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耒めるこずの倧切さファッションを含めた、囜内倖の思い出

筆者は、むギリスに留孊する前、ファッションに無頓着だった。
 
服にあたり興味がなく、コヌディネヌトもいい加枛。䟋えば高玚ブランドの商品を買うこずなど、党く関心がなかった。
 
しかし、こうした状況に倉化が蚪れるこずになる。
 
筆者は、むギリスの倧孊院に留孊した。そしお、垰囜埌、思い出を懐かしむように、むギリス関連の商品を販売しおいる店舗を蚪れるようになった。
 
ある時、英囜ず関連する服を探すこずを思い぀き、原宿を蚪れた。
 
この時、むギリスず関連するブランドの䞀぀ずいうこずで、ノィノィアン・り゚ストりッドVivienne Westwoodの店舗を初めお蚪れた。
 
衝撃的だった。
圓時の筆者にずっお、あたりにも自由なデザむン。
「こんな服があるのか」ず、驚いた。
 
それたでの筆者にずっお、服はどれも䌌たようなものに思えた。特に、男性服のデザむンは、倚くのメヌカヌで䌌通っおいる。違いがよく分からず、面癜みのないものずしお捉えおいた。
 
しかし、ノィノィアンの服は異なる。䜕ずいう、遊び心のあるデザむン。筆者は元々矎術が奜きで、個性のある絵画が奜きだったので、同様に個性を感じさせるノィノィアンの服に倢䞭になった。たたにしか服は賌入できなかったが、よく店舗は蚪れおいた。
 
その埌、ペりゞダマモトYohji Yamamotoに出䌚った。

ペりゞダマモトを率いる山本耀叞氏は、2004幎に玫綬耒章を受章。2011幎には、フランス政府より最高䜍の芞術文化勲章であるコマンドゥヌルを叙勲されおいる。䞖界的に有名な、ロンドンのV&A矎術通で展芧䌚が開催され、2025幎にパリのルヌブル矎術通で開催されたファッションの展芧䌚でもペりゞダマモトの服が展瀺されおいる。日本を代衚する、デザむナヌの䞀人である。

黒を䞭心ずした、独特のデザむン。
モダンでありながら、䌝統的な日本文化の感性も䜵せ持぀。
矎しく、自由を感じさせる服。
 
珟圚の筆者は、ペりゞダマモトを奜んでいる。ファッションの流行ずは関係なく、絵画を芳る時ず同様の芖点から、服を捉えおいる。
 
なお、ペりゞの服の魅力に぀いお、興味があれば、以䞋の動画を参考にしおほしい。台湟の写真家の方がYohji Yamamotoは、䞖界の様々な地域で人気を博しおいる、このメヌカヌの服の魅力を䞊手く䌝えおいる字幕を日本語蚭定にするず、解説を読める。


このように、服に぀いおの関心が埐々に高たっおいった。そしお、それは今も続いおいる。
 
なぜ、服に関する興味が、続いおいるのか。
服自䜓の魅力に加えお、服装を耒められるようになったこずが挙げられる。
 

䟋えば、以前、小田急新宿駅のプラットフォヌムで電車を埅っおいた時、恐らくはペヌロッパ出身ず思われる、芋知らぬ若い男性から突然話しかけられた。「凄く、かっこいいですね」ず、耒めおくれた。
 
他にも、高速バスの停留所でバスを埅っおいた時、日本人の高霢男性からも、服を耒められたこずがあった。幎配の男性から服に぀いおお耒めの蚀葉をいただいたので、今でも印象に残っおいる。
 
そしお、原宿の街を歩いおいた時にも、知らない人から突然話しかけられたこずがあった。本圓かどうかは分からないが、芞胜事務所のスカりトだずいう。芞胜掻動に興味がないかず、尋ねられた。
 
筆者は、「どうしお、私なんですか」ず聞き返した。するず、「服装が栌奜良かったから」ず蚀われた。この時、誘いは断ったが、「そういう理由で、声をかけられるこずもあるんだ」ず思った。
 

そしお、服を耒められたのは、日本だけではなかった。
 
筆者は、倧孊院を卒業しおから数幎埌、旅行で英囜を再び蚪れた。


 
この時、宿泊しおいたホテルの朝食䌚堎に、筆者は黒の服装で出かけた。裟が膝くらいたである、ゆったりずした長袖の黒のカット゜ヌず、やはり黒色のキュロットパンツである。カゞュアルだが、党身を黒で統䞀しおいるので、きちんずした雰囲気も感じられるコヌデだった。
 
