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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-4

     レンの目の前に、ストーンゴーレムが現れた。

     最初の一撃——ゴーレムの片腕だけでもレンの細い体躯の何倍もの太さがあり、長く屈強な岩の腕による攻撃——を受け止めたレンの足元は、激しい音とともにすこし陥没した。

     第二波、第三波の攻撃が続く。それを、ひとつひとつ丁寧にレンはガントレットで受け止めた。もちろん腕に装着する防具のなかでもガントレットは簡素なものなので、トレイは以前レンから、これには強化魔法を施しているのだと説明を受けていたが、後ろで見ていてトレイはずっとハラハラしっぱなしだった。

     攻撃を受けるたびにレンの足元がめり込んでいく。
     下がっていろ、とレンに言われたので、トレイはミントのローブを引っ張って後ろに行こうと促した。

    「うわわわわ」

     巨大なストーンゴーレムが動くたびに地震が起こる。何もしていないくせに揺れで転んでしまうのだけは控えたいトレイ。ころころと転びっぱなしじゃあ、何とも情けないじゃないか……!

     トレイとミントが大分後ろに下がったことを確認すると、レンは軽めに跳躍した。とはいえ、音もたてずに軽々とゴーレムの頭部までは飛び上がったのだが。

    「そらよっと!」

     レンはかかとを振り落とす。その一撃に全身の重みを含ませて、ゴーレムの頭部にダメージをぶちかました。ぐらり、と上体を揺らすゴーレム。だが、すぐに体勢を立て直して頭突きをしようとレンに特攻をしかけてきた。

    「ま、生き物じゃねぇから立ちくらみはしないか」

     あっさりと気を取り直してレンは地面に降り、頭突きを食らう直前でひょいとかわした。ものすごい轟音、ゴーレムの頭が土中にめり込んだ。

     レンは再び跳躍し、両足を踏ん張ってゴーレムの頭部を上から踏みつけた。どうやらゴーレムの頭を地面に埋めてしまおうという作戦らしい。

    「すごいよぉおぉ……」

     間近の戦闘見学はいつものことなのだが、トレイの目は輝いていた。両手をぎゅっと握りしめ、ぷるぷると震わせてレンの一挙手一投足に注目していた。隣りにいるミントはあまり興味がなさそうだ。揺れが起こるたびに「ひゃぁー、ぐらぐらー」と楽しんでいた。

    「くそっ……! この戦いの終わりっつーのは一体どこに……!」

     レンが苦しい表情でつぶやく。
     ストーンゴーレムは生き物ではない。
     だからこそ、命尽きるまで、という終わりがそもそもない。

     蹴ったり、受け止めたり、地面にめり込ませたり、してみるも、一向にゴーレムが停止するような感じは見られない。レンの体力がわりと無尽蔵だとしても、このままでは持たない。
     ……ミントの、腹が、持たない。

     くいくい、とミントがトレイの黒いシャツを引っ張った。
    「ね、トレイー」
    「ん? 何ですか?」

     お腹すいたと言うのかもしれないとトレイは思った。いつ何時も、ミントはすこぶるマイペースだ。トレイは早合点して、リュックサックから小腹が空いたとき用の焼菓子を取り出そうかと考えた。

    「ミントたち、先に祠に行っちゃう?」

    「祠?」

     ミントの提案に、トレイの目が点になった。

    「だってほら、あそこに祠があるよ。レン、きっとやっつけるの大変だから、先に行って待ってようよ!」

     ミントの短い指の先は、トレイには何も見えなかった。ただの地面があり、ツルやツタで生い茂っていた。でもミントは自信たっぷりだ。レンがやられはしないということも、祠があるということも、さも当然のように思っているようだった。

    「そうか」

     レンがつぶやいた。そしてストーンゴーレムの拳の攻撃をかわしたあと、ゴーレムの下半身の近くまで走っていった。ゴーレムはレンの姿を目で追いつつ、頭部を下げて股ぐらを覗き込む格好となった。
     レンはゴーレムの片脚を掴んだ。

     あまりに脚が太いので持ち上げることはできなかったものの、位置がずれた。そのまま、掴みながら、ストーンゴーレムをずりずりと移動させていった。……先ほどミントが指さした、祠がある、と言った場所へ向かって。

    「トレイには見えないのかなぁ? ここに、ロウソクみたいなのがたくさん並んでてね、床もぼわーって光っててね、それでほら、あそこに祠があるんだよぉ」

     後ろでゆるく一本の三つ編みをしたミントが、微笑んでトレイに説明をした。繊細な刺繍のあるローブが光り、ゴーレムの移動の際に弾け飛んだ岩のかけらが、ミントのローブに当たる直前で弾かれた。

     ストーンゴーレムが祠のある場所に近づいた。
     レンが構わず祠にゴーレムを投げ飛ばそうとすると……

    『……えぇぇい! 貴様ッ! やめんか——ッ!!!』

     しわがれ声の主が、罵声を浴びせた。
     レンはゴーレムを蹴るのをやめ、そしてすぐにゴーレムの姿が消えた。

    『こんの……大馬鹿者がッ! 守りのストーンゴーレムを使って、我が祠を壊そうと、そこらの岩のように手荒に扱うんじゃないッ!』

     ぎゃあぎゃあとけたたましい声が鳴り響く。レンは片耳を押さえ、

    「うっせーよ! 森ババァ! 祠まで見えなくしやがって! こっちは大事な用があってはるばるこの森まできたんだってーのに!」

     と、苦々しく言い放った。

     しばしの静寂。トレイは目を丸くしていた。状況があまりにも掴めなかったからだ。レンは「森ババア」と呼んでいる人と会話していたようだ。

     しばらくすると、ブーン……と唸りのような音がして、ストーンゴーレムが消えた場所にロウソクの灯火、それから地面に複雑な紋様が光っているのがトレイにも薄っすらと見えた。
     紋様はよく見ると円を描いており、円の中心にはぽっかりと穴が空いていた。ツタの絵が絡まりながら円の中央に向かって伸びている。

