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盆とひとつ星

ある真夏の夜のこと。夢ならばよかったが、あれは紛れもない現実だった。これから語られるのは、シェイクスピアの喜劇ではなく、ぱーしゅりの悲劇である。少々お下品な話を含むので、そういった内容が苦手な方はブラウザバックする方が良いかもしれない。


前夜

夏の睡眠時には冷房をつけっぱなしにせざるを得ない日本に変わって久しい。悲劇の始まりを告げるその夜も、例に漏れずクーラーで快適に冷やされた一人暮らしの1Kに私は寝ていた。

寒気と共に、目が覚めた。冷房が効きすぎているという発想を経由せず、私は次のような結論に達した。

熱がある。

私が感じていたのは、寒気の中でも、悪い方のやつ、いわゆる悪寒だったからだ。高熱を残酷なほどに突きつけてくるあの嫌な感覚を繊細に感じ取り、最初に「悪寒」と名付けた人のセンスに敬意を表したいと、発熱のたびに思う。完成されすぎているというか、いまさら別の単語を当てることなどおこがましく感じるほどに適切に言語化されている。

とはいえ、発熱やそれに伴う悪寒だけであったならばいくらか気持ちも楽だっただろう。もちろん頻繁にあって欲しくはないが、よくある夏風邪かなにかの類だと自分を落ち着けることができる。

そう。困ったことに、悪寒の他にも私を脅かすものがあったのである。

何もしていないのに、やたらと股の辺りが痛むのだ。ちょうど左足の付け根付近に鈍い痛みがある。これと悪寒に何か関係があるのだろうか。激しい運動をした覚えもなく、心当たりが全くない。高熱のせいで倦怠感だったり筋肉痛が出るなんていうが、足の付け根だけ局所的に痛むことがあるのだろうか。

だるさを感じつつもとりあえずトイレに向かうと、今度は別の箇所から鋭い痛みを感じた。またもや股付近、というか今度は股の中心部分、又の名をぱーしゅりジュニアと称するのが適切な、いわゆる大事な場所に激痛が走ったのだ。

マタというワードを連呼して恐縮だが、許してほしい。何せこれは一大事なのだ。悪寒を伴うほどの高熱だけではなく、ぱーしゅりのぱーしゅりに何らかの異変が生じているんだから。

なんとか痛みに耐えつつトイレへと辿り着いた。短パンとパンツをまとめてそろりと下ろすと、この世に生を受けてから片時も離れず共に過ごしてきた私でも見たことのない、変わり果てた姿をした息子が現れた。

皮がパンパンに膨れ上がっている!!

汚い話で本当に申し訳ない。だが思い出してほしい。冒頭で私は忠告したのだ。むしろ、ここまで読んでいる方が悪いのだ。読んでくれてありがとうなのだ。人の不幸は蜜の味というが、人のシモの話と不幸の話はどっちが勝つのだろう。

話を、そして視線を局部へと戻そう。そう、皮が腫れ上がっていたのだ。ボリュームのあるマフラーのように。なるほど、と腑に落ちた。腫れた部分が下着に擦れていたから痛かったのだ。おそらく足の付け根の痛みもこの事象と何らかの関係があるだろう。というか、是非とも関連があって欲しい。下半身の二箇所が別の理由で痛むなんて困る。

トイレから寝室へと戻り、明日は朝イチで病院に行くぞと決意してベッドに潜り込んだ。腫れた箇所が下着に擦れる痛みをどうにか回避しようと、あらゆる試行錯誤を繰り返した。

最初は適切なポジションを探るにとどまっていたが、次第に大胆になってきて、一人暮らしなのをいいことに颯爽とパンツごと短パンを脱ぎ捨てるにまで至った。結局はシーツやタオルケットと擦れた時の方が痛みが強いことに気づき、諦めていつも通り就寝したのだが。

翌日

問題だったのは、私が熱を出した時期がお盆だったことだ。

お盆の時期に病院を探すことほど悲惨な状況はない。どのクリニックも休診なのだ。普段の休診日と違い、お盆の期間は何日も連続で休んだりするため、最短で診療が可能なのが一週間後、とかになることもザラである。

