メインコンテンツへスキップ
見出し画像

1日1回、50mダッシュをする

    「生きていると逃げたり、追いかけたりすることもあるだろうから」
    そんなことを言って、50mダッシュをはじめた40代の知人がいた。

    この言葉に妙に納得してしまって、「めっちゃいい発想ですね」と即答。
    そしてその日からわたしも走り出した。

    心臓がバクバク

    初回、徒歩通勤をした日の帰り道、30Lのリュックを背負い実行した。

    人通りの少ない道を選び、約50mほどをダッシュ。

    すると、信じられないくらいの汗がブワッと吹き出した。

    そして、心臓がバクバク。

    呼吸がくるしい。

    脚がもつれてつまづきそうになる。

    けれど、どこか「ボクやりきったよ」と満足げなじぶん。

    そして、「意外と動いたんじゃない?」と感じた部分もある。

    希望のような満足感のようなものを。

    周りの人に話してみると

    このダッシュのことを、家族や友人に話してみた。

    たいていの反応は以下のようなもの。
    「はっ?」
    「なんで、そんなこと、、、」
    「ちょっと、おかしいんじゃない」

    また
    「40代でダッシュとか無理だよ」
    「まだ、走れるんだね」
    感心なのか、呆れなのかわからない反応をうける。

    その時に、ふとある疑問が浮かんだ。

    もしかして「40代でダッシュできるって、めずらしいことなのか?」と。

    異常値なのかも

    ここで一つの問いがたった。

    「もしかして、40代でスムーズにダッシュできるって、実はめずらしいことなのではないか?」と

    身近な40代の人を想像してみてほしい。

    アクティブにスポーツをしている人って、どれくらいいるだろうか?

    そして、その中で力みのないスムーズなスタートダッシュを決めれそうな人っているだろうか?

    おそらく、ほぼいない。

    電車に間に合わなそうな時、スルスルスルと加速する走りができる人って、
    希少な気がする。

    そう考えると、スムーズなダッシュができる40代って「異常値」といえるのかもしれない。

    走れる=異常値なのか?

    一方で、逆説的に考えてみて、
    「40代で走れること」が特殊だと感じてしまう社会の基準の方が、おかしいのではないかともとれる。

    どこか、
    「大人は動かない」
    「若いうちは活発に動いて、40代になればドシっと構えている」
    「ピンポイントだけ、動く」

    そのような社会的イメージが定着し、「落ち着いた人」みたいなものを匂わせる。

    けれど、当然ながら「動いていなければ、動けない」

    「もう若くないからね」
    「無理はしちゃいけない年齢だよ」
    「もうそんな体力ないよ」

    そのような言葉を、自ら発し、周りからも聞かされる。

    そうしているうちに、その価値観が染みついてしまっているのかもしれない。

    40代の平均値に歩み寄っていく状態の方が、実は「異常値」なのかもしれない。

    年代の「正常値」は「異常値」なのかもしれない、と疑う必要がありそうだ。

    「まだ動ける」を実感しながら

    1週間にどれだけ歩いただろうか?
    ダッシュをしたのはいつ以来だろうか?

    ランニングをした、ヨガをした、筋トレをした。

    さまざまな運動があるけれど、20代の頃と比べるとおそらくは圧倒的に活動量は少ないだろう。

    若い時はとにかくアクティブで動ける。

    動いているつもりがなくても、旅行にいったり、ショッピングしたりで無意識に動いている。

    一方、歳を重ねると、少し動いたくらいで「運動したわー」と満足してしまう。

    けれどその満足度は、実は正常値ではないのかも?と疑問をもった方がいいかもしれない。

    運動機能は確かに年齢によって衰える。

    しかし、動かなくなるわけではない。

    動かしていないから、動かなくなる部分も大きいだろう。

    だから、動かせるうちは動かしていこう。

    歩くことから始め、早歩きをしてみる。

    そして早歩きになれてきたら、ダッシュをしてみてほしい。

    20m、30mでもいいから、1日1回やってみる。

    それを継続し「あれ?まだ動けるじゃん」とじぶんの身体にの変化に気づいてみてほしい。

    どこか希望に満ちた満足感があじわえると思うから。

    50mをスムーズダッシュできる40代。

    それは、現代社会のつくりあげた「正常値」への静かな挑戦。



     
     
     
    思考の深海にもぐるのが好きな人。 思考のかけらを、メモに残してます。 感情に紐付いた思考は、じぶんの輪郭をみせてくれるから。 日常の違和感は、きっと良いサインだと思うから、見逃さないように書きとめていく。

    あなたへのおすすめ