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救枈䞭毒゚ッセむ

※これたで私が綎っおきた蚀葉を吊定するためではありたせん。 その蚀葉の、さらに奥にあった私自身を芋぀めた蚘録です。

はじめに─蚀葉の奥にあるもの

私はい぀から、こんなにも「正しさ」に飢えおしたったのだろう。

誰かず比べ、
誰かを裁き、
誰かに認められるこずでしか、
自分の䟡倀を確かめられなくなっおいた。

「あなたのためを思っお。」

「こうするべきだよ。」

私は䜕床、その蚀葉を口にしおきただろう。

これは、誰かを正しく導くための文章ではない。

子どもに察しお。
人間関係に察しお。
スピリチュアルや自己啓発ずいう「優しい蚀葉」に察しお。

私は、自分の䞭にある「救いたい」ずいう欲望を、䜕床も矎しく蚀い換えおきた。

その蚘録である。

もちろん、そこには善意もある。

子どもを愛する気持ちも、
人を助けたいずいう願いも、
嘘停りのない本物なのだず思う。

決しお、誰かの優しさを吊定したいわけではない。

けれど私は、その矎しい善意の奥に、ずっず芋たくなかった歪みがあった。

それは、
「誰かを救うずいう行為に朜んでいた゚ゎ」であり、
「必芁ずされたい私」の存圚だった。

「誰かの圹に立っおいる。」

「私は正しい偎にいる。」

そう感じおいないず、
私は、自分の䟡倀を信じるこずができなかった。

他人の評䟡ずいう麻薬を求め、
「正しさ」ずいう鎧をたずいながら、
私は、也ききった虚しさや䞍安から目を背け続けおいた。

誰かを救おう。
導こう。
正そう。

そう躍起になるたび、
私の芖線はい぀も「倖偎」を向いおいた。

しかし、その歪んだ情熱の根っこにあったのは、倖偎の問題ではない。

私自身の未解決の傷から流れる血を、
誰かを救うこずで塞ごうずしおいただけだった。

私はそれを、「救枈䞭毒」ず呌ぶ。

私はこれたで、

「競争よりも、分かち合うこず。」

「セルフラブずは、䜕かを足すこずではなく、手攟しおいくこず。」

そんな蚀葉を玡いできた。

その蚀葉に嘘はない。

今でも、私の内偎から湧き䞊がった、倧切な真実だず思っおいる。

けれど、その蚀葉が矎しく、正しければ正しいほど、私の䞭の「救枈䞭毒」は、その矎しさを巧劙に利甚しようずする。

「私はこんなに倧切なこずを知っおいる。」

「ただ気づいおいない人に䌝えなければ。」

自分を癒やすための真実だったはずの蚀葉が、
い぀の間にか、
誰かをコントロヌルするための歊噚ぞず倉わっおいく。

蚀葉そのものが悪いわけではない。

その蚀葉を隠れ蓑にしお、
たた「正しい偎」に立ずうずする。

その心の扱い方にこそ、
私の病があった。

本圓に倧切なのは、

足しおいくこずではなかった。

削ぎ萜ずしおいくこずだった。

私の善意の裏偎には、
どれほどの傲慢さず、
どれほどの孀独が隠れおいたのだろう。

その蚀葉の奥にあるものを、
これから䞀぀ひず぀、
静かに解剖しおいきたいず思う。

今もなお、私は完治しおいない。

ふずした瞬間に、
たた誰かに正しさを手枡したくなる。

誰かを救うこずで、満たされたくなる。

倖偎のテクニックで自分を麻痺させるこずをやめ、
今日もたた、
ごたかしのきかない自分ず向き合い続ける。

その先にしか、
私が探し続けおきた尊厳も、安心もないのだず思う。

私はただ、
そこぞ蟿り着いおいない。

削ぎ萜ずしおも、
たた䜕かを掎もうずしおしたう。

だから私は、
ただ治療の途䞭だ。

その震える手で、このnoteを曞き始める。

第䞀章 症状䞀:子どもを救いたくなる

その匕き金は、突然やっおきた。

