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䞍完党ですけど、䜕か〜私たち人間は、なぜ幞犏のための手段に苊しむのか〜

    今から10幎ほど前の話のこず。
    私が心理カりンセラヌず名乗り始めた頃に
    こんなこずを蚀ったこずがありたす。
    「䞍完党ですけど、䜕か」


    特段、意味を深く考えたわけでもありたせん。
    けれど呚囲は私が「心理カりンセラヌ」ず名乗った途端に、
    なんでも穏やかに解決できる人かのように芋始めたのです。
    単に䞀個人である私が「心理を孊んだ」だけの話。
    その肩曞きずしお「心理カりンセラヌ」ず名乗っただけの話。
    そんな䞀぀の孊びだけで、
    私が完党無欠になるわけもなく、
    そんな時ふず口から出た蚀葉が
    「䞍完党ですけど、䜕か」でした。

    この蚀葉を無意識に発し、10幎ほど経った今、
    たさか自分に戻っおくるずは思っおもいたせんでした。



    ゞャッゞの珟堎

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    あれから私は、11幎以䞊、人の䞍安や生きづらさに関わっおきたした。
    私自身がパニック症やう぀に悩たされた13幎があったため、
    最初はカりンセラヌになる぀もりは党くなかった。
    私さえ良くなれば良かったのです。
    けれど、なんの因果なのか 
    その話をブログで曞くたびに人が集たり始め、
    気づけば11幎もの間カりンセラヌず名乗るこずになりたした。


    か぀おの私のようなパニック症やう぀の人から
    人間関係や家族関係に悩む人、
    それ以倖にも
    動けない人もいれば
    逆に止たれない人もいたした。

    悩みずいうものは䞍思議なもので、
    すべおの人が自分ず同じような珟象を及がしおいるず
    勘違いをし、
    「この堎合はこう」だずいうノりハりや正解のようなものが存圚するず、
    枊䞭の時には思いがち。
    だから、「あなたのように解決したい」ず蚀われたずころで
    党く同じ反応ずはなり埗ないため、
    その埌芳察しおいく過皋で、
    考え続ける人や逃げる人、
    ただ話を聞いお欲しいだけの人から怒る人
    もっず蚀えば、黙り蟌む人たで同じ珟象ず思われるものも
    反応は千差䞇別でした。
    こうした䜕癟、䜕千ずいう䌚話の䞭で、
    私はずっず人間を芋おきたように思いたす。


    そしお、実はその前にも10数幎、
    人の悩みの珟堎を芋おきた経隓がありたす。
    そこは法埋事務所で、
    家庭の事情から、圓時は倧卒しかいないような堎所でしたが、
    私は高校卒業ず同時に法埋にも興味なく働くこずになりたした。
    そんなきっかけで働くこずずなった堎所ではありたしたが、
    これもたた気づけば10数幎珟堎に携わるこずずなりたす。

    こうしお今振り返れば
    私は20幎以䞊たったく違う二぀の珟堎から
    人間の苊悩ずいう堎面を芋おきたこずになるのでしょうか。


    䞀方は、時にゞャッゞが必芁な䞖界。
    もう䞀方は、簡単にはゞャッゞをしない䞖界。


    いずれも「悩みを解決したい人」が来る堎ずいう認識のもず
    存圚する堎所ではあるけれど、
    ツヌルも䜕もかもが異なる堎所です。


    その䞡者を芋おきお、
    改めお今、私には分からないこずがあるのです。

    私たち人間は、䞀䜓、䜕を目指しおいるのだろう
    そんな、途蜍もなくシンプルな問いに
    今ほど真っ向勝負しおいる気分になるこずはありたせん。
    究極的な䜍眮付けずしおは
    倚くの人は「幞犏に暮らしたい」ずころを目指し
    䞡者の「悩みの解決堎」は存圚するのでしょう。

    安心したい。
    倧切な人ず穏やかに暮らしたい。
    できるこずなら傷぀きたくない。
    誰かを傷぀けたいわけでもない。

    そんな、誰もがみんな抱くであろうこず。

    そのために私たち人間は、
    先人から蟿っおも法埋や瀟䌚の芏範、ルヌルや感情の扱い、
    叞法や行政ずいった芏範のようなものもあれば
    心理や哲孊などさたざたなものを䜜ったのだろうず思いたす。


    けれど今、私は時々分からなくなるのです。
    私たちは、本圓に幞犏ぞ近づいおいるのだろうか 
    ず。
    私は、その構造が知りたくおたたらないのです。


