【結婚、その常識を問う】第1回 結婚すると何が変わるのか――感情と制度を分けて考える
「結婚すると安心できる」
「結婚は愛情の証だ」
どれも、素敵な言葉です。
それだけに、少しだけ意地悪な問いを投げてみたいと思います。
その「安心」や「愛情」は、本当に結婚届という一枚の紙が生み出したものなのでしょうか。
感情は、結婚の前にも後にもある
恋人同士であっても、長年一緒に暮らしているパートナーであっても、
安心感や信頼、愛情は存在します。
結婚届を出した瞬間に、まったく新しい感情が自動的に生まれるわけではありません。逆に、結婚していても、感情が揺らいだり、薄れたりすることはあります。
感情は、人と人との関係の中で育ち、変化していくものです。
それはグラデーションのように連続的に変わるもので、
制度が直接つくり出すものではありません。
それでも生まれる「安心感」の正体
もっとも、結婚届を出したときに、これまでとは違う種類の「安心感」や「満足感」が生まれることは確かにあります。
それは、自分たちの関係が
社会の中で正式に位置づけられた
という実感から生じるものです。
この安心感は、二人の気持ちが突然変わったからではありません。
周囲から「夫婦」として扱われることが確定し、関係が宙づりにされなくなったことによる、社会的な承認から生まれる安心です。
結婚は、愛情そのものを保証する制度ではありませんが、
関係が社会の中で確定することによる安心を
与える制度ではあります。
結婚で確実に変わるもの
では、結婚によって確実に変わるものは何でしょうか。
それは、法的な位置づけです。
戸籍上の関係
相続の順位
税や社会保障上の扱い
「配偶者」という法的区分
これらは、結婚という制度を通じて初めて発生します。
感情が連続的に変化するものだとすれば、
制度は「0か1か」で切り替わる、デジタルな仕組みです。
つまり結婚とは、
感情の出来事であると同時に、
一方では制度上の変化だと言えます。
なぜ感情と制度が混ざるのか
それでも私たちは、日常的にこんな言葉を使います。
愛しているのだから結婚する
結婚したのだから支え合う
夫や妻には役割がある
ここでは、
二人の内側で育つ感情と、
社会が与える制度上の立場が、
自然に一体のものとして語られています。
制度によって生じた期待や役割が、あたかも感情から自然に生まれたもののように扱われる。
この混同が、後になって
「そんなはずではなかった」
「なぜ自分ばかりが」
といった違和感につながっていきます。
「結婚すると変わる」という感覚の正体
「結婚すると何かが変わる」
この感覚自体は、多くの人が共有していると思います。
ただ、その「何か」が、
気持ちの変化なのか
周囲の期待の変化なのか
法や制度の扱いの変化なのか
は、あまり整理されないまま語られてきました。
その結果、
家事は誰の仕事なのか
収入や生活はどう分けるのか
支える責任はどこまでなのか
といった問題が、
感情の話なのか、制度の話なのか分からないまま、
人を悩ませることになります。
混同は、別の場面でも起きている
たとえば近年議論されている同性婚の問題も、「愛情の承認」と「制度上の位置づけ」が同時に語られがちなテーマです。
ここでも私たちは、感情としての正しさと、制度設計の話を区別しないまま議論してしまいがちです。
この点については、後の番外編であらためて整理することにします。
まずは分けて考えてみる
このシリーズは、結婚を否定するものでも、特定の生き方を勧めるものでもありません。
最初にやってみたいのは、ただ一つ。
感情と制度を、いったん分けて考えてみること。
結婚という制度が何を決めていて、何を決めていないのか。
それを切り分けるだけで、漠然とした不安の正体が見え、無駄に自分を責めたり、誰かを恨んだりすることが、少し減るかもしれません。
次回は、
なぜ結婚すると「役割」が生まれるのか
について考えます。
その役割は、本当に自然なものなのか。
誰が、いつ、どのように決めてきたのか。
結婚の「常識」を、ここから一つずつ問い直していきましょう。
(つづく)
2025年12月17日