幸か不幸か、一人暮らしを始めてから大きく体調を崩すことがなかった。そのため近所にかかりつけと呼べるほどの病院が一個しかなく、その病院は運悪く長期の休診期間に入っていた。

周辺の病院も調べてみたが、評価の高い診療所は全て休みに入っている。やはり優秀な院長が運営している病院は労働環境もしっかりと管理されているのだろう。しっかりとお盆がお休みになる従業員に優しい(患者に厳しい)職場だ。

近所の病院は全滅。営業しているクリニックの中で自宅から一番近いところでも徒歩で20分ほど。この炎天下、高熱に耐えながらの20分。往復で40分。

しかもそのクリニックはGoogle Map上の評価がとんでもなく低かった。こんなに悪い口コミつけていいの!?ってこちらが心配になるくらいに悪評が吹き荒れていた。星1.xみたいな、そういうレベル感である。

自分の体温と同じくらいの灼熱の中、20分間歩いた先にあるのが一つ星の病院。どう考えたってやめておいた方がいい。なのに、高熱と股間の痛みに判断力を根こそぎ奪われていた私は、まともに思考することができずそのクリニックを朝イチで予約した。


38℃の発熱の中、20分間、真夏の太陽が照りつける道のりを、皮が腫れ上がった棒状の爆弾を股間にぶら下げて歩き続けた。私の人生の中でも五本の指に入る苦行だった。最初は下着が擦れないようにゆっくり歩いていたが、こんなペースでは一向に病院に辿り着けない!と業を煮やし、多少の痛みを受け入れていつもの速度で歩き、悶絶した。

こんな苦しみの果てに辿り着くのが悪評まみれの病院なのだから救いがない。さらに救いがなかったのは、その悪評は本物だということに到着して気付かされたことだ。

まず、予約したのにも関わらず2時間ほど待たされた。コロナウイルス感染の可能性を考慮してか、発熱のある患者用に待合室をパーティションで区切っただけの雑なエリアに押し込められたのだが、ここの人口密度が異常なほど高かった。見るからに具合の悪そうな老若男女が物理的に肩を寄せ合い、自分の診察を待っているのだ。

絶望はここからだ。周りの患者たちが順々に診察室へと呼ばれて入っていき、数分ほど経過した後「コロナ陽性です」という医師の声が室内から聞こえてくるのだ。この陽性宣告を聞くたびに、私はこの病院に来たことへの後悔の念を深めていった。

自分の発熱はおそらくコロナによるものではない。ということは、発熱患者がこれでもかとブチ込まれているエリアに2時間滞在させられた私は、たとえこの診察によって現在の症状が恢復しても、数日後に今度はコロナが発症することが運命付けられた、ということだ。

これは星1だ、と診察を受ける前にGoogleマップを開き、レビューを投稿しそうになった。すごい。まだ診察されていないのに最低評価をつけたくなる病院。格が違う。ここまで読んでくれた、人の不幸あるいはシモの話好きなあなたへ。評判の悪い病院には行くべきではない。このエッセイから学べる唯一の教訓である。

その後、自分の診察の番が回ってきた。ここまで酷い病院を運営している院長、どんなもんよ?と入室し、当然のように下半身を露出して症状を説明したが、結局原因は分からずじまい。抗生剤と解熱剤を渡されて帰宅した。「夜のそういう系のお店とか、心当たりないですよネェ?」とニヤニヤ尋ねられ、イラッとしてGoogleマップにしたためていた最低評価のレビューコメントの下書き画面を見せてしまいそうになった。あぶなーい。

後日

ヤブ医者がとりあえずと場当たり的に処方してきた抗生剤が効いたのか、数日で局部の腫れは引いていき、それに伴って熱も下がっていった。どうやら何かしらの細菌に感染していたようだった。

だが、熱は下がり切らなかった。

体温は37℃を下回らず、そこから谷を描くように再上昇へと転じて、38℃台の世界へと引きずり戻された。

お分かりだろう。コロナである。

当然だ。あのポンコツ医院の発熱外来用の待合スペースのせいだ。あれは待合スペースと呼んではいけない。収容所である。そこに、2時間。両隣の老婆は苦しそうに項垂れていて、診察結果はどちらもコロナ陽性。逃れられるわけがないのである。