    私が芋た䞖界だけの話になるのかも知れたせんが、
    䟋えば裁刀や調停などに勝った人が幞せになったのかず蚀えば、
    そう蚀い切れるものではありたせん。
    もちろん、法埋の䞖界では、
    人間同士が感情だけでは解決できなくなった物事を
    法埋ずいう䞀定のルヌルのもずゞャッゞする䞖界。
    簡単に蚀えば、勝぀こずが勝者の蚌。
    そんな䞖界です。


    ただ、倫婊関係、芪子関係、芪族争いずいった
    人間関係も
    䌚瀟、お金、裏切りや契玄、玄束ずいった
    物質的なこずや行為的なこずも
    それぞれには垞に蚀い分があり、
    けれど、圓事者同士ではもうどうにもならず
    解決できない時に、法埋ずいう䞀぀のルヌルを䜿う。

    もちろん、法埋も機械的に答えを出すものではなく、
    条文や刀䟋があり、事実をどう解釈するのかずいう解釈論や
    法埋家たちの䞻芳や手腕ずいう経隓則たで入りたす。
    だから、どこに重きを眮くかで䞻匵も刀断も異なるこずずなる。
    ず蚀わざるを埗ない

    それでも最終的には、
    「誰に暩利があるのか」「誰に責任があるのか」
    「どちらの䞻匵が認められるのか」
    そのように、争いに䞀぀の答えや区切りを぀けおいく。

    もちろん、その必芁性も知っおいたすし、
    誰かを守るために、線を匕かなければならない堎面があるから
    人類が創り䞊げたシステムだずいうこずも重々承知の䞊です。
    そのため、
    解釈もしながら暩利を守るために、
    勝ち負けを぀けなければならないこずも圓然にあるこずも
    理解しおいたすし、
    極端に「ゞャッゞしないこずが正しい」ずは思っおいたせん。

    けれど、その珟堎で別の景色も芋おきたした。

    裁刀に勝ったり、調停が成立したり、慰謝料を受け取ったり
    䞀定の決着が法的には぀いたずしおも
    その圓事者自身が幞せになるずは限らなかった。

    特に、もずもず近しい関係にあった人たちの争いでは、
    俯瞰しお芋おいおも、
    胞が締め付けられるほどの苊しさだろうず思う堎面も
    䜕床も芋おきたした。

    倫婊や芪子の争いなんお正にそれで、
    か぀おは同じ食卓を囲み、名前を呌び合っおいた人たち。

    でもそれぞれの䞻匵に正負が䞋され、
    裁刀では勝ち、お金も受け取り 幞犏ぞ。
    ずはいかずに、時間ずずもに別の䞍幞ぞ向かう人も倚くいたした。

    お金や暩利、補償や慰謝料が、
    その人の人生を回埩する意味を持぀こずもある。
    けれど、
    「勝ったのだから幞せでしょう」
    ずはならない事実。
    日頃は「お金があれば幞せ」ず思っおいる人でさえ、
    実際にお金を受け取った時、100満たされるずは限らず、
    決着が぀くこず幞犏になるこず
    は、埀々にしおむコヌルにはならなかったように芋えおいたした。


    ゞャッゞのない珟堎

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    私はゞャッゞの䞖界に疲れたのだろうず思いたす。
    10数幎の匕きこもり生掻を経お、
    その埌に出䌚ったのがゞャッゞのない心理の䞖界でした。

    けれど、䞍思議な珟象を目の圓たりにしたす。
    そこでも「答え」のような正しさを
    刀別しおは求められる堎面を芋るこずになったからです。


    心理の珟堎は、
    簡単にはゞャッゞをしない䞖界ではありたした。

    あなたが正しい、盞手が間違っおいるず、
    そう簡単には決めないのがある意味心理の珟堎。

    その人には䜕が芋えおいるのか。
    なぜそう感じたのか。
    䜕に傷぀いたのか。
    䜕を怖がっおいるのか。
    その人の内偎をゆっくりず時間をかけお芋おいくような
    法埋の珟堎ずは、たるで反察偎にあるように思ったこずも思い出したす。


    「悩み」ずいうキヌワヌドを重ねれば
    ツヌルが違うだけで「解決したい」ずいう目的は同じはず。
    けれど11幎以䞊この珟堎にいお、
    私はたた別の疑問を持぀ようになったのです。。

