芋出し画像

モグラセットは韻を螏む

私が掚し掻を始めたきっかけは、日垞生掻に疲れおしたったからだった。
仕事、子育お、家事。
シングルマザヌずしお生掻を回すだけで、䞀日が終わる頃には心も身䜓も擊り枛っおいた。
䜕か始めないず、このたた壊れる気がした。
私は四十䞃歳で、䞭孊䞀幎生の息子の翔䞀ず、䞭孊䞉幎生の嚘の矎咲がいる。
翔䞀は䞀幎前、担任の先生を嫌がるようになり、孊校ぞ行かなくなった。朝になるず垃団を被ったたた動かず、私は出勀前に䜕床も声をかけたが
返事がない日がほずんど。
今は垂が運営しおいる「適応教宀」に、やっず通えるようになった。
私は昔から、YouTubeでダンス動画を芋るのが奜きだった。スマホを立お、芋よう芋たねで螊る。
誰に芋せるわけでもないのに、音に合わせお身䜓を動かしおいる時だけ、頭の䞭が静かになった。だから私は、その勢いのたた倧手のダンススクヌルであるNova studioに申し蟌んだ。

仕事が終わるず、倕飯の材料を買いにスヌパヌに行く。仕事の荷物にプラスしおスヌパヌの荷物が手や肩に食い蟌んだ状態で垰宅。 䌑む間もなく子ども達に倕食を䜜る。䜜っおいるず矎咲や翔䞀が代わる代わるやっおきお䌚話をする。 矎咲は「孊校で陜キャの女子が自己䞭」ず蚀うような、孊校ネタの内容が倚い。 翔䞀は趣味でレゲ゚やラップを聞いおいるので、音楜の話が倚い。たたに韻も螏んでバトルを挑んでくる。
倕食が終わったあず、時間に䜙裕があれば私は携垯でレッスン䞀芧を芋る。予玄を取った埌は支床をしお、電車で40分かけお池袋のスタゞオに向かう。

この日はたたたた氎曜日。ダンスを習い始めお䞀カ月だった頃。その日は仕事でもトラブル続きでずおも疲れおいた。倕食を䜜り終わったあずでもダンスに行く気はなくハむボヌルを飲みながら携垯でどんなレッスンがあるか眺めおいた。 するず、私がよくYouTubeで芋おいる有名ダンスチヌムDDDに所属する「ナりスケ」のレッスンが十九時半からあるこずを知る。私はDDDの䞭でもナりスケのダンスが奜きでその動画を倕飯を䜜りながら芋おいるこずも倚い。 びっくりしおハむボヌルを吹き出す。「え、埅っお。どうしよう」時蚈を芋る。
十八時半。急げば間に合う。服も遞んでられない。コヌディネヌトはめちゃくちゃだったが行きたい気持ちが先で䜕かしら着おいれば倧䞈倫、ず蚀い蚳し子ども達に「ダンス行っおくる」ず蚀い、家を出る。「あれ疲れおるから行かないっおさっき蚀っおなかった」ず聞こえおきたがそれに答えおいる時間はないので垰っおきおから話すこずにする。

スタゞオに到着し、レッスンに参加した。
携垯画面越しでしか芋たこずのなかったナりスケが、目の前で螊っおいる。
しかもダンスを教えおくれおいる。
その時、鏡に映った自分を芋お気づいた。
倉な柄のTシャツを埌ろ前に着おいた。
今さら盎す方が目立぀気がしお、そのたた螊り続けた。
レッスンが終わるず、話しかけたい気持ちが抑えられなくなった。
「ずっず動画で芋おいたした。たさか䌚えるず思わなかったです。たた来たす」
するずナりスケは少し驚いたように、
「ありがずう。その熱量で来おくれる人、ただいたんだ」ず蚀った。その䞀蚀だけで胞がいっぱいになった。
私はそのたたロッカヌルヌムぞ走った。そこで鍵がないこずに気づく。頭の䞭がただナりスケのこずでいっぱいだった。
慌おおスタゞオぞ戻るず、ナりスケはただ入口付近にいた。
「䜕」ず聞かれ、「鍵がなくお  」ず蚀いかけた時、事務の女性が、「あ、これスタゞオに残っおたした」ず、氎のペットボトルに巻き付いた鍵を差し出した。
そうだった。鍵にはゎムが付いおいお、私はそれをペットボトルに匕っ掛けおいたのだ。
ナりスケが、
「あっおよかったね」
ず蚀う。私は
「ありがずうございたした」
ず頭を䞋げ、ロッカヌルヌムぞ戻った。
倉な柄のTシャツは、その間ずっず埌ろ前のたただった。

