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Photo byekakinonakagawa

#293 道徳って意味あるの?

    shigara

    道徳への批判

    「教師の主観で行われている。」
    「他の授業に替えられてしまい、十分に行われていない。」
    「そもそも子どもは分かっている。」
    「道徳の授業をしても、子どもの問題行動は減らない。」

    社会で児童による信じられないような事件が続くと、道徳教育に対しての風当たりが強くなるように感じます。
    現場の人間としての肌感覚としては、道徳の教科化によって一定の効果は出ているように感じます。研修の機会は増えました。以前に比べ、時数は確保されているように感じます。

    それでも残るのが、「そもそも道徳の授業に意味はあるのか?」という批判です。

    意味はある

    道徳の授業で子どもたちは、ある価値について教材を通して考えます。
    例えば、「優しいとは?」「信頼とは?」「思いやりとは?」などなど。
    教材の中の登場人物を客観視することで、自分のことよりは正直に意見を言いやすくなります。その意見を基に、自分について見つめ直すことになります。
    よく「行動が変わらないと意味がない」という声を耳にします。
    確かに、年間35時間費やして何も変わっていないとしたら、道徳に意味はありません。
    しかし、一定の効果は期待できます。

    プライミング効果

    「プライミング効果」とは心理学用語で、あらかじめ受けた刺激により、その後の判断や行動が影響を受ける現象のことです。
    考えていることは、無意識のうちに行動にも影響を与えるということです。

    道徳の授業で「優しさ」について考えます。
    自分は優しくできているか?誰かに優しくされたことはあるか?
    そんなことを考えた後、人は無意識のうちに優しい行動をとったり、優しい行動に注目したり、優しい行動が思い浮かんだりするのです。

    ただし、一つ条件が

    プライミング効果が発揮するためには、道徳の授業において、自分事としてその価値について考える必要があります。つまり、授業に主体的に参加しなければいけません。
    僕たち教師は、子どもが自分事として考えたくなるような道徳の授業を行い、子どもたちが、いつか自分で考え、自分から行動することを信じることしかできません。

    道徳に限らず、学校という場所で子どもたちが経験することが、その子の生き方の糧になることを信じて日々の授業に臨むだけです。

     
     
     
    地方の公立小学校に23年勤務→今年から国立の小学校勤務の教師です。自分の思っていること、考えていることが、どこかの誰かのためになるかもしれない。 若い先生に届けたいという思いでスタート。そして、いつかどこかで一緒に働く仲間へのメッセージでもあります。 よろしくお願いします。

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