我が子の䞍登校だった。

昚日たで圓たり前のように孊校ぞ通っおいた子が、ある朝、起き䞊がれなくなる。

理由のわからない涙。

閉ざされた郚屋の扉。

その珟実を前にしお、私の心に真っ先に湧き䞊がったのは、玔粋な心配だけではなかった。

恐怖だった。

「このたた、この子の人生はどうなるのだろう。」

その恐怖は、すぐに焊りぞ倉わった。

「孊校ぞ行けるようにしおあげなきゃ。」

「私が、この子を救わなきゃ。」

毎朝、祈るような気持ちで子どもの様子を芋぀めた。

けれど、その祈りは、い぀しか脅しにも䌌おいた。

私は倖偎から、ありずあらゆる「正解」を集め始めた。

カりンセリング。

子育おの本。

専門家の蚀葉。

優しく包み蟌むような蚀葉をかけながらも、私が芋おいたのは、たった䞀぀だった。

孊校ぞ行くのか。

行かないのか。

私は、その結果だけを芋続けおいた。

あの頃の私は、気づいおいなかった。

私が必死に救おうずしおいたのは、目の前で苊しんでいる子どもではない。

子どもが孊校ぞ行かなくなったこずで、

「私は間違っおいたのではないか。」

「芪ずしお倱栌なのではないか。」

そう揺らぎ始めた、自分自身だった。

なぜ私は、ここたで「孊校ぞ行くこず」に執着したのだろう。

その問いを蟿っおいくず、私は自分自身の過去ぞ戻っおいった。

私は、「孊校ぞ行った偎」の人間だった。

どんなに理䞍尜でも。

どんなに苊しくおも。

孊校ぞ行くのが圓たり前。

瀟䌚に合わせるのが圓たり前。

そう信じお生きおきた。

いや、生き延びるために信じるしかなかった。

本圓は悲しかった。

苊しかった。

違和感もあった。

それでも私は、その感情を自分の手で抌し朰しおきた。

「孊校ぞ行くのは圓たり前。」

「合わせられない人には䟡倀がない。」

そう思い蟌むこずでしか、自分を保おなかった。

その先にあったのは、

「私は正しい偎にいる。」

ずいう、ずおも脆い安心だった。

その埌、「自由に生きよう」ずいう蚀葉に出䌚った。

「自分の心を倧切にしよう。」

「奜きなこずをしよう。」

その蚀葉は、確かに私を救っおくれた。

けれど私は、その意味を䜕床も履き違えた。

長い間、私は倖偎でしか自分を枬れなかった。

成瞟。

評䟡。

肩曞き。

収入。

誰かからどう芋られるか。

そんな私が急に、

「心のたたに生きよう。」

ず蚀われおも、本圓の意味では分からなかった。

䜕が自分の望みなのか。

䞍安なのか。

承認なのか。

恐れなのか。

それずも、本圓に心の奥から湧いおきた願いなのか。

その区別が぀かなかった。

だから私は、

「心のたたに生きる」

を、

「嫌なこずから逃げるこず」

ず勘違いした時期もあった。

今思えば、本圓の自由ずは衝動のたたに生きるこずではない。

自分の恐れや執着に気づき、それに振り回されずに遞択できるこずなのだず思う。

そんな私を止めおくれたのが、䞍登校になった子どもたちだった。

子どもたちは、呜がけで私を止めおくれた。

「本圓の自分を芋぀めなさい。」

そう蚀われおいるようだった。

けれど私は、その声をすぐには聞けなかった。

子どもの䞍登校によっお、私が芋ないようにしおきたものが、䞀気に目の前ぞ珟れたからだ。

過去の孀独。

我慢。

「ありのたたの自分には䟡倀がない。」

ずいう、深く染み぀いた思い蟌み。

それらが癜日の䞋にさらされようずしおいた。

それが怖かった。

だから私は、

「あなたのためを思っお。」

ずいう善意の仮面をかぶりながら、

私自身の傷から流れる血を、

子どもを「正しい偎」ぞ戻すこずで塞ごうずしおいた。

私は子どもを芋おいるようで、

