
『騙しあい〈4〉』本当に騙していたのは、誰だったのか
入信しなくて良かったと言われるたび、
複雑な思いになり虚しくなった
Yちゃんのお母さんが糖尿病で亡くなったと聞いた時から、妙に頭にひっかかっていた。もしかしたらYちゃんは、すでに糖尿病予備軍なのかもしれない。
「コーヒー飲みに行こう」と誘っておきながら、クリームソーダを飲んでるYちゃんの行動は矛盾にしか見えない」
「あらっそれは、人間の嗜好の問題だから、○○とは全然異なる話なわけで……。」
あくまでも目障りな幹部の女に向かって私は、
「うるせぇブス」
と今度は声を出して言った。
「Yちゃんはお題目を1日に2回も唱えてると言うけど、なんでそんなに表情筋が緩んでるの?なにが幸せよ、本当に幸せな人は、もっと顔相が良いはず。○○に対する覚悟が足りないんじゃないの?」
これには、さすがのYちゃんも不服を唱えた。自分が信じる宗教を侮辱されたのだからもっともな話だ。頑なな彼女の心に、ピンで刺したほどの小さな風穴が開けられたら良いのに……。
私はふいに背筋をただし、Yちゃんの目をじっと見て言った。
「私はもう帰るね!私がこの店を出たら、Yちゃんと私はもう友達じゃなくなるんだよ。それでもよいの?」
うん。
Yちゃんはうなずいた。
私はさっきの店でYちゃんからもらった焼き菓子を「これ返すね」とテーブルに叩きつけ、一度も後ろを振り向かずに出口へと歩いた。
あれからあっという間に1週間が過ぎた。
親しい友達数人にことの顛末を話すと、
「騙されて入信しなくて良かったじゃん」
「お金取られなくて良かったね」
と言う返事が決まって返ってきた。
そのたびに私は、
「そんな簡単なことじゃないのに」
と虚しさを覚えた。
それに加えここ数日間は、
「狙われたのはなぜ自分だったのか」
と言う考えにとらわれ、仕事にも支障を欠いた。
若い頃の苦い記憶を、
歳月が塗り替えた
ふと思い立ち、Yちゃんと私の共通の知人であるR美にLINEを送ってみた。彼女がすでに信者になっている可能性もあるが、
「Yちゃんとは、年賀状のやり取りしかしていない」
と返事が届いた。彼女の話によると、Yちゃんのお母さんも〇〇の熱心な信者だったそうだ。
「それにしてもCちゃんて、Yちゃんのことあまりよく思ってなかったよね?」
思わず「えっ」と声が出た。
そんな馬鹿なこと。
昔からの友達だしーーー
「Cちゃん、Yちゃんのこと2軍扱いしてたじゃない?」
私はサーーと血がひくのを感じた。そうか、だから私は手土産も持たずにYちゃんに会いに行ったのか。
2軍の友達なら仕方がないよね。
あれからYちゃんとは連絡をとっていない。
と言うか、LINEのアカウントもすでにブロック済みだ。
学歴もなく、何をするにも人より遅くて、大酒呑み。あの頃の私は、そんなYちゃんをどこかで軽んじていた。そしてその苦い記憶を、会わなかった年月がすっかり塗り替えていた。
だからこそ今回、私は誘いに乗ったふりをして新宿まで出かけた。Yちゃんの弱みを探したかったのかもしれない。昔の自分の見立てが間違っていなかったと確認したかったのかもしれない。
この先新宿に行く機会があったら、私の胸はきっとチクッと痛むに違いない。
Yちゃんは私を騙して呼び出した。
けれど私もまた、自分を騙していた。
本当は昔の友人に会いに行ったのではない。
私はYちゃんの弱みを探しに行ったのだ。
あの日、冷やかし半分で新宿へ向かった。
悪いのは、私の方だった。
【完】