毎週ナりスケのレッスンに参加するようになる。 子ども達にも
「氎曜日十九時半のレッスンは必ず行くから協力しお」
ず話すず
「今日はナりスケの日だね」
ず理解を瀺しお氎曜日に無理なお願いをしたり、我儘を蚀っおこなくなった。
ナりスケの衚珟するダンスの䞖界をもっず芋たいず思いナりスケの所属するDDDのファンクラブに入る。 䜕かのファンクラブに入るのは初めお。

ファンクラブに入っお思うこずは、結成圓初から熱烈に応揎しおいる人達がかなりいるずいうこず。 その人達の掚し方がずにかく凄い。 メンバヌがコメントするず「いいね」を課金しお送る。スタンプも課金しお抌す。 育成型課金ゲヌムのようだず感じた。 しばらくは課金もせず、コメントを読みながら傍芳しおいた。

ナりスケずは別のメンバヌ、リュりのコメントの䞭に「昆虫アむりォンチュり」ず軜く韻を螏んだものがあった。そのコメントを芋た瞬間、私の頭の䞭でも韻が転がり始めた。普段から息子ずラップバトルの真䌌事をしおいる。友達にもラップ奜きがいる。だからなのか、この堎でも韻を返しおみたい衝動が抑えられなかった。私はコメント欄にこう入力した。
「昆虫 アむりォンチュり
 集䞭しお回答蚀う
 遞曲の再構築」
我ながら、かなり綺麗に転がったず思った。送信した瞬間は満足感すらあった。
でも埌になっお気づく。

これは息子やラップ奜きの友達ずのコミュニティでやるノリであっお、熱狂的な掚し掻女子達の空間に突然投げ蟌むものではなかった。


私は突劂珟れお韻を螏んでくる人ずしお、メンバヌの䞭のラップ担圓のシンに認識される。
ファンクラブには配信ずいう制床もある。
シンが配信で
「なんか、急に珟れお韻を螏んでくる人がいるんだけど」
ず蚀う。 熱狂女子にも泚目されおおり
「その人はモグラセットさんず蚀いたす」
「モグセさんです」
ず即座に答えおいた。モグラセットは自分で぀けたファンクラブ内の名前だった。

配信をアヌカむブで確認するず、みんな枩かい雰囲気だった。それなら韻を螏んでコメントしおも倧䞈倫なのかもしれない、ず思った。ただ、普段の癖でどうしおも少し煜るような韻になっおしたう。息子や友達ず話す時、ラップやレゲ゚のコミュニティには、瞬発的な攻撃性があった。disり合いの䞭に友情がある。私はそういう空気に慣れおいた。でも、この堎所は違った。
キラキラした掚し掻女子達の䞖界は、私が今たで觊れたこずのない文化だった。私の存圚は、その空間では爆匟みたいなものだったのかもしれない。
最初は瀟亀蟞什のように反応しおくれおいた人達も、少しず぀距離を取るようになった。
誰も反応しないコメント欄を芋ながら、私は静かに空気を察した。

そこで気づく。
ここは掚しを愛でる堎所なんだ。
「かっこいい」
「倧奜き」
「お疲れ様です」
「ありがずうございたす」
そういう蚀葉を重ねながら、みんなで共感し合う。仲間意識を䜜り、同じ熱量を共有しおいく。それはきっず楜しいこずなのだず思う。

課金しお掚しを応揎するこずも、私は嫌ではなかった。むしろやりたいずすら感じおいた。ナりスケの䞖界をもっず芋おいたい。叀参のファン達には敵わないかもしれない。それでも、負けないくらい応揎したいず思った。ただ、テンプレのようなコメントだけは、どうしおも続かなかった。
頭の䞭で韻が転がる。そうなるず、螏みたくなる。
だから私は、少しず぀コメントを曞くのをやめおいった。


初めおファンクラブむベントに䞀人で参加した。同じファンの友達はいない。私は勝手に、ダンスチヌムのファンなのだから、みんなダンスをやっおいる人達なのだず思っおいた。普段レッスンぞ行くず、始たる前や終わった埌に、䞀人で緎習しおいる人がたくさんいる。だからむベントでも同じなのだず思っおいた。䞀人で来おいるからこそ、埅ち時間を無駄にしたくなかった。私は䌚堎の隅で、振りの緎習をしおいた。

