
【お仕事小説】コピーなんて誰にでも書けるんじゃないですか? 〈第12章〉ぼくの解答 第4話
「このコピーが主張していることは当たり前過ぎる、と思います」
だめか――ぐぐ、と自分の身体に力が入り、強張ったことがわかった。
まだ何か言おうとしている。
これ以上何を言う? ぼくたちを少しでも傷つけないよう言葉に配慮してだめ出しするつもりか。
このプレゼンは無駄に終わる、のか。
「だが――塚本さんの言う通りだよ。こんなにも私の心を捉えて離さないのは、このコピーの主張する当たり前が、ともすれば私たち葬祭業の人間がつい忘れてしまいそうになることを巧みに教えてくれているからだと思う。私は、この案に賛成です」
一瞬で汗が吹き出た。
同時に、がちがちに強張っていた全身の筋肉がみるみる弛緩した。
石野さんと速水が隣で大きく息をつくのがわかった。
吉川さんはネクタイとシャツの間に指を入れ、その結び目をほんのちょっとだけ緩めた。
日下部さんと奥高さんは納得できない様子で食い下がった。
「いや――しかし社長」
「エンバーミングは正しいことだと、私たちは頭から信じ取り組んでいますが」
「そうだよ。だからコピーの最後辺りで「わたしたちは、エンバーミングという選択肢をご提案します。」って、きちんと言っているじゃないか」
「でも……全肯定したほうが」
「そんなのは面白くない。その答えはエンドユーザーの皆さんが決めたらいいんだよ。まだ日本には定着していない価値観だから、否定も肯定もできて当然だ。自分が信じ、心から納得できたとしたら、それがその人にとって新しい価値観になってゆくのかもしれないからね」
役員メンバーにそう言って、社長はメラカーボ陣営の顔を順繰りに見ていった。
「私たちは当初、もっと違ったコンセプトを考えていたんです。「思い出のように美しく。」みたいな感じのやつをね」
ぼくは頷いた。
ほぼ同じコピーを、ぼくも思いついていたのだ。
「でも何だかしっくりこないな、と。手前勝手な言い分に思えてしまったんだね。選ぶのはお客様なのに。――肯定派と否定派、両方の意見があるのはわかっていましたが、是か非かという話になると、保守的な日本人はつい否定を選んでしまいます。でもコンプライアンスが声高に叫ばれることで、萌芽しつつある新しい価値観が潰されてしまうというのが、私は一番もったいないことだと思っている。そうやって選択肢とは世の中から失われてゆくものなんですよ。先ほど速水さんからも現代的なアプローチという言葉が出ましたが、まさにこれは現代が抱える大きな問題だと思います」
「しかし社長。……私らだって」
「そうです。自分勝手をお客さんに押し付けるつもりなんてないんですよ」
日下部さんと奥高さんが懇願するような目で、江角社長に反論した。
「わかってる。君たちがこのコピーに反対するのは愛社精神の現れだと、私は知っているよ。君たちが会社を守ってきたからいまがあるんだ。本当にありがとう」
にこりと微笑んで、江角社長は役員二人に頷きかけた。
ぼくは確信した。
この人はただ恐れられているだけじゃない。社員から信頼され、愛されているんだ、と。この人もきっと親父なんだ、と。
「だが、その上で。エンバーミングの実施はご遺族が、故人との心の距離感によって決定されるべきだ。例えば、この人はこういうことが嫌いだろうからしないほうがいいよね、という判断もまた、ご遺族が故人のことを想っている証拠だからね。エンバーミングとはおしなべてご遺族の幸せのためにあるものだ。故人のためではなく。――そして」
社長は塚本さんを見てはにかむように微笑んだ。
「もし、塚本さんの声もこのコピーに含まれているのなら……嬉しいね。塚本さんはメラカーボの方々へも、私たちがこの事業にかける想いを伝えられたのかもしれない」
間髪を入れずにぼくが応えた。
「もちろんです。塚本さんへのヒアリングが無ければ、このコピーは絶対に思いつきませんでした」
塚本さんが少し照れくさそうに顔を伏せた。
社長はそれを見てふふっと笑い、誰というわけではなく、メラカーボのメンバー全員を見た。
「心配は杞憂に過ぎなかったようです。御社はスマイルスについて理解してくれていると感じました。――多少の修正は現場でしていただくと思いますが、方向性としてはこれで問題ありません。引き続きどうぞよろしくお願いいたします」
江角社長はぺこりと頭を下げ、付け加えた。
