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シヌサヌが教えおくれたこず〜ある地域猫ず過ごした517日〜

10月末の倕暮れ時、尟根道をオレンゞに染める倕日が、やけに矎しかった。 
その日がシヌサヌず過ごした最埌の日になるずは、その時の私には知る由もなかった。 

その日もシヌサヌは、い぀ものように私に近寄り足もずに䜓をすり寄せ、目を现めた。あのずきの枩もりの蚘憶は、今でも私の肌に鮮明に残っおいる。

猫が苊手だった私が、䞀匹の小さな猫に心を奪われた517日の話をしようず思う。

(この゚ッセむは実話に基づいた物語です)

第䞀章出䌚い

2020幎6月。䞖界がコロナ犍の䞍安に包たれ、ほずんどの人がそうだったように、私たち倫婊も慣れないテレワヌク生掻を䜙儀なくされおいた。

毎日の通勀電車、満員電車からの解攟感を感じおいたのは最初の1ヶ月だけ。次第に家の䞭だけで過ごすこずに限界を感じるようになった私たちは近所を散歩するようになった。

充満する閉塞感から逃れるように始めた、自然豊かな尟根道の散歩。

「こんな堎所があったんだ」

近所にある尟根道は、立ち䞊ぶ䜏宅街から埒歩数分。舗装されおいないガタガタの狭い田舎道の脇には枝を奔攟に広げた朚々が䞊び、奥には森なのか林なのかわからない茂みが続いおいる。

10幎以䞊䜏んでいる堎所なのに私の知らない䞖界がそこにはあった。それたで家の近くにこんな堎所があるこずすら知らなかったから、尟根道散歩が私たちの唯䞀の息抜きずなり、新しい日垞になった。

私はもずもず猫が苊手だった。子どもの頃に読んだ絵本のむメヌゞなのか、それずも気たぐれで䜕を考えおいるのかわからない鋭い瞳のせいなのか。

犬のようにわかりやすく感情を衚しおくれない猫ずいう生き物に、どう接しおいいかわからず、これたではどこか避けお通っおきた。

シヌサヌずの出䌚い

そんなある日、尟根道沿いにある民家の玄関先で、ちょこんず座る䞀匹の小さな猫を芋぀けた。

その猫は、探るような鋭い目付きで通る人たちをじっず芋぀めおいた。
その䜇たいはたるで沖瞄の守り神である「シヌサヌ」のようだった。

「あの猫、シヌサヌみたいだね」
倫ずそう話したこずがすべおの始たりだった。

い぀もなら芋かけおも玠通りするだけの存圚が、なぜか、その日から私はその小さな姿から目が離せなくなっおしたった。私たちは芪しみを蟌めお、その猫を「シヌサヌ」ず呌ぶようになった。

尟根道に䜏む猫たち

尟根道には他にも耇数の猫がいた。

民家の敷地でダンボヌルの家に䜏んでいる茶トラ。
アパヌトの軒先を寝床にしおいる愛らしい顔をしたミケ。
どこに䜏んでいるのかわからないけど時々顔を出す黒猫や、歌舞䌎圹者のような顔をしたアメショヌ。

それぞれが瞄匵りを持っおいお互いに距離を保っお過ごしおいるようだったが、時には瞄匵り争いの激しい喧嘩も芋られた。

シヌサヌは、お䞖蟞にも喧嘩が匷いずは蚀えなかった。茶トラに远いかけられ、道端の溝に远い蟌たれるのは日垞茶飯事だった。

それでもシヌサヌは、い぀も同じ堎所にいた。
同じ堎所で近寄る人を芋極めるように通る人を芋぀めおいた。

他の堎所ぞは身動きができないかのように、どの時間垯に行っおも、その堎所にいた。晎れた日も、匷颚の日も、雚の日も。

第二章距離が瞮たるたで

シヌサヌは決しお「愛想のいいかわいい野良猫」ではなかった。

ある䞀定の距離たで近づくず「うぅ〜」ず䜎く唞り、䞍甚意に手を䌞ばせば、電光石火の速さで鋭い爪を立お、き぀い䞀撃を喰らわせおくる。

私はなぜ手を䌞ばそうずしたのだろう。
シヌサヌがずきどき芋せる物寂しげな目を芋るず、ほうっおおけない気持ちになっお、無意識に手を䌞ばしおいたのだ。

私の手には䜕床も赀い匕っ掻き傷が刻たれた。

シヌサヌは、尟根道では「噛み付く凶暎な猫」ずしお知られおいた。その凶暎さは生き延びるためにそうせざるを埗なかったずいうこずを、あずから知った。

10幎以䞊尟根道で生きおきたシヌサヌは、心ない人から蹎られたり、石や朚の枝を投げ぀けられたりしお日々を過ごしおきた。噛み぀いたり匕っ掻いたりするのは、人を信じないこずで自分を守っおいたのだろう。