埌になっお知る。
それも、この掚し掻女子コミュニティではかなり目立぀行動だったらしい。
私は、ファンの䞃割くらいはダンスを習っおいるのだず思っおいた。でも実際には、レッスンを受けおいる人はかなり少数掟だった。
䜕床かむベントぞ行くうちに、少しず぀顔を芚えられるようになった。その頃から、知らない人に声を掛けられるこずが増えた。
「モグラセットさんですよね」
「前にむベントでめっちゃ螊っおたしたよね」
私はその床に、少し恥ずかしくなった。


私の職堎は保育園だ。䌑憩宀では、二十代から䞉十代の先生達がそれぞれの掚しの話で盛り䞊がっおいる。二十䞉歳のあみ先生は、掚しおいる二次元アむドルのグッズのために昚日十五䞇円䜿ったず蚀っおいた。
䞉十代の小宀先生ず事務の蓮田さんは韓囜アむドル掚しだ。
二十代の小束先生、䞉十代の菊池先生、私ず同い幎の前田先生、絊食宀の今野さん。この四人は今人気のアむドルグルヌプ「Snow Stones」のファンクラブに入っおいる。
「チケット取れたよ」
「今床韓囜ラむブ行くから仕事䌑むね」
「北海道公挔芋お、そのたた垰っおきた。芳光する時間なかった」
そんな䌚話が毎日のように飛び亀う。
掚し掻ブヌムの時代だった。
私はずっず、その䌚話を少し冷めた気持ちで聞いおいた。
そこたで人を奜きになれるものなのだろうか。そんなふうに思っおいた。でも、自分が掚し掻を始めおからは違った。

ある日の䌑憩時間、私もDDDのナりスケのファンクラブに入り、掚し掻を始めたこずを話した。
するず、あみ先生が蚀った。
「えヌ、蒲田先生に掚し掻は無理じゃないですか」
「キャラ違う」
その堎にいた先生達も笑いながら頷く。
「わかる」
「掚し掻キャラじゃない」
掚し掻キャラずは䜕なのだろう。どういう人が掚し掻キャラで、私は䜕が違うのだろう。今でもよく分からない。
ただ、䞀぀だけ分かるこずがある。掚し掻を始めおから、私はいろいろな堎所で浮いおいた。
もしかするず、職堎の人達はそれを最初から芋抜いおいたのかもしれない。


新宿で物販むベントがあった。ナりスケがお店ずコラボし、䞀日店員ずしお商品を販売するらしい。私は早速行っおみた。
そこで驚くものを芋぀ける。
五䞇円のクマのぬいぐるみを賌入するず、ナりスケずチェキが撮れるずいうのだ。ただ、そのクマがかなり倧きかった。私は自称ミニマリストである。物を極力枛らしお暮らしおいる。五䞇円は出せる。でもクマを眮く堎所がない。
私はナりスケに蚀った。
「このクマが欲しいんですけど、家庭の事情でクマ本䜓を家に眮けないんです。チェキだけお願いできたすか」
ナりスケは笑った。
「じゃあ俺がクマをもらうよ」
「モグラセットさんにもらったこずにする」
私は驚いた。
「私がモグラセットっお認知されおたんですね」するずナりスケは、
「それは分かるよ」
ず蚀った。
そしお䞀緒にチェキを撮った。

私の埌にもクマを賌入する人がいた。その人はちゃんずクマを抱えお垰っおいった。

䌚堎にはガチャガチャもあった。猶バッゞやキヌホルダヌが出おくる。䜕が出るか分からない。同じものが出おも、たた回す。おしゃれな女の子達が䜕床も列に䞊び、䞀回五癟円を次々ず䜿っおいた。掚し掻をしおいる人は、グッズを集める。確かにそういう文化があるのだず思った。
でも私は違った。やっぱりミニマリストなのだ。グッズは欲しくならない。こういうずころが、私は掚し掻に向いおいないのかもしれない。
それでも五䞇円は払った。
クマは持ち垰らなかった。

そのお金がナりスケの掻動の応揎になるなら、それで十分だった。私はそれだけで満足しおいた。


ある日の䌑憩時間。私は少し埗意げに蚀った。
「私は掚しに認知されおるんだけど、みんなはどう」
するず、あみ先生が即答した。
「私は二次元アむドルなんで」
「実圚しないものが認知するわけないじゃないですか」
確かにその通りだった。あみ先生は毎月かなりのお金を掚しに䜿っおいる。私は認知されおいるこずを少し誇らしく思っおいたが、実圚しない盞手にそこたで熱䞭できるこずも、それはそれで凄いず思った。

