いつもの窓
私の出勤日は、すぐ近くにある実家の両親に犬を預かってもらっています。
犬も仕事は仕方がないと納得しているのか、後追いしたりせず、おとなしく母に抱かれて見送ってくれます。
夕方にはふたりで犬を散歩に連れ出してくれます。
なぜか父は犬のうんち観察に並々ならぬ情熱を傾けており、
「今日はコロコロ2粒と、長いのが1本だったよ。いいうんちだった」
と、必ず詳細な報告をしてくれます。
両親は犬と過ごすことをとても喜んでくれています。
「癒しをありがとう」とさえ言ってくれます。
けれど申し訳ないので、仕事が終わると、私はたいてい脇目も振らずまっすぐ実家へ向かいます。
とはいえ、早く帰りたい一番の理由は犬会いたさなのですが。
バスを降りて坂を下って曲がると、正面に実家があります。
近づくにつれ、こちらに面した窓に、小さな白いシルエットが見えてきます。
いつも決まったバスで帰るので、犬が窓のところで待っていてくれるのです。
道路が見える窓は高い位置にあるので、犬ひとりでは外を見られません。
私が着く時間のぴったり5分前になると、犬が母の足を鼻でツンツンして、窓のところに行こうと誘うのだそうです。
ええ、天才犬です。
そして窓辺の棚の上にのせてもらい、母と一緒に私の帰りを待つのです。
窓の向こうの犬と母が見えてくると、私は大きく手を振ります。
すると、母は両手で手を振り返し、座っていた犬は後ろ足で立ち上がってぴょんぴょん飛び跳ねます。
父がひょいと顔を覗かせることもあります。
犬を迎えてから6年の間ずっと、何度も何度も繰り返し見てきた当たり前の光景です。
そして、今。
まだまだ元気ですが、父は80をこえ、母も70代半ばになり、ふたりとも病を得ました。
犬もあっという間に中年期に入りました。
時々、その窓がにじんで見えることがあります。
家に着くまでににじんだ視界が晴れるように、私は大きく何度も何度も手を振ります。
