介護は、“誰かの安心”になる仕事だった
あらすじ
新卒でデイサービスに入職した私は、90歳のアルツハイマー型認知症のおばあちゃんと出会う。お風呂介助を激しく拒否し、怒鳴り、職員に暴力を振るう姿に、私は恐怖を感じていた。何度も心が折れ、“介護士に向いてない”と悩む日々。しかし先輩から「この人は怖いんだよ」と言われたことをきっかけに、私は“介助”ではなく“不安に寄り添う”ことを意識し始める。少しずつ心を開いていくおばあちゃんと、成長していく新卒介護士。認知症介護のリアルと、人と向き合う温かさを描いたお仕事小説。
本編
春だった。
駅前の桜がまだ少し残っていて、新しいスーツを着た人たちがたくさん歩いていた。
私もその中の一人だった。
新卒の介護士。
大学で福祉を学び、「高齢者と関わる仕事がしたい」と思って入ったデイサービス。
介護の仕事に、不安がなかったわけじゃない。
でも、それ以上に“楽しみ”の方が大きかった。
大学の実習で出会った利用者さんたちは優しかったし、「ありがとう」って言われるたびに、この仕事いいなって思ってた。
“人の役に立てる仕事”
そう信じてた。
初出勤の日。第一火曜日。
先輩職員に案内されながらフロアへ入ると、利用者さんたちが一斉にこっちを見た。
「新人さん?」
「若いねぇ〜!」
「かわいい顔してるじゃない」
何人かのおばあちゃんが笑いながら手を振ってくれる。
私は緊張しながら頭を下げた。
その空気が、なんだか少し安心した。
介護施設って、もっと静かで暗い場所だと思ってたから。
でも実際は違った。
テレビの音。
利用者さんたちのおしゃべり。
職員の笑い声。
“生活”の音がちゃんとある場所だった。
先輩たちはみんな忙しそうだった。
送迎対応して、トイレ介助して、お茶出して、レクリエーション準備して。
ずっと動いてる。
でも、その忙しさの中にも優しさがあった。
利用者さんに自然に声をかけて、笑わせて、安心させて。
「すごいなぁ」
純粋にそう思った。
私も早く、あんな介護士になりたかった。
でも、その数日後。
私は初めて、“現場”を知ることになる。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然、フロア中に響いた怒鳴り声。
私はビクッとして固まった。
浴室の方からだった。
先輩たちが一気に走る。
私も慌てて後を追った。
そこで見た光景、今でも忘れられない。
小柄なおばあちゃんが、職員を叩いていた。
「触るな!!!」
細い腕を振り回して、必死に抵抗している。
「帰る!!帰る!!!」
職員のエプロンを掴み、押し返す。
90歳とは思えない力だった。
私は入口で立ち尽くした。
怖かった。
先輩たちは慣れた様子で対応していた。
「森さん、大丈夫ですよ〜」
「すぐ終わりますからね」
でも、おばあちゃんは全然聞いていない。
泣きながら暴れていた。
その姿が、私には衝撃だった。
“認知症”
言葉では知ってた。
大学でも勉強した。
でも私はどこかで、“優しくて穏やかなおじいちゃんおばあちゃん”を想像していた。
こんな風に怒鳴って、暴れて、人を叩くなんて思ってなかった。
休憩中、私は先輩に聞いた。
「さっきの方って……?」
先輩は麦茶を飲みながら言った。
「ああ、森さんね。アルツハイマー」
90歳、女性。
森さん。
デイサービス利用歴3年。
特にお風呂介助が大嫌いで、毎回拒否があるらしい。
「新人のうちは、無理に関わらなくていいよ」
先輩はそう言って笑った。
私は少しホッとした。
正直、かなり怖かったから。
送迎車から降りる時から不機嫌だった。
「帰る!!」
「ここ嫌い!!」
職員がなだめても怒鳴る。
フロアでも不穏になることが多かった。
他の利用者さんに怒る時もある。
「うるさい!!」
テーブルを叩くこともあった。
私は自然と、その人を避けるようになった。
怖い。
