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【連載小説】しろあはね 第三話

    第三話 女王謁見(前編)


     最近はもっぱら、駅のホームや端末でしか耳にしない小鳥のさえずりが聴こえ、十六夜いざよいは重いまぶたをあけてみた。
     もぞ、と丸まった体を動かすと、見慣れない掛け布団——草や藁わらを使って編んだだけの覆い——が乾いた音をたてた。体の節々が痛いのは床が硬いせいだ。なにせ土に直接ゴザのようなものを何枚か重ねて敷いただけの——学生時代の林間学校の寝具のほうがはるかに寝心地が良いと思える——簡素な寝床だったのだ。けれど昨夜は横になるなり泥のように眠ってしまった。緊張と、疲れと、不思議な安心感で。
     十六夜が首だけを持ち上げて様子を伺うと、隣で同じように丸まって眠る胡十葉ことはがいた。

     十六夜と胡十葉。
     二人とも、突然この場所に迷い込んだ。
     胡十葉の背負っていたランドセルも、十六夜が片時も手離さなかったスマホも、ここにはない。一体どこに落としてきたのやら。ただ予想できるのは、この場所はひどく自然に近い場所で、電波のようなものは届きそうもないということだ。

     異世界。そう、昨晩ひそひそと、十六夜と胡十葉は寝る支度をしながら話していた。

    『十六夜さんは、ここが異世界だって思ってるの?』
    『さん、はつけないで、呼び捨てでいいわ。……ええ、だって、植物とか家とか、見たことないもの』

     寝るとき、いま着ている布だけでは寒そうだったので、二人はシロアに頼んでありったけの衣類用の布を貸してもらった。貧相な十二単のように着込み、丸くなった。

    『シロアのおうち、貧乏なのかなぁ』

     胡十葉がこそっと家のなかを見て言った。家主であるシロアはというと、見回りに行ってくると言い残し、どこかへ出かけていた。

    『異世界で、時代も違うかもよ』

     十六夜は遠慮なく家のなかを見て言った。シロアの家は、細長い木の枝を三角錐になるように組み、壁の代わりに植物を複雑に編み込んだもので囲っていた。床は、土がむきだしのところとゴザのようなものを敷いたところがあるほかは、何もなかった。隅のほうにのっぺりとした土器の水瓶、木製のバケツが積み上がり、焚き火用の細い枝やよく分からない植物がわさっと置かれていた。

     十六夜は気づいた。シロアが見回りに行くときに手にしていた槍らしきもの。予備だろうか、数本出入り口近くに立てかけてあった。銃や剣、斧とは違う、もっともっと古い時代を感じさせる武器(というか石槍)だと思った。

    『明日、女王に会いに行くって、言ってたわね』

     石槍の先端の黒いごつごつした石を指でなぞりながら、十六夜は言った。

    『……うん。女王さまって、どんな人なんだろうね……』

     胡十葉は十六夜のようにうろうろせず、行儀よく座っていた。ゴザの上で膝をかかえて俯いている胡十葉に、十六夜が尋ねた。

    『胡十葉、もしかして、怖い?』
    『……うん、怖い。女王さまに怒られたらどうしよう』

     胡十葉が泣きそうな顔で言った。十六夜は眉を持ち上げる。

    『怒られるようなことはしていないでしょう? わたしたちは迷い込んでいるだけなんだから。それに、まずは状況をしっかり説明してもらわないと、対策だって立てられないわ』
    『対策って?』
    『シロアはまだ子供だから助けてくれたけど、実はわたしたちは違うところに行かないといけないかもしれない。そこには大人がいるはずよ。大人なら、説明だってわたしたちがすべきことだって、きちんと教えてくれるでしょ。というか、説明は絶対ね。ほんとに意味が分からない』

