引き寄せって、なに?
なんかもやっとする。
すげームカつく。
・・・・・。
引き寄せって、なに?
引き寄せって考えがあります。
僕はこの考えについて、極端に偏った解説をしている動画を、最初に見てしまいました。
結果、こんな感情を持ってしまったのでした。
あたかも、イメージすることで、何でも願いが叶うような。
それは最新の科学的仮説に、裏付けされているかのような。
どうして、こんな感情を持ってしまったのか。
僕の妻が亡くなってしまったのは、あなたのイメージが足りなかったから。
そう言われているような、気がしてしまうからです。
ひょっとして、そういう部分もあるかもしれないと思えるところが、なおさら怒りが湧いてきます。
確かに3年前にさかのぼって、何か小さなところからでも気にかけていたら、変わっていたかもしれません。
それは、その通りなのだと思います。
そして、思い返して後悔しても、その時の判断を覆すことは、できなかったのだとも思っています。
後悔込みで、今の僕は生きているのです。
引き寄せを声高にうたう人は、さぞ幸せな人生を送っておられるのでしょうね。
でも、そんな人がどうしてYouTubeに動画をあげて、小銭を稼いでいるのでしょうか?
どうして書籍なんかを、宣伝したりするのでしょうか?
手っ取り早くあなたの最高の幸せをつかみ取って、早く僕の世界からいなくなってもらえませんか?
僕はこの世界線に絡めとられて、動けないでいるのですから。
◇ ◇ ◇
「あー、すっきりした。」
「なに?すごく物騒な感じ。」
「うん。ちょっと偏った考えの、引き寄せの動画を見てしまってね。怒りが湧いてしまった。」
「怒りが?どうして。」
「強くイメージすることによって、願いが叶うって言っている感じなんだ。裏を返せば、願いが叶わなかったのは、イメージが弱かったってことだろう?」
「ふーん。」
「こんなことで気分を害してしまうのは、子供っぽいとは思うよ。」
「わかってるのね。わたしなら、すごーいって、言っておくけど。」
「それも、大人の対応とは思えない。」
「かも。で、引き寄せって?」
「良く調べてみると、全く納得のいく考えだったよ。」
「じゃ、盛大に空振りしてただけってことだ。」
「その通り。」
「なら、冒頭の、消せば?」
「僕は過程を重視する。」
「ま、わたしのことで怒っていたみたいだから、それはいいけどね。」
「それに、そう感じなかったら、この文章は書こうと思わなかったからね。」
「そしたら、その内容は?」
「簡単に言うと、脳のあり方をクリアにして目標に方向をセットすると、その方面の情報をキャッチしやすくなって、心づもりも出来て、目標に向かって近づいていける、ってことかな。」
「なんだか、当たり前すぎるくらい当たり前ね。」
「そうなんだよ。だから注目されてるのかな。」
「スピリチュアルかと思った。」
「全然違うね。脳科学者だったら、全部科学的に説明できますって、いいそうだよ。」
「当たり前のことを、当たり前のように感じることが、難しくなっているのかもね。」
◇ ◇ ◇
それにしても、僕の中に怒りが湧いてきてしまったのは、それだけでもないような気もします。
この考えに触れた時に、安易な動画を見た時とはまた別の、やはり怒りに似た感情があったと感じます。
それは、いったい何だったのだろうと思うのです。
引き寄せの考えに、僕が最初に触れたのは、40年くらい前のことです。
戸川純さんが、あるインタビューに答えていました。
『・・・その人が、自分は小説家だって思った時点で、その人はもう小説家なんだと思う。』
ちょっとニュアンスは違っていますが、だいたい同じことかなと思います。
なるほどなと、感じたことを覚えています。
引き寄せを実践している人達に、一部の宗教の人達がいます。
引き寄せを実践している方からは、それは違うという声が出るかもしれませんが、ほとんど同じだと思います。