「直後にアポを入れるなど無礼な真似をして、本当に申し訳ございませんでした」
ぼくたちが慌てて社長に頭を下げるのを尻目に、社長はひとり納得したように椅子から立った。そして「デザイン見せてもらうんだろ? あとは任せたよ」と麻生さんを含めた残りのメンバーに告げると、ぼくたちに見送りはけっこうですので、と言って鞄を持ちさっさとミーティングブースを出てゆこうとした。
メラカーボのメンバーが全員起立し、もう一度社長に頭を下げた。
すると社長は急に振り返り、ぼくに質問した。
「あの本ってさ、手に入るのかなぁ?」
「……へっ?」
「さっき墨田さんが言ってた本ですよ。墨田さんの作った、自叙伝的な」
「あ……中渡会長の自分史のことですか?」
「そう、それ。ネットじゃなきゃ手に入んないかな?」
「あ、いえいえ。もちろんネットでも買えますが、梅田の大型書店なら自費出版コーナーに置いてあると思いますが」
「そうですか。もっかいタイトル教えてもらえる?」
ぼくは素早く自分のノートにメモし、破って江角社長に手渡した。
「どうもありがとう」
「こちらこそありがとうございます。読んでいただけるんですか?」
「もちろん。――墨田さんは、とても素晴らしい方々にめぐり逢われていますね」
こうしてぼくの一世一代のプレゼンは終わった――と言って大事なことを話したのはほとんどプロジェクトメンバーだったのだけれど。
プレゼンが始まって一時間半ののち、エレベーターホールでスマイルスの皆さんを見送ったあとプロジェクトメンバー全員でハイタッチを交わした。
その直後、ぼくは松前さんに二十分間きっちり叱られた。彼は何度も「絶対やったらあかんこと」「二度とするなよ」「仕事を何やと思ってる」「迷惑かけた皆に謝って回れ」「借りは必ず仕事で返せよ」を、机を叩きながら連呼し、ぼくはその度に頭を下げた。
こうして真っ向から叱ってくれる人がそばにいることをぼくは本心から嬉しく思い、深く反省するとともに改めて松前ディレクターに尊敬の念を抱いた。
吉川さん……は相変わらず謝罪を受け付けてくれなかった。
清水さんは「まあ、プレゼンうまくいったんだから結果オーライっつーことで。辛いときは、ウチでよかったら何でも話してね」と言ってくれたあと、内緒話を打ち明けるようなごく小さな声で「実はね、ウチも逃げたことあるんよ、一か月も。一年目のときにね」と言った。
石野さんはプレゼンが終わると同時に新規案件ラッシュの渦に巻き込まれ、ものすごく忙しそうにしていたせいで直後に話すことができなかった。
やむなく後回しにして、ぼくはスマイルスプロジェクトのメンバー以外の方々の席を回り、ひとりひとりに謝罪した。
次は速水だ。
新規案件のミーティングを終えたばかりの彼と目が合うなり、
「なあ、カレー食いに行かねえ?」
とぼくに言った。時計を見ると、午後一時を回っていた。
ぼくは速水に誘われてビルの屋上に行った。
屋上はビルに入居している企業の従業員に限り、休憩および喫煙スペースとして開放されていた。
そこで、北新地にあるテイクアウトしかやっていない速水おススメの絶品欧風カレーを、彼とベンチに二人並んで腰かけ食べた。
空は曇っているものの、大事なプレゼンを良い流れのまま終えることができたぼくたちの心は晴れやかだった。
「おれさ、忘れかけてたんだよな」
食べ始めて間もなく、速水が言った。
「何を?」
「初心をさ。……おれは、いかに企画内容を面白くできるかとか、真新しい提案ができるかってことで自分を差別化しようとしてたんだ」
「それは間違いじゃないやろ?」
「でも、おれには自信が無いんだ。おまえの目におれがどう映ってるかわかんねえけど。それを、速水は才能があるとか、この仕事が向いてるだとかさ。社内の連中にそんなこと言われて、どんどん、日を重ねるごとに重い物をしょい込んでったよ。かっこつけてたんだよなあ」
ぼくは、ほんの二十時間ほど前に聞いた速水の言葉を思い出した。
――ディレクターは自分が作った提案書に自分で百万の値段を付けなきゃなんないんだ。
同情でも何でもなく、黙々とカレーを口に運ぶ速水がとても愛おしかった。
「でもな、墨田。そんなこと気にしなくてよかった。おれは一年目だ、根本的に自分に自信がない。だから必死で何とかしなきゃ、ってのが結局クライアントのためになっている。自分が一生懸命やることに価値がある」