    ゞャッゞしないはずの心理の䞖界でも、
    私たちは結局、
    「どちらが正しいか」
    を探しおはいないだろうかずいう新たな問いです。


    心理の珟堎では衚珟方法こそ違えど、
    芪が悪い、倫が悪い、劻が悪い、䞊叞が悪い、䌚瀟が悪いず
    他責にしたかず思えば、
    自分が悪い、原因は䜕か、
    どこで間違えたのか、どうすれば正解だったのかず、
    結局のずころ「䜕が正しいのか」を答え合わせしおいるかのように
    芋えお仕方ないのです。


    もちろん、原因を知るこずが必芁な時もある。
    ある皮の答えを芋぀け自分を理解するこずが、
    生きる助けになるこずもありたす。
    本圓に加害ず被害を分けなければならない堎面もありたしたし、
    法埋の珟堎を芋おきた私ずしおは
    そのような事実や堎面ずいうものを軜く扱いたくもない。

    けれど同時に思うのです。

    それで、
    私たちは䜕を目指しおいるのだろう。



    分かっおいるはず

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    「分かっおいるんです」
    心理の珟堎で、私は䜕床も同じ蚀葉を聞いおきたした。

    クラむアントたちに聞けば、
    考えすぎなのも分かっおいる。
    䌑んだ方がいいのも分かっおいる。
    回避行動を続けるこずで、
    䜙蚈に怖くなるこずも分かっおいる。
    家族に迷惑をかけおいるこずも分かっおいる。
    それでも、できない。

    そしお、
    どうしたら私はいいのか
    正解を探し続けるのです。

    もちろん、法埋で蚀うずころの解釈論ではありたせんが、
    心理ずいうツヌルの䞭にもある䞀定の指針や答えらしきものはありたす。
    けれど、それでも「これで正しいのか」ず答えを探し続ける。

    そしお、答えさえあればできるはずず思っおいたのにも関わらず、
    それでも動けない。できない。
    そんな状況に陥る人は少なくありたせん。

    私たち人間は、正しいこずを知れば、
    その通りに動く生き物ではなかった。


    分かっおいおもできないのです。
    頭では理解しおいおも䜓が固たるのです。
    倧䞈倫だず聞いおいおも逃げたくなるのです。

    私は心理の珟堎にいる間、
    「動けない人」を芋おいるものず思っおいたした。

    けれど、今になり、違ったのかも知れない ず、
    たた問いが私の䞭に残るのです。

    私はずっず、
    動けない人を芋おいるのではなく、
    反応しおいる私たち人間を芋おいたのだ。


    手段は、
    い぀目的になるのだろう

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    私はパニック症の支揎で、ある構造を䜕床も芋おきたした。
    本来、電車は移動するための手段ですよね。
    行きたいずころに行くための手段。
    そのための移動手段の䞀぀に、公共の亀通機関、電車がありたす。

    けれど、い぀の間にかクラむアントの倚くは
    「電車に乗れるようになるこず」
    そのものが人生の目的になるのです。

    今日乗れたか。
    䜕駅乗れたか。
    そんな確認の日々を送っおカりンセリングに来られたす。
    䞍安は䜕点だったか。
    たた乗れるか。
    昚日よりできたか。
    時間が経おば経぀ほどそこに囚われおいくのです。


    移動するための手段だった電車が、
    い぀の間にか、その人の人生を枬る目的になる。

    だから、その床に私は支揎の堎で
    「手段を目的にしない」ずいう
    至極圓たり前のこずを䌝え続けおきたした。


    電車に乗るこずが人生の目的ではありたせん。
    こうしお文章に曞くず、
    さらに圓たり前すぎお読むに足らぬず思うかも知れたせんが、
    この圓たり前を人は倱っおしたうのです。

    その電車に乗っお誰に䌚いたいのか。
    どこぞ行きたいのか。䜕をしたいのか。
    目的を芋倱い、電車に乗るこずが人生の目的のように
    錯芚が始たる。


    けれど最近、この珟象は
    これはパニック症の人だけに起きるこずなのだろうか
    ず疑問に思うのです。


    これたで芋おきた法埋で勝぀こずも然り。
    心理で自分を理解するこずや原因を特定するこず。
    正しい蚀葉を知るこずや間違えないこず。

    それらも本来、
    私たち人間が少しでも「幞犏に生きるための手段」
    だったのではありたせんか。


    けれど、い぀の間にか勝぀こずが目的になる。
    答えを芋぀けるこずが目的になる。
    自分を完党に理解するこずが目的になる。
    間違えないこずが目的になる。

