喜如嘉の神さま
「なんでそんなに顔が赤いの?ねぇ、なんで?」
隣の席の見知らぬ奥さまがしきりに話しかけてくる。
「昨日……、き、きのう……、き……」
大真面目に説明しようとする私の声は、突然始まった三線ライブの音色と歓声にかき消されてしまった。
「昨日、日焼け止めを塗り直さずにレンタサイクルで炎天下を走り回っていたんですよ。それに今日はすっぴんなのにビールたくさん飲んじゃったから……」
本当はそう答えたかった。
しかし質問が繰り返されるにつれどうでもよくなってきて、
「日焼けとビールー!」
とだけ叫ぶことにした。そしてサーユイユイと合いの手を入れながら、すぐに温くなるおしぼりを裏返しては顔に押し当てていた。
あれは数十年前の夏、夫と2人で訪れた沖縄旅行2日目の夜だった。

その日の午前中、私たちは沖縄本島北部、大宜味村の喜如嘉という小さな集落を訪れていた。どういうきっかけで知ったのか、目指していたのは「喜如嘉の七滝」とよばれる場所だった。

国道58号を北上し喜如嘉集落に到着すると、レンタカーを降りることなく喜如嘉の七滝を探した。
当時は七滝までの案内板などなく、どなたかのブログに書かれていた目印を探しながら細い道を行ったり来たり。散々迷ってようやく見つけた七滝に続くであろう道は、車で入っても良いのかわからないほど幅の狭い道だった。

じわりじわり進んでゆくと右側に待避所のようなスペースが見えた。そこには作業車が停まり、おじさんたちが何やら作業をしていた。
ああよかった。車が通れる道だった。
私たちはホッとして、おじさんたちに道を譲ってもらうのを待っていた。
ただ、そのとき少し気になることがあった。車の気配に気づいた一人のおじさんが、振り返ってこちらを見たとたん急にこわばったような険しい顔を見せた気がしたのだ。
こんな所まで「わ」ナンバーが入ってきて怒られるのかな。と、あんまりいい気はしなかった。
作業車をなんとか交わし、私たちはついに喜如嘉の七滝にたどり着いた。

自然の音しかしない静かな場所で、聞いたことのない鳥なのか虫なのかわからない野性の声と、自分たちが草木を踏む音。

滝の音がどれくらい聞こえていたかは覚えてない。少し怖いような、不思議な空間だった。
言葉を忘れて立ち尽くしていると、後ろから人の気配がした。さっき険しい顔を見せたおじさんだった。あぁ。やっぱり怒られるんだ。と思った。
「こんにちは」
お互いに挨拶を交わすと、
「観光ですか」
「はい」
「そうですか。いや。こんな所までレンタカーが来るのは珍しいのでね」
それだけ言って、おじさんは去っていった。
おじさんは何をしに来たんだろう……。喜如嘉からの帰り道、やはり気になって夫に話してみた。
「さっきすれ違ったおじさん、怖い顔したよなぁ」
「そうなん?全然気づかんかった」
「後から追いかけてきたやん?」
「あぁ。なんか来たなぁ」
「ナイチャーに入ってこられたら迷惑やったんかな」
「さぁ……。わからんなぁ」
なんとなくモヤモヤは残ったものの、気のせいだったということにして、それ以上考えないことにした。

楽しかった沖縄旅行はあっという間に終わってしまった。
日常に戻って2、3日が過ぎたころ、私は自宅で化粧をしていた。
沖縄で日焼けした肌は日を増すごとに黒くなり、さすがに無防備すぎたなと反省しかけたときだった。私の頭の中でパシーン!とシナプスがつながる音がした。
思い出したのだ。
あの日、喜如嘉の七滝へ続く細道を通ったとき、私は車の中で顔パックをしていたということを。
しかも誰もがわかるようなフェイスマスクシートじゃない。
とりあえずの間に合わせで、ティッシュを細長く折り畳んだところにクールダウンジェルを塗り、鼻の上に一文字、あごから頬にかけてV字型にティッシュを貼り付けた顔で、私は助手席に座っていたのだ。
つまりおじさんは、顔中に何か白いものが付いた女を助手席に乗せた「わ」ナンバーが、森の奥深くへ入っていくところを目撃したことになる。ケガをしているのか。もしかして猿ぐつわか……。そんなことより、ただの不審者でしかない。
きっとおじさんは、私たちを心配して様子を見に来てくれたんだ。
私は車を降りるときにパックを外し、何事もなかったかのように七滝を見ていた。だから何事もないのを確認したおじさんは、多くを語らずにその場を去っていった。そう考えるとつじつまが合う。
怒られるだの、追いかけてきただの、ナイチャーを迷惑がるだの、なんてひどい言い様。
顔がこわばるのは当然。あんまりいい気がしなかったのはおじさんであろう。なんとなくモヤモヤとはなんだ。諸悪の根源は私の顔パックにあるのだ。

沖縄の人たちの温かさや思いやりに気づけるようになったのは、あれからもうばらくして、沖縄に足繁く通うようになってからだった。
答えが見つかるまで何人も聞いて回ってくれる人。わざわざ車を停めてまで声をかけてくれる人。少し離れたところから静かに見届けてくれる人。
そしてそういう出会いはいつも、すっとやって来てすっと去ってゆく。改めてお礼を言いたいと思って探しても、そこにはもう誰もいない。
「あの人、実は神さまやったんかなぁ」
私たちはそう言って、思い出話に花を咲かせている。
