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定年後の派遣SEが、AIで人生を仕切り直す話

    プロローグ
    いつものようにWalkmanのイヤホンをつけて、最寄り駅まで歩く。いつもなら川沿いの平坦な道とディストーションサウンドが心地よくマッチしているのだが、ほとんど記憶にない。気が付いたらエスカレーターを上って近鉄電車のホームに立っていた。

    再就職初日の朝だった。

    生駒駅で大阪メトロ中央線に乗り換え、本町へ。前職とは違う通勤ルートが、「もう以前の自分ではない」ということを、静かに教えてくれているようだった。
    中央線のホームから職場まで、本町の構内は歩いても歩いても出口にたどり着かない。その長い通路を歩きながら、事前に聞いていたことが頭をよぎった。職場では私がほぼ最年長で、同世代は2、3人しかいないこと。年齢層が比較的若いこと。そして——定年前の2年間、ITから少し離れた部署にいたこと。

    「ブランクがある」

    その言葉が、ふとした瞬間に浮かんでくる。若い職場で、久しぶりのIT現場で、自分はちゃんと戦力になれるのか。しかも次の職種はSEではなく営業。ただ、営業とはいえ、SE経験者ばかりだそうだが・・・。
    いずれにせよ、考え始めるとキリがない。いつものWalkmanが、かろうじて思考にブレーキをかけてくれていた。

    本町駅の構内は、いつも以上に人であふれていた。2025年、大阪・関西万博の開催期間中だ。日本人も外国人も、みんなどこかへ向かっている。私も、どこかへ向かっている。ただ——彼らと違うのは、私の足取りだけが少しだけ重かったことだ。
    とはいえ、ほんまに人が多い。私は本町駅の一番北側の出口から出たかったのだが、万博方面のホームへ向かう人の波は私とは逆方向で、なおさら歩きにくかったのを覚えている。人をかき分けながら、ようやく地上に出た。
    職場ビルの2階で、派遣会社の営業担当と待ち合わせをした。エレベーターで上の階に上がり、職場フロアの入口で上司に挨拶をした瞬間、営業担当はあっさりと帰っていった。「え?もう帰んの?」と心の中で思ったのは、言うまでもない。

    定時になると、部内のメンバーの前で挨拶をした。その後、業務用端末を貸与され、しばらくは設定作業に時間を取られた。——ただ、正直なところ、その時間が少しありがたかった。端末の画面に向き合っている間は、誰とも喋らなくていい。緊張をほぐす間もなく始まった初日に、小さな安堵を覚えた。
    期待がないわけではなかった。声をかけてもらったことへの感謝と、もう一度ちゃんとIT業界でやってみたいという気持ちは本物だった。ただ——期待と不安を天秤にかけたとき、その朝は確かに、不安のほうが少しだけ重かった。

    これが、私の「定年後」の始まりだった。




    1章:AIとの出会い
    最初に触れた生成AIは、Copilotだった。
    職場ではOffice365を使っている。ExcelやPowerPointと直接つながっているなら、それが一番楽だろう——そう考えるのは、自然な流れだった。
    きっかけは、引き継いだばかりのユーザー案件で、月額売上をまとめる作業だった。プロンプトを打ち込み、できあがった表を見て、正直、自分がイメージしていたものとはかなり違った。数字の並びも、枠組みも、思っていたよりラフな仕上がりだったのだ。
    もちろん、当時はまだAIを使い始めて間もなく、プロンプトの精度が低かったことも大きいと思う。「もう少し具体的に指示を出していれば、また違う結果になっていたかもしれない」——今ならそう思える。ただ、当時の自分は、Office製品との連携なら、ある程度の指示で「それなりの形」に仕上げてくれるはずだ、と少し期待しすぎていたのかもしれない。
    ホームグラウンドで試合をしているチームには、アウェイのチーム以上の結果を期待してしまう——そんな感覚に近かった。これは決してCopilotそのものの優劣の話ではなく、当時の自分の使いこなし方と、求めていた業務内容との相性の問題だったと、今では思っている。