そんな人たちと、昔ですが、話す機会がありました。
けれどそこでは、僕がちょっとムカついてしまったニュアンスで、ビジョンの実現が語られていました。
『願えば、なんでも叶うんだよ。』
その時の僕も、同じような怒りが薄っすらと湧いて、こんな質問をしてしまいました。
それが子供っぽくて、嫌味な内容だとは思ったのですが、純粋に聞いてみたかった部分もあります。
その人は、背が小さくて、自分ももっと背が高くなりたいと言っていました。
『だったら、背が高くなるように願えばいいんじゃないですか?』
その人は、苦笑いをするだけでした。
それがバカげた質問だろうと、自分でもわかってはいました。
でも、何がバカげているのか、その時はわからなかったのです。
だから、口に出して聞いてみたのだと思います。
成長期を過ぎてからも、背を伸ばす方法はあります。
お祈りする必要もありません。
脚延長術というものがあります。
切断された骨が再生するのを利用して、少しづつ足を延ばしていく方法です。
ばかみたいなコストをかけ、合併症の危険を冒せば、10センチくらい身長を伸ばせるようです。
しかも足が長くなるだけなので、スタイルも良くなるかもしれません。
けれど、その人がそんな手術をしたとも思えません。
僕にそう聞かれて、そう願ったとも思えません。
結局のところ、それはその人にとって、主要な関心事ではなかったのでしょう。
ならその人は、何を願っていたのでしょうか。
そしてその願いは、叶うと思っていたのでしょうか。
叶うかもしれないと思っていたその願いを、僕に話してくれていたら、僕もきっとムカついたりはしなかったと思います。
引き寄せを語る人、宗教に熱心な人は、自分が本当になりたい何かを、持っているのでしょうか。
そして、本当になりたいと思っている何かになることは、僕にそう語ったように、安易に実現すると思っているのでしょうか。
そんなふうに語られた記憶はありません。
なのになぜ、その人は僕に、あたかも何でも叶うような話をするのでしょうか。
そう話す理由はあったのだろうと思います。
けれど、そのことが、あまりに軽薄すぎると感じたのだと思います。
僕は最終的に、何ものになりたいのか。
それを抜きにして、願いが叶うといってくる。
そのノリに、僕は不安を覚えるほどの軽薄さを感じてしまったのだと思います。
◇ ◇ ◇
「3次元世界から、それを取り巻く2次元球面世界のデータを書き換えて、3次元世界の現実に影響を与えられるって、本気で言ってんのかな。3次元世界の出来事が、それを取り巻く2次元球面体のデータで書き表せるっていうのは証明されたようなんだけど、それと話が違うんじゃない?だったら、普通に3次元世界で、現実を書き換えればいいだろって思うんだけどな。だいたい、3次元世界で、2次元データの書き換えを試みようとしているってことは、同時にその時点で2次元球面世界でも、書き換えの試みが起きているはずなんだから、2つの世界の間を相互影響する因果関係なんて、ないって思うけどな。」
「まだこだわってたのね。」
「まぁ、これは仮説の理論の話だけどね。」
「そういうのわからないけど。じゃないのかなとか、思うけどなとか、自信がないみたいね。」
「自信がないというより、僕には根拠を説明できないことだからね。」
「それなのに、ああだこうだって言ってるのね。」
「そうだよ。でもね、概念的だとしても、それに関して想像をめぐらすのって、面白いと思うんだよね。」
「妄想のマスターベーションに終わりそうね。」
「・・・。」
「その通りでしょ。」
「うん。まぁ。だからなんだけど、誰かこういう概念的な話をする時に、物理学に詳しい人の話も、聞きいてみたいんだよね。」
「そんな暇な人がいる?」
「どうだろう。物理学者でも、一般向けの本を書くときなんかは、かなりかみ砕いてくれるから、そういう人もいるかもしれないけど。」