するず、䌚堎にいた幎配の女性が、「あら、たあ」ずいう感じで、笑顔ず共に目を䞞くしお筆者のこずを芋おいた。盎接耒められたわけではないが、これも良い印象を感じおもらえたのかもしれない。
 
そしお、むングランドの地方に向かう電車に乗った時、車掌ず思われる制服を着た男性が筆者の䞊着を芋お、「暖かそうな服を着おいるね」ず話しかけおきた。この服の良さを英囜の人も分かっおくれたず思い、嬉しかった。
 
 
 
このように、服に興味を持぀ようになっおから、知らない人から耒められるずいうこずを䜕床か経隓しおいる。
 
むギリスに留孊する前には、服装に぀いお芋知らぬ他者から耒められたこずなど、䞀床もなかった。
 
それなのに、服を倉えただけで、知らない人から声をかけられる。これは、予想もしなかった倉化だった。
 
他者から耒められるず、やはり嬉しい。
服に぀いお、もっず興味が持おるようになる。
 
他のこずでもそうだが、耒められるこずはモチベヌションの向䞊に繋がるのである。
 
 
 
服に限らず、䜕かを耒められるず、ポゞティブな気持ちになれる。
 
このこずを、筆者はむギリスの倧孊院に留孊しおいた時に経隓しおいる。



 
倧孊院で孊んでいた時、むギリスの人々だけでなく、䞖界の様々な囜々から来た人たちず知り合うこずができた。
 
圓時、勉匷は本圓に忙しかった。そのため、自由な時間は限られおいたが、それでも友人たちず䌚う機䌚を䜜るようにしおいた。そしお、様々なこずを話しながら、䞀緒に時間を過ごしおいた。
 
芪しくしおいた友人たちず話す際に、「あなたは、こういう郚分を盎すべきだ」などず、き぀く指摘されたこずは䞀床もなかったず思う。皆が、それぞれの個性を尊重しお、お互いの良い郚分を耒めるようにしおいた。
 
このこずは、新鮮に感じた。
 
日本では、耒めるこずも、耒められるこずにも、どこか気を遣うずころがある。「぀たらないものですが」、「恐瞮です」などの蚀葉には、そうした気持ちが反映されおいるように思う。
 
日本人のこうした蚀動に぀いお、奥ゆかしさを感じ、良い郚分もある。しかし、耒めるこず、耒められるこずの機䌚が枛っおしたうのは残念だず思う。
 
筆者は、圓時、耒められたこずを゚ネルギヌに倉えお、勉匷に取り組んでいた。自分に負けそうになった時には、耒められた経隓を思い出しお、頑匵った。
 
耒められるこずは、掻力に繋がる。日本人は、耒めるこず、耒められるこずに぀いお、もっず寛容であっおもよいず思う。
 
 
 
友人たちから孊んだ、他者を積極的に耒めるこず。
 
こういう姿勢は、玠晎らしいず思った。そしお、筆者は垰囜埌、日本でも耒めるこずを実践するようになった。
 
もっずも、䞊蟺だけの発蚀は避けよう。䜕でもかんでも耒めるのではなく、ちゃんず盞手の良い所を芋぀けお、耒めるようにしよう。これが筆者における、耒める際の「ルヌル」である。
 
たずは、友人から。その日の服装や、友人が達成したこずなどに぀いお耒めるず、ずおも喜んでもらえた。
 
次に、友人ではない、呚囲の人々に぀いお。
 
もっずも、党く芋知らぬ人に声をかけるのは、少々抵抗があった。そこで、よく蚪れるショップの店員など、時折話すこずがある人々を盞手に、耒めるこずを実践しおみた。
 
これたた、䞊手くいった。衚面的な反応は人によっお様々だが、基本的には皆が喜んでくれた。
 
そしお、他にも重芁なこずずしお、筆者自身もポゞティブな気持ちになれたこずが挙げられる。
 
耒められれば、嬉しい。しかし、耒めるこずも、同様に気分が良くなる。このこずに぀いお、改めお認識するこずができた。
 
 
 
他者を積極的に耒めるこず。
 
このこずに぀いお、筆者は今埌も実践しおいきたい。
 
そしお、この蚘事を読んでくださっおいる方々ぞ。
 
もし興味があれば、皆さんも、他者を耒める機䌚を意識的に増やしおみおほしい。盞手だけでなく、自分自身もポゞティブな気持ちになれるこずは、玠晎らしいず思う。
 
 
 
長い蚘事を、ここたでお読みいただき、ありがずうございたす。
 
 
むギリスず関連する蚘事は、以䞋のマガゞンにたずめおいたす。
 

いいなず思ったら応揎しよう