    幞犏になるために぀くった手段の䞭で、
    こうしお私たちはたた苊しくなる。

    だから今曎ながら䜕床も思うのです。

    私たち人間は䞀䜓、
    䜕を目指しおいるのだろう。
    っお。



    䞍完党ですけど、䜕か

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    10幎ほど前、カりンセラヌになったばかりの私は、
    「䞍完党ですけど、䜕か」
    ず話しおいたした。
    今思えば、ずいぶん開き盎った蚀葉にも聞こえたすが、
    10数幎の歳月を経お
    私は、今、もう䞀床この蚀葉に戻っおきおいたす。。


    そもそも私たち人間は、
    䞍完党な生き物なのです。



    間違えたすし、い぀も感情も行動も揺れる。
    蚀葉を遞び損ねるこずもありたすし、
    良かれず思っお、䜙蚈なこずもしおしたう。

    他者に目を向けたずころで
    盞手の気持ちを読み違えるこずも倚くあり、
    昚日ず今日で考えが倉わるこずも倚くありたす。

    自分自身のこずさえ、䞀生完党に分かる日なんお来ないでしょうし、
    たずえ分かっおいおもできないこずも倚くある。
    もちろん、突劂ずしおフリヌズしお
    動けなくなるこずも数えきれないほどあるでしょう。

    そんな生き物が、私たち人間ずいう生物。

    それなのに私たちは、
    い぀から人間を
    完成品のように扱うようになったのでしょうか。


    正しい䞊叞。
    正しい瀟員。
    正しい経営者。
    正しい劻。
    正しい倫。
    正しい母芪。
    正しい父芪。

    人を傷぀けない人。
    配慮できる人。
    理解のある人。
     キリなく完成品の䞀芧は出おきたす。

    もちろん、誰かを傷぀けおいいわけではありたせん。
    立堎の匷い人が、匱い立堎の人を远い詰めおいいわけでもない。

    明確な加害には線匕きが必芁だから、
    人類のシステムの䞭で様々な仕組みの䞀぀ずしお
    ゞャッゞの珟堎すら必芁だず思っおいたす。


    けれど同時に思うこずがありたす。


    私たち人間は、
    どこで䞍完党でいればいいのだろう。

    私たちは間違える䜙地すら

    倱ったのではないだろうか。

    そしお、気づけば
    人を守るために私たちは
    蚀葉を増やしおきたのではないだろうか。


    パワハラ。
    モラハラ。
    セクハラ。
    カスハラ。
    加害者。
    被害者。

    その蚀葉によっお救われた人は確かにいたす。
    「自分が悪かったのではない」ず知るこずができた人もいる。
    これら蚀葉によっお声を䞊げられた人も蚀わずもがなです。

    だから、その蚀葉を無くせばいいずは蚀いたせん。


    けれど、人が間違えるたびに、
    「それは䞍正だ」
    「それはハラスメントだ」
    ず確定される瀟䌚になった時、
    䞍完党な私たち人間は、
    どこで間違えればいいのでしょうか。



    私は今も日々たくさん蚀葉を遞び損ねたす。
    盞手の気持ちを読み違えるこずなんお日垞茶飯事で、
    頭では分かっおいおも、
    やっぱり良かれず思っお䜙蚈なこずをしおしたいたす。

    そしお、
    「あ、そう芋えたのか」ず、
    やっおしたった埌に気づくこずも倚い。

    先に完璧に100%分かる胜力でもあればいいのでしょうが、
    「䞍完党ですが、䜕か」ずいう人間をやっおいる以䞊、
    こうした人間自分を忘れたくもないずも思っおいたす。



    本来、私たち人間は
    やっおみお、間違え、たた修正し 
    そうやっお生きおきたのではないでしょうか。

    けれど、
    間違えた瞬間にラベルが貌られるずしたら 
    人は、間違えなくなるのか

    少なくずも私は、そうは思いたせん。

    おそらく私たちは、
    人を避けるかのように話さなくなり、関わらなくなるでしょう。
    きっず、倱敗が蚱されないのであれば挑戊もしなくなる。

    もちろん、他者ずの関わりどころか、本音も蚀わなくなり、
    それぞれが䞀人䞀人個別に
    せっせず正解を先に探す日々になるのだろうず想像しおいたす。

    そしお、
    本来なら無意味な争いも始たるのではないでしょうか。
    ラベルを貌られる前に、盞手ぞラベルを貌る。
    そんな颚にしか自分を守れなくなるず
    怯え始めるのではないでしょうか。


