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中学受験を撤退しました。

次男が中学受験をやめました。

我が家には二人の息子がいます。
長男は、塾の授業を聞けばその場でほとんどを理解し、覚えて帰ってくる子でした。4年生の途中でSクラスに上がり、最後までそこをキープしたまま、志望校に合格しました。6年生になるまでの彼には「必死に勉強している」という様子はまったくありませんでした。塾のない日は家で何もしない日も多く、宿題すらほとんどやりませんでした。

一方、次男にとっての塾は、あまりに過酷な場所でした。
授業を聞くだけでは理解が追いつかず、その「穴」を帰宅してから必死に補填しなければなりません。長男が塾で完結していたのに対し、次男は家に帰ってきてからが、本当の戦いでした。
根本がわからないまま取り組む宿題は、一向に進みません。終わらない宿題、溜まっていく課題。次男は常に何かに追い立てられ、明らかに限界を迎えていました。

私から「塾、もうやめようか」と提案しました。
次男は何も言いませんでしたが、その顔には、はっきりと安堵の色が浮かんでいました。
同じ親が、同じように見守っていても、これほどまでに違う。長男はたまたま勉強が得意で、次男はたまたま苦手だった。それ以上でも、それ以下でもないのだと思います。

中学受験の世界に身を置くと、偏差値の高い学校に受かった子が「勝ち」で、そうでない子は「負け」であるかのような錯覚に陥ります。けれど、勉強ができることと、人生がうまくいくことは別の話です。偏差値の高い大学を出た人が皆、誰よりも幸せに暮らしているかといえば、決してそんなことはないはずです。

次男は勉強が苦手でした。けれど、だからといって彼を否定する気持ちは微塵もありません。
受験をやめてからの次男は、大好きなスポーツに打ち込んでいます。塾に通っていた頃よりも、ずっと明るい表情を見せるようになりました。この子には、この子の得意なことがある。今はそっちを伸ばしてあげたい。この判断は正しかったと、確信しています。

中学時代の恩師に、こう言われたことがあります。
「人間の人生は、40歳で何をしているかで決まる」

私は今も、この言葉を信じています。
長男が、そして次男が40歳になったとき、何をしているか、それは今の私にはわかりません。
けれど、中学受験の結果ですべてが決まるわけではない。

二人がそれぞれの場所で、自分らしい40歳を迎えてくれればいいと、今は心から思っています。


長男は準備なしで国語の偏差値57、次男は準備して32でした。

渋渋を第一志望にしていましたが、早稲アカにはNNコースがありませんでした。

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