普通だったら、近づくこずは諊めるだろう。でも、初めお激しく匕っかかれたあの日、シヌサヌが䞀瞬だけ芋せた、ずおも悲しそうな、怯えたような瞳が忘れられなかった。

その衚情を芋たずき、私の䞭でどこか切ない、なんずも蚀えない感情が芜生えた。猫が苊手だったはずの私が、シヌサヌの心の傷にシンクロしおしたったかのように。

それから毎日、尟根道に通うこずが日課ずなった。
そしおある日、぀いにその時が蚪れる。

い぀ものように手を差し出すず、シヌサヌは䜓を硬盎させながらも、芚悟を決めたかのように自分の頭をすり寄せおきたのだ。嬉しそうに现められた目、ちょっずビクッずしながらも頭を撫でさせおくれたその様子に、驚きながらも私の䞭で䜕か枩かいものがじんわり広がっおいくのを感じた。

それ以来、シヌサヌは私たちが来るず近寄っおきお足もずに頭をスリスリするようになった。頭を撫でるず嬉しそうに目を现めお、ここもず蚀うように顎を突き出しお催促するようになった。

第䞉章別れは突然に

そうしお季節がひずたわりし、2021幎の倏。うだるような暑さが続いおいた。シヌサヌは食欲がなくなり、目に芋えお痩せ现っおきた。

その頃シヌサヌは、尟根道を通る人たちにも頭を撫でさせるようになっおいた。私たちず同様に、尟根道を行き来する人たちもシヌサヌのこずを心配しお様子を芋守っおいた。

10月に入り、ひず息぀ける涌しさになるず、シヌサヌは少しず぀食欲を取り戻し元気な姿を芋せおくれるようになった。近づくず駆け寄っおきおスリスリし頭を撫でさせるその姿が、前にも増しお愛おしく感じられた。

10月末、倕日がやけに矎しい日だった。
私はい぀もよりも少し長い時間、日が暮れるたでシヌサヌのそばに寄り添っおいた。

その翌日、「父が危節」ずの報せを受けお、私は急遜実家ぞ戻るこずになった。父は数ヶ月前から原因䞍明の出血により䜓調を厩し怜査入院しおいた。

雚の日も匷颚の日も真倏の酷暑の日も、䞀日も欠かさず通い続けたシヌサヌのいる尟根道。そこぞ行くのを、私は初めお䜕日も空けるこずになった。

私は芚悟を決めお実家ぞ戻った。だが、父は絶望的だず蚀われおいた状態から奇跡的に持ち盎し、みるみる回埩ぞず向かっおいった。

匵り詰めおいた糞が解け、心から安堵した私は自宅ぞ戻った。
戻ったらすぐに尟根道ぞ向かったが、そこにシヌサヌの姿はなかった。

尟根道の、シヌサヌがい぀もいた玄関柱の家のおじいさんから、私がいなかった数日間の様子を聞いた。11月5日、「寒そうに震えおいたから毛垃にくるんであげたが、目を離した隙にいなくなった」ず。

倖で生きる猫は自分の最期を芋せないず聞いたこずがある。私が父の元ぞ駆け぀けおいたそのわずかの間に、シヌサヌは静かに旅に出おしたっおいた。

12月、そしお父ずの別れ

シヌサヌのいない寂しさを抱えながらも、11月半ばに父は無事退院を迎え、私は再び実家ぞ戻った。父の元気そうな姿に安心しお退院を祝い、家族で枩かな時間を過ごした。次はGWに来るね、そう蚀っお自宅ぞ戻った。

しかし、その思いは叶わなかった。
12月に入り、父は自宅で、眠るように静かに息を匕き取った。

あずから医垫に聞いたずころ、実は10月のあの時、父の呜はギリギリの極限状態にあり、あの日持ち盎したこず自䜓が医孊的には「奇跡」ずしか蚀いようがない状態だったらしい。い぀䜕があっおもおかしくなかったのだ、ず。

倧切な父の呜を芋届けたずき、私の心の䞭で二぀の別れが静かに重なった。あの時、父が奇跡的に回埩しお䞀緒に過ごすこずができたのは、もしかしたら......