どう関わればいいか分からない。
笑顔で話しかけても、
「放っといて!!!」
って怒鳴られる。
そのたびに心が縮こまる。
大学で習った“寄り添うケア”なんて、頭から吹き飛んだ。
現場は綺麗事じゃなかった。
先輩たちはすごかった。
怒鳴られても、叩かれても、ちゃんと対応してる。
でも私は、近づくだけで緊張してた。
ある日。
送迎の時間だった。
娘さんが迎えに来ていた。
50代くらいの女性。
疲れた顔をしていた。
職員が今日の様子を説明すると、娘さんは深く頭を下げた。
「本当にすみません……」
「家でも最近ひどくて……」
声がかすれていた。
私は少し驚いた。
認知症で大変なのは、本人だけじゃないんだ。
家族も、ずっと戦ってるんだ。
娘さんは続けた。
「夜中も起きちゃって、“帰る”って玄関行くんです」
「家なのに……」
最後の方、少し泣きそうだった。
私は何も言えなかった。
その日、帰り道でずっと考えてた。
認知症って何なんだろう。
昨日まで普通に暮らしてた人が、家も家族も分からなくなる。
怖くないわけない。
でも、その時の私はまだ。
“理解すること”と“関われること”は別だった。
数週間後。
私は初めて、その森さんのお風呂介助につくことになった。
「大丈夫、横についてるだけでいいから」
先輩に言われ、私はぎこちなく浴室へ向かった。
森さんはその時点で怒っていた。
「嫌!!!」
「帰る!!!」
脱衣所で立ち止まり、職員を睨む。
私は怖くて声が出なかった。
先輩が優しく説得する。
「森さん、お風呂入ったら気持ちいいですよ〜」
でも森さんは叫ぶ。
「触るな!!!」
その瞬間だった。
森さんの手が、私の腕を強く叩いた。
パシン、という音がした。
私は固まった。
痛かった。
でも、それ以上にショックだった。
私は何もしてないのに。
怖くて、情けなくて、涙が出そうだった。
介助が終わった後、私はトイレにこもった。
個室の中で、小さく泣いた。
“向いてないかもしれない”
初めてそう思った。
利用者さんが怖いなんて、介護士失格だ。
でも怖かった。
また怒鳴られるかもしれない。
また叩かれるかもしれない。
そう思うだけで胃が痛くなった。
しばらくして、先輩がトイレの前に来た。
「大丈夫?」
私は慌てて涙を拭いた。
休憩室に戻ると、先輩が隣に座った。
「叩かれた?」
私は小さく頷いた。
すると先輩は、静かに言った。
「でもね、あの人、本当は怖いんだと思うよ」
「え……?」
「知らない場所に連れて来られて、知らない人に服脱がされて、お風呂入れられるんだよ」
私は言葉を失った。
その発想がなかった。
私たちは“介助”だと思ってる。
でも本人からしたら、“意味の分からないこと”なのかもしれない。
先輩は続けた。
「認知症の人って、“できない人”じゃなくて、“不安な人”なんだよね」
その言葉が、ずっと頭から離れなかった。
その日の帰り道。
私は電車の窓をぼーっと見ながら考えていた。
私はずっと、“どう介助するか”ばかり考えてた。
でも、森さんは、もしかしたら、ずっと“助けて”って言ってたのかもしれない。
まだその時の私は、“寄り添う”の意味を全然分かってなかった。
「おはようございます」
朝、デイサービスの扉を開ける。
利用者さんたちの声。
テレビの音。
消毒液の匂い。
入職して数ヶ月。
少しずつ仕事には慣れてきていた。
送迎も覚えた。
トイレ介助も、食事介助も、レクリエーションも。
先輩に頼らなくても動けることが増えてきた。
でも。。。
第一金曜日。森さんがくる日。
送迎車が到着する音がすると、自然と身体が緊張する。
「今日はどうかな」
そんなことを考えてしまう。
その日も、車から降りた瞬間から不機嫌だった。
「帰る!!!」
「ここ嫌い!!!」
職員が声をかけても、怒ったまま。
私は少し離れた場所で見ていた。
すると先輩が小さく笑った。
「ぴすちゃん、今日はお風呂担当ね」
