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おばあちゃんごめん。あの時のこと、本当にごめん。

私の生まれた50年近く前、女の人が出産後も働くのは、今よりずっと珍しかった。


そんな時代に生後半年程で私を祖母に預け、小学校の音楽教師を続けた母。


私はそこから弟が生まれる3歳まで、起きている時間の殆どを祖母の家で過ごした。


「かこちゃん、ここ(曲げた腕のすきま)に手いれとき、あったかいやろ。
車来るから、道の反対歩き。」

「魚の子炊こか。美味しそうやな。」


「今日は焼き鳥行こか。あんた好きやろ。」


「郵便局行ったらな、おばさんらがみんな、かこちゃんどうしてんの?って聞かはんねん。また一緒に行こな。」


「あそこで氷買って帰ろか。」


「冷たいの(アイス)あんで。イチゴの。あんこ入ったやつが美味しいなぁ。ひとつ食べ。」

私をお砂糖いっぱいのあんこ並みに甘やかしたおばあちゃん。
朝ごはんはお砂糖水に、お砂糖パンだった。笑
私も砂糖漬けにするつもりだったのかな。


あの頃のおばあちゃんの姿や、おばあちゃんの家、一緒に歩いた道や、立ち寄ったお店、どれもクラウドの動画をひっぱり出すくらい簡単に思い出せそうでいながら、一生懸命思い出したそのシーンは、ぼやけた写真のようでしかない。



そんな中でよく覚えているのは、まるで母子草の花のような黄色い絨毯の敷かれた洋間だ。
見事なグランドピアノ、額縁に入った絵、壁に沿って祖母が愛用しているミシンが置かれていたが、実家にあった細長いピアノも、元々はこの部屋にあったのだ。


その部屋で毎日、祖母がミシンをカタカタ云わせるその横で、箱に入ったボタンの中から、宝石みたいなボタンを触ったり並べたりコレクションするのが私の日課だった。

あの頃の私に、退屈という言葉は無かった。
テレビも、おもちゃも、十分でなかったが、おばあちゃんと過ごせる毎日は、私の中で唯一、戻ってみたい時だ。


のび太君がタイムマシーンに乗って昔のおばあちゃんに会いにいくって映画があったけど、そんな事が出来るなら、私も叶えて欲しい。


いやいや、違うんだ。

もし叶えてくれるのなら、もう少し大きくなってしまった頃の私を見てくれていたおばあちゃんに会いに行こう。


いろんな事があって心が荒れていた時があった。母が働きに出る事になり、おばあちゃんがまた子守に来てくれた。

とは言っても私は小学校高学年、そして心は荒んでいる。
学校から帰って弟と喧嘩ばかりしていたが、おばあちゃんがいる日は無性にイライラも大きくて、喧嘩もエスカレートし、私はある日ハサミを弟に向けた。

おばあちゃんは鬼の形相で弟の前に立ちはだかり、「この子に手出すんなら、おばあちゃん切ってみ!」と凄んだ。
私は廊下にかけてあったのれんをズタズタに切った。切りながらどうしようもなく情けない思いになって、部屋に逃げた。


最初から傷つけようなんて気持ちはこれっぽっちも無かった。
ただ、困らせたかった。
もっと言えば、私が困っている気持ちを、分かって欲しかった。
おばあちゃんなら分かってくれるという甘えだった。その時それが出来たのはおばあちゃんしか居なかった。


おばあちゃんが帰った後、親から怒られるだろうと予想はしていたけど、何も言われなかった。


のれんはなくなった。



おばあちゃんは私のことどう思ったんだろ?
母に何て話したんだろ?




あんなに可愛がった孫にハサミを向けられて、絶望しなかったんだろうか?


もし出来るなら、せめてあの時のおばあちゃんの前に立って、おばあちゃんを守りたい。

それから謝りたい。



おばあちゃんとは、もうちゃんと会話ができない。あっという間に、本当にあっという間にできなくなってしまった。


おばあちゃんは覚えてるかな?


「ごめんね。」
そう言えば、何のことかわかるかな。


もし私とおばあちゃんに次があれば、言ってもいいかな。


「ごめんね。」
「それから、ありがとう。」




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