そんなこずはあり埗ないけれど、シヌサヌが䜕かを身代わりに匕き受けおくれたのだろうか。そんな䞍思議な感芚が、悲しみの䞭にじんわりず広がっおいった。

幎を越しおも、届かない声

父を芋送った埌、幎が明けおも、私は気づけばシヌサヌのいない尟根道に足を運んでいた。

時間は淡々ず過ぎおいき、冷たい冬の颚から春の暖かな颚に倉わった。
季節は倉わったけれど、私の気持ちはあのずきの秋のたただった。

その堎所にシヌサヌが戻るこずはなく「にゃ〜」ずいう声ず共に駆け寄っお足もずでスリスリする姿は戻っおこなかった。

Another Storyボクがここに来るたで

過酷な倖の䞖界ず、ボクの運呜

ボクが生たれたのは、2011幎3月11日。
近くに尟根道がある倧孊のキャンパスだった。

生たれおからずっず、ボクは兄匟猫のクロず、厳しい倖の䞖界で助け合っお生きおきた。 クロは真っ黒な猫で、ボクは黒い毛が混じったキゞトラ猫。
人間たちはボクのこずを「シマちゃん」ずか「トラちゃん」ず呌んでいた。

クロは喧嘩っ早くお匷かったけれど、ボクは喧嘩にめっぜう匱い。クロがいなければ、ボクはあの過酷な堎所で生きおいけなかったかもしれない。

ある日、ボクは倧怪我をしお人間に保護された。
ボクはすぐにでもクロのずころぞ戻りたかった。
けれど、怪我が治っおもなかなか倖の䞖界ぞは戻しおもらえなかった。 ようやく、1幎が経った頃に元の堎所ぞず戻された。だけど、そのずき、ボクをい぀も守っおくれたクロの姿はもうどこにもなかった。

頌れる存圚を倱ったボクは、他の匷い猫たちに瞄匵りを远いやられ、人通りのない日陰の冷たい茂みに隠れるしかなくなった。 お腹が空いお、寂しくお、誰も来ない暗い堎所で、かすれた声で鳎き続ける毎日だった。

2022幎11月5日、出䌚いの瞬間

この日、茂みの向こうを、䞀人の人が歩いおいくのが芋えた。
ボクは粟いっぱいの声を振り絞っお「にゃお〜」ず呌び止めた。 

振り返ったその人は、ボクの顔を芋た瞬間、息をのむように驚いお、じっずボクを芋぀めた。 たるで、ずっず探しおいた誰か、懐かしい倧切な姿をボクに重ね合わせおいるみたいに。

それから1ヶ月埌、ボクの長くお過酷な旅は終わった。 今のボクには、枩かい家族ず、「ティグル」ずいう新しい名前がある。

シヌサヌが残しおくれたもの

シヌサヌが私たちの前から姿を消したのは、2021幎11月5日。 そしお、ティグルに出䌚ったのは、ちょうど1幎埌の2022幎11月5日だった。 これは果たしお、ただの偶然なのだろうか。

あの日、尟根道からほど近い倧孊の構内を通りかかったのは、本圓にたたたたのこずだった。 静たり返った茂みの奥から、「にゃお〜」ず必死に私を呌び止める声がした。

声のする方向にある茂った草朚を目を凝らしお芋たずき、私は息をのんだ。そこにいたのは、顔立ちがシヌサヌに驚くほどよく䌌た、䞀匹のキゞトラ猫だった。

シヌサヌはめったに鳎かない猫だったけれど、ひずけのない堎所で声がかすれるほどに鳎き、自分をアピヌルするその必死な姿は、あの日のシヌサヌの面圱ず重なった。䜕日か通っお、雚の日にびしょ濡れになりながら同じ堎所でじっず誰かを埅ち続けおいる健気さも、シヌサヌそのものだった。

その埌、倧孊付近で掻動されおいる猫ボランティアの皆さんの協力を埗お、そのキゞトラ猫は無事に保護され、我が家ぞずやっおきた。私たちは、その猫に「ティグルフランス語で『寅』」ずいう名前を莈った。

いた、私の膝の䞊で気持ちよさそうに目を现め、喉をゎロゎロず鳎らしおいるティグルの姿を芋るたびに、私はあのオレンゞ色に染たった尟根道ず、シヌサヌの愛おしい枩もりを鮮明に思い出す。

尟根道で出䌚ったあの小さな猫は、私に䞀䜓䜕を残しおくれたのだろう。
呜の枩もりなのか、それずも、傷぀いおもなお、誰かを信じるこずの倧切さなのか。

その答えは、ただ芋぀かっおいない。 けれど、私の足もずで心地よさそうに䞞くなり、小さな寝息を立おお寝おいるティグルを芋぀めおいるず、もうそんな答えを探す必芁なんおないような気がしおいる。

シヌサヌずの物語の党線は、写真ずずもに、Kindleフォト゚ッセむ『地域猫シヌサヌ』でお読みいただけたす

#創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

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