少しくらい嫉妬してもいいと思うんだよね。
休日、彼女の桜と一緒に入った小さなカフェには、入口の横に一匹の犬がいた。
ふわふわの毛並みに、つぶらな目。どうやらこの店の看板犬らしい。
「わあ……かわいい……!」
隣にいた彼女の声が、一段高くなる。そしてしゃがみ込んで、犬の頭をそっと撫でる。
「よしよし〜、かわいいねえ」
犬も嬉しそうに尻尾を振っている。
……まあ、微笑ましい光景だ。
「ねえ、見て。めっちゃ可愛くない?」
「う、うん」
「ほら、この顔!」
「うん……」
「ね、もう一回撫でてもいいかな」
「……好きにすれば」
自分でも驚くほど、声が低くなってしまった。
「○○、どうしたの?」
「別に」
別に。本当に別に。
ただ、さっきから彼女が犬に向けている笑顔が、やけに気になっているだけだ。
俺にはあんな顔、そんなに見せないくせに。
「かわいいなあ……」
また犬を撫でている。
……なんだよ。
俺だって、そのくらいなら撫でられるんだぞ!
いや、犬と張り合ってどうする。
そもそも俺は犬じゃない。
俺がそんなことを考えている間にも、彼女は犬に夢中だった。
そして数分後。
「……○○?」
「何?」
「もしかして、嫉妬してる?」
「してない」
「ほんとに?」
「じゃあ、なんでさっきから犬のこと睨んでるの?」
「睨んでない」
「めっちゃ睨んでたよ」
なんて俺は情けないんだろう。
「もしかして、私が犬ばっかり可愛がってるから?」
「……まあ」
小さく認めると、彼女は一瞬きょとんとして。それから、ふっと笑った。
「かわいい」
「何が」
「○○が」
「……俺?」
「うん」
彼女は立ち上がると、今度は俺の隣にぴったり並んだ。
「じゃあ、今日は○○もいっぱい可愛がってあげる」
「その言い方やめて」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「ふふっ」
そう言いながら、彼女は俺の袖をつまんだ。
さっきまで犬を撫でていた手が、今は俺の手を探している。
「ほら」
「……何」
「手、繋ご」
指を絡める。
それだけで、さっきまで胸の中にあった妙な嫉妬が、馬鹿みたいに消えていった。
……いや。
やっぱり俺、情けないな。
看板犬にまで嫉妬するなんて。
「○○?」
「ん?」
「まだ犬のこと気にしてる?」
「……ちょっとだけ」
「ふふっ。じゃあ、もう一回だけ撫でてくるね」
「なんでだよ!」
彼女は楽しそうに笑いながら、また看板犬のところへ戻っていった。
……やっぱり、少しくらい嫉妬してもいいと思う。
