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初めてラットを看取った夜

呼吸正しく寝ていた「んかちゃん」のケージから、聞き慣れない音がした。
慌ててケージを確認する。
んかちゃんは口で、肩で、大きく息をしていた。

きた、と思った。

んかちゃんの匂いのついた安心できる布を膝に掛け、ケージから抱き上げた。
膝に乗るんかちゃんは、苦しげに口を開けたり閉じたりしている。

いよいよだ。もうほんとうにいよいよなのだ。
わたしと夫は
「よく頑張ってるね」
「ありがとう、んかちゃん」
「もう大丈夫だよ」
「怖くないよ、ここにいるよ」
次々に声をかけ、彼女の被毛をやさしく撫でた。

ぶるるるる…!

んかちゃんの身体は小刻みに痙攣をはじめ、すると大あくびをして一気に力が抜け、くったりした。

彼女はやり遂げた。
生き抜いたのだ。
数々の病気もしながら、こんなにも長くわたしたちと共にいてくれた。

わたしは不思議な気持ちだった。
溢れてくる涙とはうらはらに、何故だか心は晴れやかだった。

だって、んかちゃんはこんなにも頑張って、生き抜いた。
生き抜いたから死んだのだ。


わたしはペットを飼っている。
ファンシーラットと呼ばれる、ペット用のドブネズミだ。

この10年、6匹のラットとの別れを経験して、看取りの瞬間に立ち会えることの稀有さを痛感している。
ラットの命が尽きるその瞬間までそばにいることができたのは、2代目ラット「んかちゃん」だけだ。

ラットの寿命は短く、1歳後半〜3歳までが一般的である。
んかちゃんは3歳5ヶ月、長生きしたのだ。

それでも。考えてしまう。
「もっとやってあげられることがあったのでは」
「まだ死なずに済んだのでは」

他の子を看取ることができなくて、朝、冷たくなっているところを抱き上げる胸の苦しさも忘れられない。

5匹目の別れとなる「あんちゃん」を見つけたのは、まだ死後硬直もしていない、ぬくもりを感じる瞬間だった。

「わたしが夜通し見てあげていなかったから…」
以前のわたしならそう思っただろう。

けれどもこの時にはもうすっかりそんな自責思考にならなくて。
介護期にたくさんの美味しいものを食べてくれたし、わたしの手作りのハンモックで仲間たちに囲まれて逝った。
ホカホカだった。

悲しかったけど、不思議と心はあたたかだった。
介護期にやれることをやらせてくれたからかもしれない。

介護を頑張っていると、ラットが死にそうな時、そして死んだ時、
「ラットがもっと生きられなかったのは、わたしの頑張りが足りなかったせい」
なんて思ったこともある。
あとで、それは違うと思えた。

わたしもラットも頑張った。
頑張って生き抜いて、その手伝いをわたしはして、そしてラットは天寿を全うした。

ラットが元気なうちにしてあげたこと、ごはんの手渡し遊び、背中のくすぐり、気持ちよくとろけるマッサージ。

あんちゃんの、耳をぴょこんと立てて受け取るごはん。
キャッキャとはしゃいで駆け回り、また背中をくすぐられに来るラットたち。
んかちゃんの、目を細めて受けるマッサージは、心から飼い主を信頼し、気持ち良さそうに見えた。

その経験全部を抱えて、ラットは死ぬ。

天国に行くと思う人もいるし、ねずみの惑星に帰還すると考える人もいるし、ただ無に還ると思う人もいる。

けれど、過ごした時間だけは消えない。

寿命の短いラットとの暮らしは、輪廻との暮らしだと、わたしは感じる。

ラットは生きて、生き抜いて死ぬ。
飼い主は新しいラットを迎えて、また愛情を注ぎ、やがて別れの時がくる。
2〜3年でそれが繰り返される、命のサイクル。

ラットと暮らして、「死」というどうしようもないことについての諦めと納得を感じるようになった。

逃れられないのだ。
延命措置にこだわりすぎるのも、ラットとわたしの幸せのカタチとは違うかもしれないと感じた。

完璧を求めても、無理なものは無理。
今はただ穏やかに、わたしとラットの幸せってなんだろうと考えながら日々を過ごしている。

いま存命のラット「うねちゃん」には、こんな言葉をかけている。
うねちゃんは今日もあたたかいね。
たくさんごはんを食べるね。
高齢で、後ろ足がうまく動かせないけど、ごきげんな顔して、ごはんを取りにくるね。
これだけで充分だ。

その姿を見るたびに思う。
ラットは生き抜いて死ぬ。
わたしにできるのは、その隣で暮らすことくらいだ。

あんちゃんを埋葬した大きな大きなプランター鉢には、ラズベリーの苗を植えた。
ラットを養分にして育ったラズベリーを、わたしが食べる。
食べたわたしが生きていく。

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