本圓は自分だけを芋おいた。

子どもを救おう。

正そう。

元のルヌトぞ戻そう。

そう躍起になっおいたあの頃。

私の芖線は、い぀も倖偎を向いおいた。

けれど、本圓に向き合うべきだったのは、子どもではない。

眮き去りにしおきた、私自身だった。

子どもをコントロヌルしようずし、その境界線を螏み越えようずしおいた私は、

子どもの人生を、自分の心の安定のために䜿おうずしおいた。

その枊䞭にいたのが、

私の「救枈䞭毒」だった。

断章  カルテ远蚘

䞖間ぞ䌝えたいこずは、䜕䞀぀手加枛せずに曞く。

けれど、それを語る私自身のドロドロした゚ゎも、䞀切棚䞊げせずに晒し続ける。

それが、このノヌトで私に課した、たった䞀぀の玄束だ。

──ず、ここたで曞いお、私はたた手が止たる。

この文章を䞖に出したら。

今の仕事に圱響が出るかもしれない。

掻動を応揎しおくれおいる人が離れるかもしれない。

「こんな人だったのか」ず思われるかもしれない。

そんな蚈算が、静かに頭をよぎる。

結局、私はただ、「栌奜いい私」を守ろうずしおいる。

正しい人でいたい。

誠実な人でいたい。

認められる人でいたい。

その看板を倱うこずが、怖い。

その恐怖を曞いおいる今も、

私は「恐怖を曞ける誠実な人」ずしお芋られたいず思っおいる。

救枈䞭毒は、本圓にしぶずい。

だから、この恐怖も、

この蚈算も、

この浅たしさも、

党郚ここぞ眮いおいく。

  いや。

たた栌奜よく締めくくろうずしおいる。

私は、本圓に懲りない。

それでも、䞀぀だけ蚀えるこずがある。

私が向き合っおきた支揎も、子どもたちも、人ずの関わりも。

決しお、自分を満たすための遊びではなかった。

誰かを「救う察象」にしお、自分の䟡倀を確かめるだけなら、ここたで苊したなくお枈んだ。

自分の゚ゎの醜さず向き合うこずは、思っおいたより、ずっず痛い。

自分が積み䞊げおきたものを倱うかもしれない恐怖を抱えながら、それでも人ず向き合う。

その芚悟だけは、手攟したくない。

もし、この痛みから目を逞らしたたたなら。

私の蚀葉は、きっず誰にも届かない。

だから私は、

「正しい著者」

ではなく、

ただ正しさを手攟せない、䞀人の患者ずしお、この先を曞いおいこうず思う。

第二章 症状二:人を救いたくなる

その感芚の始たりは、䞭孊二幎生の冬だった。

母が亡くなった。

十四歳の私は、「無垞」ずいう蚀葉を、本ではなく、自分の身䜓で知った。

あの日の私は、䜕かにすがりたかった。

けれど、すがれなかった。

ただ、ひたすらバレヌボヌルを远いかけるこずで、悲しみをごたかしおいた。

䜕かにすがるこずを、自分に蚱せたのは、もっず埌になっおからだ。

高校生になり、般若心経を曞き写しながら、少しず぀孊びを深めおいった。

けれど、どれだけ孊んでも、䞀぀の問いだけは消えなかった。

人は、それぞれ違うものを背負っおいる。

カルマず呌ばれるものも、人それぞれ違う。

では、人はどうすれば本圓に倉われるのだろう。

わかっおいるのにやめられないものを、人はどうすれば手攟せるのだろう。

その問いだけを抱えたたた、私は倧人になった。

時々、思うこずがある。

もし十四歳の私が、今のSNSを芋おいたら。

私は、あの優しい蚀葉に、すがっおいたかもしれない。

だから私は、最近よく目にする、人ずの぀ながりや愛を、矎しい蚀葉で語る発信を芋るたびに、ほんの少しだけ立ち止たっおしたう。

吊定したいわけではない。

むしろ、あの頃の私なら救われたかもしれない。

だからこそ、その違和感を簡単には切り捚おられない。

「満たされる」ずは、䜕だろう。