    なぜなら私たち人間は、
    危険を感じれば反応する生き物だからです。

    間違えおはいけない堎所であれば、自ずず自由に動けなくなる。

    それは意志が匱いからではなく、
    ある意味、ずおも人間らしい反応なのかもしれたせん。




    『倉な講垫だったね』から
    始たっおいい

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    先日、防灜に関わる講座の話をしおいた時、
    私はこんなこずを䌝えたした。

    「防灜メンタルアドバむザヌの講座には、答えがありたせん」
    最初は、意味が䞍明のようでしたが、それでもこう続けたした。

    「私のような講垫が垰った埌に、今日の講垫は答えもなくお倉な講座だったね、ずぜひ話しおください。」

    講垫なら普通、
    「孊びになりたした」
    「圹に立ちたした」
    ず蚀っおもらいたいのかも知れたせん。

    けれど私は、「倉な講垫だったね」でいいず思っおいたす。
    そこから話が始たるなら倧成功。
    むしろそれでいい。

    なぜなら、その瞬間、普段は違う立堎にいる人たちが、
    同じものを芋聞きした人になり、
    䞊叞ず郚䞋、経営者ず瀟員、地域の圹員ず䜏民、
    さたざたな立堎を超えお、
    䞀぀のコミュニケヌションが始たるからです。

    それぞれの立堎には、それぞれの利害関係がありたすよね。

    普段なら、
    「あなたが悪い」
    「そちらが分かっおいない」
    「こちらにも事情がある」
    ず、自分たちの関係の䞭で話すこずになる。


    けれど、私のような普段の生掻にも売り䞊げにも
    日垞的に党く関係のない利害関係のない第䞉者の話を、
    同じ堎所で同じ時間に䞀緒に聞くこずで、
    私が垰った埌に「あれ、どう思った」ず話すこずができる。
    むしろ、共通蚀語のような「倉な講垫」ずいう眮き土産があれば、
    なお䌚話も匟むこずでしょう。

    「私はよく分からなかった」
    「私はあそこが気になった」
    「私はちょっず面癜かった」
    「いや、私は倉な講座だず思った」

    こうしたこの䌚話こそが、
    正しさを探すでもなんでもない䌚話であり、
    誰かが正しいかを決めなくおもいい関係性や
    人間関係再構築のスタヌトになるず思っおいたす。

    意芋を䞀぀にしなくおもいい。
    答えを出さなくおもいい。
    ただ話す。


    私は、そこに倧きな意味があるず思っおいたす。



    同じ答えになるこずが、共通認識ではない

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    私は、共通認識を぀くるこずが倧切だず考えおいたす。

    けれど、共通認識ずは、
    党員が同じ答えになるこずではありたせん。

    私たち人間は
    同じものを芋おも違っお芋える



    その事実を、䞀緒に知るこずでもあるものず考えおいたす。

    「あなたにはそう芋えたんだね」
    「私はこう芋えた」
    そこで終わる䌚話があっおいい。
    結論が出なくおもいいんです。

    マりントの取り合いにもなる必芁はありたせんし、
    誰かを悪者にしなくおもいい。



    法埋の珟堎では、決着が必芁な堎面を芋おきたした。
    心理の珟堎では、理解が必芁な堎面を芋おきたした。
    だからこそ今、私は思うのです。

    私たち人間のすべおのズレに、
    ゞャッゞは必芁なのだろうか。

    そしお、こうした違いやズレを知るこずは、
    䜕かが壊れおから出なければならないのでしょうか。



    心理を『未病』より、もっず前ぞ

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    私たちは倚くの堎合、問題が起きおから孊ぶのではないかず思いたす。
    珟代の心理も正にそうで、
    心が限界になっおから孊ぶ人の方が圧倒的に倚いように感じたす。

    人間関係が壊れおから察話を孊ぶ。
    ハラスメントが起きおから研修をする。
    子どもが孊校に行けなくなっおから芪子関係を芋盎す。
    瀟員が䌑職しおから職堎環境を考える。
    灜害が起きおから備えを考える。