私は一瞬固まった。
「……私ですか?」
「うん。いつまでも避けてられないからね」
分かっていた。
いつかはちゃんと向き合わなきゃいけない。
でも正直、怖かった。
また叩かれるかもしれない。
また怒鳴られるかもしれない。
そんなことばかり頭に浮かぶ。
お昼過ぎ。
ついにお風呂の時間になった。
脱衣所へ向かう途中から、森さんは不穏だった。
「嫌!!!」
「帰るって言ってるでしょ!!!」
フロア中に声が響く。
他の利用者さんたちも、少し心配そうに見ていた。
私は笑顔を作ろうとした。
「森さん、お風呂気持ちいいですよ」
でも声が少し震えていた。
森さんは私を睨みつけた。
「嫌だ!!!」
そして、腕を振り払われた。
私は反射的に身体が引いた。
怖い。
その感情が、顔に出てしまった気がした。
先輩がすぐ横に来る。
「大丈夫、大丈夫」
でも私は、大丈夫じゃなかった。
脱衣所で、森さんは泣き始めた。
「帰りたい……」
その声は怒鳴り声というより、“怯えてる声”に聞こえた。
でも私は余裕がなかった。
どうしたらいいか分からない。
先輩みたいに上手く声もかけられない。
すると突然、森さんが私の腕を強く掴んだ。
「やめて!!!」
そのまま、叩かれた。
パシン、と乾いた音。
一瞬、頭が真っ白になった。
周りの音が遠くなる。
怖かった。
悲しかった。
情けなかった。
介護士なのに。
利用者さんにこんな感情持っちゃダメなのに。
介助が終わった後、私はそのままトイレへ向かった。
個室に入った瞬間、涙が出た。
静かに泣いた。
“向いてない”
その言葉ばっかり頭に浮かぶ。
大学では、「利用者さんの気持ちに寄り添いましょう」って習った。
でも現実は違う。
怒鳴られる。
叩かれる。
拒否される。
優しくしたいのに、怖くて近づけない。
しばらくして、コンコン、とドアが鳴った。
「ぴすちゃん?」
先輩だった。
「大丈夫?」
私は慌てて涙を拭いた。
「すみません……」
休憩室に戻ると、先輩が隣に座った。
しばらく沈黙が流れる。
その後、先輩がぽつりと言った。
「怖かったよね」
私は小さく頷いた。
すると先輩は、優しく笑った。
「みんな最初はそうだよ」
私は少し驚いた。
先輩たちは、最初から何でもできる人だと思ってたから。
「でもね」
先輩は続けた。
「あの人、本当はすごく怖いんだと思う」
私は顔を上げた。
「怖い……?」
「認知症って、自分がどこにいるか分からなくなる時あるから」
「……」
「知らない場所に連れて来られて、知らない人に服脱がされて、お風呂入れられるんだよ」
私は何も言えなかった。
その発想が、本当になかった。
私たちは“介助”してるつもりだった。
でも、おばあちゃんからしたら。
突然知らない場所で囲まれて、身体を触られてる感覚なのかもしれない。
先輩は続けた。
「認知症の人って、“困らせたい人”じゃないんだよ」
「不安でいっぱいなだけ」
その言葉が、胸に刺さった。
私はずっと、“どう介助するか”ばかり考えてた。
上手くお風呂入れるにはどうするか。
拒否されたらどう動くか。
でも、“何で嫌なのか”を考えたことなかった。
夕方。
帰る前、おばあちゃんはフロアの隅で窓の外を見ていた。
さっきまで怒鳴っていた人とは思えないくらい静かだった。
小さな背中。
私は少し迷ってから、隣に座った。
何を話せばいいか分からなかった。
でも、逃げたくなかった。
「……今日は暑かったですね」
おばあちゃんは何も言わない。
私は続けた。
「お花、好きですか?」
すると少しだけ、こっちを見た。
その目を見た瞬間。
私は初めて思った。
この人は、“怖い利用者さん”じゃない。
不安で仕方ない90歳のおばあちゃんなんだって。
帰り際。
送迎車へ向かう時、おばあちゃんが小さく呟いた。
「家、帰りたいなぁ……」
その声が、ずっと耳に残った。
あの日から。
