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なんで、川の鯉に食パンをやるか教えてくれ。

    山本a.k.a.ODAWARA

    先日、実家の犬と近所の川沿いを散歩していた。

    川に架かっている橋の中心で、フードを深々と被った女性が川に何かを投げ入れている。

    傍では、雑種であろう黒い飼い犬が、彼女を守るように周囲を警戒していた。


    でた、鯉に食パンをあげる人だ。(鯉に食パンをあげる人物を見かけたのはこれで2人目だ。)



    水面では鯉がこれでもかと、必死に口を開け食パンを食べている。
    そりゃあ、必死だよな、人間様も食パンは大好きよ。

    さて、わたしは、この「鯉に食パンをあげる人」の行動心理がずっとわからないままでいる。しかも高確率で食パンの耳。

    川の鯉に餌を与える行動の善悪は一旦置いといて(たぶん、市の条例とかでダメだと思うけど)、そこそこ真面目に、この疑問に向き合ってみようと思う。


    ここからは1つ1つの疑問に対して、数個の仮説を立て、着地点を探していきたい。



    疑問点① なぜ食パンの耳なのか??

    【仮説1】
    彼等は食パンが大好きで、暮らしの中で食パンをよく食べる。
    だが、食パンの耳の食感が嫌いで切り取ってから食べる。
    しかし、フードロスに対し関心が強く、捨てることにも嫌悪感を抱いている。
    その対応策として、他の生き物に食パンの耳を享受する道を選んだ。

    【仮説2】
    食パンの耳を鯉にあげることが、親の代から習慣となっている。

    【仮説3】
    鯉への餌代を浮かせるため。


    まぁ、1番納得できるのは【仮説3】かな、、
    【仮説1】はなんかいい人すぎるし、そもそもフードロスを気にする人間でれば、他の調理法等を駆使して無理にでも食べそう。
    【仮説2】も可能性としては高いが、習慣として少し特殊すぎる。
    消去法で【仮説3】だな。

    疑問点② なぜ餌やりの対象が川の鯉なのか??

    【仮説1】
    鯉が好きでしょうがないが、鯉を飼育できる環境化にない。(そもそも、ほとんどのご家庭は鯉を飼える空間なんてない。)

    【仮説2】
    以前自身が飼っていた金魚が大きくなりすぎてしまい、川に放流したが、我が子達の顔が忘れられず定期的に面倒を見にきている。


    これは【仮説1】だな。
    確かに、あの鯉の餌に対するがっつき具合は少し愛おしさを感じる。(同時に恐怖も感じる)
    【仮説2】は自分でも書いていて恥ずかしくなるぐらいエンタメ要素が強すぎる。


    疑問点③
    なぜ、リスクを負ってまで餌やりをするのか??(冒頭にも述べたように、フードなどを被り彼等は人目を気にして、餌やりをしているように見える。だが、同時に堂々としている瞬間もある。少し表現が難しい。)

    【仮説1】
    やはり自分達の中でも、自然の生態系を壊す良くない行動とは認識している。
    だが、時間を通して気付いた愛情に逆らうことはできない。

    【仮説2】
    鯉に食パンを与えるという行動を通して、人の注目を集め関わりを築こうとしている。

    この疑問に対しては、どちらの仮説も当てはまっていると考える。これはわたしの感覚だが、彼等の後ろ姿には愛と哀愁を感じる。


    着地点としてはこうだ。

    彼等は、

    ただ、食パンの耳が嫌いな少しひねくれた優しい人で、

    生き物が好きで、

    ただ、鯉を通して人と繋がりたいのではないか。

    考えすぎだろうか。


    今日、わたしにジップロックいっぱいに入った苺をくれた近所のおばあちゃんも、もう少しわたしとしゃべりたかったのだろうか。






     
     
     
    日常で遭遇した疑問を考えていきます。 エッセイのように残せればいいなと思っています。

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