誰かず深く語り合う時間。

安心できる居堎所。

優しい蚀葉。

そういう時間が、人を支えるこずは確かにある。

けれど私は、い぀からか思うようになった。

「こういう䜓隓をすれば満たされる。」

「この蚀葉を知れば幞せになれる。」

そんなふうに、行為や蚀葉そのものぞ意味を乗せすぎおはいないだろうか。

どれだけ敎った蚀葉を語っおも、

その人の生き方は、隠せない。

圚り方は、蚀葉より先に滲み出おしたう。

そしお私は、ようやく気づく。

この違和感は、

私自身の「救枈䞭毒」だった。

私は、

自分の穎を埋めるために、

優しい蚀葉を集め、

優しい蚀葉を曞き、

優しい蚀葉で誰かを救おうずしおいた。

人を救いたかったのではない。

救うこずで、自分を救いたかった。

だから私は、

「人は簡単には救えない。」

ずいう感芚を、倧切にしおいる。

むしろ、

誰も救えない。

その前提に立぀こずこそが、

盞手ぞの敬意なのではないかず思う。

それなのに私はたた、

曞いた蚀葉を歊噚にしお、

誰かを救おうずしおしたう。

本質ず向き合うずいうこずは、

優しい蚀葉に癒やされるこずではない。

その優しい蚀葉を、

自分は䜕のために䜿おうずしおいるのか。

その問いから逃げないこずだ。

誰かを導く前に、

その蚀葉を歊噚にしおいる自分を芋぀めるこず。

このノヌトで私が向き合いたいのは、

誰かの人生ではない。

どこたでも、

私自身の「救枈䞭毒」ずいう病なのだ。

第䞉章 症状䞉:過去の自分を救いたくなる

それは、ある倜のこずだった。

家事を終え、子どもたちも眠り、静たり返ったリビングで䞀人になる。

するず決たっお、身䜓の奥から䜕かが浮かび䞊がっおくる。

悲しみずも違う。

恐れずも違う。

名前の぀けられない感芚。

それは、䞭孊二幎生、十四歳の私だった。

母を亡くしたばかりの少女。

䞖界から色が消え、それでも前を向くしかなく、ひたすらバレヌボヌルを远いかけおいた少女。

もう頑匵らなくおいい。

そんなに自分をすり朰さなくおいい。

そう声をかけたくなる。

けれど、その瞬間、私は我に返る。

これもたた、症状なのだ。

私は、過去の自分たで救おうずしおいる。

子どもを救おうずし、

人を救おうずし、

今床は十四歳の私を救おうずしおいる。

芖線の向きが倉わっただけで、私は同じこずを繰り返しおいる。

いや、本圓にそうだろうか。

ここを曞くたび、手が止たる。

あの少女は、本圓に誰かに救われたかったのだろうか。

私は、あの日の少女を救いたいのではない。

「かわいそうな私」ずいう物語を぀くり、その物語を救うこずで、今の自分を満たしたいだけなのではないか。

過去の自分たで、綺麗な感動の物語ぞ倉えようずする。

その匷欲さに、私は震える。

あの頃の私は、誰にもすがらなかった。

ただ泥臭く、バレヌボヌルを远いかけながら、「無垞」ずいう珟実を、小さな身䜓ひず぀で匕き受けおいた。

それを今の私が、埌から芚えた綺麗な蚀葉で塗り替えようずしおいる。

私は、ただあの少女に䜕も返せおいない。

二月だった。

あの日の寒さだけは、今でも身䜓が芚えおいる。

母ず塟の面談のこずで蚀い合いになった倜だった。

母は、「お颚呂に入るね」ず蚀った。

それが最埌の䌚話になるずは思わなかった。

母がなかなか出おこない。

呌びに行く。

その途䞭で、理由のわからない嫌な感芚が身䜓を走った。

䜕かがおかしい。

母は济槜の䞭で倒れおいた。

十四歳の私が、第䞀発芋者だった。

母は四十䞃歳で、くも膜䞋出血により亡くなった。

その埌の蚘憶は、ほずんどない。

ただ、身䜓だけがずっず冷えおいた。

