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内省をしすぎるとかえって矛は外に向く

小さい頃からちょっとした癖があった。
体に爪を立てる、頭を叩く、殴る、体を物にぶつける、そんなことをよくしていた。
言葉で傷つくよりも体で傷つく方が早く、効くと思っていたからなのか。お酒を飲み始めてその気がぶり返したりしてたのはきっともう治っている(はず)
自分がされて嫌なことは人にしないのなら、自分がされてもいいことは他人にしていいという爆裂異常な不条理が産まれたこともあった。

自分は自分を許せる時が来るのかと時々自問する。自分との対話はとても体力がいる作業だと思う。
怒りや葛藤、世情や思想が原動力となる音楽をやっていたのに自分は自分への怒りや悲しみにばかり目が向いていく。
目の前の自分を正当化できないままの子供は自分のことも人のことも許すことができないのかもしれない。
振り返ってみると自分ができて当たり前なことを、人ができないと思ったことがなかった。努力を認めてあげないからなのか、結果としてできることが当たり前であるべきだと思うからなのか。多分2つは同義で、自分の努力も認められなければ人の努力も認められない。

家族や恋人以外の第三者。友人や同僚、先輩や後輩。ここにはさらに諦観が入ってくる。
どうしたって変わらない人間。変えようとする意思のない人間。
自分の体力ゲージを削ってまで他人に関与できる熱量をどこかに置いてきた。
元からそこまで人に対して熱量がなかったのかと言われると、運動部だった頃はもっと感知していたかもしれない。部長だったし。
繰り返し繰り返し内省して、自分も他人も許せなくなってがんじがらめになっている。
心がスパゲッティで内省はフォークみたいだ。

世の中には内省支援ってものがあって、人に促されて内省するんだって!なにそれ!

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