
新人技師が「ぐったり」していた日、上司としてどこまで踏み込むべきか
入職したばかりの女性技師の顔色が、あきらかにおかしかったのです。
動きにも張りがありませんでした。「大丈夫?」と聞いても、返ってくるのはいつも「大丈夫です、働けます」の一言だけ。無理をしているのは誰の目にも明らかなのに、それ以上突っ込めないまま、「無理せず、だめなら遠慮せず言うんだぞ」とだけ伝えて、その日はやり過ごしました。
内心では、ずっと考えていました。どこまで聞いていいのか、と。
寝不足かもしれません。風邪かもしれません。女性特有の事情かもしれません。原因はいくつも思い浮かぶのですが、相手が新卒の、しかも自分より一回り以上若い女性となると、根掘り葉掘り聞くことにはどうしても腰が引けてしまいます。前夜の過ごし方が原因で翌日の仕事に響いているのなら、それは本来注意すべき話でもあります。かといって体調に立ち入りすぎれば、ハラスメントと受け取られかねません。
管理職というのは、こういう「正解のない判断」を毎日こっそり迫られている仕事だと感じます。
何もしなければ、安全配慮義務という言葉が頭をよぎります。もし急に倒れたら、「気づいていたのに何もしなかった上司」になってしまう。だが聞きすぎれば、今度はプライバシーの侵害だと言われる時代でもあります。気にかけること自体がリスクになり得るというのは、正直、厄介な話です。
結局その日は、自分から直接聞くのはやめて、他の女性技師に「それとなく聞いてみてほしい」と頼みました。性別の壁を、同性のスタッフを介することで多少なりとも薄めようとした、ちょっとした工夫にすぎません。万能ではないのはわかっています。今も、気にかけたままです。
この一件で、自分の新人時代を思い出しました。
もう30年以上前になります。体調が悪くて、朝からずっとぐったりしていた日がありました。あとでわかったことですが、あれはインフルエンザでした。だがその日、様子のおかしい自分を見た先輩は、心配するどころか声を荒げました。「気をつけをして立って、後腹膜臓器を言ってみろ」。答えられずにいると、「元気がない!もう一度、大きな声で!」とさらに詰められました。つらかったですが、言われるままにするしかありませんでした。
それでもどうにも具合が悪く、別の先輩にそっと申告して、ようやくその日は休ませてもらえました。今思えば、朝出勤した段階で自分から言うべきだったのでしょう。だが新人という立場では、「体調が悪い」のひとことを口にすること自体に、大きな遠慮がありました。
同期の中には、無理をして検査を続けた末に、検査室でそのまま気絶して倒れた者もいました。
どちらも30年以上前の話で、今とは職場の空気もコンプライアンスの水準もまるで違います。あの頃の「気合いで乗り切れ」という雰囲気は、今なら間違いなく問題になるでしょう。それ自体は、確かな前進だと思います。
ただ、時代が変わっても、「体調が悪い部下にどう向き合うか」という問いそのものは、形を変えて残り続けています。昔は「厳しすぎること」がリスクでした。今は「踏み込みすぎること」もリスクになります。管理職が背負う難しさの種類が変わっただけで、難しさそのものはなくなっていないのです。
だから、その場その場の判断力だけに頼るのは、そろそろ限界があるのかもしれません。体調不良を申告しやすいルールや相談ルートを、あらかじめ用意しておくこと。「本人が大丈夫と言ったから」で終わらせず、そのあともさりげなくフォローする体制をつくっておくこと。そして管理職自身も、一人で抱え込まず、同僚や産業医といったリソースを頼っていいのだということ。
正解は、たぶんまだ見つかっていません。
それでも、あの日の彼女のことは、今もときどき思い出します。