「そうやで。速水はもともと一生懸命、地道に積み上げる人間やん」
「そうなんだ。それって難しいようで実は簡単だよな。だってがむしゃらになる以外、他に道はねえんだもん」
ぼくは大きく頷いた。
「わかるよ」
「おれ馬鹿だったよ。そんな大事なことを忘れかけてたんだから」
「速水は馬鹿じゃないよ」
「いいや。少なくともおまえよりは馬鹿だ」
「んな、あほな」
「だって、おまえに教えられたんだぜ」
「ぼくに⁉」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
速水は少年みたいな笑顔で、こくりと頷いた。
「おれ前に言ってたよな。いつか独立したいって。だからそのために知識を盗んだりとか、業界とのパイプも作ったりとか」
「言ってたね」
今度は、ふるふるとかぶりを振った。
「そんなことじゃなかった。おれが知らなきゃいけなかったことは、例えば今朝のプレゼンみたいなやつだ」
「確かに良いプレゼンやった」
「内容も良かったよ。けど、言うなれば……あの一体感かな」
ぼくは頷いた。
「じんと来たよなぁ」
「ああ。――だってさおまえ、あのクセモノ吉川さん清水さんコンビだぜ? で、石の石野さんに自分大好き松前さん。で、オタクの墨田。そんな個性ばらばらのメンバーがさ、真っすぐ同じほうを向いて」
本当にぼくも思った。
チームで仕事をすることの面白さ。中渡会長が、いまを生きる若者たちに伝えたかったこと。
確かにこれは伝えたいよなあ、と思う。
もしぼくが数十年後に半生を振り返って、自分史を作るために若いライターにインタビューをさせたとしたら。
そのライターが、吉川・清水・松前・石野・速水という名前をひとつでも間違ったら叱りつけるかもしれない。
そこだけは絶対、誰にも間違わせない。
グラフィックデザイナー、ディレクター、アートディレクター。
イラストレーター、コーダー、ウェブデザイナー、インテリアデザイナー、編集者。
プランナー、プログラマー、フォトグラファー、CGクリエイター、ムービーディレクター、音響スタッフ、映像編集者。
そしてコピーライター。
他にもまだまだクリエイターはいる。
それらすべてのプロフェッショナルがチームとなり、ひとつの案件をゴールへといざなうために、それぞれの仕事をできる限り、めいっぱい突き詰めたのなら。
怖いものなんて何もない。
あとは楽しむだけなのだ。
「おれが学ばなきゃいけないのは、そういうことだった」
「……そっか」
「かっけぇよなあ。みんな」
「速水も相当かっこよかったよ」
「だといいけどな。おれ本当にわくわくしたんだぜ、今朝のプレゼン」
「ぼくだってそうや」
「ほんとかよぉ」
「うーん……まあ、心臓はわくわくっていうかバクバクやったけど」
「おれだってバクバクだったよ」
へへっ、と速水は笑った。
おれはどんどん吸収して成長していってやる――速水はかつてそう言った。言葉通り彼は健やかに、着実に前進していた。
江角社長の言葉通りだ。
ぼくは素晴らしい人たちにめぐり逢っている。
それこそが、天がこのぼくに与えたもう最大にして最高のギフトであり、手前勝手に「夢など叶わない」と決めつけていた人生において手に入れたかった解答なのかもしれない、とそのときぼくは思った。
とても美味しいカレーを食べ終え、二人で缶コーヒーを飲みながら空を見上げた。
いつの間にか雲は流れ去り、目が痛くなるくらいの青空になっていた。
「でもな――それでも、おまえには負けねえからな。墨田」
「ぼくも負けへんよ。速水」
このプロジェクトに参加することで、ぼくは多くのことを学んだ。
とりわけ吉川さんがぼくにくれた「奇跡でひらめきは生まれない」という素敵な言葉。
そしてその言葉通りぼくが見たもの、聴いたもの、味わった気持ち、感じた傷みの全部があのコピーのなかに生きているのだという事実。
規模的にも難易度的にも、この案件の上をゆくものはこれまでいくつもあった。
だがこのスマイルスプロジェクトの社長プレゼンほど、ぼくののちの人生に大きな影響をもたらしたプレゼンはない。
――と、いうところで話を終えられたらよいのだが、そういうわけにはいかない。
ぼくにはまだやることが残っていた。
とても気が重い、だが正面からぶつからなくてはならない、やるべきことだ。
何せ会社を飛び出してからまだ一度も話せていないのだ。
もちろんあの人とである。
〈続く〉