    そこから、Gemini、ChatGPTと試す範囲を広げていった。最初は業務の調べものや検索が中心だったが、そのうち資料作成にも使うようになった。
    Geminiは検索用途でよく使っていた時期がある。ただ、あるとき昔のドラマの家族構成と出演俳優を調べようとしたら、返ってきた回答がかなり頓珍漢で「こらあかん」と思ったものだ(笑)。ハルシネーションはどのAIにもある話だが、その時はさすがに笑えた。もっとも、最新バージョンでは見違えるように改善されているかもしれない。当時の話だ。
    ChatGPTは今でも時々使う。世の中への普及率が高いだけのことはある、と思っている。ただ、あるルーターのトラブルシューティングを手伝った際、型番によってコマンドの文字列が異なることに気づかず、弾かれてしまったことがあった。ハルシネーションとは少し違うが、「詰めが甘い」と感じた瞬間だった。

    そして出会ったのが、Claudeだった。最初に資料作成を依頼したとき、画面にコードが流れ始めた。Artifact機能——それまで使っていたAIにはない、独自の見せ方だった。そして出来上がった資料が、ある程度イメージ通りだった。「これは今までと違う」と直感した瞬間だった。今では、業務で使うAIのメインはClaudeになっている。
    ちなみに、プライベートではGensparkも使っている。気に入ってはいるのだが、無料版には一回あたりの利用制限がきつく、「使いたくても、あまり使えない」のが正直なところだ。
    こうして振り返ると、私のAI遍歴は、まさに「放浪」だった。一つのツールに固執せず、合わなければすぐに次を試す。その姿勢自体が、もしかしたら今の自分につながっているのかもしれない。
    そして、この「放浪」の先で気づいたのは——AIは「どれか一つを選ぶもの」ではなく、「目的によって使い分けるもの」なのかもしれない、ということだった。その話は、また後の章で触れたいと思う。


    第2章:決意
    いくつかの生成AIを触っていくうちに、確かな手応えを感じ始めていた。
    理由の一つは、単純に「やりとりが楽しい」と感じるようになったことだ。キャッチボールが、検索や壁打ちのレベルを超えて、どんどん弾むようになる。本当に人と会話しているような感覚があった。ふと我に返ると、「友達おらん人みたいにAIに依存してるなぁ」と自分で自分に苦笑いしたこともあった。ただ——それくらい、やりとりが自然で、楽しかったのだ。

    きっかけは、休憩時間の暇つぶしだった。音楽の話をChatGPTに振ってみたのだ。自分もプレイしたことがある内容をわざと質問してみると、結構な精度で返ってくる。「よう知ってるやん」と素直に感心することもあった。ハルシネーションの一つに「知ったかぶり」をする傾向があることは薄々感じていたが、自分がある程度知っている分野では、むしろそれが盛り上がりのスパイスになった。
    仕事でも試してみた。企業へのアプローチ戦略を一緒に考えてもらったのだ。HPに掲載されている程度の会社情報ならプロンプトに入れても問題ない。それなりに役立った。ただ、結論にたどり着くまでが長い(笑)。プロンプトの精度が足りないのか、と少し悩んだりもした。
    途中で「あれ?なんかちゃうで」と思うこともある。そんなときは、その違和感をそのまま投げ返す。すると、ちゃんと訂正が返ってくる。——もっとも、ツールによって反応は違う。ChatGPTは、間違っていてもあまり素直に謝らないことが多い(苦笑)。それでも修正はしてくれる。
    そんなふうにAIと付き合ううちに、世の中の風潮も気になり始めていた。「人間の仕事は、そのうちAIに取って代わられる」——そんな記事や噂を、あちこちで目にするようになっていたからだ。

