
不安がなくなると「悩み」がうまれるーその方が健全だと思えた日
最近、あらためて思ったことがある。
「この先どうなるんだろう」
「なんとなくモヤモヤする」
そういった不安って、何も決まっていない時ほどつよくなる。
でも、とりあえずでも「やること」を決めると、急に視界が開けてくる。
不安が晴れると、悩みがはじまる
目標に向かって動いているときって、あんがい精神的に安定している。
なぜなら、「この先どうなるかわからない」という漠然とした怖さがなくななるから。
そして代わりに出てくるのは「どの道を選ぶべきか?」という具体的な悩みではないだろうか。
この悩みというのは、ネガティブに後ろをふり返るようなものではなく、むしろ前向きなものなんだと思う。
不安と悩みは似ているようで、ちがうもの
ここで少し、「不安」と「悩み」の違いを整理しておきたい。

ざっくりいうと
不安は、目的や行動が見えないときに強くなる
→ 何かを「決める」と視界が開け、精神的にも落ち着く
目的があると、人は安定する
→ ゴールがあれば、そこに向かう“選択肢”という前向きな悩みに変わる。
「不安→悩み→行動」の3段階モデル
自分の心の動きを観察していて気づいたのは、
こんなふうに段階が切り替わっていくということ。
不安(ぼんやり・停滞)
→ とりあえず行動の方針を決める悩み(進む前の葛藤)
→ 判断軸を明確にして選択していく行動(実行し、結果を得る)
このフェーズを回していくことで、少しずつでも前に進める。
不安があるから「決める」ことができ、
決めたからこそ「悩める」ようになる。
そして悩んだうえで「動く」ことができる。
・「不安」は行動がないことから生まれる空白
・「悩み」は行動を前提にした葛藤
どちらも悪ではないが、不安より、悩みの方が前進している証拠といえるのではないだろうか
悩めるというのは、前に進んでいる証拠
悩みがあるというのは、「もう目的地は見えている」ってこと。
なので、あとはどう行くか?を決めるだけ。
その中で、「失敗したらどうしよう」と思うこともあるけど、
そもそもその失敗って、自分が選んだ枠の中でのこと。
つまり、それは臆病だった自分が、
「これなら大丈夫かな」と思って選んだ範囲のことにすぎない。
人生という大きなフィールドで捉えた場合、かなりちっぽけなことのように思えないだろうか?
むしろ、「悩めるところまで来た」と受け止めたほうが健全だと思う。
「決めること」で、不安は悩みに変わる
だから最近は、適当な目的を決めて「とりあえずやる」を実践している。
すると、不安はうすくなり「どれを選ぶか?」の選択肢に悩むステージに立てる。
悩めるというのは、進んでいる証拠だと。
不安はカタチをもたない。
だからこそカタチがあるものに変換する必要がある。
そのためのアプローチとして、「紙に書き出す」を実行する。
紙に書き出されたモヤモヤは「文字」というカタチを持ち、カタチがあるからこそ対処法が可視化される。
そして、「その選択肢のどれにするのか?」で悩めばいいのだ。
そしてその悩みは、情報収集・相談・選択肢の整理など「考える」ことで整理できる。
そして、整理できれば、「決断し実行する」
あとはこのサイクルを、ぐるぐると回していくだけ。
モヤモヤした時は、「これは悩みなのか?不安なのか?」を認識することが大切で、悩みは進んでいる証と捉えて、悩めるくらいに前に進んでいるのだと。
そんなふうに、じぶんを認めてあげることがとても大切なことだと思う。