するず、その堎にいた鈎朚先生が蚀った。
「私の掚しは電車なんで」
「物䜓なので認知ずかないっすね」
そう蚀っお携垯の写真を芋せおくれた。そこには電車のアクリルスタンドず、本物の電車が䞊んで写っおいた。駅ごずに撮圱しおいるらしい。色々な電車ずの写真が次々に出おくる。これはこれで凄かった。するず今床はあみ先生も携垯を取り出した。
「私のも芋おヌ」
画面には二次元アむドルのアクリルスタンドず䞀緒に撮った旅行写真が䞊んでいた。聖地巡りらしい。あちこちの芳光地で、掚しだけがずっず同じ笑顔をしおいた。
認知されるずか、されないずか。そんな話をしおいたけれど、掚し掻の圢は思っおいたよりずっず自由だった。


DDDのラむブ告知動画で、ナりスケが蚀った。「友達も誘っお来おね」
それなら誘うだけ誘っおみようず思った。
たず子ども達に声を掛けた。翔䞀は、
「電車移動が無理」
ず蚀った。適応教宀にやっず通えるようになったばかりだ。
矎咲は、
「受隓生なんだよ」
ず蚀う。それもそうだず思った。

そこで茚城に䜏む飛鳥ちゃんを誘っおみた。DDDのこずはほずんど知らないはずだった。それなのに、
「行くよ」
ず即答しおくれた。

ラむブ圓日、飛鳥ちゃんは遠くから来お、高いチケットを買い、䞀緒にラむブを芋おくれた。終挔埌、
「すごく良かった」
「たた誘っお」
ず蚀う。私は瀟亀蟞什だず思った。

ずころが違った。飛鳥ちゃんはダンスを習い始めた。DDDのむンスタもフォロヌした。気づくず私より先に「いいね」を抌しおいる。

さらに驚いたこずに、ナりスケのレッスンたで氎曜日に䌑みが取れた時に受けに来るようになった。
茚城から片道二時間半。
倖郚料金なので受講料も高い。ラむブに誘ったのは私だった。
でも気づけば飛鳥ちゃんの方が熱心になっおいた。
レッスン埌、飛鳥ちゃんはナりスケの前ぞ行った。
「茚城から来たした。握手しおください」
そう蚀っお手を差し出す。
私も急に握手したくなった。
「東京から来たした。握手しおください」
するずナりスケは笑った。
「知っおるよ」
そう蚀っお握手しおくれた。


その日も私はナりスケのレッスンを楜しみにしおいた。仕事を終え、倕飯を䜜り、急いでスタゞオぞ向かう。郚屋に入るず先生が違った。
「あれ」ず思ったが、
「代行かな」ず玍埗した。ダンススクヌルでは代行など珍しくない。私は䜕の疑いもなくレッスンを受け始めた。しばらく螊っおいるず、隣の郚屋のレッスンが先に終わった。

ドアが開く。

芋慣れた顔が次々に出おきた。
毎週ナりスケのレッスンで䌚う人達だった。
その埌ろからナりスケも出おくる。
私は螊りながら状況を理解した。

郚屋を間違えおいた。

レッスン宀が倉曎になっおいたのだ。
芋慣れた顔ぶれが次々ず通り過ぎる。
誰も䜕も蚀わない。
笑う人もいない。

それなのに、その瞬間だけは、自分だけが間違えおいる人間のように思えた。


子ども達が今流行っおいるずいうアニメを芋おみた。タむトルは『リれロ』だった。私は数話芋たずころで挫折した。䞻人公にどうしおも感情移入できない。䜕かあるたびに悩み、迷い、叫ぶ。芋おいお少し疲れおしたった。私はそのたた芖聎をやめた。
ずころが埌日、ファンクラブの配信でナりスケが『リれロ』の話をしおいた。
「今たで芋た䜜品の䞭で䞀番面癜いです」
「普通に泣きたす」
「奜きな話もいく぀かありたす」
私はコメント欄に、
「リれロ、ダメでした。䞻人公が煮え切らなくお」ず曞き蟌んだ。
するずナりスケは笑いながら、
「倧䞈倫です」
「もう少し我慢しおください」
「最初だけなんで」
ず蚀った。私は玠盎なので、もう䞀床芋始めた。仕事の埌や䌑みの日に少しず぀進める。途䞭から息子も䞀緒に芋るようになった。私は䜕床も息子に聞いた。
「これ、どこで泣くのかな」息子は画面を芋ながら蚀う。
「ナりスケさんはもう泣いおるんじゃない」
しばらくしお、たた聞く。
「ただ分からないんだけど」するず息子は少し迷惑そうな顔をした。
「もう芋なくおいいんじゃない」
それでも私は芋続けた。掚しがそこたで勧めるのだから、どこかで面癜くなるのかもしれないず思った。結局、シヌズン3たで芋た。狂気的な描写は面癜かった。でも感動するず蚀われおいた堎面は最埌たでよく分からなかった。
登堎人物が「愛しおる」ず蚀う。泣ける堎面らしい。私はそのたびに銖を傟げおいた。
ただ、詳しくはなった。
ナりスケの奜きなガヌフィヌルは、短期で野蛮だけど人間臭いずころに惹かれる。
仲間思いだし、ガヌフィヌルはなんずなくナりスケに䌌おいるず思った。
私に䌌おいるのはペテギりス・ロマネコンティだず思う。
癜目剥いお情緒が壊れおいる感じ。
暎走するずころも䌌おいるかもしれない。

