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note投稿企画 | #ここがわたしの生きづらさ

    山根あきら | 哲学者


    場の雰囲気から、「ここはこう言っておくのが無難だろうな」という答えがまったく分からないということは少ない。

    相手が何か自分にしてくれたとき、「ありがとう!」と言うのが正解。それが理解できないわけではない。

    すこし具体的に言うと、私は人からモノをもらうことが嫌いなのです。バレンタインも誕生日も、贈り物はいらない。お返しは何にしようか、と考える時間も嫌い。

    受け取って「ありがとう」と言って、それなりのモノを返すのが常識なのは分かっている。だが、私が欲しいものだったとか、それほど欲しくないものだったということに関わらず、あれこれアタマを悩ませることが面倒くさいのだ。

    だから、基本的に贈り物は、受け取らない。突き返すことが失礼なのは分かっているが、お断りする。

    送られてきたものは、受けとる。郵便局に行って送り返すのが面倒だから。そして、「ありがとう」も言わない。「ありがとう」と言うのが礼儀なのは知っているけれども、要らないものは要らないから。

    「冷たい」とか、「人の好意が分からないの?」とか、そのような類いのことをネチネチ言われることもある。

    「贈り物をすれば、人は喜ぶものだ」と固く信じている人とは、距離をおきたい。

    別にモノだけに限ったことではなく、「こんなに思っているのに」という想いを重く感じてしまう。そして、それがなかなか理解されないことも知っているから、何で普通の人が普通にできることを、私は普通にできないんだろう?、と自己嫌悪になる。

    人の好意を受け取らない、ってそんなに悪いことでもないでしょう?
    …なんて、言い返したら、「人の好意をなんだと思ってるの?」って言われることも知っている。

    それでも、イヤなことはイヤだ!としか言いようがない。


    これを投稿するのはnoteだから、noteに関して言えば、コメント欄に「マガジン登録ありがとうございます!」とか「スキありがとうございます!」とだけ書く人がいますよね?

    私はそのようなコメントに悪意がないことは知っている。というか、善意の場合のほうが多いでしょうね。

    けれども、私の記事のコメント欄には、記事内容に関することを書いてほしいと思っている。それ以外のコメントは要らない。だから、「マガジン登録ありがとうございます!」とだけしか書いていないコメントを見ると、腹立たしさが先だってしまう。

    記事の感想の追伸ならまだいいけどね。最も腹立たしいのは、相手自身の記事のURLをコメント欄に貼ってくる人。なんだか強制的に「読め!」って言われてるみたいで高圧的に感じてしまう。

    だいたい、今までにnoteでトラブった人って、「本人が善意なら、それを受け取れない私が悪い!」っていう感じの人が多かった。

    いままでに何回もnoteに書いていることですが、「饅頭が嫌いだ!」と言っている人に、毎回毎回、饅頭を贈りつけておいて「感謝してもらえない!」って、そりゃ、当たり前でしょ?

    人を傷つけるのは、悪意だけではない。そういう「善意」こそ、面倒くさいし、トラブルのもとになるんだよね。

    SNSのトラブルって、根っからの悪意よりも、根っからの善意に起因することのほうが多いんじゃないの?


    こちらの企画への応募になります。
    よろしくお願いいたします😊。


    https://note.com/mashacocco/n/nfd46f934493a


    #春野ましゃこさん
    #ここがわたしの生きづらさ
    #暴力的な善意
    #振り返りnote
    #noteのつづけ方

     
     
     
    初投稿2021/08/08。毎日投稿。2023年から個人企画「青ブラ文学部」。英語、ことば、文学、哲学、数学、時々noteのことなどを書いています。 『星空の恋の方程式』で創作大賞2025中間選考通過。『算数の時間 | 分数を理解しよう!』で「今日の注目記事」に選出。

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