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メイドの飛脚⑬

    山根あきら | 哲学者


    前話はこちら(↓)



    メイドの飛脚⑬


     私は机に向かい、便箋に新たな物語を書き進めていた。

     海辺の町のメイドは、感謝の手紙を胸に走り続ける。彼女が「メイドの飛脚」になったのは、引っ越してしまった誰かの笑顔を取り戻すため、そして、届かなかった想いを償うためだと、私は想像した。

     メイドさんの「昔、私が手紙を届けたかった人が、突然引っ越してしまって…その笑顔を、二度と見られなかったんです。だから、今は、償うように走ってるんです」という言葉が、私の物語に深い光と影を与えていた。だが、その笑顔は、妻の教え子、江梨子のものだったのだろうか? 私の亡妻、大里先生に、彼女はどんな想いを抱いていたのだろう?

     私の物語は、こんな風に進んだ。海辺の町のメイドは、かつての恩師に感謝の手紙を書いた。手紙には、こう綴られていた。

    「先生の言葉が、私の心を救ってくれた。ありがとう」

     だが、彼女が手紙を渡す前に、恩師は町を去った。引っ越しの喧騒の中で、手紙は彼女の胸にしまい込まれた。メイドは悔やむ。

    「あの時、走っていれば、届いたかもしれない。」
     その後悔が、彼女を「メイドの飛脚」にした。彼女は誓う。

    「二度と、想いを届け損ねてはならない」と。


     書き終えた頃、夕暮れのチャイムが鳴った。玄関を開けると、メイドさんがいつもの笑顔で立っていた。

    「ご主人様、ただいま参りました!」
     彼女はメイド服の裾を揺らし、町の埃と風を運んできた。軽く息を切らしながら、目はキラキラと輝いていた。
    「新しい物語、進んでますか? 海辺の町のメイド、どんな想いを届けてるんです?」

    「メイドさん、ちょうどいいところだよ。」
     私は便箋を手に、微笑んだ。

    「君の物語、だいぶ深くなってきた。海辺のメイドが、恩師に感謝の手紙を届けられなかったって悔やむシーンを書いたんだけど…君にも、昔、先生に届けられなかった手紙って、あったんじゃない?」

     メイドさんは目を丸くし、くすっと笑った。

    「まあ、ご主人様! 感謝の手紙だなんて、なんだか胸に響きます! 素敵な物語でございますね!」

     彼女は軽く首をかしげ、いつもの軽やかな口調で続けた。
    「でも、飛脚の守秘義務がありますから、ただ…」だが、そこで彼女の言葉が一瞬止まった。
     私の便箋をちらりと見つめ、彼女の瞳に、遠い記憶の光が揺れた。思わず、ポロっと言葉がこぼれた。

    「ただ、昔、先生にありがとうって手紙を書いたのに…引っ越しのドタバタで、渡せなかったんです。あの先生の笑顔、ずっと忘れられないんです。」

     私は息を呑んだ。メイドさんの声は、いつもより柔らかく、どこか切なげだった。彼女がこんな風に、過去を口にするのは、まるで私の物語が彼女の心の鍵を開けたようだ。
    「先生の笑顔…? それって、どんな先生だったの?」
     私は思わず身を乗り出した。

    「飛脚の守秘義務で、これ以上はダメです!」
     メイドさんは慌てて手を振って笑顔を取り戻した。

    「ご主人様、ついポロっと言っちゃいましたけど、忘れてくださいね! さ、物語の続き、どんな魔法になるか楽しみにしてますよ!」
     彼女の明るい声には、いつもの軽やかさが戻っていたが、その一瞬の表情には、深い想いが宿っていた。

    「メイドさん…君が走り続けてるのって、その先生への想いがあったからなんだね。」
     私の心は、彼女の言葉で熱くなった。妻の教え子、江梨子が、妻に感謝の手紙を書いたとしたら。私の亡妻、大里先生の笑顔が、彼女の心に今も生きているとしたら。私の空想のメイドが、彼女の真実にまた一歩近づいた気がした。

     メイドさんは照れたように笑い、いたずらっぽく目を細めた。

    「ふふふ、ご主人様。物語のヒント、ちょっと出しすぎちゃいましたね。でも、ご主人様の物語が、どんな笑顔を届けてくれるのか、飛脚として心から楽しみにしております!」
     彼女は軽くお辞儀をし、封筒を胸に抱いて、夕暮れの町へと走り出した。

     彼女の足音が遠ざかるのを聞きながら、私は再び便箋に向かった。
     メイドさんの秘密。先生に届けられなかった感謝の手紙。忘れられない笑顔。償うために走り続ける想い。
     私は物語に新たなページを書き加える。海辺の町のメイドは、夢の中で、恩師の笑顔を探し続ける。だが、ある日、彼女は新たな手紙を見つける。

    「君が走り続けるなら、想いは必ず届く」
     その言葉に、彼女はまた走り出す。

     ペンを走らせながら、私は思った。メイドさんの物語は、私の空想を超えて、彼女の心に触れているかもしれない。彼女が求めていた笑顔は、妻のものだったのだろうか? 私の物語が、彼女の真実にたどり着けるかどうか。次のページをめくりながら、私は書き続けた。


    …つづく



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    初投稿2021/08/08。毎日投稿。2023年から個人企画「青ブラ文学部」。英語、ことば、文学、哲学、数学、時々noteのことなどを書いています。 『星空の恋の方程式』で創作大賞2025中間選考通過。『算数の時間 | 分数を理解しよう!』で「今日の注目記事」に選出。

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