全体であることの恩恵
全体であれば
多くの恩恵を
受けることができます
受けてしまいます
全体であれば
それ以外の思いは存在できず
いらぬ思いが出てきにくい
よって何かに集中する時
全体で集中するとよい
全体であれば
全てが統一され
全てが調和された状態となっている
全体であれば
あれやこれと
指し示すことができない
全体の状態は
あれやこれやといった
点のばらつきが無い状態であり
そもそも全体だから点もばらつきも無く
分離が無い状態であり
遠くも近くもなく
全てを含んだ状態だからです
全体であれば
各部分もすべて含んでいる状態であり
全体であるため否定されるものが無く
すべては
例えて言えば肯定されている状態です
全体であれば
思い煩うことがなく
思い煩うこともできない
なぜなら
全体であれば
妄想ができないからです
全体であれば
罪悪感が存在できない
全体であれば今やっていることに
全集中できている状態であり
それを遮る思いは
存在できないからです
全体であれば
大きな力となります
今ある力全て使うことになるからです
全体であれば
不安が存在できない
揺らぎようが無い
全体であれば
裏表が存在しない
裏表が存在できない
全体であれば
どこか1か所に力が入ることもなく
力むことがない
緊張もない
緊張できない
全体であれば
広がることも縮むこともない
右も左も
上も下もない
全体であれば
そのような相反するもをすべて含んでいるため
相反するものは存在できない
全体であれば
偏ることがないため
気になることもない
気になることが存在できない
全体であれば
否定しようがない
=全肯定である
全体であれば
それ自体がすでに答えである
全体であれば
疑う思いが起こらない
よって全体の状態で思う時
それは大きな力となる
全体であれば
全世界が共に在る状態と同じであり
全世界が味方します
全体であれば
それのみの存在となり
違和感や相違がない
全体であれば
この世界がひとつとなり
敵も味方もいなくなります
全体である時
何も思うことなく
思う必要なく
完全なる不思議な状態となるでしょう
それは言葉に表せません
なぜなら言葉で表すことは
一部を表現することだからです
よって
全体である恩恵についての
ここでの言語化も
ごく一部の表現なのです
全体である
ということは
全てと共にあるということ
全てと言ったら全てです
今自覚できるもの全てと
共にあるということです
私も思いも周りも世界も
全て
残るものなく全てです
そうすると
全ての区別が無くなります
その状態は
完璧を超えた完璧であり
文句の付け所がありません
全てと共にあれば
全てが調和しうまくいくので
まずはそうありましょう
全体であること
全てと共にあること
とりあえずやって見れば
わかります
