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生かされている、ということ

半世紀以上も生きて、
これと言って手に職をつけたわけでもない
だから、なんの特技もなく、
なんのプロフェッショナルでもない

結婚して家族を持つわけでもなく
この社会での繋りは母親と妹だけ

仕事を辞めてから2年と少し
相変わらず社会とのつながりもなく
肩書のないまま
社会の外側にいるようにも感じる

ふと自分に生きる価値があるのか
疑問になることがある

エアポケットにおちたように
「誰かの何でもない自分」が
なぜここにいるのか?と頭をよぎる

それでも、ここにいる
私は生きている

それはきっと意味のあることだと思う


生きたくても生きられない人
生きたくなくても生き続けなければいけない人
寿命は誰にもわからない

だからこそ、
「今、生きている」という事実そのものに
意味があるのだと思う



今日も社会に対して
「なんの生産性もなかった」と思う日でも、
朝がとても心地よかったり、
猫の寝顔を見ていることが幸せだったり


そんな小さなことでも、心は動いて
たくさんの感情を経験している

そのために、私は生きているのだと思う


影響力のある大きな仕事をしなくても
地位や名声を得なくても

ただ実直に
日々の生活に「ありがとう」と
感謝の気持ちを感じながら
一人の人生をていねいに旅すること
それが、命ある時間の過ごし方なのだと思う


自分に価値がないと思うのは
自分への最大の裏切り
自分の可能性を否定するのは
自分への最大の侮辱

私は私のままでいい
あなたはあなたのままでいい

生きているという事実が
あなたに価値があるという証拠なのだから

私たちは生きているというより
生かされている存在
そして意味があるから
生かされ続けている


決して
価値がないわけではない


生かされていることに気づき
その意味を受け取り
自分らしく、ていねいに
日々を過ごして行く


それだけで、
よいのだと、思っている









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