結局シヌズン3で芋るのをやめたのだが、自分なら五話でやめおいた䜜品を、シヌズン3たで芋続けたのはナりスケが勧めたからだった。


ナりスケずシンの誕生日を祝う深倜ラむブむベントがある。 シンは月生たれ。ナりスケは月生たれ。 ラむブ開始が零時四十五分から。 その前にファンクラブむベントがその日の十䞃時から。 次の日仕事だったのでラむブ終了埌、子ども達にお匁圓ず朝ごはんを䜜っお自分は六時半に家を出る予定。早番だからだ。
飛鳥ちゃんは茚城からファンクラブむベントは来おくれる。深倜の回は足がないずいう理由から参加しない。
私は電車がなくなるこずを懞念しお自転車で行くこずにした。 䌚堎の枋谷たで怜玢した結果時間半かかるずわかる。 かなり、無茶なスケゞュヌルを立おる。
十六時飛鳥ちゃんず埅ち合わせ。ちょっずカフェで話しおから十䞃時にファンクラブむベント参加。十八時半終了埌電車に乗っお垰宅。十九時半倕飯、お颚呂、仮眠。二十䞉時自転車に乗っお枋谷目指しお出発。零時四十五分到着予定。

蚈画を立おた時は割ず䜓調も良かったしテンションも予定を立おおる段階から高かった。これでいけるだろうず思っおいた。

ずころが四十䞃歳ずいう幎霢の山が私に襲いかかる。曎幎期障害だ。むベント前に身䜓が起き䞊がらない。やらなければいけないこずがたくさんあるのに䜕もできない。汗が倚量に出おきたり、皆が半袖で暑いず蚀っおいる時に寒いず感じる時もある。 園長に勧められお「呜の母」ずいう薬を飲んで少し元気になったが、今床は十時間くらい寝おしたう。
その䞊、錻が詰たり、錻呌吞ができなくなる。 䌑みを取り受蚺するず副錻腔炎ずのこず。 薬を飲むず錻氎が止たらず垂れおくる。
その流れで圓日を迎えた。 むベント前の飛鳥ちゃんずのカフェでは錻氎が滝のように出おきお
「倧䞈倫」
ず心配しおもらうほどだった。

むベント䞭は錻をかむタむミングを䌺いながら楜しむ。スタッフがむベントを録画しおいる。いいずころで錻をかんでいる音が入っおしたったら申し蚳ない。
飛鳥ちゃんがビンゎゲヌムで䞀番に「ビンゎヌ」ずなる。ナりスケがナヌホヌキャッチャヌお取ったずいうクマのヌむグルミが圓たる。 このクマは五䞇円のクマず比べ分の1の倧きさだった。飛鳥ちゃんは前に出おメンバヌず話しお喜んでいたので良かった。
むベント䌚堎を出る時にメンバヌが芋送っおくれる。
ナりスケの誕生日むベントだから
「ナりスケにプレれントを枡したい人がいたらその時に枡しおください」
ずいうアナりンスが入る。
プレれントは甚意しおいなかった。
正盎、䜕をあげおいいのかわからなかったずころがある。私は人に䜕かをあげるこずがずおも苊手だ。

以前、配信で
「䜕が欲しいですか」
ず聞かれたナりスケは、
「靎かな」
ず答えおいた。
それを聞いおから私は䜕床も池袋の靎屋ぞ行った。
レッスン垰りに寄っおは靎を芋る。
でも買えなかった。
本圓にその靎を履くだろうか。
奜みに合わなかったらどうしよう。
サむズは合っおいるのだろうか。
考えれば考えるほど分からなくなった。
そしお結局、その日も䜕も持たずにむベントぞ来おいた。

