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【掉尟の䞀振】#60最終話 論理の先の景色

    窓の倖には、芋枡す限りの赀土ず、燃えるような緑の絚毯が広がっおいた。

    地平線たで続くコヌヒヌ蟲園のうねりが、午埌の陜光を济びおキラキラず茝いおいる。

    ゚ンゞンの埮かな震動が、九条の巊半身に残る痺れを心地よく揺らした。

    「  ねえ、俊之さん。本圓に、こっちの道で合っおるの さっきから同じような朚ばかりに芋えるけれど」

    助手垭で地図を広げた䜳奈が、呆れたような、でもどこか楜しげな声を出す。

    「ああ。  九条俊之の勘だ。䞀円の狂いもない」

    「たたそんなこず蚀っお。䌚瀟を蟞めおたで、たた出匵みたいな遠出をするなんお」

    「  出匵じゃない。家族旅行だず蚀っただろう」

    九条は、䞍自由な巊腕をハンドルに添え、右手を䌞ばしお䜳奈の手に重ねた。

    か぀おの圌なら、移動時間は「削るべきコスト」であり、効率の察象でしかなかった。

    だが今は、こうしお暪に座る劻の柔らかな暪顔を、ゆっくりず流れる景色を、䞀秒ず぀噛み締めるように進んでいる。

    この速床こそが、今の圌にずっおの最適解だった。

    やがお、䞘の向こうに、芋枡す限りの広倧なコヌヒヌ蟲園ず、そこにぜ぀んず䜇む䞀軒の質玠な家屋が芋えおきた。

    車を止め、ドアを開ける。

    ブラゞルの熱い颚が、生呜の躍動を感じさせる土の匂いず、也いたコヌヒヌの銙りを運んできた。

    「  おヌい 九条」

    向こうから、日に焌けた粟悍な顔぀きの男が駆け寄っおくる。

    四至本蓮。

    パナマでの修行を経お、この広倧なブラゞルの地で、新たな『理想の䞀杯』を求め、土にたみれる道を遞んだ男だ。

    「  埅っおたで。ちょうど、今幎の初収穫が始たったずころや。最高の出来やで」

    蓮は九条ずがっしりず握手を亀わした。その掌は、豆を育おる者の、固く誇り高い「職人の手」だった。

    そんな倧人たちの再䌚を䜙所に、䞀人の少幎が草原を颚のように駆け抜けおいく。

    「パパヌ みおヌ ヘラクレスだよヌ」

    息子の蓮が、か぀おお絵描き垳に閉じ蟌めおいた憧れを、本物の、矎しい黄耐色の背ず黒い角を持぀巚倧な甲虫ずしお䞡手に掲げお叫んでいる。

    か぀お、数字ずいう迷宮の䞭で、カブトムシの「習性」さえも知ろうずしなかった父芪に向かっお。

    九条は、ステッキを地面に突き、ゆっくりず腰を萜ずした。

    泥がスラックスを汚すこずも厭わず、息子ず同じ目線たで、深く、しゃがみ蟌む。

    「  すごいな、蓮。  それは、お前が自分の力で芋぀けた、䞖界に䞀぀だけの宝物だ」

    息子の小さな頭を、倧きな右手でくしゃりず撫でる。

    その顔には、もう「執行官」の冷培な仮面はない。

    正解を他者に委ね、目の前の呜を愛おしむ男の、穏やかな、別人のような笑顔だった。

    䜳奈は、そんな倫の暪顔を、静かに芋守っおいた。

    䞀床は数字の圱に隠れお芋倱いかけた圌が、長い旅を経お、ようやく自分の隣に「還っお」きたのだず、胞の奥が熱くなるのを感じおいた。

    倕刻、蓮たちの蟲園を蟞し、九条たちは珟地で借りた宿舎ぞず戻った。

    赀土の地平線に倪陜が沈み、ブラゞルの倜が、濃い矀青色の垳を広げおいく。

    䜳奈ず蓮が寝静たったあず、 九条は䞀人、ベランダの怅子に深く身䜓を沈めた。

    ポケットの䞭で、埮かに震動したスマヌトフォンを取り出す。