「じゃ、こうすれば?あなたのビジョンを、最新の物理学に精通した人と雑談をしている、っていうことにするの。」
「おお、それはいいかも!」
「でも、それは相手もいることだから、実現の可能性は低くなるんでしょうね。その人にだって自由意志があるはずでしょ?飛躍がありすぎると思うけど。」
「そうか。じゃ、最初はイオンの平飼い卵が売り切れてなくて、買うことが出来た!くらいにしとこうかな。」
「いきなり下げたね。」
「それが3回続いたら、ビジョン効果に僕も手ごたえを感じると思うんだ。そしたら、次は物理学者との雑談にすればいいんだよ。きっと引き寄せ効果も上がるはず。」
「じゃ感謝ノートには、その度に今日はたまごを買えました、ありがとう!って書かないといけないね。でも、3回続く・・・。」
「なに?」
「ね、いままでで平飼いたまごって、どれくらい残ってるの?」
「ん、だいたい4回に1回くらいかな。」
「そうするとね、連続して3回たまごが売れ残っている状態になるまで、平均すると84回イオンに買い物に行かなきゃならないようだよ?」
「え、そんなに・・・。っていうか、どうやって計算したの?」
「AIに聞いたの。それで、イオンへはどのくらい行くの?」
「3日に1回くらいだね。」
「するとさ、8カ月ちょっとかかるよね。」
「たまごだけで・・・。」
「その間、あなたは毎朝鏡の前で、平飼いたまごに巡り合います!って叫んで、あなたが平飼い卵を嬉しそうに掲げている絵をまぶたに焼き付けて、平均して21日は感謝ノートに、今日は平飼い卵がありました、ありがとう!って書く必要があるようだよ。」
「とてもできそうにないな。っていうか、ばかばかしすぎる気が・・・。」
「私もそう思うよ。」
「あっ。ちょっと待って。核心的なことが見落とされているよ。」
「なに?」
「その期間は、引き寄せ効果によって、大幅に短縮されるんじゃないかな。」
「わかったよ。じゃ、1歩譲って、42回目にたまごを連続3回買えたことにしましょうね。半分だからすごいおまけ。それでも4か月くらいかかるってことだけど?」
「・・・。」
「無理でしょ。実際あながたそれを4カ月続けていたら、頭がおかしくなったんじゃないかって、こっちが心配するレベルだよ。」
「でも・・・。」
「それでね。わたしなら、4回イオンに行くだけで、3回連続して平飼い卵が手に入る状態になると思うよ。」
「4回で。」
「もし、引き寄せで、4回目に平飼い卵を3回連続して買うことができたら、どういうことになるのかしら?」
「それはもう、奇跡の引き寄せ術ってことになるよ、絶対。」
「あら、大騒ぎね。」
「で、実際どうやって?」
「あなた、午前中早い時間は、たまごは売ってないって言ってたでしょ。」
「うん。」
「それで、午後は15時には売り切れてるって。」
「確かそうだね。」
「そしたら、イオンスタイルのたまご売り場に、10時から15時まで居座っていればいい。仕入れの時間はその間にあるの。でしょ?」
「・・・。」
「それで仕入れの時間が分かったら、次からは買い物をその時間に合わせればいいわけ。」
「確かに。」
「それなら、買い物以外にかかる時間は、長くて5時間だけ。もっと短いかもね。一方、引き寄せで毎日の日課を4カ月続けたら何時間かしらね。」
「計算したくないな。」
「毎日5分だとすると、10時間かかるようだよ。」
「倍も?」
「でも、時間だけの問題かしら?毎朝のお祈りのような時間を4カ月も続けるなら、仕入れの時間を確認した方が良くないかな?」
「確かに。」
「それから、もしたまごの仕入れが11時だったとしたら、1時間で済むし、そもそもそのへばりつきを買い物時間に兼用すれば、まったく余計な時間はなくなるよね。買い物にはどれくらいかけていたっけ?」
「30分くらいかな。」
「すると10回時間をずらせばいいのよね。」
「確かに確かに。」
「本当にしっかりしてね?」
「ちょっと待ってくれ。それよりもいい方法があるよ。」
