
しっぽのお医者さんと、こころのにおい|#1. ぼくがお医者さんになった日
あらすじ
これは、「ある一人の外科医」がつづる、可愛くてちょっと切ない、「犬とこころ」のお話。
主人公は、飼い主と同じ「お医者さん」になりたい若いボーダーコリーの「こたろう」。
もちろん彼には注射も手術も出来ない。
持っているのは「におい」で心をかぐ力だけ。
すれ違う人や犬の、悲しい、優しい、羨ましい…色々な「こころのにおい」。
それをまっすぐに受け止めて、そっと寄り添う。
それが彼にとっての「診察」。
夢は、においの診察を通じて世界を優しいにおいでいっぱいにすること。
子どもだけじゃない。
色々なことにちょっとだけ疲れてしまった大人にも、そっと届きますように。

第一話 ぼくが「お医者さん」になった日
ぼくは、ボーダーコリーのこたろう!
いぬだけど、「お医者さん」なんだよ。
だけど、注射やお薬は使わない。
ぼくの「診察」は人間のとは、ちょっと違うんだ。
「患者さん」は、みんなの「こころの匂い」。
まちを歩いてお鼻をクンクン。
ポタポタ涙のしょっぱい匂いや、ぷんぷん怒る人のピリッと辛い匂い。
そんな「チクチク匂い」を見つけたら…
そっと近づいて、隣でじっとお座り。
たまにはしっぽで「ツン」とやってみる。
すると不思議。
「チクチク匂い」はだんだんどこかへ行って
代わりにフワフワ甘い「やさしい匂い」。
ぼくはうれしくなって、しっぽをブンブン。
すると「やさしい匂い」は、あたりにふわっと広がっていく。
これがぼくの「診察」なんだ。
いつか「やさしい匂い」で世界をいっぱいにするのが、ぼくの夢なんだ。
どうしていぬなのに、そんなことをしているのか、不思議でしょ?
それには、訳があるんだ。
ぼくが今のおうちにやってきた日。
生まれてはじめて、いぬのお母さんや、兄弟たちと離れて、
周りには知らない匂いばかり。
胸の奥が「しーん」として、静かな夜みたいな気持ちだった。

そこで最初に会ったのは大きな人間の「 お父さん」。
「よろしくね こたろう。」
ちょっとだけ埃っぽい、くたびれたようなにおいがしたけれど
やさしくぼくの目をみて、あたらしい「名前」を 教えてくれた。
まるで、「キミもさみしいの、わかってるよ」って言ってくれてるみたいだった。
すぐ後ろにはにこにこ笑顔の「お母さん」と、二人のげんきな子どもたちもいたんだ。
「わーい!あたらしいきょうだいだ!」
これが、ぼくの「かぞく」。
みんなからは、あったかいミルクのようで、アップルパイみたくあまいかおり。
もしかしたら、ここは「たのしいところ」なのかな?
そんな予感がしたんだ。
それでも、新しい暮らしはびっくりの連続だった。
にんげんの世界には、ふしぎなルールがいっぱい。
「うれしい!」って気持ちを
「がぶっ」て伝えたら、
にんげんは悲しんだり、びっくりしたりする。
クッション、くつ下、スリッパ、テーブルの足……。
ぼくが気に入ったものは、どれも
「かじっちゃだめ!」なんだって。
ある日、お父さんの手をうっかり強く噛んじゃった。
「イタッ」って声を聞いて、ぼくの胸は、ぎゅーって縮んだ。
でもね、そんな時でもこの家には、
あたたかくて、やさしい「におい」がずっとしてたんだ。
お家にも慣れてきた頃、お父さんのおへやをたんけんしてみると、そこにはたくさんの本があった。

「こたろうも気になる?これはね、お父さんがお仕事で使うお医者さんの本だよ。」
近くで見ていたお父さんがそう言った。
「お医者さんって なんだろう?」
ぼくは気になって、次の日にこっそり仕事に出かけるお父さんのあとをつけてみた。
ついたのは「びょういん」っていうところ。
そこには、悲しいにおい、苦しいにおい、不安そうなにおい…
いろんなモヤモヤの匂いをまとった人たちが、たくさんいた。
だけどお父さんが近くでじっくりお話をすると、そのにおいたちが、すこしだけ、やわらかくなるんだ。
まるで「やさしいにおい」を分けているみたい。
これが「お医者さん」なのかな?
ぼくもだれかにやさしいにおいを分けてみたいな。
お家に帰ると、早速お父さんのマネをして、まっ白なお洋服をきてみた。

これで ぼくも「お医者さん」に、なれるかな?
その日から
「お散歩に行くよ!」
お父さんに言われて外を歩く時間が、ぼくの「お医者さん」の時間になった。
それでも初めは失敗ばかり。
モヤモヤ匂いの人を見つけて
「ワン!」
元気付けたつもりなのに、「こわい」って逃げられちゃうこともあった。
だけど、何度も何度も、いろんな人の「におい」をかぐうちに
だんだんわかってきたんだ。
モヤモヤ、チクチクする匂いの人を見つけた時。
その奥の方にはいつもほんの少しだけ「やさしい匂い」が隠れてる。
ぼくが分けなくても、本当はちゃんとそこにいるみたい。
お父さんも、きっとそれを思い出すお手伝いをしていたんだ。
だからぼくは、今日もクンクン。
「においのしんさつ」れんしゅう中。
もっと上手な「お医者さん」になれるように。
(つづく)
最後までありがとうございました。
今日もがんばったあなたに、しっぽのやさしさが届きますように。
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