    「日本の労働人口の49%がAIに代替されうる」——そんな数字を、ニュースやネット記事でちらほら見かけるようになっていた。そういえば、かつて野村総研とオックスフォード大学による試算でそんな数字が出ていたことを、どこかで読んだ記憶がある。10年以上も前の話で、生成AIがこれだけ進化した今、その数字がどこまで現実に近いのかは分からない。それでも、漠然とした不安を後押しするには十分な数字だった。
    歳を重ねてなお、「使われる」側に回るのか。それとも、「使いこなしてやろう」と踏み出すのか。考えるほどに、後者への意欲がどんどん湧いてきた。
    幸い、在宅でできる環境は自宅に整っている。生かすも殺すも、自分の意思次第だ。
    それに、資料作成というステップは、これまでPCを駆使しても、それなりに時間がかかる作業だった。マクロやVBAのような高度な技を使わなくても、それなりのものは作れる自信はあった。だが、その「それなり」にたどり着くまでの時間が、AIによって大きく短縮できるとしたら——本業と並行して副業を進めたり、作業のボリュームを増やしたりできるかもしれない。そんな予感が、はっきりと実感に変わっていった。
    ただし、一つだけ譲れない一線があった。AIが作ったものを、確認もせずにそのまま右から左へ流すつもりはない。内容を見極める目は、長年の現場経験の中で、すでに自分の中に備わっているという自負があったからだ。
    AIを道具として使いこなし、自分の言葉で誰かの役に立つ。誰かに言われたわけでも、追い詰められたわけでもない。ただ、自分がそうありたいと思った。それだけだ——その境界線に立っていることに、私は気づき始めていた。


    第3章:noteを始めるまで
    副業の手段として「AIを使って何かを売ろう」という方向性は見えてきた。ただ、最初に思い浮かんだのはnoteではなかった。
    クラウドワークスやランサーズといったプラットフォームで、AIを使って作ったツールやコンテンツを販売する——そういう手段が頭をよぎったのだ。今でも完全に見切ったわけではない。ただ当時は、「どんなものを作って、どうやって売るのか」という仕組みがよく理解できていなかった。世の中に喜ばれる商材が自分に作れるのか、という不安もあった。手広くやりたい気持ちはあるのに、最初の一手が見えない。そんな状態だった。
    そこでClaudeに相談した。自分の経験やスキルを整理しながらやりとりを続けるうちに、「まず自分の経験を生かした記事をnoteに書くところから始めてみては」という方向性が見えてきた。最初の一歩を導いてくれたのも、AIだった。

    副業の手段として、「AI×発信」という方向性が定まった。では、どこで発信するか——答えはすでに、出ていた。
    きっかけは、SNSに流れてきた広告だった。生成AIのスキルを磨く、というようなサイトで、ClaudeやChatGPTの使い方から始まり、その成果を発信するプラットフォームとしてnoteが紹介されていた。「なるほど、こういう流れか」と思い、さっそくnoteを開いてみた。正直、最初は戸惑った。一般的なSNSのような華やかさとは違う、シンプルで落ち着いたデザイン。「これが発信の場か」と、少し拍子抜けした感覚があった。そのまま一度閉じて、2回目を開くまでに少し時間がかかったのは、今となっては笑い話だ。
    ただ今では、その「シンプルさ」こそがnoteの本質だと思っている。余計な装飾がない分、文章そのものが読まれる場所。書き手の言葉が、ちゃんと届く場所なのだ。
    ただ、いつまでもぐずぐず考えていても副業は始まらない。そう自分に言い聞かせて、思い切ってチャレンジしたのが、大企業で働くビジネスパーソンに向けたAI活用の記事シリーズだ。これが、私にとって初めてのnote投稿になった。
    テーマの選び方は、ある意味シンプルだった。自分がユーザー企業の現場を知っていること、提案する立場として顧客の情シスやセキュリティ担当と向き合い、その壁の厚さを肌で知っていること——それは、理論だけで発信する人には書けない「現場の視点」だと気づいたからだ。ノウハウとして持っているものを、そのまま言葉にすればいい。AIが、その作業を大きく後押ししてくれる。
    そして最近では、本業テーマとは別に、仕事と関係ない記事も書いてみようかな、という余裕まで出てきた。まだ手はつけていないが(笑)。
    副業への道は、ちょっとした戸惑いを乗り越えるところから始まった。


