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一番楽な方法

    何故わたしが生きてしまっているのか、その理由をつきつめて考えると「怠惰」に行き着く気がする。楽になるための一番楽な方法を考えて、考えて、考えて、今に至る。何事もずるや手抜きをしようとして、したとしても痛い目を見るのはわたし自身なのだ。なのに懲りない。今でも一番楽な方法を考えつづけている。

    闇は豊かなものだって誰かが言ってた。わたしもそう信じている。だから常夜灯の下で彼がくれた腕時計が秒を刻むのを聴きながら、自分の血の赤さや意識の所在地、足の親指の爪の分厚さ、不ぞろいの脈拍たちと対話している。
    わたしの意識はこの瞬間だけ自由になれる。部屋の隅っこ、照らされない闇に潜んでここが子供部屋であった頃の温度を思いやる。白い壁紙に散る無数の灰色はかつて子供だった誰かが新聞紙の塗料を指で擦りつけた痕だ。あのクローゼットの内側ではその誰かが息を潜め、鬼から逃れようと試みた時間が置き去りにされている。ベランダのあの手すりは、初めて飛び越えようとした壁だ。あの物干しは、初めて首を括ろうとした突起だ。
    顧みたら「今」へ帰ってはこれなくなる。31kgだったわたしはとうとう50kgになってしまったから、わたしはおふとんをかぶってミノムシになって、あなたがくれた腕時計の秒針の音だけに聞き耳を立てる。あなたの迎えを待つ。だけどそろそろ限界だ。

    本当は会いたい。
    でもあなたはこちら側に来るべきではない。

    避難指示が出た。雨は止みそうにない。
    明日はホットケーキを焼こう。おやさいが苦手な子にはにんじんとほうれんそうを入れてあげよう。
    バターをのせよう。シロップをかけよう。
    わたしがここで生きるための、一番楽な方法だから。

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