     ピューイ……ピューイ……

     コロコロコロ……カロカロカロ……

     何かの生き物の鳴き声、そして鈴のような音も聞こえる。
     トレイははじめてのことだらけで、ずっと周囲を見回していた。
     ミントは落ち着いて円の中心を見ていた。

    「とりあえず、なか、入るからなー」

     レンが腰に両手を当てて、ずかずかと紋様の円のなかへと足を踏み入れた。こりゃー! 勝手に入るでないー! と抗議の声がしたものの、ミントまでナチュラルに入っていったので、トレイは止めることはできなかった。

     ドラゴンだけが理解しているのかもしれない。
     その仮説は、ほんとうではないのかもしれないが、トレイの心をチクリと刺した。

     レンとミントが紋様の円のなかに入り、中央に立つと、穴のなかからスーッと玉が浮いて出てきた。

    「玉だ」

     思わずトレイがつぶやいた。透明で美しい玉は、トレイの両手に収まるくらいの大きさで、まるで町で占いをしている人の水晶玉のようだった。

    『貴様のような不躾な輩に来てもらいたいと思ったことは皆無! 即刻立ち去れぃ! カムイ・オーグルナーブ!』

     玉がブルブルして言った。まるで怒りに震えているみたいだった。

    「うるせーな。音源消すぞ」
    『笑止! そのような機能などない!』
    「音量下げろ。あと、主に会わせろ」
    『否! 我がグリーンドラゴンの主は今後永久に金輪際二度と姿を見せることはないのだ!』

     玉が叫ぶ。グリーンドラゴンは姿を現すことはない、と言った。
     レンはすこし黙った。

    「……森ババァ、聞いてくれ。ここにミントという子供がいて……」

    『立ち去れぃ!』

     ミントが浮いている玉を見つめた。不思議そうに、小首をかしげている。

    「おい聞けよ! この子供が、もしかしたらグリーンドラゴンかもしれなくて……」

     レンは眉を上げて大きな声でどうにか伝えようとした。
     ……が、この玉は頑固な一面を持っているらしく、なかなか話を聞こうとはしてくれなかった。玉はしゃべり続ける。

    『カムイ・オーグルナーブよ。我らグリーンドラゴンは贄にえの儀式は続けるが、姿を現すことは今後一切しないと決めたのだ。貴様ならすこしは知っているだろう。凶悪な存在、ダーク・ウィッチのことを。ホワイトドラゴンが奴に食われたいま、一体どのようにしたら種族を守れるのか、我らは考えた。わずかでも姿を現せば我らも取って食われる。だからといって、我らグリーンドラゴンに戦う術はない。貴様なら話は別だが、そんな弱い人間の姿に成り下がった貴様と話などしたくもない。我らはもう姿は見せぬのだ』

     玉が弱々しく光りながら震えて言った。
     姿は見せないと二度言ったのは、それが重要事項だからなのか、語り手が高齢だからなのかは分からない。

     トレイは紋様の円からは離れたところで聞いていた。

     ミントのご両親に会う、それよりも前のところで、もう……。

    『その小娘はたしかにグリーンドラゴンだ。だがもうここには戻るまい』

     レンは目を見開いた。

    「……なっ! ……だったらどうして……」

    『戻らず、生きよ。弱い人間のまま、生きて生きて生き延びよ。小娘にはできる限りのこととして、そのいま着ている、供物のなかで最も誇り高い守護のローブを授けた。これで傷つくことは皆無。最強最高の防具だからな。皮肉なことに人間が作った供物に守られるということにはなるが』

     玉の発言で、ミントはそっとローブの裾をつまんだ。
     太陽、星そして女性の紋様が刻まれている。

    『太陽は希望、星は可能性を、女帝の冠は幸福を意味する。針にも糸にもローブを織る機はたにも布そのものの繊維にも、織る人間にも、あらゆるものに祈りと魔力を込めて造られた至高のローブが、それだ。誰もそれに価値など付けられるはずもない。それほどの供物、それほどの逸品なのだ』

     玉はカッと光り輝いた。

    『小娘が逃げて生き延びろというのが、我ら一族の総意である。名も捨て、住処も捨て——だがローブには守られ、自由を手に入れた。これ以上の幸せがあるだろうか、いや、ない……!』

     ミントの深い緑の瞳が揺らめいた。トレイは思わずミントに駆け寄った。何かを言いたかったけれど、言葉は出なかった。ミントが無言でトレイにぎゅうっと抱きついてきたので、トレイは彼女の背をぽんぽんと叩いた。

    「…………勝手に、決めんじゃねぇよ!」

     レンが苦々しく吐き捨てた。


     すると玉は光を失い、音もなく穴の底へと落ちていった……。


    (つづく)


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