私は少しずつ、“認知症”を見る目が変わり始めていた。
第二火曜日。
私は朝から少し緊張していた。
でも、前みたいに“逃げたい”だけではなかった。
森さんに対して、怖さ以外の感情が少しずつ増えていたから。
“なんであんなに怒るんだろう”
じゃなく、
“何が不安なんだろう”
そう考えるようになっていた。
送迎車が到着する。
職員が扉を開けると、いつものように森さんが不機嫌そうに降りてきた。
「帰る!!」
「こんなところ嫌!!」
でも前より少しだけ、その言葉の聞こえ方が違った。
怒ってるというより、“助けを求めてる”みたいだった。
その日、私は先輩に言った。
「今日、お風呂……私メインでやってみてもいいですか」
先輩は少し驚いた顔をした後、笑った。
「いいじゃん。やってみな」
正直、自信なんかなかった。
また叩かれるかもしれない。
拒否されるかもしれない。
でも、今度は逃げたくなかった。
お昼過ぎ。
お風呂の時間。
脱衣所へ向かう途中から、森さんはやっぱり不穏だった。
「嫌!!!」
「帰るって言ってるでしょ!!!」
私は深呼吸した。
“説得しようとしない”
そう決めていた。
脱衣所の前で、森さんは立ち止まった。
「嫌だ!!!」
私はその前にしゃがんだ。
目線を合わせる。
そして、小さく言った。
「怖いですよね」
その瞬間。
森さんが少し黙った。
私は続けた。
「知らない場所で急に服脱ぐの、嫌ですよね」
周りが少し静かになる。
先輩たちも、何も言わず見守っていた。
森さんはまだ怒った顔だった。
でも、その目が少しだけ揺れた気がした。
私はタオルを触りながら言った。
「でも、お風呂入ったら気持ちいいかもしれませんよ」
「……」
「すぐ終わります。一緒に頑張りましょう」
沈黙。
数秒なのに、すごく長く感じた。
そして森さんが、小さく言った。
「……すぐ終わる?」
私は思わず大きく頷いた。
「はい!」
その日。
森さんは、大きく暴れなかった。
もちろん拒否はあった。
途中で「嫌!」って言う場面もあった。
でも前みたいに叩いたり、泣き叫んだりはしなかった。
私は介助しながら、少し泣きそうだった。
嬉しかった。
介助が終わった後、先輩が小さく笑った。
「すごいじゃん」
私は首を振った。
“すごい”んじゃない。
多分今まで、ちゃんと見れてなかっただけだ。
その日から、少しずつ森さんとの距離が変わった。
フロアで隣に座る時間が増えた。
無理に会話はしなかった。
ただ、一緒にテレビ見たり、お茶飲んだり。
すると、少しずつ向こうから話してくれるようになった。
「昔ね、お花屋さんで働いてたの」
初めて聞く昔話だった。
「え、そうなんですか?」
「百合が好きだった」
その時の森さん、すごく穏やかな顔してた。
認知症の人って、“何も分からない人”じゃない。
ちゃんと人生があった人なんだ。
当たり前のことなのに、私はやっと実感した。
ある日、昼食の時間。
私がお茶を配っていると、森さんが突然言った。
「あなた、優しい顔してるねぇ」
私は一瞬止まった。
そんな風に言われると思ってなかった。
「……ありがとうございます」
そう返すのが精一杯だった。
でも本当は、泣きそうだった。
介護士になってから、“ありがとう”は何回も言われた。
でもその言葉は、なんか違った。
“ちゃんと見てもらえた”気がした。
夏が終わる頃には、森さんの暴力も少し減っていた。
もちろん、ゼロじゃない。
不穏な日もある。
怒鳴る日もある。
でも、“落ち着ける時間”が増えた。
そして何より、笑うことが増えた。
職員みんな、その変化に気づいていた。
ある日、先輩がぽつりと言った。
「森さん、ぴすちゃん来てから変わったよね」
私は慌てて首を振った。
「そんなことないです」
でも先輩は笑った。
「いや、あるよ」
「多分、“安心できる人”になったんだと思う」
その言葉が、胸に残った。
介護って、“何かしてあげる仕事”だと思ってた。
