きらめきはあとからついてくる

日々のきらめきとはなんだろう?
若い頃はSNSで素敵なランチをした、高級旅館に連れて行ってもらった、素敵なバック、アクセサリーを手に入れた、、など目に見えるきらめきに憧れを持ち、私自身もSNSで投稿していた時もあった。

では今はどうだろうか?結婚し、娘を2人出産し、母になった。そして専業主婦。昔の様なきらめきはない。

しかし、娘を出産し、初めて娘の瞳を見たときに衝撃を受けた。なんて澄んでいてツルツルしキラキラしているんだろうと。子供の頃大事にしていたキラキラしているビー玉の様だった。
その瞳が私を捉えると嬉しそうに笑ったり、泣いたり、怒ったりする。なんて幸せなんだろう。
私の生活は新しいきらめきを得たのだ。

しかし、当たり前だがきらめいてばかりはいられない。年子の娘を平日はほぼワンオペで育てるのは目まぐるしく、専業主婦であるが故に自分自身に『家のことはしっかりやらなければ』という呪いをかけており、いっぱいいっぱいの日々が続いていた。
ただそんなある日公園で歩き出したばかりの娘が大きな落ち葉を見つけ本当に嬉しそうに私に持ってきた。『大きいの見つけたね』と声をかけると自慢げに『うん!!』と応える娘。
その時私はの中で何かが腑に落ちたのだ。
落ち葉、季節の花、アリ、太陽の光、鳥の声、飛行機、、、今までなんでもなかったものがとても愛おしく思えたのだ。きっとこんなにゆっくり外の世界を感じることはないだろう。この時間を大切にしようと。子供の思考は無限大である。

時は少し流れ、娘達も少しだけ手がかからなくなってきた。
それぞれ幼稚園、小学校で過ごす時間も長くなってきた。
ある日次女と幼稚園バスのバス停まで歩いていると『あ!すずめ!!すずめさーん!いってきまーす!!』と次女が声をかけた。
その時の雀を見上げる横顔がすごく愛おしかった。あの時と同じだ。次女の素直な声かけ、表情がきらめいていた。

次女を幼稚園バスに乗せた帰り道また雀がいた。
私は雀を見上げながら次女の愛おしい横顔を思い出す。私はきっとこの先娘達が大きくなってもこの道で雀をみつけたらこの日のことを思い出して懐かしむのだろう。
そんな事を考えていたら涙がでてきそうになってしまった。

物事を本当に心から素直に表現できる時間は限られていると思う。成長するにつれて、自分の素直な感情だけではなくなってしまうから。忖度、他人からの評価、プライド、、、たくさんのしがらみという名の鎧を着てしまうのだ。

時々でも良い。その鎧を脱ぎ去って自分の素直な感情のままを受け入れて欲しいのだ。
その時その時によってきらめきは変わる。そして過去のきらめきは時を経てもっと輝く時がある。それは美化なのかもしれない。しかし、私にとっては幸せな、大切なきらめきなのだ。

#創作大賞2026

#エッセイ部門

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