    電波の现い通信環境の果おに、ようやく読み蟌たれた画面には、東京・倧手町の「今」が映し出されおいた。

    か぀おの䞻戊堎―フロンティアの面々が、䞖界を揺るがす巚倧な買収案件を成し遂げ、シャンパングラスを掲げお笑っおいる写真だった。

    その䞭心には、か぀おのラむバルであり、今やフロンティアを背負っお立぀高根の姿が、圧倒的な光を攟っお収たっおいた。

    九条は、液晶画面の端を芪指ず人差し指でピンチアりトし、拡倧した。
    ──その瞬間、九条の指がピタリず止たった。

    口元から、ゆっくりず䜓枩が匕いおいく。

    右手の指先はただスマヌトフォンのガラスを虚しくなぞっおいるだけだった。

      俺は、もう圓事者ではない

    どれだけ完璧に䞖界を芋通せおも、それを動かすための垭に、自分はもう座っおいない。

    自分がただ、あの狂気のような数字の䞖界を狂おしいほどに愛しおいるこず、そしお、その䞖界から完党に峻別されおしたっおいるずいう事実が、冷培な数字の答え合わせのように、九条の胞に突き刺さった。

    突劂、喉の奥が激しく熱くなる。

    九条はスマヌトフォンの画面を䌏せ、右手を口元に抌し圓おた。

    声を挏らしおはいけない。

    奥の郚屋には、自分が守るず決めた家族の平穏がある。

    あの日、内瀺を砎り捚おお家族を遞ぶず決めた。

    それは自らが導き出した、䞀円の狂いもない正しい遞択のはずだった。 

      間違っおいない。これが俺の遞んだ正解のはずだ  。

      なのに。   なぜ、涙が止たらない  。

    悔しさなのか、嫉劬なのか、それずも埌悔なのか。

    すべおを論理で凊理しおきた男が、自分の目から溢れ出す感情の正䜓を、どうしおも定矩するこずができなかった。

    肩を激しく震わせながら、九条は暗闇の䞭で、静かに、ただ目から溢れるものを受け止めおいた。

    右手のひらの䞭にすべおを抌し殺し、息を詰めお涙を流し続けた。

    どれほどの時間が経っただろうか。

    ブラゞルの也いた倜颚が、九条の頬をゆっくりず也かしおいく。

    郚屋の奥から、蓮の小さな寝息ず、䜳奈が寝返りを打぀衣擊れの音が聞こえた。

    その埮かなぬくもりの気配が、匵り詰めおいた九条の茪郭を、静かに珟実ぞず繋ぎ止める。

    九条はゆっくりず手を口元から䞋ろした。

    スマヌトフォンの電源を萜ずす。

    画面が暗転し、そこに映ったのは、涙の跡を残しながらも、か぀おの倧手町にいた頃ず䜕䞀぀倉わらない──いや、それ以䞊に鋭く、䞍敵な光を宿した己の瞳だった。

    定矩できない感情を抱えたたた。

    それでも、この人生を遞択したのは、自分自身に他ならない。

    「  これでよかったんだ。これが俺の出した答えだ。」

    その呟きは、暗闇に静かに溶けた。

    窓の倖では、ブラゞルの星空が静かに広がっおいた。

    地平線の向こうぞ、淡く滲む倩の川が流れおいる。

    その光に照らされながら、九条は机の䞊の真っ癜なノヌトを開いた。

              『掉尟の䞀振』 完


     
     
    公認䌚蚈士元蚌刞䌚瀟勀務。 珟圚は珈琲焙煎士ずしお、カフェ開業に挑戊䞭。 「䌚蚈・金融」ず「コヌヒヌ」の二぀の芖点から、人生を豊かにする「数字ず時間」の䜿い方を発信しおいたす。 䌁業研修・講挔、執筆や取材のご盞談は、noteのDMからご連絡ください。

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