でも違った。
認知症の人を変えるんじゃない。
安心してもらう仕事なんだ。
そのことを、私は森さんから少しずつ教わっていた。
秋を過ぎた頃には、森さんは前よりずっと穏やかになっていた。
もちろん、認知症が治ったわけじゃない。
「帰る!!」って怒る日もある。
急に不安になって泣く日もある。
でも、最初みたいに毎回暴れることは減った。
特にお風呂。
あれだけ拒否していたのに、今では私の顔を見ると、
「今日お風呂?」
って聞いてくれるようになった。
私はその変化が、嬉しかった。
介護士って、“ありがとう”がやりがいってよく言われる。
でも実際は、そんな綺麗なことばかりじゃない。
身体もきつい。
人手も足りない。
夜は眠れないくらい落ち込む日もある。
向いてないって思ったこと、何回もあった。
でも。
森さんと関わる時間だけは、不思議と“介護士でよかった”って思えた。
ある日、送迎の時だった。
娘さんが迎えに来ていた。
前より少しだけ、表情が柔らかくなっていた。
職員が今日の様子を伝える。
「今日はレクでたくさん笑ってましたよ」
すると娘さんが、小さく笑った。
「最近、家でも穏やかなんです」
私はその言葉に思わず顔を上げた。
娘さんは続けた。
「前まで毎日、“帰る”って怒鳴ってたんです」
「夜中も何回も起きて……私もずっとイライラしてしまって」
声が少し震えていた。
「でも最近、“デイ楽しかった”って言うんです」
その瞬間。
娘さんの目から涙が落ちた。
「本当にありがとうございます……」
私は何も言えなかった。
むしろ、こっちが泣きそうだった。
介護って、利用者さん本人だけじゃない。
家族の人生も変えてしまう。
好きだから頑張れる、なんて簡単な話じゃない。
毎日怒鳴られて、暴力があって、終わりが見えなくて。
家族ほど、壊れていく。
だから私は、娘さんの涙を見て思った。
“頑張ってたんだな”
って。
冬が近づいていた。
窓の外の木が少しずつ色を失っていく。
その日、森さんは珍しく静かだった。
レクリエーションの後、窓際に座って外を見ていた。
私は隣に座った。
「寒くなってきましたね」
すると森さんが、小さく笑った。
「冬は嫌い」
「寒いから?」
「寂しいから」
その言葉に、私は何も返せなかった。
しばらく沈黙が流れる。
でも、不思議と嫌な空気じゃなかった。
最初はあんなに怖かったのに。
怒鳴り声を聞くだけで身体が緊張してたのに。
今は隣に座る時間が、少し好きだった。
帰りの時間。
送迎車へ向かう前、森さんが急に私を呼んだ。
「ぴすちゃん」
私は駆け寄った。
すると森さんが、私の手を握った。
小さくて、冷たい手だった。
でも最初より、ずっと柔らかかった。
森さんは私の顔を見ながら言った。
「ありがとうねぇ」
その声は、とても優しかった。
私はその瞬間、涙が止まらなくなった。
介護士になってから、辛いことはたくさんあった。
怒鳴られた日。
叩かれた日。
トイレで泣いた日。
“向いてない”
そう思った日も、一度じゃない。
でも。
森さんは、そんな私を介護士にしてくれた人だった。
暴力も。
拒否も。
不穏も。
全部、“助けて”だったのかもしれない。
認知症の人を変えることはできない。
記憶を戻すこともできない。
でも、不安を減らすことはできる。
安心できる場所を作ることはできる。
私は、森さんからそれを教わった。
送迎車が出発する。
窓越しに森さんが小さく手を振った。
私は深く頭を下げた。
その姿が見えなくなるまで、ずっと。
春。
何も分からなかった新卒介護士は。
冬になって、少しだけ“介護士”になれていた。
介護士4年目になった今でも、たまに新人時代を思い出す。
特に冬。
冷たい風が吹く帰り道とか、送迎車の暖房の匂いを感じた時とか。
ふと、あのおばあちゃんを思い出す。
90歳。
アルツハイマー型認知症。
