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『上野古社に残る記憶』

翡翠の女王
番外編・探究編
第四部 上野の古社に残る記憶
――物部の痕跡をたどって

旅の問いは、私の足元へ

糸魚川から、曽我遺跡、三輪山へ。
そして、穂高と諏訪。

翡翠の勾玉をめぐる旅は、遠い土地に残された記憶をたどる旅となっていった。

玉を作った人々は、どこから来たのだろう。
玉は、どのような道を通って運ばれたのだろう。
そして、その道の先には、どんな神々が祀られていたのだろう。

問いを重ねるうちに、私はふと気づいた。

私の暮らす上野(こうずけ)にも、古い神社や遺跡がある。

これまで何気なく見ていた土地の名前や神社の由緒が、少しずつ違って見えてきた。

遠くの古代をたどってきた旅は、今、私自身の足元へと戻ってきたのだった。

榛名の山に、古い記憶を探して

群馬の山々を思うとき、私の心に浮かぶ場所のひとつが榛名山だ。

榛名神社。

岩と木々に包まれた境内を思い浮かべると、そこに祀られてきた神々の姿だけでなく、もっと古い時代の祈りにも思いが向かう。

今、私たちが知る神社の姿は、長い年月のなかで受け継がれてきたもの。

そのさらに奥には、どのような信仰があったのだろう。

古い神名、土地に残る伝承、そして祭祀の痕跡。

ひとつずつたどっていくと、榛名の山は、私に新たな問いを投げかけてくる。

箕輪の地で、気になった「石上」の名

次に気になったのは、箕輪の地だった。

箕郷諏訪神社。
そして、その近くに残る石上碑(いそのかみのひ)。

「石上」という名に触れると、私のなかでは自然と物部氏(もののべし)の存在が浮かび上がる。

物部氏といえば、石上神宮(いそのかみじんぐう)、そして神宝や古い祭祀をめぐる記憶。

けれど、同じ名があるからといって、すぐに直接のつながりがあるとは言えない。

それでも、なぜこの地に「石上」という名が残されているのか。

私は、そのことが気になって仕方がなかった。

名前は、答えではない。
けれど、歴史の扉を開く小さな手がかりになることがある。

古墳の地に残された、人々の営み

上野の古代をたどると、神社だけではなく、古墳や遺跡にも目が向く。

三ツ寺遺跡。
保渡田古墳群。

そこには、かつてこの土地で暮らし、祈り、そして社会を築いていた人々の足跡が残されている。

神話に登場する神々の姿が、そのまま遺跡から見つかるわけではない。

けれど、住まいの跡や出土品、古墳のあり方を見つめることで、当時の人々がどのような世界を生きていたのか、少しずつ想像することができる。

私は、神話や伝承を追うときにも、こうした地中に残された記憶を大切にしたいと思う。

語り継がれた物語と、土のなかに眠っていたもの。

その両方を見つめることで、見えてくるものがあるのかもしれない。

多胡碑が伝える、上野の古代

そして、上野の歴史を考えるとき、忘れられないのが多胡碑(たごひ)だ。

石に刻まれた文字は、遠い時代から今へと届いた声のように思える。

そこに記された人々の名や土地の記憶は、神話とはまた違う形で、古代の社会を伝えてくれる。

物部氏の痕跡を探る私にとっても、こうした記録は大切な手がかりになる。

ただし、古い碑や神社が同じ地域にあるからといって、それだけで氏族同士のつながりが証明されるわけではない。

だからこそ、ひとつずつ確かめていきたい。

伝承に残るもの。
文字に記されたもの。
そして、まだ分からないもの。

その境目を見つめることも、私の探究の一部なのだと思う。

古社に残る神名をたどる

上野には、貫前神社(ぬきさきじんじゃ)、咲前神社(さきさきじんじゃ)、羊神社(ひつじじんじゃ)など、気になる古社が点在している。

それぞれの神社に伝わる由緒や神名をたどると、物部氏だけでなく、秦氏(はたうじ)や出雲との関係も、私のなかで問いとして浮かび上がってくる。

けれど、今はまだ、ひとつの答えに結びつけることはできない。

似た響きを持つ神名。
土地に残る名前。
異なる地域に伝わる祭祀。

それらは、どこかでつながっているのだろうか。

それとも、別々の歴史が、私には似て見えているだけなのだろうか。

その違いを確かめるためにも、私はこれからも古社を訪ね、記録を読み、土地の声に耳を傾けていきたい。

勾玉が、私の故郷へ導いたもの

糸魚川の玉造(たまつくり)の人との偶然の出会いを通して、縁あって私のもとに来た翡翠の勾玉。

その勾玉を胸に、私は玉の記憶をたどり始めた。

遠くの土地を巡るうちに、今まで見過ごしていた身近な場所にも、古い歴史の断片が残されていることに気づいた。

榛名の山。
箕輪の地。
古墳や遺跡。
そして、上野の古社に伝わる神々の名。

物部氏の痕跡は、どこに残されているのだろう。

玉をめぐる人々の移動と、この土地の歴史に接点はあるのだろうか。

まだ、答えは見つかっていない。

けれど、問いを抱いて歩くことで、見慣れた風景のなかにも、新しい道が見えてくる。

勾玉に導かれる旅は、遠い古代を探る旅であると同時に、私自身が暮らす土地を知り直す旅でもあった。
そして、上野で生まれた問いは、再び、ある土地へと私を誘っていく。

第四部・了

次にたどるのは、出雲。
玉と神々の記憶を追う旅は、まだ続いていく。

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