䞍思議なこずに、お葬匏の日だけは鮮明に芚えおいる。

私はセヌラヌ服を着おいた。

祭壇の前で、母ぞの手玙を読んだ。

䜕を曞いたのかは芚えおいない。

ただ、読み終えたあず、倧勢の倧人たちが私に声をかけおくれた。

「立掟だったね。」

「匷い子だね。」

「頑匵らないずね。」

その蚀葉を、私は䞡手で受け取った。

そしお、その瞬間の感芚を、私は今でもごたかせない。

母を亡くしたばかりだった。

本圓は泣きたかった。

甘えたかった。

ただ䜕も受け入れられおいなかった。

それなのに。

私は、その時。

確かに、快感を芚えおいた。

母を倱った悲しみず、

認められおいるずいう快感が、

同じ身䜓の䞭に、同時にあった。

胞の奥は痛い。

それなのに、背筋は䌞びおいく。

その瞬間、私の䞭で䞀぀の公匏ができあがった。

頑匵るこず。

立掟でいるこず。

正しくあるこず。

それが、生きるこずなのだず。

誰かに教えられたわけではない。

十四歳の私は、自分の手で、その公匏を遞び取った。

泣きたかった少女をしたい蟌み、

代わりに「立掟な嚘」を前に立たせた。

その公匏は、倧人になっおも消えなかった。

高校では、頑匵るこずそのものが目的になっおいた。

本圓は自由になりたかった。

高校を蟞めたかった。

ギャルにもなっおみたかった。

けれど私は、「頑匵る自分」をやめられなかった。

母の死から数幎経ち、ようやく本圓の悲しみが抌し寄せおきた。

勇気を出しお、その苊しみを誰かに話した。

返っおきたのは、

「䞖の䞭には、もっず蟛い人がいるよ。」

ずいう蚀葉だった。

私の悲しみは、たた倖偎の蚀葉で塗り替えられた。

その埌も私は、生きづらさを抱えたたた倧人になった。

結婚し、

子どもを産み、

離婚し、

シングルマザヌになった。

そしお。

二人の子どもが、孊校ぞ行かなくなった。

その時、ようやくわかった。

あの日、お葬匏で私が䜜った「公匏」が、今も私の䞭で生き続けおいたのだ。

立掟でいなさい。

匷くいなさい。

頑匵りなさい。

私は、その公匏の䞭でしか、人を愛せなくなっおいた。

子どもを救いたかったのではない。

公匏から倖れおしたった子どもを、元に戻したかっただけだった。

䞍登校になった子どもたちは、

十四歳の私を、

もう䞀床、

私の前ぞ連れおきおくれた。

第四章 症状四:「ちゃんずしおいる」こずで、誰かを安心させようずする

䞉十六幎も生きおいれば、

人の話を聞く堎面は、数えきれないほどある。

家族。

友人。

子ども。

仕事で出䌚う人。

偶然隣に座った誰か。

私は、その人の蚀葉を、ただ受け取ろうずしおきた。

「そうだったんだね。」

「話しおくれおありがずう。」

盞手を傷぀けないように。

急がせないように。

私はい぀も、蚀葉を遞んできた。

そしお、ある時、気づいた。

私は、

ちゃんず聞けおいる。

ちゃんず受け止められおいる。

ちゃんずした倧人ずしお、その堎に立おおいる。

その「ちゃんず」を、

私は確かに心地よく感じおいた。

胞の奥は痛い。

それなのに、

背筋が䌞びおいく。

あれ。

この感芚を、私は知っおいる。

胞は苊しい。

でも、

「ちゃんずしおいる私」は認められおいく。

それは、お葬匏の日に芚えた感芚ず同じだった。

祭壇の前が、

誰かの話を聞く堎所ぞ倉わっただけだった。

セヌラヌ服が、

倧人の服ぞ倉わっただけだった。

「立掟だね。」

の代わりに、

「あなたに話せおよかった。」

「盞談しおよかった。」

ずいう蚀葉を受け取るようになっただけだった。

十四歳の日に䜜った公匏は、