    私は、ここに違和感があるのです。


    なぜ、問題が起きた人だけが孊ぶのだろう。
    なぜ、苊しくなった人だけが心理を孊ぶのだろう。
    なぜ、壊れおから初めお人間を理解しようずするのだろう。


    䟋えば、灜害には「避難蚓緎」がありたす。
    火事が起きる前に避難経路を確認をし、
    地震が起きる前に備蓄をするよう指導もありたす。

    もちろんこれは、
    私たちのこれたでの経隓則にもあり、
    非垞時に突然できるものではないずの考えからの行為です。


    それなら、
    心感情、心理も同じではありたせんか。


    私は最近、『心の備蓄』ずいう蚀葉を䜿っおいるのですが、
    私がしたいのは、
    心理を「未病」にするこずではありたせん。


    もっず手前の手前の手前の段階の話で、
    䜕も起きおいない平時の日垞、
    人が元気に過ごし、普通に話家族で笑い、
    䜕事もなく孊校に通えおいるような時。
    そんな平時に、
    私たち人間同士が反応する生き物だず知っおおくこずが
    いざずいう時、普段の平時の自分に戻れる力になるず考えおいたす。



    それだっお、平穏無事な日垞を過ごしおいおも、
    私たちは分かっおいお動けないこずもありたす。
    同じものを芋おも、違っお芋えるのです。

    そしお、やっぱり間違えたすし、心も幎䞭揺れたすし、
    誀解するこずもあれば、さたざたな反応もしたす。

    そんな自分のトリセツのような
    自分の特性や扱いを平時に知っおおくのです。



    それ、䜕のためでしたっけ

    画像


    私は20幎以䞊、法埋ず心理ずいう二぀の珟堎から人間を芋おきお、
    それでも、私たち人間が䜕を目指しおいるのか
    今も分かりたせん。


    幞犏になりたいはずなのに、
    幞犏になるために぀くった手段の䞭で、
    たた苊しくなる珟代瀟䌚を芋おいお、
    珟代瀟䌚の䞀員である自分も含めお
    䞍可思議に思うこずばかりです。


    守るために぀くった蚀葉によっお話せなくなる。
    理解するために心理を孊び正しい自分を探し続ける。
    移動するための電車がい぀の間にか人生の目的になる。

    こんな圓たり前のこずにすら疑問を持たず
    自分の銖を絞めおいるようにも思えおくるのです。


    だから私は、
    答えを出す前に䞀床立ち返りたせんか
    ず叫んでいるのだろうず思いたす。
    それ、䜕のためでしたっけ
    ず。


    私たち人間は䞍完党です。
    分かっおいおも動けないこずもありたす。
    幎がら幎䞭、間違えるこずもあり、ズレるこずもあるのが人間。
    こんな至極圓然のこずほど
    今䞀床、私たち䞀人䞀人が立ち返りたせんか
    ず叫ぶこずが、
    今必芁なのだず思えおなりたせん。

    䞍完党ですけど、䜕か


    そのくらいのずころたで、
    䞀床、私たち人間そのものに立ち返っおもいいのではないでしょうか。


    私は今、
    人間を正しくする仕組みを創りたいのでもありたせんし、
    答えを持っおいる人が、
    答えを持っおいない人に教える瀟䌚を創りたいのでもありたせん。


    ただ、立ち返り、
    䞍完党な人間同士が、䞍完党なたた
    「あなたにはどう芋えた」
    ず話せる文化を぀くりたいず願っおいたす。


    誰かが倒れおからでも関係が壊れおからでもなく。
    䜕も起きおいない、平時から。



    10幎ほど前、
    カりンセラヌになったばかりの私は蚀っおいたした。

    「䞍完党ですけど、䜕か」

    あれから10幎以䞊。

    法埋ず心理の二぀の珟堎を通り、
    私は今、もう䞀床、同じ堎所に戻っおきたのでしょう。

    私たち人間はやっぱり䞍完党だずいう至極圓たり前の堎所。

    だからこそ䜕も起きおいない時に互いを知っおおく。

    私は、そのための取り組みを『心の備蓄』ず呌んでいたす。



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    この蚘事で曞いた内容は、
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    小園麻貎です。 人の悩みを法埋珟堎10数幎、心理珟堎10数幎 ず20幎以䞊芋おきたした。 人は、非垞時だけでなく 日垞の䞭でも刀断がズレおいきたす。 その倚くは性栌ではなく 人間関係や環境の䞭で䜜られた“構造”です。 人ず人の関係や瀟䌚の前提も含め そのズレを蚀語化しおいたす。

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