お風呂が大嫌いで、毎回「帰る!!!」って怒鳴っていた人。
新人だった私は、正直あの人が怖かった。
叩かれた日なんて、トイレで泣いた。
“向いてない”
何回もそう思った。
でも今なら分かる。
あの頃の私は、“介護”をしようとしすぎてた。
ちゃんとお風呂に入れなきゃ。
ちゃんと落ち着かせなきゃ。
ちゃんと対応しなきゃ。
“正しい介護士”になろうとしてた。
でも、本当に必要だったのは、多分そんなことじゃなかった。
安心できること。
ただそれだけだったんだと思う。
4年目になった今、私は新人さんに教える立場になることも増えた。
この前も、新人の子が利用者さんに怒鳴られて、裏で泣いていた。
その姿見た瞬間、昔の自分思い出した。
“怖いよね”
って思った。
介護って、綺麗事だけじゃできない。
優しくしたいのに、怒鳴られる。
寄り添いたいのに、拒否される。
特に認知症介護は、正解がない。
昨日上手くいったことが、今日は全部ダメな日もある。
だから、新人さんが泣くのも当たり前だと思う。
でもあの頃の私は、“怖い”って感情を持つことすらダメだと思ってた。
介護士なのに。
人を支える仕事なのに。
利用者さんを怖いって思うなんて失格だって。
でも違った。
怖いものは怖い。
辛いものは辛い。
介護士だって人間だ。
今ならそう思える。
あのおばあちゃんは、最後まで認知症が治ったわけじゃない。
最後まで、“帰る”って言う日もあった。
娘さんのことを忘れてしまう日もあった。
でも、不思議と。
私の顔を見ると少し安心した顔をしてくれるようになった。
それが嬉しかった。
認知症って、“記憶がなくなる病気”って思われがちだけど、多分感情は残る。
怖かったこと。
安心したこと。
優しくされたこと。
全部じゃなくても、どこかに残ってる。
だから介護って、“覚えてもらう仕事”じゃないんだと思う。
“安心してもらう仕事”。
今なら、そう思う。
この前、実家帰った時に母親から言われた。
「あんた、新人の頃よく泣いてたよね」
私は笑った。
確かに、よく泣いてた。
帰り道、駅のトイレで泣いた日もある。
夜、ご飯食べながら泣いた日もある。
“利用者さんに優しくできない自分”が嫌だった。
でも多分、あの時ちゃんと悩いたから、今の自分がある。
介護って、技術だけじゃない。
オムツ交換が上手いとか、介助が早いとか、それももちろん大事。
でも結局、一番大事なのって、
“この人をちゃんと見ようとすること”
なんだと思う。
新人の頃の私は、それができなかった。
“認知症の利用者さん”
として見てた。
でも、あのおばあちゃんにも人生があった。
好きな花があって。
家族がいて。
若い頃があって。
ただ認知症になっただけで、“その人”が消えたわけじゃなかった。
それを私は、あのおばあちゃんに教えてもらった。
今でもたまに思う。
もしあの時、逃げ続けてたらどうなってたんだろうって。
きっと私は、介護の仕事を好きになれてなかった。
介護って、報われないことも多い。
給料も高くない。
体力も使う。
メンタルも削られる。
辞めたくなる日なんて何回もある。
でも、それでも続けてこれたのは。
“人と向き合った時間”が、ちゃんと自分の中に残ってるからだと思う。
あのおばあちゃんが、最後に私の手を握ってくれた日のこと。
今でも鮮明に覚えてる。
小さくて、冷たい手だった。
「ありがとうねぇ」
その言葉を聞いた瞬間、私は初めて、
“介護士になれてよかった”
って思えた。
多分あのおばあちゃんは、もう私のこと覚えてない。
もしかしたら、名前も顔も忘れてる。
でも私は、一生忘れないと思う。
新人だった私を、介護士にしてくれた人だから。
冬の帰り道。
冷たい風が吹くたび、たまに思い出す。
あの時、怖がりながら手を握ったこと。
泣きながらトイレにこもったこと。
“帰りたい”って叫んでた小さなおばあちゃんのこと。
そして今でも思う。