ただ終わっおいなかった。

そのこずに気づいおから、

私は自分を芳察するようになった。

参芳日。

仕事。

SNS。

スヌパヌ。

私はその堎、その堎で、

必芁な「ちゃんずしおいる私」を遞んでいた。

ちゃんずした母芪。

ちゃんずしたシングルマザヌ。

ちゃんずした聞き手。

ちゃんずした倧人。

でも、

本圓は、

そんなにちゃんずしおいない。

むしろ、そのこずは、自分が䞀番知っおいる。

それなのに、

私は今日もたた、

「ちゃんず」を遞んでしたう。

もし、その公匏を倖したら。

䜕が残るのだろう。

ちゃんずしおいない私。

圹に立たない私。

聞けない私。

そんな私を誰かの前に立たせたら、

私は䜕者になるのだろう。

考えるだけで、

足元が揺れる。

だから私は、

ずっず「ちゃんずしおいる」を挔じ続けおきた。

ちゃんずしおいる限り、

内偎の空っぜさを感じなくお枈む。

認められおいる限り、

自分が空っぜかもしれない恐怖を芋なくお枈む。

私は長い間、

人間関係の苊しさの原因を探しおきた。

なぜ愛されたいのか。

なぜ芋捚おられるこずが怖いのか。

なぜ苊しいのか。

理由は、少しず぀わかっおいった。

「ああ、そうだったのか。」

そう思えた日もあった。

その気づきに救われたこずも、

確かにあった。

けれど。

理解しただけでは、

終わらなかった。

原因はわかった。

構造もわかった。

それでも、

身䜓の奥に残った孀独は、

少しも動かなかった。

私はようやく、

答え合わせを諊めるしかない堎所たで来た。

私はずっず、

愛が欲しかったのだず思っおいた。

けれど今は少し違う。

本圓に欲しかったのは、

愛ではなく、

愛を求め続ける苊しみから自由になるこずだったのかもしれない。

その自由がどこにあるのかは、

ただわからない。

ただ䞀぀だけ、

わかったこずがある。

ちゃんずしおいる私を挔じおも、

誰かに認められおも、

私の枇きは消えなかった。

それでも私は、

今日もたた、

「ちゃんず」を遞がうずしおしたう。

そしお、この文章を曞きながらさえ、

「答え合わせを諊めた人」

ずしお芋られたい私がいる。

救枈䞭毒は、

こうしお䜕床でも姿を倉える。

私の手は、

今日もたた、

倖偎ぞ䌞びおいる。

その手のひらが、

ただ空っぜのたた。

第五章 症状五:それでも、生きおしたう

第四章を曞き終えおから、私は、しばらく䜕も曞けなかった。

曞きたいこずがなくなったわけではない。

むしろ、次々に浮かんでくる。

けれど、そのたびに思う。

「たた私は、自分を理解しようずしおいる。」

「たた私は、自分を説明しようずしおいる。」

「たた私は、この文章で、自分を救おうずしおいる。」

そう思うず、手が止たる。

このノヌトを曞き始めおから、私は、自分の「救枈䞭毒」を芋続けおきた。

子どもを救いたかった。

人を救いたかった。

過去の自分を救いたかった。

そしお今は、このノヌトを曞くこずで、自分を救おうずしおいる。

私は、圢を倉えながら、䜕床でも同じ堎所ぞ戻っおきおしたう。

そのこずに気づいた瞬間、手が止たった。

もう、䜕も曞けないず思った。

それでも、朝は来る。

子どもが起きおきお、

「お腹空いた。」

ず蚀う。

私は冷蔵庫を開ける。

ご飯を炊く。

味噌汁を䜜る。

掗濯機を回す。

仕事ぞ向かう。

その間も、私は考えおいる。

「これは、良い母芪を挔じおいるだけなのか。」

「認められたいだけなのか。」

「自己満足なのか。」

答えは出ない。

考えおも、

考えおも、

出ない。

それでも、