「なに?」
「イオンのたまご売り場の店員さんに、仕入れ時間を聞けばいいんじゃないかな?」
「ようやく幽体離脱から、現実世界に戻ってきたみたいね。じゃ、次のステップに行きましょうか。」
「次の・・・。」
「たまごで、もしあなたが引き寄せについて確信が持てたとして、あなたの知り合いに、物理学者がいるの?」
「知り合いの知り合いでもいないと思うよ。」
「現実的に考えてね?たまごから、直接物理学者へは、いかないと思うんだけど。もう少し間をうめる必要があるんじゃない?」
「どういうこと?」
「例えば、どこかの物理好きサークルに入らせてもらって、そこで誰かをゲストとして招くイベントを企画してみるとかね?」
「なるほど!それは、かなり現実的だね。」
「普通に考えてよ。もう、本当にしっかりして。」
「でも、僕にはそういう社交性は乏しいし・・・、ちょっと抵抗があるし・・・・・。」
「あなたは引き寄せより先に、性格改善プログラムを受けるべきね。」
「いや、これは僕のアイデンティティであって・・・。」
「だったら、100歩譲ってあなたのアイデンティティは、不変のものだとしましょうね。そうしたらあなたは、それの実現に向けて、いったい何をするの?」
「・・・。」
「つまるところ、あなたの希望はその程度だったってことよね。」
「それは、・・・そうだと認める。」
「あら、素直じゃない。」
「でも、この会話で僕の得たことは、多いと感じるよ。」
「へぇ、どんな?」
「それは、安易な引き寄せの話を否定したいと思う僕のビジョンが、君という存在と会話することによって、実現化したこの事実こそ、引き寄せ効果の・・・。」
「それ、続ける必要ある?」
「申し訳ない。」
「で、得たものって?」
「サッカーでストライカーをめざす人が、自分のシュートしたボールが、ゴールネットを揺らすイメージを描かないと思う?」
「何千回って思い描くよね、きっと。何万回かも。」
「だよね。だから、目的を明確に持っている人は、引き寄せの考えは必要ないんだろうね。問題点なんかを誰かからアドバイスされるのを待つより、自分で気がついた方が、自信にもつながるんじゃないかな。」
「つまり、目的を持ってそこに向おうとしている人は、引き寄せ効果の中にすでにいるっていうこと?」
「そういっていいと思う。」
「ちょっと安心したよ。」
「ん?」
「だって、あたが変な方向に暴走したら、ここにいるわたしも、その被害にあうわけだからさ。」
「平飼いたまごを掲げる絵を目に焼き付けて、8か月を過ごすようなことはしないよ。」
「当然。でもね。」
「なに?」
「自分が何になりたいかなんて、結局わからなかったな。」
「これから、わかるかもしれない。」
「あなたはわかっているの?」
「ぜんぜん。」
「頼りないのね。」
「でも、これからでも、僕はどんな変化も受け入れていこうと思うよ。」
「そうなんだ。」
「ひょっとすると、そうやって世界を見ていくことが、一番素敵なことなのかもしれない。自分が何かになるということよりも。」
「なんだか、その方が楽しそう。」
「だね。一緒に見に行こう。この世界の、まだ見ていない場所をさ。」
「そうね!いい考え。」
◇ ◇ ◇
背が低いとこぼした人は、一体どんなビジョンを持っていたのでしょうか。
今僕に、ビジョンがあっても、それが最終的なものにはならないでしょう。
もう人生の終盤に差し掛かっていても、それが何なのか、はっきりわからないのですから。
一体僕は、何ものになりたいのでしょうか。
それを知りたいから、仮に定めた今とは違う別の地点に、自分を動かそうとしているのかもしれません。
そして、この身体を使い切るまで、何かに出会っていこうと思うのです。
そうして、何かに出会った僕が、その後どこに行こうとするのか。
それを楽しみにしていこうと思うのです。
◇ ◇ ◇
「だから中国には、戦争なんか起こしてほしくないんだよね。」
「賛成だよ。」
