年寄りの言う事は、聞きんさいよ~佐藤愛子さんを偲んで~
2017年、佐藤愛子さんのエッセイ「九十歳。何がめでたい」が発売された。当時「これを読みんさいよ。年寄りの言うことはね、聞きんさいよ」と、この本を手にしたおばあちゃんが言うCMがあった。
――年寄りの言う事は、聞きんさいよ
このフレーズは私の中で中学生の頃の出来事を思い出させる。
犬が好きだった私は、中学生になった時にゴールデンレトリバーを飼いはじめた。我が家に来た時はまだ数か月の子犬。小さな体に似合わない大きく太い足が「大型犬だぞ!」と主張していた。
私は12月半ばにやってきたワンコに「クリス」と命名。クリスはぐんぐん成長し、半年も経つ頃には倍以上の大きさに。成犬とまではいかずとも、力も強くなっていた。
それでも我が家に来たのは雌犬。散歩に連れて行くのに大変なほどではない。中学2年生になると、毎朝早起きしてクリスの散歩をしてから学校に行くという生活をしていた。思い返せば、よく毎朝やれたなぁと。
近所の犬友達もたくさんでき、朝の公園で犬同士を遊ばせるのがとても楽しかった。
当時、私の地元では自転車で軽く走りながら大型犬を散歩させる人が多かった。今は当然違法行為に当たるため、そんなことをする人はいないだろう。というか、しちゃだめだ。あの頃の私は、犬が軽く流して走るような感じで自転車と並走するのがかっこよく見えた。
そして思う。
「私もやりたい」と。
ある日の夕食時、「私も自転車でクリスのお散歩行こうかな」とつぶやいてみた。すると飛んでくる祖父の怒号。
「体が大きい犬だし力も強い。自転車は不安定で危ないから絶対にダメだ!」
人に怪我をさせるだけでなく、私が怪我をする心配をしてのこと。そう言われるのは当たり前だ。
しかし…。
さすが中二。変に自信があって「自分だけは絶対に大丈夫」と思い込む中二病状態。私も例に漏れることなく、絶対の自信を持っていた。
「速度は上げないし、クリスの様子を見ながら走るから絶対に大丈夫!」
そして祖父に内緒で自転車で散歩に出かけてみた。案の定、何事もなく帰宅。
「ほら、やっぱり平気じゃん!」最初は細心の注意を払って出かけるから、怪我も事故もない。問題は慣れてから…。
自転車での散歩も5回目くらいになると、私の鼻は伸びていた。早起きして自転車で散歩を済ませてから登校しようと、意気揚々と家を出た。
左手にクリスのリード、右手は自転車のハンドル。気分よく自転車を流し、クリスもゆっくり走っていた。
気分爽快!などと思ったその時――
左手が急に引っ張られた。実際には引っ張られたわけではない。ただクリスが立ち止まり、道端の匂いを嗅いだだけ。だが私の自転車は急に停まれなかった。
「ヤバい!転ぶ!」
バランスを崩した私は自転車を放して地面に飛び降り、ふらついた体を支えようと右手をついた。
しかし。
手をついた場所は大きな一枚ガラス。勢いを受け止めきれず、私の腕はガラスを突き破った。
初めて体感したスローモーション。固いガラスを突き破るという感覚はない。ただ音もなくゆっくりとガラスが割れ、中に吸い込まれて行く感覚だった。
我に返った時は、右腕を伸ばし一時停止の状態。
「え?」
ゆっくり後ずさりした瞬間、上から大きなガラスが音を立てて落下してきた。今思うと、後ずさりが遅れていたら、私の右腕はなかったのかもしれない。
改めて見ると、ガラスは高さは1メートル以上の分厚いすりガラス。そして割ったガラスは床屋さんの店先だった。
これが朝6時ころの出来事。道行く人もまばら。当然床屋さんも開店前。呆然としていると、隣家の男性が出てきた。
「どうしたの?割っちゃったの?怪我してるじゃない!」
そこで初めて自分の右手が血まみれだと気付いた。
「えっと…どうしよう…」
そこでなんと!
愛犬クリスがウンチをする!!!
犬は私の起こした事故なんてしったこっちゃない。
しかしタイミング良く現れたのは、お散歩仲間の友達だった。状況をみて心配しながらも、ウンチを拾ってくれた。
隣家の男性から「とにかく病院に行ってから、ご家族と一緒に戻っていらっしゃい。ここの人には話しておくから」と言われ、私は帰宅した。
頭の中に祖父の声が響く。
「自転車で犬の散歩はダメだ」
家に帰れば怒鳴られる。私は「やってしまった」と思いながら帰った事以外、帰路の記憶がない。それだけビビっていた。
家のインターホンを押したまま立ち尽くし、出てきた母に事情を話す。
「わかったから、泣きながら行きなさい」
祖父をわかっている母にそう言われると、すでに半べそだった私の目から涙があふれ出た。指示通り泣きながら祖父のもとへ。
「ガラス割っちゃった、ごめんなさい」
一瞬顔色が変わった祖父は、静かに「だから言ったろ!早く病院行って来い!」と一言。近くの救急病院へ行き、右手首2か所、合わせて9針縫った。
右手には「宿した力を抑えるような包帯」が巻かれた。
あれから30年以上経った今も、私の右手首には消えない傷跡がある。これは私が祖父の言う事を聞かなかったからついたものだ。祖父は私が中学3年生の冬に亡くなり、祖母も6年前に亡くなった。
若い頃は、祖父母の言う事を「うるさいな」と思うことも多かった。だが、自分が歳を重ねるとわかる。あれは「怒り」ではなく、「心配」だったのだ。
今の時代、「年寄りの話なんて古い」と感じることもあるだろう。実際、私もそう思っていた。
それでも、長く生きてきた人の言葉には、経験から来る重みがある。右手首に残った傷跡を見るたび、私は思い出す。
「だから言ったろ」
年寄りの言う事は、案外聞いておくものだ。
そして、そんな「年寄りの注意」を晩年伝え続けてくれたのが、佐藤愛子さんなのではないか。と思う。すべてのエッセイを読んだわけではないが、心にチクリと刺さる内容がいくつもあった。
その佐藤愛子さんが先日、老衰で亡くなったというニュースを見た。こうして、過去の経験から得たものを伝える人がだんだんいなくなってしまう。佐藤愛子さんは本という形で私たちに教えてくれている。私はこれを大事にしたいと、改めて感じた。
そして今でもたまに夢枕に立つ祖父母の言葉も。
「ひろちゃん、あんまり飲みすぎるんじゃないよ」
