
残したいものは何か。
忙しそうな店内で、人と配膳ロボットが動き回る。
「それでは失礼しまーす」
語尾を伸ばす言葉遣いに少しだけイラッとしつつ、
便利になった世界に喜ぶ人も多いのだろうと、想像する。
セルフレジ、配膳ロボット。
今まではサービスとして享受してきたものが、
どんどん、購入する本人が自分でやらなければいけなくなってきている。
変化を感じる一方で、
同じ価格のまま、自分でやらなければいけないことが増えていくことに、
物価の上昇や、円の価値の減少を感じて、
未来が少し怖くなったりもした。
AIや自動運転、配膳ロボット、セルフレジが叶える未来は、
人間に何を残すのだろう。
少し立ち止まって考える時間を持ちたいが、
目まぐるしく変化するこの世界では、そんなことも許されない気がして、
結局は走りながら考えるしかないのだろう。
便利になるほど、
人間らしさの定義が変わっていく。
速く運ぶことでも、
正確に計算することでもなく。
誰かが育てた野菜の話を聞くこと。
季節の匂いに気づくこと。
写真を撮るために立ち止まること。
誰かと食卓を囲むこと。
どれも、一見、遠回りなものばかりだ。
効率の悪いこと。
迷うこと。
誰かを気にかけること。
役に立つかどうかでは測れないものが、
最後まで人間にしかできないこととして、残るのかもしれない。
