない。
でも、それでもいいのかもしれない。
中身がない自覚から、こんなにもたくさんの習い事を習ってきたのに、まだ薄っぺらいと思っている私は、どうしてまだ中身がないという自分を探してしまうのか、何を欠乏していると思い過ぎるのか、自分でもわからない。
何もないと思っているから、外側だけ埋めた精いっぱいの私を、ある人は好きと言ってくれた。その視点を信じてみようと思うのに、勇気が足りない。
人はどうやってこの勇気を出すのだろう。どうして家族を作れるのだろう。こんなめんどくさいことを私から見ると、簡単に形にしていく。私が動かないままだと、彼もまた誰かを見つけてしまうだろうな。
こんなことの繰り返しだ。仕事は生活がかかっているから、自分の力で動かしている。けど、心は、気持ちの私は最後は置いてけぼりにしてきた。それが癖なんだと思う。
もうやめたいけど、どうしてできないのかな。習い事もいってみれば外側だ。外側を埋めるのは得意だから、習い事を仕事にできていない。いっぱいがんばって、やっと最近自分の力に追い付いてきたものを、内側にためてきたものを、外に出そうと必死だ。
なぜこんなに外側に出したいの。扉を開けれそうだから?
それとも、ずっと探していた中身が、本当はもう自分の中にあることに気づき始めたからだろうか。
そういえば、10年前の彼が私の口癖は、「わからない、だね。」とよく言っていた。そんなによく私のことを見ていた彼をなくしたショックから、当時は仕事をすることもできなくなってしまった。そこからよく持ち直したと思う。
だから出会えたのだろう、と思いたい。だからといって、私は相手に人生の責任を負ってほしいわけではない。本当はその方にいつか振られるのが怖いのだと思う。
そんなことより、自分の今持っている力を信じてあげたい。そしてもしそんな日が来ても、力強く歩いていける自分でいたいから、もうあんな日々は送りたくないから、余計に怖いと素直に言えるといいな、と思う。
それでも、少し笑ってしまう自分もいる。
本当、まだLOVEのゲームの真っただ中なのだろうな。蓄財レースはもうそろそろ落ち着いてきたと思ったら、今度はこんなゲームが用意されている。人生というものは、なかなか油断も隙もない。手強い。
けれど、そう思えるくらいの軽さも、今の私には必要なのだと思う。
未来を選ぶことを、いつも人生を賭けるような重さで考えてしまう。だから怖くなる。だから足が止まる。
でも本当は、もう少し気楽に扉を開けてもいいのかもしれない。
間違えたら戻ればいい。
怖かったら怖いと言えばいい。
泣いたら、またご飯を食べればいい。
あの夏もそうだった。
事故に遭っても、新幹線が止まっても、チケットが発券されなくても、結局私はお腹を空かせ、巻きずしを食べ、野菜のお寿司を食べ、朝食をおいしいと思っていた。
人生は重い。
でも、食べることは続く。
笑える瞬間も、案外残っている。
それぐらいたくましく生き抜く強さを、人生には求められている。
どうぞ軽いノリも使って、遊び心もないと、人生はあっという間のようで、けっこう長いマラソンだよ!と言われている気がする。
あとどれくらいあるかわからない未来の扉の数に、重さも理解しつつ、ゆるやかに、しなやかに、軽やかに向き合って、いこうではないか。
さて、私は彼に傘を渡しに行けたのでしょうか?
それはまだ、ここには書かないでおこうと思う。
ただ一つだけ言えるのは、傘を渡しに行きたいと思った自分を、私は少しだけ好きになれた、ということだ。
行けるかどうかよりも先に、行きたいと思えたこと。
怖いと認めながら、それでも会いたいと思えたこと。
その気持ちは、私がずっと探していた中身の一部なのかもしれない。
時には、忘れられた一本の傘のような顔をして、目の前に置かれている。
私はそれを拾い上げるのか。
見なかったことにするのか。
まだ「わからない」と言うかもしれない。
でも、わからないままでも、少しだけ手を伸ばしてみたい。