私はコロナ陽性を確認するまで、例の病院のレビューを投稿していなかった。変に律儀なところがあるので、ちゃんと実害を被ったという実績を携えて、正々堂々と悪評を書き連ねると決めていたのだ。別の病院で陽性反応と特効薬をもらった帰り道、すでに頭の中で練りに練っていたコメントを書き下し、送信した。人生で初めてのレビュー投稿である。

逆恨みが怖いので控えていたが、今回だけはやらざるを得なかった。同じような過ちを犯してしまう未来の患者を一人でも減らしたい。その一心で口コミを投稿した後で、このような思いで積み重ねられてきた切実なレビューの集積が、より立体感を持って私の前に立ち現れてくるのを感じた。低評価の裏側には、逆恨みのリスクを背負ってでも伝えたい何かが存在するということが、以前より高い解像度で見えるようになった。

後遺症

それから数日して、二次被害的に感染したコロナからも無事回復した。幸いなことに世間で騒がれていたような後遺症などもなく、以前と同じような日常生活を送ることができていた。

一つだけ、気がかりなことがあった。
コロナとは別の症状による後遺症が残っていたのだ。

コロナに感染する前の、一個目の症状の方。例のアレ。腫れ上がったマフラーを纏った私の息子の話である。またまた下品な話に舞い戻ってきてしまい恐縮である。

抗生剤のおかげか痛みや赤みを帯びた腫れは引いて、日常生活を送る分には何の支障もなかったが、皮が風船のように膨らんだ状態から元に戻らなくなってしまっていたのだ。

腫れは引いているため下着に擦れても痛みは全くないのだが、いかんせん見た目がよろしくない。本来は棒状であるべき部位がバルーンのような丸みを帯びてしまっている。いざという時に使い物にならなくなってしまっては、未来のパートナーにも申し訳が立たない。

とはいえ緊急性がなかったものだから、バルーン後遺症に気づいてから1週間ほど放置していた。スマホで似た症状がないか調べてみたが特に見つからない。自己流でオロナインを塗ってみたりマッサージしてみたりしたが効果はなく、引き続き風船のような見た目は変わらない。まったく、世話の焼ける息子だ。


とはいえ、ようやく動ける身体に戻ったのだ。なまりきった身体を動かしたいなと弟を誘って市民体育館でバドミントンをすることにした。

体育館に向かうまでの道中で、私がお盆に経験した悲惨な出来事を弟には一通り話していたので、更衣室で一緒に着替えているときにちょうどいいと思いパンツを下ろしてバルーン状態を見せた。

私はこういう時、「しんどい思いをしたのだからせめて笑い話にしなければ!」という謎の使命感に駆られる癖がある。この時もウケを狙って軽くふざけた感じでボロン、と弟の前でカミングアウトしたのだけれど、「え…これやばいじゃん…早く病院行きなよ…」と本気で心配されてしまった。

我が弟ながらいい奴だなと感心すると同時に、いまだに面白いかどうかを第一行動原理にしている兄でいることに若干の恥じらいを感じた。


できた弟に促される形で、後日、近所の泌尿器科にかかってみた。院長と思われる医師は優しそうなおじいさんで、私の膨らんだバルーン状態の陰部にも動じずに診察を行ってくれた。

この頃になると、医師の前で下半身を露出することに何の抵抗や恥じらいを感じることもなくなっていた。大浴場と同じくらい堂々と脱げるようになってしまった。

先生は一通り触診を行い、「リンパか何かが溜まってる云々」などと説明してくれたあと、少しマッサージすればよくなると思います、と続けた。そのまま私のバルーンを揉んでもらい、その言葉のとおり大体5分ほどですっかり萎んでしまった。

ゴッドハンドすぎる。「マッサージなら自分も調べてやってみたのにな」とか、「おじいさん先生に揉みしだかれて迂闊にも反応してしまったらどうしよう」とか考えているうちに、あっさりと解決したのだ。もっと早く来ればよかった。

ちなみにこの病院はGoogleマップ上ではすこぶる高評価だった。やはり、口コミは裏切らないのだ。


もしこの話が信じられなかったり、お気に召さなかったりしたなら、どうか夢を見たと思っていただきたい。そう思えば、すべて丸く収まるはずだ。ただ、私だけは、あれが夢でなかったことを知っている。

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