エッセイ|ひとりと独りのあいだで、わたしはまた旅をする
わたしはどうやら孤独みたいだ。
ひとりで過ごすのは好きなのに、孤独は好きではないらしい。
なんとも厄介な人間である。
最近、その孤独を以前よりはっきり感じるようになった。
多分、歳のせいだ。
ここ数年、わたしはおおよそ一年ごとに住む場所を変えている。
日本にいたかと思えばカナダへ行き、日本へ戻り、フランスへ行き、そして今はロンドンにいる。
新しい街に着くたび、最初は高揚する。
観光客の多い人通り。
スーパーに並ぶ見たことのないパッケージの食べ物。
Googleマップを常に開いていなければ歩けない街並み。
自分が物語の主人公になったような気分になる。
でも、その高揚感は長く続かない。
生活が日常になった頃、決まって同じ感情が顔を出す。
ああ、わたしはここでも独りなんだな、と。
もともと日本でも友達が多い方ではなかったと思う。
人付き合いが苦手なわけでもなく、むしろ誘われれば大抵どこへでも行く。
だけど、自分から無理に交友関係を広げたいとは思わない。
気の合う人が数人いれば十分だし、ひとりの時間も好きだ。
日本にいた頃はそのバランスが心地よかった。
だけど海外に住むと、“ひとり”は時々“独り”に変わる。
SNSで知り合った日本人と会ってみたりもした。
海外生活の苦労話で盛り上がるし、日本語で話せる安心感もある。
だけど、どこか物足りなかった。
わたしたちの共通点は“海外に住む日本人”であることだけだった。
日本にいた友人たちとは違う。
同じ学校に通った記憶があり、同じ職場で働いた時間があり、あの時あんなことあったよね、と笑い合える。
言葉にしなくても通じるものがある。
何年も積み重ねた背景がある。
でも海外で出会う人たちとの関係は、どうしても薄い紙のようだった。
積み重ねの重さがないまま時間だけが流れていくような感覚で、何かを共有しているようでいて、実はどこにも一緒に立っていないような、不思議な距離感だった。
そして別に日本人と友達になりたくてここにきたわけじゃないと、今度は言語交換イベントに行ってみる。
ちゃんと会話も弾むし楽しい。
だけど帰り道、なぜか少しだけ虚しい。
何度も繰り返した会話が頭に浮かぶ。
「日本のどこから来たの?」
「なんでここに来たの?」
「今は何をしているの?」
相手が変わるたび、同じ自己紹介を繰り返す。
その会話だけが上達し、その度に自分がテンプレートになっていく気がした。
そして一年後、わたしはまた別の場所へ行く。
ようやく慣れた街を離れ、ようやくできた友人と別れ、またゼロから人間関係を作り直す。
インスタには過去の街で出会った人たちが並んでいる。
カナダの同僚やフランスの友人。
みんな元気そうだ。
でも、その人たちはもうわたしの日常にはいない。
画面の向こうに存在するだけの人になってしまった。
それでも新しい国へ行くことは好きだ。
新しい文化も好きだ。
知らない食べ物を試してみる瞬間や、街の光が思ったよりきれいだった夜。
知らない景色に出会うたび、世界は広いなと思う。
だけど最近、その裏側で思うようになった。
また一からやり直しか、と。
恋愛も似ている。
数年前、フランスで暮らしていた頃、アプリで出会った人と付き合った。
運よく、本当に好きだと思える人だった。
だけど数か月後、わたしは日本へ帰らなければならなかった。
遠距離恋愛はわたしには向いていなかった。
会えないのに付き合うとはどういうことなのだろう。
そんなことを考えているうちに、わたしから別れを切り出した。
それ以来、どこで誰に出会っても心のどこかで線を引いてしまう。
どうせわたしはいなくなる。
数か月後には別の国にいる。
だから深い関係を作らない。
友達ならいい。
でも、それ以上は少し怖い。
自分で選んだ生き方なのに、そのたびに少し自分自身に傷つく。
それでも最近、その感覚が少し変わってきた。
友達だけで十分だと思っていたのに、どうやらそうでもないらしい。
夕陽がきれいだったよと、
いつも行くスーパーの店員さんと仲良くなったよと、
何気ないことを共有できる相手がいること。
そういうものを求めている自分に気づいてしまった。
けれど肝心の出会い方が分からない。
アプリは続かない。
イベントへ行っても何かしっくりこない。
誰かと飲みに行っても、それきりになることも多い。
そんなことを繰り返しているうちに、気づけばまた次の旅の予定を立てている。
孤独を抱えたまま、新しい街へ行く。
また誰かと出会って、別れて、それでも懲りずに次の場所へ向かう。
だけど不思議なことに、じゃあ日本にずっと住みたいかと聞かれると、それも違う。
孤独が嫌なら、ひとつの場所に腰を据えて暮らせばいい。
同じ街に住み、同じ友人と会い、同じ人間関係を育てていけばいい。
たぶん、それが一番合理的な答えだ。
それなのに、わたしはまた違う土地に行こうとする。
次はどこへ行こうかと考えている。
我ながら意味が分からない。
誰かとつながりたい。
でも、どこかへ行けなくなるのは怖い。
根を張りたい。
でも、根を張った瞬間に動けなくなる気もする。
ずいぶん勝手な願いだと思う。
でも日本にいても、結婚しても、子どもがいても、人はきっと孤独を感じるだろう。
その孤独を、誰かと少しだけ分け合えるかどうか。
それだけの違いなのだと思う。
今のわたしは、その誰かを探している途中なのかもしれない。
見つかるかどうかは分からない。
来年もまた別の国にいるかもしれないし、日本に戻っているかもしれない。
相変わらず「なんでそんな生活してるの?」と聞かれているかもしれない。
それでも多分、わたしはまた旅を続ける。
孤独とどう付き合うのか。
皮肉なことに、わたしが一番長く付き合っているのは人ではなく孤独らしい。
孤独だから旅をするのか。
旅をするから孤独なのか。
その答えはまだ分からない。
けれど、旅にはそれでも続けたくなる理由がある。
なぜなら結局のところ、孤独よりも世界への好奇心の方が少しだけ勝ってしまうからだ。
新しい土地に降り立つ瞬間の、少しだけ心が浮くような感覚。
まだ何も決まっていない一日の、白紙みたいな軽さ。
それは孤独とは別のところで、確かにわたしを前に進ませる。
空港から街へ向かう電車の窓を眺めながら、
「この街ではどんな生活になるんだろう」
と思う。
あの感覚が好きなのだ。
わたしは人とのつながりを求めながら、同じくらい自由も求めている。
どちらかを選びきれないまま、たぶんこれからも、わたしは揺れ続けるのだと思う。
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