     口を開けば熱く語ってしまった。十六夜はふと我に返る。気づけば腰に手を当てて、胡十葉を見下ろす格好でしゃべっていた。胡十葉は終始泣きそうで、あまりに頼りない。幼いので仕方がないのだが、おどおどした態度になぜかキツイ言い方をしてしまう、と十六夜は苦笑する。

    『……困ったね』
     小さくこたえ、胡十葉が目を伏せた。
     十六夜はおでこに手をやり、首を横に振る。まるで胡十葉に八つ当たりをしたかのような、苦々しい気もちになったからだ。
     ふぅ、と弱々しく息をつき、
    『……まぁ、女王っていってもいろんな女王がいると思うし。胡十葉は悪くないんだから、そこまで気にしなくてもいいんじゃない?』
     と、十六夜もつぶやき、それ以上何かを言うのをやめた。胡十葉を勇気づけようとしたのに、年上らしくもっともな感じを見せようとしていた自分を恥じた。

    ——そもそも

     そもそも、十六夜は子供が苦手なのだと思う。十歳の女子って、一体普段どんな会話をしているのだろうか。ちらりと見やると、胡十葉の表情は憂いを帯びていた。この世界に来る前はひとり公園にいたという。ひとり、公園のベンチで、いつの間にかここで倒れていたらしく、シロアに揺さぶられて起きた。

     胡十葉はおとなしい性格のように見えた。見知らぬ土地で戸惑っているだけかもしれないが。

     十六夜はなおも壁を構成する枝の組み方や植物のツルなどを眺めながら、ここがどういう場所なのかを冷静に探ろうとしていた。大きな瓶の中身は水だろうか、その水はどれくらい清潔なのだろうか、たべものはどうしたらいいのだろうか、など。

    (ちゃんちゃらおかしいじゃない、わたし)
     十六夜は口の端を歪め、苦笑する。
     失恋して疲れたから、深夜に峠までやって来て、崖から飛び降りて死のうとしていたのだ。それを「対策だって立てられないわ」「説明は絶対ね」だなんて、まるで生きようとしているみたいだ。

    『胡十葉がいてくれて嬉しかったわ。ひとりじゃないって、思ったから。……とりあえず寝ましょ。たぶん、時間は分からないけど、もう夜も遅いはずだから……』

     そう優しく言いながら、十六夜は胡十葉の頭をなでて眠りに誘いざなった。
     素直に胡十葉はまぶたをとじ、桃色の唇を半分あけてすぐに寝息をたてはじめる。つられて十六夜もうとうととまどろんだ。家の外でシロアが戻ってきたような気配がするも、体はすっかり眠りたがっているみたいで、動かなかった。

    『……眠ってしまいましたか。明日は、たくさん歩きますから、ゆっくり、おやすみなさい……』

     遠くのほうでシロアのやわらかい声がしたような気がしたあと、十六夜はすとんと意識を手放した。

    * * *

    「おはよ」

     貧相な十二単を数枚脱ぎ、やや多めの重ね着になった十六夜が外に出ると、シロアはもう起きて焚き火に小枝をくべているところだった。

    「おはようございます、十六夜さん」

     シロアの白い髪となめらかな肌を、てらてらと橙色の温かい光が照らしている。彼の手には枝(先端には昨日おやつにたべた謎のパン生地)、それが何本も焚き火の周りに刺してあった。キャンプで使うような飯盒の代わりとなる土器を見ると、もうすぐ湯が沸きそうだった。

     シロアのふわんふわんの髪に葉っぱがくっついていたので、ぺっ、ぺっ、と十六夜がつまんで取ってやる。うぞうぞと動く小さな虫も一匹混ざっていて、十六夜は思わず叫びそうになってしまった。

    「ひぃ……! ……も、もしかして、朝ごはん?」
     気を取り直して十六夜が尋ねると、シロアはうなずいた。
    「はい。変わったたべものかもしれませんが、たくさんたべてください。今日はたくさん歩きます。すこしでも栄養をつけてほしくて……」