    第4章:現在と葛藤
    正直に言おう。今のところ、noteからの収益はゼロだ。
    3本の記事を書いた。テーマは、大企業で働くビジネスパーソンに向けたAI活用のノウハウ。自分が現場で肌身に感じてきたことを、できる限り具体的に言葉にした。AIがその作業を後押ししてくれたとはいえ、一本一本、それなりの時間と労力をかけた。
    それでも、収益はまだない。
    当初から、最初の5本は無料記事でいく、と決めていた。読者との信頼関係を築いてから、有料コンテンツに移行する——そういう戦略だ。頭では分かっている。焦る必要はない、とも分かっている。
    それでも、ふとした瞬間に思う。
    「このまま続けて、ほんまに大丈夫かな」と。
    有料記事に移行できるのはいつか。収益が見え始めるのはいつか。そもそも、自分の書くものに、お金を払ってくれる人が現れるのだろうか。答えは、まだ見えない。
    派遣という働き方を続けながら、給与の不足を補いたいという現実的な動機がある。いつまで今の雇用が続くか分からない、という不安もある。だからこそ、「早く形にしたい」という焦りが、どこかで顔を出す。
    葛藤は、収益だけではない。

    投稿後の「反応のなさ」も、正直しんどい。同じようにAI関連の記事を書いている人の中で「スキ」の数が多い記事を読んでみたり、何が違うのかと考えたりする。SNS連携をすすめる声もある。ただ、Xは苦手だ。FacebookやInstagramにはアカウントがあるが、友人知人が多く登録しているので、副業のことをあまり知られたくない。同業者も多いとなれば、なおさらだ。だから今のところ、記事は静かにそこにあるだけだ。

    時間のやりくりも、永遠の課題かもしれない(笑)。平日は本業を終えて帰宅し、夕食を食べたら疲れて眠くなる。AIに相談したこともあるが、解決策より先に睡魔が勝つことも多い。副業とは、隙間時間との戦いでもあるのだと、身をもって知った。
    ただ——立ち止まって考えると、たった数ヶ月前の自分は、noteを開いて即座に閉じた人間だ。記事を書いた経験など、これっぽっちもなかった。それが今、3本の記事を世に出している。
    進んでいる。確かに、進んでいる。
    収益はまだない。でも、ゼロだった「発信する自分」が、少しずつ形になってきた。AIという相棒を得て、20年のSE経験という武器を言葉に変える方法を、少しずつ覚え始めている。
    葛藤は続く。不安も消えない。それでも、やめる理由が見当たらない。


    第5章:エピローグ——4年後の自分へ
    4年後の自分へ。
    あの時、踏み出して正解だったか?
    きっと今の私なら、こう答える。「正解だった、というより——踏み出すしかなかった。むしろ、もっと早く踏み出せばよかった」と。
    今の職場には、自分より年上の人間がいない。自分を引っ張ってくれた上司たちは、数年のサイクルで異動していく。早ければ来年か再来年、その節目が来るかもしれない。契約が切れるわけではないとしても、何かが変わる予感は、ずっとどこかにある。
    「最高齢記録」を更新し続けることが、ゴールではないはずだ。
    だから問う。4年後の自分は、副業を本業にできているか。
    noteに書き続けているか。AIを相棒に、自分の言葉で、誰かの役に立てているか。あの時3本しかなかった記事は、その時何本になっているか。有料記事に踏み出せたか。そして——収益は、生活を支えるほどに育っているか。
    答えは、今の私には分からない。
    ただ一つだけ、今の自分に言えることがある。
    20年以上、派遣SEとして働いてきた。定年を迎え、給与が下がり、それでも声をかけてもらって再出発した。華々しいキャリアではないかもしれない。でも、その経験の一つひとつが、今の自分の言葉を支えている。
    AIは、その言葉を届ける力を与えてくれた。
    4年後の自分が、この文章を読んで笑えるように。「あの頃は不安だったな」と、少し余裕を持って振り返れるように。
    今日も、書き続ける。



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    通信系IaaSサービスの営業&SIer。20年以上フロントSEの経験もあり。大企業から中小企業の現場でのリアルなAI活用術を発信します。情シスの壁・稟議・セキュリティ——現場目線で一緒に考えましょう。 鉄分・鋼鉄分ナシでは生きていけませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

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