
【短編小説】あの頃と変わらない2人
夕飯のあと、リビングには静かな時間が流れていた。
夫はソファに寝転びながらテレビを見ている。妻はその横で、スマホを眺めながら痩せるスリッパをカートに入れていた。
夫は長年の夫婦生活で培った『言わなくていいことを言ってしまう』という特技を、今夜も迷わず発動した。
「君は変わったね」
妻は目を細める。
「あら、急にどうしたの?」
「いや……あの頃より、かなり太った」
空気が止まった。テレビの芸人だけが陽気に笑っている。妻はゆっくりスマホを置いた。
「そうね。10kg太ったわ」
妻は、あっさり認め、静かな声で続ける。
「でもアナタも変わったわ」
「え?」
「あの頃より10kgも痩せてしまったわ」
妻と出会った頃は筋トレにハマっていた。胸筋も腹筋も、それなりに主張していた。だが今はどうだ。胸筋は旅に出て、腹筋は行方不明。仕事のストレスからか頬も少しこけてしまっている。
夫は遠い目をした。
「僕たちは……あの頃と変わってしまった」
妻も静かにうなずく。
「そうね。『私』と『アナタ』は変わってしまったわ」
窓の外で風が吹いた。まるで人生の哀愁を演出するように。しかし次の瞬間、妻は力強く言った。
「でも、私は+10kg。アナタは-10kg」
「うん?」
「2人合わせてプラマイ0」
「……は?」
「つまり、『私達』はあの頃と何も変わってないわ」
夫は数秒考えた。そして真顔で言った。
「それ、体重を共有財産みたいに言うのやめてくれる?」
「夫婦は運命共同体よ」
「脂肪まで共同にしないで」
妻は立ち上がると、冷蔵庫へ向かった。
「アイス食べる?」
「食べる」
「2人共太るわよ?」
「僕が走ればいい。君の分まで」
夜のリビングに笑い声が響く。そしてその日、夫婦は仲良くアイスを食べた。