     シロアはにっこりして、三本ほど違う枝を見せてくれた。

    「元気が出る特別なお﹅に﹅く﹅をご用意しようと思っているんです」

     十六夜の顔がひきつった。ヤモリのような、何かの生き物が枝に刺さって大の字になっていたからだ。しっぽの長い、顔がついた状態の、何か。

    本日のモーニングメニュー
    (監修、調理 シロア)

    ・なにかのパン まるかじりできる枝付き
    ・なにかの卵焼き(干した木の実入り)
    ・野性味あふれる数種の葉と茸のスープ
    ・花の蜜ジュース
    ・滋養たっぷり焼き物 ver.ベリーウェルダン

    「いっただっきまーす!」
    「い、た、だきます……」

     たくさん寝て完全回復した胡十葉は元気いっぱいに、十六夜は苦しい笑顔で、本日の朝ごはんをたべはじめた。ベリーウェルダンというか、黒焦げになるまでしっかり火を通したから大丈夫と言い聞かせ、十六夜は覚悟を決めてぱくりとかぶりついた。

     もぐもぐと咀嚼しながら、十六夜はシロアではないホヘイたちの様子を注意深く観察した。ホヘイは、シロア曰く「食料調達」「食糧加工」「日用品製造」を専門にしている人たちのようだった。
     十六夜は腰をしばっている紐を見る。手芸屋さんで売られている太い紐ではない。何種類もの植物の繊維を撚って作られていた。

     ジュースを入れている器。ワイングラスの形をしているが素材はおそらく土だろう。ひび割れているところも、それを補修してある色が違うところも、よく見れば気づくことができる。

    「わたしたち以外にも、ここには誰か来たりするの?」

     十六夜がシロアに尋ねると、シロアはゆるゆると首を横に振り、自分が生きてきたなかでは初めてだと言った。詳しくは女王が教えてくれるだろう、とも。

     やはり女王という存在に会わなくてはならない。
     朝食後、三人は急いで支度をし、女王の住処に向かって出発した。


     一体どのくらい歩いただろうか。

    「……はぁ、はぁ」
    「……はぁはぁ、はぁはぁ……」

     ちょっと近所に買い物に、ちょっと友達と遊びに駅まで、その程度じゃ済まないほど二人とシロアは歩き続けた。シロアのおうちを出発してからずっとだ。ホヘイたちが食事をしたり、食材を運んだり、加工したり、干したりするのを眺めながら、十六夜と胡十葉はひたすら歩いた。女王の住処は見えていたのに、地上からは入ることができないらしい。それで、二人とシロアは一度地中に降りた。

     そこはまるで迷路のように入り組んでいた。

    「……まるで……はぁ、はぁ……蟻の巣、みたいね……」

     十六夜がつぶやくと、胡十葉は手を叩いた。

    「そっか! わたしたち、蟻さんになった感じなのね……!」
    「……はぁはぁ……喜んでる……? 胡十葉……」
    「う、ううん。面白いなって思っただけ。そういえば大きな公園に、蟻の気分になれるような洞窟探検エリアがあって、むかし遊んだことがあったよ」

     シロアが言うには、豪雨や嵐のときの避難場所にしたり、敵襲に備えたり、地下はかなり複雑な造りになっているとか。空気の流れが悪く、湿度もあってむわっとしているので、十六夜たちは汗だくだ。汗ではりついた横髪を耳に引っ掛ける。
     この汚れた体と髪、早くシャワーを浴びたいと思い、そういえばシャワーやお風呂ってどうしたらいいのだろうかと、また新しい悩みが浮上した。

     地中の迷路でもホヘイたちとすれ違った。土をソリに乗せて運んでいるようだった。



    (つづく)


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    北海道にて小さなカフェを営む☕ ごはんが登場するオリジナル小説を創作🍮 ゆっくり読んでからスキ・フォローをしております🍀 好きなもの|珈琲、プリン、紫陽花、おにぎり🍙

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