 ãƒ¡ãƒ³ãƒãƒŒãšãƒŠã‚Šã‚¹ã‚±ã«æŒšæ‹¶ã‚’しお䌚堎を埌にする。
私の埌に䞊んでいた人がナりスケにプレれントを枡す。
次の人も枡す。
それを芋おあげたくなった。

飛鳥ちゃんが垰り道でクマのヌむグルミをくれる。
「ナりスケさんが取ったものだから、ゆみちゃんが持っおいた方がいいよ」
ず私にくれた。 ありがたく頂く。そのクマは私の郚屋に食っおある。

いよいよ自転車で䌚堎目指し出発した。呜の母を飲み、副錻腔炎の薬を飲む。自転車をこぎながらも錻氎が止たらない。時々止たっおは思い切り錻をかむ。
しかも曎幎期障害で副錻腔炎の私に雚が襲いかかる。レむンコヌトを着おいるがずにかくしんどい。
やっずの思いで䌚堎に着くず深倜ず思えないほど混雑しおおり、キラキラ女子もたくさんきおいた。
パフォヌマンスが玠晎らしくお感動した。こんなに蟛い思いをしたが来お良かったず思った。
しかし䜓調がかなりやばい。
途䞭䌑憩があった。
ずりあえず䞀回倖に出る。
これは最埌たでいたら倒れそうず思い、自転車に乗っお垰るこずにした。

垰宅したのが時頃。
時間寝お時からお匁圓、朝ごはん䜜り。六時半に家をなんずかでられた。

それでも行っお本圓によかったず思う。
ダンスパフォヌマンスは生で芋るのが䞀番だ。動画では味わえない迫力がある。録画するために画面を芋おいるずそれを䜓感できないために私は録画しないで凝芖する。 あれを芋れなかったら埌悔しおいた。DDDは 本圓に、本圓に凄い人達だず改めお感じた。


掚し掻をはじめおからずいうもの、仕事や家事、子育おの疲れも、嫌な目にあっお思考回路がぐるぐるず回り出す時も、ナりスケさんの掻動を芋たり、レッスンに行ったりすれば党おが
「たあ、いいか」
ずリセットされお気持ちよく次の日も頑匵るこずができおいる。

DDDのファンの人達、぀たり掚しを愛でるキラキラ女子達の䞖界は私のコミュニティずは真逆の䜍眮にあった気がする。

新しい䞖界に飛び蟌むこずは勇気がいる。
わからないなりにも詊しお、考えお、反省しお、それを繰り返しおいく事で色んなこずが芋えおきた。

 ç§ã¯æŽšã—掻をしおいる぀もりだった。
でも気づけば、違う文化を芋孊しおいたのかもしれない。

「かっこいい」
「倧奜き」
「ありがずう」
そういう蚀葉で繋がる䞖界があった。
私はそこぞ韻を持ち蟌み、螊り、クマを眮いお垰った。

私の倧奜きなDDDのコミュニティだけでなく、職堎の人が䜕人もはたっおいる人気アむドルグルヌプ、あみ先生の二次元アむドル、鈎朚先生の電車も含めお、この掚し掻の文化ずは、、、

 å‚·ã€ã‘られない空間で安心しお「わかるヌ」で繋がり共感。
空気を乱さないで平和を保぀堎所。

安心しおみんなが愛でる堎所よりも、䜕が飛んでくるのかわからないずころにいた私は、そのたたの自分を持ち蟌みすぎお倚くの倱敗もした。
でも新しい䞖界に飛び蟌んでよかったず思う。
「恥ずかしい」
「空気わからない」
「合わなかったら怖い」
そんなこずでやめおたら勿䜓無い。

い぀も思っおた。
「みんなに奜かれようずしお自分の意思ではない蚀葉を口にするくらいなら、自分の蚀葉で嫌われた方がマシ」
この考えはこのたたで悪いこずではないので続ける。
ただ、出し方を倉えなければならない。 それを孊べた事は私にずっおかなりプラスだ。
これは善悪の話ではなく、カルチャヌ適性の違い。
この発芋は掚し掻をしおみないず芋えなかった䞖界。

そしお今日もたたナりスケさんの動画を芋お、レッスンに行き、むベントをチェックする。

私なりのやり方で、これからも応揎しおいこうず思う。



いいなず思ったら応揎しよう