介護って、人を支える仕事だと思って入ったけど。
本当は、こっちが支えられてる瞬間の方が多かったのかもしれない。
駅のホームで、怒鳴っているおじいさんを見かけた。
スーツ姿のサラリーマンが迷惑そうな顔をして、少し距離を取る。女子高生たちは小声で、「認知症かな」と話していた。
その光景を見ながら、私は新人時代に出会った90歳のおばあちゃんを思い出していた。
世間の人が見る認知症って、多分“怖いもの”なんだと思う。
突然怒鳴る。
同じことを繰り返す。
家族の顔も忘れる。
ニュースでも、“徘徊”とか“介護疲れ”とか、苦しい部分ばかりが切り取られる。
もちろん、それは現実だ。
実際、介護現場は綺麗事だけじゃない。
何回説明しても忘れてしまう。
夜中に何度も起きる。
暴力や拒否だってある。
家族も、介護士も、心が擦り減る。
新人だった頃の私も、認知症のおばあちゃんが怖かった。
お風呂を嫌がって、怒鳴って、職員を叩くその姿を見て、“なんでこんなに怒るんだろう”って思ってた。
でも、ある日。
おばあちゃんが小さな声で、
「帰りたいなぁ……」
って呟いた時、初めて気づいた。
ああ、この人。
怖かったんだって。
自分がどこにいるか分からない。
周りの人も分からない。
昨日できてたことも、今日はできない。
そんな毎日、怖くないわけがない。
認知症って、“何も分からなくなる病気”じゃない。
“分からなくなっていく恐怖を抱えながら生きる病気”なんだと思う。
でも世間は、その“怖さ”より、“迷惑”の方を先に見る。
怒鳴る人。
徘徊する人。
介護が大変な人。
そうやって、“問題”として見られてしまう。
もちろん現実は簡単じゃない。
優しい気持ちだけで介護なんてできない。
でも私は、あのおばあちゃんと出会って思った。
認知症になっても、“その人”が消えるわけじゃない。
好きな花があって。
大事な家族がいて。
若い頃があって。
ちゃんと人生がある。
ただ、少し不安が大きくなってしまっただけ。
ホームで怒鳴っていたおじいさんは、駅員さんに肩を支えられながら改札の方へ歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、私は少しだけ思った。
もし誰か一人でも、
“迷惑な人”
じゃなく、
“不安な人”
として見てくれる人が増えたら。
認知症の人も、家族も、もう少しだけ生きやすくなるのかもしれない。
だからこそ、今は介護の世界に飛び込むか悩んでる若い子達には、ぜひ介護の世界に飛び込んで欲しい。
確かに、介護の仕事は何歳になってもできる。
でも、介護は人を成長させてくれるものだと感じる。
「介護の仕事してます」
そう言うと、だいたい同じ反応が返ってくる。
「大変そうだね」
「きつくない?」
「給料安いんでしょ?」
もちろん、間違ってない。
腰は痛くなるし、夜勤明けは頭回らないし、認知症の利用者さんに怒鳴られて落ち込む日だってある。
新人の頃なんて、帰り道で泣きながらコンビニ寄ってた。
“向いてないかもしれない”
何回思ったか分からない。
でも、それでも私は今も介護を続けてる。
多分、“楽しい瞬間”を知ってしまったからだと思う。
認知症でいつも怒ってたおばあちゃんが、ある日ふと笑ってくれた時。
「あなたいると安心する」
って言ってくれた時。
レクリエーションで普段喋らないおじいちゃんが、大笑いしてた時。
そういう瞬間を見るたびに思う。
介護って、“お世話”じゃない。
人と人の仕事なんだって。
利用者さんにも、それぞれ人生がある。
昔の恋愛の話。
仕事の話。
家族の話。
聞けば聞くほど、その人が好きになる。
だから介護は面白い。
毎日同じように見えて、同じ日が一日もない。
もちろん綺麗事だけじゃ続かない。
でも、人が好きなら。
誰かの“安心できる場所”になりたいって思えるなら。
介護は、多分めちゃくちゃ楽しい仕事だ。