
【短編小説】小さなレストラン
「卵がない」
マスターは冷蔵庫を閉めた。
午後2時。
客は私1人だった。
「マスター1人で切り盛りしてるんですよね?今から買いに行くんですか?」
「いや」
マスターは首を振った。
「店を空けるわけにはいかない」
私は店内を見回した。
四人掛けが二卓。
二人掛けが二卓。
全部空席。
「誰も来ませんよ」
「そういう時に限って来るんだよ」
私は笑った。
「そんなもんですか」
「そんなもん」
沈黙。
ラジオだけが、お喋りしている。
「じゃあオムライスは、なしですか?」
「今日はなし」
「じゃあ、ナポリタンで」
「ダメだ」
「なんで?」
「ケチャップ切らした」
私は呆れた。
「何ならあるんですか?」
マスターは少し考えた。
「白飯」
「店閉めたほうがいいですよ」
「そうかな?」
そこで、ドアベルが鳴った。
「いらっしゃい!」
スーパーの袋を持ったスーツ姿の男だった。
男は席にも座らず言った。
「オムライス一つ」
私は思わず笑いそうになる。
マスターは真顔で答えた。
「卵切らしていて、ありません」
男は小さく頷いた。
「そうですか」
帰ろうとした。
マスターが呼び止める。
「待って!」
男が振り返りマスターが、すかさず言い放つ。
「卵、持ってます?」
男はスーパーの袋を漁る。
「あります」
「ケチャップは?」
「あります」
「玉ねぎは?」
「あります」
私は笑顔で男に聞いた。
「買い物帰りですか?」
男は言った。
「妻に頼まれて」
マスターは袋を覗き込む。
「これで作れる」
男は困った顔をした。
「それ夕飯なんです」
「半分だけ」
男は少し考えた。
「じゃあ、お願いします」
マスターは嬉しそうに厨房へ入った。
私は男に言った。
「このレストランは卵だけじゃなくて玉葱もケチャップも切らしてるんですね」
「いや、でも良かったです。妻が夕飯にオムライス作るって言っていたんですが我慢できずに昼もオムライス食べたくなって」
「2連続オムライス?」
「好きなんですよ」
マスターは卵を割りながら言った。
「料理ってね」
フライパンがパチパチ鳴る。
「材料で作るんじゃない」
バターの匂いがフワッと広がる。
「人で作るんだよ」
男は少し微笑んだ。
30分後。
男はオムライスを半分食べ、「ここのオムライス、美味しかったから妻にも食べさせたい」と言い、残り半分を持ち帰ることに。
伝票を見る。
750円。
男は1000円札を置いた。
「はい、お釣り500円」
「え?」
「卵代です」
男は首を振った。
「料理は人で作るから人に払いますよ。お釣りはいらないです」
マスターも首を振った。
私は見かねて言った。
「500円で卵を買って、3連続オムライスにしましょう」
マスターが笑った。
「それだ」
その日の売り上げは、500円だった。
そして、男の家の卵は大量になった。