子どもは孊校ぞ行く準備をする。

掗濯物は也く。

倜になれば、

たたお腹が空く。

私は、ご飯を䜜る。

生掻は、私の答えを埅っおはくれない。

それでも、しばらくは、そのたたでいた。

答えの出ない自分を、答えのないたた、抱えおいた。

急いで結論を出さなくおも、朝は来る。

私はずっず、

「なぜ」を知りたかった。

なぜ苊しいのか。

なぜ繰り返すのか。

なぜ、気づいおも倉われないのか。

理解すれば、倉われるず思っおいた。

けれど今は、少し違う。

知識ずしお理解するこずず、

生き方ずしお身に぀いおいくこずは、

別のこずだった。

頭で理解するこずず、

血肉になっおいくこずは違う。

それは、

誰かから教わるものではなく、

毎日の生掻の䞭で、

䜕床も迷い、

䜕床も倱敗し、

䜕床も立ち䞊がりながら、

少しず぀自分に刻たれおいくものなのだず思う。

だから、

生きるこずは、

理解しおから始たるのではない。

生き続ける䞭で、

理解が少しず぀血肉になっおいくこずもある。

けれど、

理解できないたた、

䞀生を終えるこずのほうが、

きっず倚い。

それでも、

朝は来る。

お腹は空く。

誰かが笑う。

誰かが泣く。

私は今日も、

人ず話し、

ご飯を䜜り、

「おかえり」ず蚀い、

たた、このノヌトを曞こうずしおいる。

私はただ、

救枈䞭毒から自由ではない。

認められたい。

圹に立ちたい。

正しくありたい。

そんな私が、

今も確かにいる。

たぶん、

この先も消えない。

昔の私は、

救われる日を埅っおいた。

救枈䞭毒が終わる日を探しおいた。

けれど今は、

少しだけ違う。

終わらなくおも、

生きおいけるのかもしれない。

答えがなくおも、

生きおいけるのかもしれない。

救枈䞭毒を治すこずではなく、

今日も迷いながら、

救枈䞭毒を抱えた私が、

誰かの

「お腹空いた。」

に応えながら、

生掻を続けおいくこず。

それが、

今の私の珟圚地だ。

結─凊方箋のないカルテ

このノヌトは、

私の「救枈䞭毒」の蚘録であり、

今もなお続いおいる、䞀冊のカルテだ。

結局、

私に手枡せる凊方箋は、

どこにも芋぀からなかった。

この文章を曞き終えようずしおいる今も、

私は、

「綺麗に終わらせたい。」

「誠実な曞き手ずしお残りたい。」

そんな新しい症状を、

静かに発症し続けおいる。

私は、たぶん完治しない。

これからも、

誰かに正しさを枡したくなる。

優しい蚀葉を歊噚にしおしたう。

「ちゃんずしおいる私」の䞭ぞ戻ろうずしおしたう。

きっず、䜕床でも。

けれど、

それでいい。

十四歳の私は、

誰にもすがらなかった。

ただ、

目の前のボヌルを远いかけながら、

無垞ずいう珟実を、

その小さな身䜓ひず぀で匕き受けおいた。

あの少女に、

今の私が返せるものは、

もう蚀葉ではない。

「正しさ」の鎧を少しず぀脱ぎながら、

今日ずいう生掻を、

泥臭く生きおいくこず。

それだけだ。

私が玡いできた蚀葉に、

嘘はない。

「競争よりも、分かち合うこず。」

「セルフラブずは、䜕かを足すこずではなく、手攟しおいくこず。」

その蚀葉も、

今も倧切だ。

ただ、

その蚀葉にすがるこずだけは、

もう、やめようず思う。

私たちは、

終わりのない暗闇の途䞭にいる。

治療法も、

正解も、

凊方箋もない。

それでも、

明日の朝は来る。

お腹は空く。

だから私は、

今日も冷蔵庫を開ける。

誰かの

「お腹空いた。」

に応えながら、

たた生掻を始める。

いいなず思ったら応揎しよう